新たな魔法
チェカの街がある山は岩と石の山だ。草や木がところどころに生えているが、全体的に緑が少ない。魔物たちがたくさん見えるが僕を見たら逃げていく。あんまりいい感じがしない。どっちが魔物かわからない。
その山をどんどん登る。気圧で耳がキーンと鳴るので耳抜きをする。標高がどんどん高くなっていく。もう2000メートルくらい登ったのではなかろうか。
3000メートルくらい登ったところでようやく街が見えてきた。石色の街だ。綺麗ではない白とでもいうのだろうか。街の真ん中に宮殿が見えるがあまり大きそうではない。
門の前で箒を降りた。このまま越えてもよかったのだが、まあ、礼儀みたいなもんだ。
門はいや、門というのかな?アーチ状の入り口があり、扉などはない。開きっぱなしだ。街は石の壁に囲まれているが高さは2メートルくらいだし薄っぺらい。門兵などもいない。
「お邪魔します。」
「お邪魔しまーす。」
アーチ状の入り口を潜る。チェカの街が目に入った。街を歩く。道がくねくねしている。方向感覚がおかしくなりそうだ。家は石造りの1階建てがほとんどだ。なんか古ぼけている。歴史を感じる。
街の人を見掛けるようになった。ヒューマンばかりだ。顔の作りがトーリの人とはちょっと違う。んー。エジプト人?まあ、そんな感じ。
「すいません、エルフの女性を見掛けませんでしたか?」
「いや、知らないね。」
男性に声を掛けてみたが不発だった。
何人かに声を掛けても誰かも知らないみたいだ。
「お兄ちゃんたち、エルフのお姉ちゃんを探しているの?」
僕たちが聞き込みをしていると幼女に話し掛けられた。
僕は片膝を付いて目線を幼女に合わせる。
「そうだよ。お嬢ちゃんは知っているのかな?」
「うん、知ってる。昨日遊んで貰っちゃった。」
子供たちと遊ぶずんちゃん…うん、似合いすぎ。
「そのお姉ちゃんは何処にいるか分かるかな?」
「昨日はあっちの公園で遊んだよ。」
幼女の指差す方を見るが家しかない。
「そうかそうか、ありがとう。お礼にこれあげるよ。」
僕は銅貨を1枚出して幼女に渡す。
「わーい。ありがとう。」
幼女は嬉しそうにどこかに駆けて行った。
幼女が指差していた方向に進むが家しかない。遊んだという公園も見付からない。もしかして僕たち迷ってる?
「ずんちゃんに連絡してみれば?」
「ああ、そうだね。」
僕はずんちゃんに連絡を入れる。しかし、出ない。
「出ないってどういうこと?」
「寝てるとか?いや、ずんちゃんなら寝てても出るもんね。」
「出れないときってどんなときだろう?」
「重症中?」
「はれさんでも怒るよ。」
「ごめんごめん。そうだね…戦闘中?とか?」
はれさんがそう言ったとき、「ドーン」と遠くで爆発音が聞こえた。僕とはれさんは顔を見合わせて頷き合うと、駆け出したのであった。
走っても走っても道がくねくね曲がっていて、音の方角に近付いている気がしない。
「エルさん、屋根の上行くよ。」
そう言ってはれさんが飛び上がり楽々と屋根の上に着地した。すげぇ。体を把握したって言っていたもんな。そのこと思うと僕は何もしていない。
僕も屋根に飛び上がる。楽々屋根に着地した。
「いけそうだね。」
はれさんはそう言って走り出す。僕も後に続く。
屋根から屋根に飛び移る。離れているところは大ジャンプ。20メートルくらい飛んでいるのではなかろうか。オリンピック出たら優勝出来るな。忍者にでもなった気分だ。
忍者の如く進んでいると、煙の上がる広場を見付けた。真ん中に噴水のある大きな広場だ。
広場に面した家の屋根を飛ぶとき、距離よりも高さを意識したジャンプで広場の様子を伺う。はれさんも同じ考えのようで僕の横を飛んでいる。
直径100メートルほどの広場で外周にたくさんの屋台のようなものが軒を連ねている。バザーか何かかな?店の周りにはたくさんの人がいるが皆脅えて肩を寄せあっているか、座り込んでいる。
広場の中央には噴水があり、金髪のショートボブのエルフの女性がダークエルフの男性2人と激しく戦っている。一目で分かった。あれはずんちゃんだ。相変わらずロッドで戦っている。あ、危ないっ。両側からの同時攻撃を舞うようにかわしている。
そこから少し離れた屋台寄りでダークエルフの男性が4人のダークエルフの男性に囲まれている。囲まれているダークエルフが松ちゃんだろう。こちらは戦いというより足止め。松ちゃんの攻撃を4人のダークエルフがかわすだけ。ずんちゃんの方に松ちゃんを行かさないようにしている感じだ。
空中に浮いている数秒の間に状況確認を終えて僕とはれさんは広場にすたっと降り立つ。広場にいる誰もまだ僕たちに気が付いていない。
僕とはれさんは顔を見合わせて頷き合う。はれさんは松ちゃんの元へ走る。僕の相手はずんちゃんと戦う2人のダークエルフだ。
今回のミッションはずんちゃんを救うだけではダメだ。ずんちゃんが守ろうとしている街や街の人も守らないといけない。僕のスキルでは余波が大きすぎる。僕は新たな魔法の開発を試みる。柚子にも出来たんだ、僕にも出来るはず。
威力も爆発力も貫通力もいらない。ただあの2人を退けられればいい。イメージは氷の弾丸2つ。元々あったスキル『フローズンスピア』をベースにする。円錐形の氷の塊をより小さく、より硬く。僕は全精神力を集中して氷の弾丸を思い浮かべる。僕の左右前方に氷が弾丸を形作っていく。これを貫通しないように相手の肩に当てる。よし、いけっ。僕は自分作った新たな魔法に自分で付けた魔法名を叫ぶ。
「アイスバレット!」
二人のダークエルフはちょうどずんちゃんに両側から槍と剣で斬りかかるところであった。その二人に氷の弾丸が飛び、肩に直撃した。
「ぐふぁっ。」
二人は肩を押さえて踞る。僕は我が愛しの女神の名を呼んだのであった。
「ずんちゃん!」
「え?エルさん?」
ダークエルフの二人が立ち上がろうとするのが見えたのでもう1発食らわす。僕とずんちゃんのこの世界での出会いを邪魔するやつはなんぴとたりとも許しはしない。
「アイスバレット!」
「ぐふぁっ。」
まだ足りないか?
「アイスバレット!アイスバレット!アイスバレット!」
こっちの魔法はいいな。リキャストタイムがない。
二人は大の字に倒れ動かなくなった。死んではないと思う、たぶん。女神に刃を向けたのだ、死んでも文句は言うまい。
「ちっ、引くぞ、お前らっ!」
松ちゃんとはれさんと戦っていた4人のダークエルフは2人が倒れたのを見て退却を決めたようだ。走って広場から消えた。おい、この二人連れて行けよ。
その光景を見て広場が沸き立つ。松ちゃんとはれさんが広場にいる人からロープを借りて倒れているダークエルフを縛りに行ってくれているのが見えた。
しかし、申し訳ないけど、今はその全てがどうでもいい。ずんちゃんがいるからだ。
「エルさん…」
「ああ、エルだよ。」
「エルさんっ!」
ずんちゃんは僕に向かって走ってくる。スピードを緩める気配がない。僕は両手を広げて腰を落とす。そんな僕の首にずんちゃんは飛び付いてきたのだ。
僕はしっかりとずんちゃんを受け止めると勢いのまま、2回3回とずんちゃんを抱き締めたままくるくると回ったのであった。
「ずいぶん早かったね。もう2、3日掛かるかと思った。」
「全速力で行くって言ったでしょ?」
「言ったけど…無茶したんでしょ。わたしに無茶するなって言ったくせに。」
「僕にとっては無茶でもなんでもなかったよ。」
「馬鹿…」
「ああ、馬鹿かも。」
僕とずんちゃんは抱き合ったまま話す。ずんちゃんの顔は僕の右肩にある。耳元から声が聞こえる。そして胸に当たる素敵な膨らみの感触。ああ、幸せ。女神と抱き合える日が来るなんて。この世界に呼んでくれたどなたか、ありがとうございます。
「ずんちゃん。」
僕とずんちゃんが抱き合っているところに待ちきれなくなったのか、はれさんが声を掛けてきた。ずんちゃんは僕の肩に埋めた顔を上げて声のする方を見る。
「ん?この子は?」
「はれだよ。」
「うそー。はれさん?かわいいー。どうしたの?どうしたの、それ?」
「ん?わかんない。来たときからずっとこれだし。」
「へぇ、似合ってる。はれさんにぴったり。」
うん、僕もそう思う。
「ねぇ、エルさん、はれさん。わたし、この街をこの街の人を助けてあげたいの。でも、わたしだけの、わたしと松ちゃんだけの力じゃ足りないみたい。だから助けてほしいの…」
はぁ、そんなこと言っているのか…ここははっきりと言っておかなければならない。この世界に来て実現してみたいと思ったことナンバー1でもあるし、実行に移そう。
僕は僕に抱き付いたままのずんちゃんの脇を持って持ち上げ僕の前方に立たせる。ずんちゃんはキョトンとしているが、今はいい。
僕はずんちゃんに向かって片膝を付いて座り頭を垂れる。そしてアイテム欄から双剣を取り出し1本はそのままアイテム欄の中へ。残った1本の剣を鞘から抜き放つ。
広場にいる人たちがこっちを見てざわざわしているが関係ない。
僕はその剣を両手で横向きに持ち、ずんちゃんに向かって捧げる。
「貴女に私の剣を魔法を捧げます。私は貴女の刃、貴女は私に望んでくれればいい。私が全身全霊をもってそれを叶えてみせましょう。」
…
暫く静かな時間が過ぎた。広場も静まりかえっている。
「ぐすん、ぐすん。」
啜り泣く声が聞こえた。顔上げるとずんちゃんはぐしゃぐしゃに泣いていた。
「わだしだっで、間違えちゃうごどあるんだよ。」
ずんちゃんは泣いたまま言った。
「主の過ちを正すことも騎士の務めなれど、私には貴女が間違えるとは到底思えません。」
「信用してくれすぎだよう。わーん。」
また、泣き出した。僕はじっと待つ。
「ぐすん、この街を、この街の人を守りたい。ぐすん。力を貸して。」
「心得ました。」
「あとね。」
「はい。」
「これからは出来るだけ一緒にいてほしい。」
「…」
「ダメ?」
「死地には連れて行けないかもしれない。」
「ダメ。付いて行く。付いて行けるくらいわたしも強くなるから。」
真剣な目で僕を見つめるずんちゃん。涙はもう止まっていた。
「分かったよ。誓います。僕の剣を受け取って。」
「うん。」
ずんちゃんは僕の捧げたままの剣を両手で受け取り、僕の肩に刃を乗せた。
「この街を、この世界を守ろうね。」
「ああ。」
ずんちゃんは僕の肩から刃を外し僕の目の前に持ってきた。僕はその刃に口付けをしたのであった。
僕が剣の刃に口付けをした瞬間、広場は喝采に包まれた。「ヒューヒュー」と指笛の音も聞こえる。完全に二人の世界で、周りにたくさんの人がいることを忘れていた。
僕は立ち上がりずんちゃんから剣を受け取る。
「えっと…エルさん?ずんちゃん?」
すぐ横ではれさんの声がした。はれさんと松ちゃんが近くにいるのも忘れてた。
「ごめんごめん。松ちゃんも。」
「いやいや、見せ付けてくれたね。会えて嬉しいよ、エルさん。」
松ちゃんは僕に右手を差し出す。僕はその手を右手で握り握手をした。
「こちらこそ、会いたかったよ、松ちゃん。」
「本当かな。ずんだけじゃないの?」
「そんなことないよ。」
僕と松ちゃんは握手を離し、拳と拳をコンとぶつけ合った。
「ねぇねぇ、ずんちゃん。」
はれさんがずんちゃんに声を掛ける。
「何?はれさん。」
「ボクもずんちゃんに剣を捧げようかな…」
「ダメ。」
「え?どうして?」
「はれさんにも捧げるべき相手が必ず見付かるから。」
「そうかな?」
「そうなの。でも、そういう風に思ってくれてありがとね。助けに来てくれたことも。」
「うん。」
二人は軽く包容し合っている光景を僕は穏やかな気持ちで眺めていた。
広場の喝采は鳴り止む気配を見せないのであった。