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エネーボ・レボリューション  作者: 春夏秋冬
チェカの街解放作戦
13/50

別れ

転移してから2日目の朝、僕と柚子ちゃんは部屋で出発の用意をして1階に降りて朝食を取った。柚子ちゃんは昨日より物静かだ。不機嫌…というより何か考え事をしているようだ。



宿屋を出てメインストリートに立つ。宿屋を出る前に宿屋のおばちゃんに行きたい店の場所は聞いてある。

「えっと、柚子ちゃん?」

「んー、まずはそこからですね。」

「ん?」

柚子ちゃんから返ってきた言葉が予想外だったので僕の頭は「?」になる。

「エルさん、私のことを『柚子』って呼んでください。」

「え?何を言ってるの?柚子ちゃ」

「柚子です。」

「えっと…柚子?」

「はい、何ですか?エルさん。」

柚子ちゃんは素敵な笑顔を浮かべた。

「えっと、まずはどの店に行こうか?」

「服を見てみたいですね。」

「じゃあ、あっちだな。行こうか。」

「はいっ。」

僕はおばちゃんから聞いた服屋の方向へ歩き出す。

「えっと、エルさん?手を繋いでもいいですか?」

柚子ちゃん…じゃなかった柚子の言葉に僕は歩みを止めて振り返る。

「え?手?」

「ダメですか?」

「え…お、おう、いいよ。」

僕は意を決して左手を差し出すと、「やった。」と小さく言って柚子は僕の手に両手で飛びついてきた。

「さあ、行きましょ。」

柚子は左手を離して歩き出し、右手で僕の左手を引っ張る。

「お、おう。」

僕は少し足早に歩き、柚子に追い付き横を歩く。僕の左手と柚子の右手はしっかりと握られていた。

「どうしたの?柚子ちゃ」

「柚子です。」

「柚子。」

「えっとですね。エルさんに言いたいことがたっくさんあるんですけど…」

「ん?何?」

「ずんさんにまだ会っていない今言うのはフェアじゃないと思うんで、今度言いますね。」

「ん?ずんちゃん?ああ、分かった。」

柚子はどうしたんだろう?昨晩の件で、僕に多少好意を持ってくれている気がしないでもないが、まだ1日一緒に過ごしただけだしね。まさかね。それにそういうことなら、ずんちゃんは関係ないはずだ。ずんちゃんが、あのずんちゃんが僕に好意を持ってくれるなんて有り得ない…と、思う。



それから僕と柚子は手を繋いで商店を物色した。生活に必要そうな物は金に糸目をつけず、どんどん購入した。昨日お金を渡したので今日は割り勘だ。自分の物は自分で買う。買った物はどんどんアイテム欄に入れていく。アイテム欄、すごく便利。本当に無限に収納出来そうだ。



買い物に夢中になっていると3の鐘が鳴ってしまった。小走りで門に向かう。

門の内側に白髪のダークエルフの男性が腕を組んで立っているのが見えた。じっと見ると『大和』と表示された。

「すみません、大和さんですよね?お待たせしました。」

「ごめんなさい。遅くなりました。」

「ああ…」

僕と柚子が遅れたことを詫びると大和さんは短く了承した。大和さんは柚子の顔をじっと見つめる…いや、見すぎだろ。かわいいのはわかるけど。

「あの…大和さん?」

「ああ…」

自分に向く視線にいたたまれなくなった柚子が声を掛けると大和さんの視線が今度は僕と柚子の間に移った。僕と柚子の間?あっ、僕たちまだ手を繋いだままだった。慌てて二人で手を離す。

「えっと、大和さん。この人は『緋花』のエルさんです。私をこのトーリまで送ってくれたんです。」

「エルです。よろしく。」

柚子の紹介に僕は握手をしようと右手を差し出す。

「大和だ。よろしく。」

大和さんはそう言って僕の手を…握ることはなかった。うん、まあ、中身は日本人だしな。いきなり握手は早かったかな?

「立ち話もなんですし、お店に入りましょ。私たち、ここに来る前にいい感じのカフェを見付けたんです。」

柚子はそう言うと回れ右した。僕もそれに合わせて回れ右をして歩き出す。歩いていると僕と柚子の手と手が触れ合う。僕はさっきまでの癖で柚子の手を握ってしまった。

柚子は握られた手を僕の胸の前に持ってきて優しく離す。そして僕の顔に自分の顔を近付ける。

「今はダメです。」

「ああ、ごめん。癖になっちゃって。」

「いいんですいいんです。ふふん、作戦大成功です。」

「え?何?最後の方、聞こえなかった。」

「いえ、何でもないです。」

僕たちはカフェに向かったのであった。



僕たちはカフェに入り、席に座る。僕と柚子が隣同士で大和さんが向かい側だ。

「ご注文は?」

ウェイトレスさんが来た。ヒューマンの女性だ。まだ獣人は見ていない。壁に書かれたメニューを見るが読めない。

「コーヒーか紅茶ある?」

『MENU』の自動翻訳機よ、仕事をしてくれ。

「はい、両方ございます。」

「じゃあ、僕は紅茶。」

「私も。」

「オレはコーヒー。」

しばらくするとカップに入った飲み物が運ばれてきた。カップは少しみすぼらしいが普通のカップだ。紅茶を一口飲む。うん、味も香りも薄いが紅茶だった。



柚子は大和さんに昨日の話をしていて、大和さんは「うん、うん。」と頷きながら聞いている。僕はそれを黙って聞いていた。会話が途切れたタイミングで僕も話す。

「『雪中花』の皆さんはお元気ですか?」

「…」

あれ?返事が返ってこない。僕と柚子は顔を見合せる。

「大和さん?ギルドメンバーはみんな元気ですか?」

「ああ、みんな『MENU』からアイテムを出したりして遊んでいる。」

柚子が問うと大和さんは答える。

「えっと、柚子から少し聞いたと思うんですけど、みんなでラズベルトの街に移りませんか?」

「…」

ん?あれ?

「大和さん?みんなでラズベルトの街にいきませんか?」

「いや、昨日も言ったが、それは止めておく。」

柚子が問うと答える…僕、無視されてる?

「『CRAY』とか『祭り』が危険です。合流して対抗した方がいいと思うんです。」

「…」

ダメだ、これは。僕なにか気に触ったかな?柚子と顔を見合せると柚子がうんと頷いた。

「大和さん、私も合流した方がいいと思うんです。ベルゼさんっていうのがヤバいんですよ。この目で見ちゃいました。」

「いや、いい。自分たちでなんとかする。」

「なんとかって…」

「ギルメンたちは恐がって会館から出ようとしないんだ。街の外なんてとてもとても。」

それって元気っていうのかな?

「それなら僕が護衛しますよ。僕がいると魔物が寄ってこないので。」

「…」

ああ、話にならない。

「大和さん、どうしても行きませんか?」

「ああ、すまない。あの…その…柚子ちゃ…柚子…柚子!柚子もここに残ってほしい。ギルメンたちも喜ぶ。」

なんだよ。それが狙いか?頑張って呼び捨てしやがった。

「大和さん、呼び捨ては止めてください。」

「う、ああ、すまない、柚子…ちゃん。」

柚子ははっきり言うなぁ。

「うぬぬぬぬ…」

柚子は何か必死で考えている。



「エルさん。」

「うん。」

柚子の考えは纏まったようだ。

「私ここに残ります。」

「そうか…」

大和さんの顔を見ると勝ち誇ったような表情だった。くそっ。

「ここに残って『雪中花』の雰囲気を良くします。引き込もっている状態で『緋花』さんと合流するのは『緋花』さんに失礼な気がします。」

「そんなこと、大丈夫なのに。」

「いえ、これは『雪中花』の問題ですからね。そして、大和さんを説得します。」

「ああ、じゃあ、僕も残るよ。」

柚子が心配だ。

「いえ、それはダメです。『緋花』の皆さんがエルさんを待っているんです。それは出来ません。ずんさんにも会わないと…ですよね?」

「うん、まあ…そうかな…」

「私は大丈夫です。大丈夫ですから。」

はぁー。仕方ない…のかな…

僕の心に黒い靄かかかり始めたのであった。



カフェを出た。少し先で大和さんが待ってる。

「柚子…僕、柚子と離れたくないかも。」

「何を言ってるんですか、エルさん。エルさんがそんなこと言ってどうします。」

「うん、ああ、そうだな。」

柚子ちゃんはばっと僕の手を取り、顔に顔を近付ける。

「私もですよ、エルさん。」

そしてさっと離れた。

「ラズベルトと街ひとつしか離れてないじゃないですか。またすぐ会えますよ。」

「ああ、そうだな。」

「何かあったら飛んできてくれるんですよね?」

「ああ、必ず。」

「毎日連絡してもいいですか?」

「ああ、待ってる。」

「ふふふ。ありがとうございます。エルさん、また。」

「ああ、またな。」

大和さんは僕たちが離れるのを見ると背を向けて街の中心部の方に歩き出した。柚子は小走りでそれを追い掛ける。僕はその背中を見えなくなるまで見つめていたのであった。


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