いざチェカの街へ
アスベットの森を越えると今度は砂漠だ。砂漠の前に少し休憩を入れた。
パンをかじり水を飲む。この水はトーリの街でひょっとこみたいな物を買い、柚子に水を入れてもらったのだ。柚子の水の魔法便利。20個ほどストックがある。
はれさんはパンをかじり回復薬を飲んでいた。みんなやるのね。
「はれさん、水上げる。」
僕はひょっとこを1つはれさんに投げた。
「お、いいの?ありがと。」
はれさんはひょっとこをキャッチすると栓を外し一口飲む。
「わあ、この水おいしい。」
「でしょ?柚子が魔法で出してくれたんだ。」
「魔法?スキルじゃなくて?」
「そう、魔法。」
「ふーん。で、柚子ってあの柚子ちゃんだよね?」
「ああ、そうだよ。」
「ふーん。呼び捨てするようになったんだ。」
「うぇ、ああ、うん、まあ、いろいろあって。」
「ふーん。いろいろねぇ。」
「うん、いろいろ。」
はれさんがジト目で僕を見る。やましいことはないぞ、何も。
「はぁ、ボクとしてはエルさんとずんちゃんがくっついてほしいんだけどなぁ。柚子ちゃんもいい子だよねぇ。」
「な、何の話だよっ。」
「恋愛の話だよっ。この唐変木!」
「なっ。」
唐変木とはひどい。そんなことない…はず。
砂漠を飛んでいると日が沈んだ。砂漠の夕日は綺麗だった。柚子と見たいと思った。
暗い中飛んでいると、着信があり『るき』と表示された。箒に乗ったまま通話出来るのか。『エネーボ・レボリューション』では乗り物に乗っていると移動以外出来なかったのだ。これってもしかして乗ったまま戦えたりする?だとすると、柚子にあのとき伝えなかった、あと2種類の召喚笛ってどうなるんだ?召喚するのが逆に怖いよ。移動は箒が最速だろうけど。いや、だったけど、だ。あの2種類ならわからないな。ラノベとかのイメージだと時速100キロ以上出そうな気がする。
「はいはい。」
るきの通話に箒で飛んだまま応じる。携帯で話しながら車運転している気分。運転中の携帯ダメ絶対。
「エルーーー。定時連絡だよー!」
あー、相変わらずテンションたかっ。なんだよ、定時連絡って。
「ああ、るき、元気か?」
愚問だろうけど。
「元気元気!今日もまりりんとどつきあいの喧嘩しちゃった、テヘペロ。」
テヘペロじゃねぇよ。
「お前らが喧嘩すると街壊れるからほどほどにな。」
「わー、さすがエル、なんで街壊したの分かったの?」
本当に壊したのかよっ。冗談のつもりだったよ。
「それでね、エル。」
るきの声が真剣なものに変わった。
「この世界、国があるよ。」
「ほぅ、国…」
まあ、人がいて街もあるんだから国もあるよな。でも『エネーボ・レボリューション』にはその概念はなかった。
「それでね、うちらのいる『クリマパレス』はね、ジルバニア帝国って国の首都みたい。」
「ほう。」
そういえば、クリマパレスには白亜の宮殿があった気がする。そこで何があるってわけでもなかったから忘れていた。
「でね、ここの大陸の名前がなんと。」
「なんと?」
るきが勿体ぶる。
「もしかして『エネーボ大陸』とか?」
「あー!なんで当てちゃうのー。」
いや、なんかそういう流れだったよね?でもそうか…『エネーボ・レボリューション』っていうのは、この大陸の革命ってことか。
「なんかね、10年前から魔物が増え始めて、5年前から街の間を行き来出来なくなったんだって。」
「5年前…」
「そう5年前。」
『エネーボ・レボリューション』が配信を開始したのが5年前だ。何か関係があるのだろうか。あるのだろうな。
「るき、ナイスだ。いい情報だった。」
「いやー、それほどでもあるよー。」
そこは『ないよ』だろっ。謙虚に生きろ、謙虚に。
「で、るきたちはどうする?」
「どうしたらいい?」
「そうだな、僕的にはもうちょっとクリマパレスで情報収集、あと街の周りの魔物を狩ってその国の王様…帝国だから皇帝か。その皇帝に気に入られたいところだな。」
「そうすれば、エルは助かる?」
「たぶん、すごく助かるし、こんなことお前たち3人にしか頼めない。」
「その言葉を待っていたぜぃ。おばちゃんに任せとき。」
たいしておばちゃんじゃないだろうに。
「じゃあ、任せた。ベルゼブブには気をつけて。」
「了解であります。」
るきとの通話を終えたのであった。
少し経つと今度は柚子から着信があった。
「今、宿に帰ってきて体拭きました。」
「おお、そうか。大丈夫そう?」
「ええ、大丈夫ですよ。エルさんはラズベルトに着きましたか?」
「いや、それが…」
僕は柚子にずんちゃんのことを説明した。
「それは心配ですね。何事もなければいいんですけど…」
「ずんちゃんは無茶する子だからね…」
「分かります…」
「まあ、僕とはれさんでなんとかするよ。」
「そうですね。はれさんもいるなら安心です。」
「で、ギルドはどう?」
「んー。普通ですかね。普通の引きこもりです。」
「あちゃー。」
「あちゃーです。」
でも、そんなギルド多いかもな。急にこんな世界に放り込まれて適応しろってのがおかしい。みんな平和な日本で育ったのだ。
「私がちょっとずつ外に連れ出しますね。」
「ああ、そうだな。」
「心配ですか?」
「ああ、心配だ。心配でおかしくなりそうだ。」
「ふふふ。ありがとうございます。」
「『緋花』から誰か行ってもらっていいか?」
「んー。私はいいんですけど、みんななんか排他的で…」
「ギルド会館の中に入らなければいいよね?」
「そうですね。心強いです。」
「そうか、頼んでみるよ。誰か希望ある?」
「そうですね…『あか』さんとか?」
「ああ、あかさんな。あかさん、柚子のこと大好きだもんな。」
「ふふふ。そうですね。」
「わかった。ちょっと聞いてみる。また掛け直す。」
「はい。」
通信を終えて、すぐにねむさんに掛け直す。
「お、なんや?なんかあったか?」
「えっと、『雪中花』の件なんですけど…」
僕は柚子と『雪中花』のことを説明した。
「なんや、そんなことか。任しとき。『UDON』さんとの交渉もあっという間にうまいこといってな、今、うちの会館で宴会中や。」
「おお、それは早い。」
「そうや、上手くいきすぎや。まだ2日目やで。」
「そうですよね。」
まだ、2日目でラズベルトを掌握するなんて、ねむさんは…じゃないかミサキさんはどんな魔法を使ったんだ?
「だから、これといってすることなかってん。あかと…あかだけやと心配やからもう1人、2人出すわ。」
「ありがとうございます。あかさんは柚子とフレンド登録してましたよね。」
「ああ、たぶんな。」
「では、トーリに着いたら柚子に連絡してあげてください。そう言っておきます。」
「ああ、了解や。それとな、エルさん。」
「何ですか?」
「柚子柚子ってエルさんが呼び捨てにするの違和感あるわ。なんかあったんか?ゆうてみ、ほれ、ゆうてみ。」
「え?はれさんにも言われましたけど、何もないですよ。そう呼んでほしいと言われたから呼んでいるだけです。」
「ふーん。柚子ちゃんも頑張っとるんやなぁ。なるほどなぁ。」
何がなるほどなんだよっ。
「では、柚子に連絡しますんで失礼しますね。」
「ああ、柚子ちゃんによろしくな。」
ねむさんとの通話を終えたのであった。
「ってことであかさんたちが行ってくれるって。」
「わぁ、うれしいです。ありがとうございます。」
「そういうことだから、柚子、頑張ってね。」
「はい、エルさんもお気をつけて。」
「ああ。」
「じゃあ、また明日も連絡しますね。」
「ああ、待ってる。」
柚子に報告を終えた。
今は砂漠の上を飛んでいる。広いな、この砂漠。砂漠を越えて少し行けばチェカのある山だ。夜のうちに砂漠を越えたい。
3つの月明かりがあるので割りと明るい。マップもあるし迷うことはないだろう。
ふいに真下に違和感を覚えた。すると砂の中から巨大なサンドワームが飛び出してきた。魔法の箒の速さに目測誤ったのか、僕たちの背後に20メートルほどのサンドワームの木が出来上がった。
「エリアボスか?」
「だね。」
名前はなんだったかな?覚えてない。この世界に来て初めて魔物から近付いてきてくれた。胸が高鳴る。
「僕が戦ってもいい?」
「いいけど、ひとりで?」
「うん、魔物とは初戦闘なんだ。」
「そうなんだ。いいよ。エル=グランドのお手並み拝見。」
「おう。」
僕は箒を急旋回させ、スキルを自重なしにぶっぱなした。
「エクスプロージョン!」
すると暗い空から高速で何かが落ちてくる。その部分だけ赤く輝いている。小隕石?これヤバくない?
「はれさん!退避!」
「う、うん。」
はれさんも小隕石を見付けたようで二人で慌ててサンドワームから全速力で離れる。
チュドーーーーーーーーーーーーン
着弾したようだ。爆風が僕たちの方にも来た。砂やらサンドワームの肉片やらが飛んできて箒の結界に当たって落ちていく。
僕とはれさんは爆発の中心を見た。きのこ雲が上がっている。
「あれ、クレーター出来てない?」
「出来てるように見えるね。」
「そのスキル、街の近くでは使わない方がいいね。」
「ああ、そうだな。」
このスキルは封印しようと心に決めたのであった。
明るくなる前に砂漠を越えることが出来た。チェカのある山の麓に綺麗な小川を見付けたので、そこで明るくなるまで休憩することにした。
はれさんにトーリで買った毛布を1つ渡し、自分も毛布にくるまる。空気はひんやりしている。今、季節はどのくらいなのだろうか。向こうは初夏だったが。
日が昇ると同時に目が覚めた。異世界に来て3日目の朝だ。2時間くらいは眠っただろうか。
「んー、いい朝!水浴びしよう。」
はれさんはそう言って服を脱ぎ捨てて全裸になった。男らしい。細身だけどさすがドワーフ、筋肉がしっかり付いている。そして股間は…お、ちゃんとある。やっぱり男だ。確認出来て良かった。それにしても、体に似合わず、その、なんというか、でかいな。
「どこ見てるのかな?」
「いやいやいや。」
僕は慌ていてて視線を反らす。自分も服を脱ぐ。
「エルさん、もしかしてそっち系?」
「そっちってどっちだよ。いや、分かるけど、違う、違うから、至ってノーマルだから。」
「そうか、警戒しなくてもいいんだね?」
「警戒ってなんだよ。はれさんに警戒されたら僕泣くよ?」
「ははは、冗談冗談。」
僕たちは小川で水浴びをしたのであった。今日は僕の女神に会うのだ。身だしなみはしっかりとだね。
さあ、いざチェカの街へ。ずんちゃん無事でいてくれよ。