ミサキ教官の戦闘訓練
ミサキと達磨はギルドメンバー24人を後ろに引き連れてラズベルトの街のメインストリートを大きな門に向かって歩いていた。
戦闘訓練班を希望した人数は多かった。特に男性はほとんどが戦闘訓練を希望したのだ。異世界に来たのだから、武器や魔法で戦ってみたいと思うのが男という生き物のようだ。
ミサキは隣を歩くダークエルフをちらりと見る。そして「はぁー。」と達磨にばれないように小さく溜め息を吐く。達磨は気付いたが理由が分かるので見て見ないふりをした。
ミサキは達磨のことが嫌いというわけではない。むしろいい人だと思っている。では何故溜め息が出るのか、それはミサキは『りんた』に恋焦がれているのだ。ゲーム時代からずっと。そのりんたもダークエルフなのだ。隣を歩くのがりんただったら…とどうしても考えてしまうのだ。
メインストリートをぞろぞろ歩く見慣れぬ集団に街民たちは奇異の視線を送るがミサキ全く気が付かなかった。
「ミサキ…りんさんのこと考えている中申し訳ないんだけど、もうすぐ門…」
「なっ。そんなんじゃないわよっ。そんなんじゃ。」
達磨に言われてあたふたするミサキ。ミサキは自分の想いは誰にも知られていないと思っているが、『緋花』のメンバーはみんな知っている。
「はぁー。でっかい門ね。」
ミサキは門をくぐり、すぐ外に立っていた兵士らしき人に話し掛ける。
「ねぇ、この外で戦闘訓練していい?」
「な、せ、戦闘訓練?」
門兵の男は耳を疑った。この男が門兵になって4年、そんなこと言い出す人間はひとりとしていなかったのだ。
「いいでしょ?迷惑掛けないから。」
「あ、ああ。」
ミサキの物言いに門兵は頷くしかなかった。
「よし、まずが軽く身体動かしてみよっか。2人1組になって。スキル…もどうやって使うか分かんないから、いろいろ試してみて。あ、復活は出来ないみたいだから絶対相手を死なせないように。怪我したら、あたしのところに来て。そんじゃ、始めっ。」
門を出てすぐの草原でミサキはそう叫び、パンと手を叩いた。メンバーたちは思い思いに体を動かし、頭と体をこの世界に馴染ませていく。
「何この体、100メートル5秒くらいで走れるんじゃね?」
「わ、見て見て、5メートルくらい飛べてるよ。」
そんな声が聞こえ、地球上ではあり得ない光景が展開された。まあ、この世界でも今まであり得なかったのだが…
それをミサキは腕を組んで見守る。その隣にちょこんと立つダークエルフ…どっちが班長か分からない。
やがてメンバーのひとりが魔法の発動に成功し、火の玉が飛び、爆炎が上がる。
「ちょ、誰?今のどうやった?みんなに教えて。」
ミサキが言うとスキルを使えたダークエルフの男性がさっと手を上げ、みんなに説明する。ダークエルフを見るたびに心が痛むミサキであった。
そこからスキルを織り交ぜての戦闘訓練が始まった。
「ミサキ…オレたちも…」
達磨は戦いたくてウズウズしているようだ。
「えー、あたしが達磨さんに勝てるわけないじゃん。」
「この世界にレベルもステータスもない。それにこれは戦闘訓練。勝ち負けは関係ない。」
「うぬぬ、仕方ないっか。」
達磨とミサキは向かい合う。ミサキは試しに自分に覚えていたバフスキルを掛ける。
(うわ、なにこれ、力がみなぎる!)
そのあと、達磨と互角のスキルの打ち合いを演じたのであった。
その光景を見ていた門兵と物珍しさで付いて来ていた街民はその光景を見て開いた口が塞がらなかった。信じられないスピード、信じられない魔法の威力だったのだ。そんな信じられない力を持った人間が26人も…
達磨との乱取りを終えたミサキは驚いた表情でこちらを見る人たちがいることに気が付いた。そしていいことを思い付いた。ミサキは目立ちたがり屋なのだ。
「はい、乱取り終了!んじゃ、魔物と戦ってみよっか。えっと…エルフのきみ。」
ミサキはひとりのエルフの男性を指差した。ミサキは主要メンバー以外の名前は覚えていない。
「『龍やん』です。ミサキさん。」
「そう龍やんくん龍やんくん、覚えた。龍やんくん、魔物1匹引っ張ってきて。」
「了解です。」
龍は駆け出し見えなくなった。『緋花』のメンバーなら、これで今から何が起こるかみんな分かる。モンスタートレインだ。他のゲームなら嫌がられる行為であるが、『緋花』のギルマスねむは言う「モンスタートレインをコントロール出来てこそ一流のMMOプレイヤーやで。」と。
『緋花』に入るとまずはこれを仕込まれるのだ。特に移動速度の速いエルフは。
しばらくするとバッファローのような魔物を1頭引き連れて龍やんが帰ってきた。門の外に出ていた街民たちは魔物を見て震え上がる。この10年間散々苦しめられてきたのだ。恐ろしさを嫌というほど知っている。
「よし、まずはあたしがやってみるから、前開けて。打ち損じたらみんなフォローお願いね。」
「はーい。」
メンバーはみんな思っていた。ここいらの魔物でミサキさんが打ち損じるかよと。
ミサキの前が開き、龍やんと続いて魔物が走ってくる。ミサキはこの世界初の戦闘なので自分の1番強いスキルを使うことにした。龍やんがさっと横に飛ぶのを見てミサキがスキルを放つ。
「ホーリーランス!」
杖の先からレーザー光線のような光が放たれ、魔物に直撃した。光が消えたあとに残っていたのは魔物の足だけ。体は完全に溶けてなくなっていた。どや顔で胸を張るミサキに達磨が言う。
「オーバーキルすぎだ。」
「み、さ、き。み、さ、き。み、さ、き。」
「み、さ、き。み、さ、き。み、さ、き。」
魔物がいとも簡単に倒されたのを見ていた街民たちが会話を聞いていたのか、ミサキコールの大合唱が始まった。その声を聞いてギャラリーがどんどん集まってくる。
「女神様じゃ、天が女神様をお使わしになられたのじゃ。」
そんなことを言いながらミサキに向かって手を合わせて拝む人まで現れた。それに気を良くしたミサキ。
「さぁ、どんどんいってみよう。龍やんくん、次は3匹ね。」
「はい、馬使っていいですか?」
「なんでも使っていいよ。どんどんいこう。」
ミサキはノリノリだ。龍やんは馬を召喚し、しばらくすると3匹のバッファロー擬きを引き連れて帰ってきた。
「よおし、今度はみんながやるんだよっ。死なないようにねっ。」
ミサキの声にメンバーが駆け出す。達磨はまたミサキが倒してしまうと思っていたようでほっとしていた。
始めは飛び散る血やら肉片やらに戸惑っていたメンバーであったが、力の差は歴然であっという間に倒されてしまった。さらに盛り上がる街民。
「よおし、次は10匹!龍やん!」
「ういっす。」
ミサキは『くん』を付けるのがめんどくさくなり、龍やんもこっちでのモンスタートレインが楽しくなってきていた。
今度はバッファロー擬きの他に羽の生えた蛇やら、熊擬きもいる。ちょうど10頭。それを見てまた街民は恐れる。魔物10頭いれば、国の騎士団は全滅するのだ。しかし、あっと言う間に倒されてしまった。
「オレ…まだ戦ってない…」
達磨が愚痴る。
「あーもう。龍やん、じゃあ100匹ほど引っ張ってきて。」
「さすがにちょうどじゃなくていいですよね?」
「もちのろん!」
ミサキはノリノリだ。しかし、街民たちは半信半疑だ。100匹だなんて…国が滅ぶ。
「さあ、100匹だよ。しっかりフォーメーション組むよ。前衛組!1匹も通すんじゃないよっ。」
「はいっ。」
「中衛、遊撃、さくさく狩ってよ!」
「はいっ。」
「後衛組!スキルばんばん打っていこっ。回復はあたしに任せてっ。」
「はいっ。」
「街と街の人たちに傷ひとつでも付けたら、全員夕ごはん抜きだからねっ。」
「はいっ。」
「バフ掛けるよっ。」
「はいっ。」
メンバーもノリノリだ。ミサキから次々とメンバーにバフスキルが放たれる。達磨は思った。ミサキ、教官に向いてるなと。
約100匹の魔物の群れ、ゲームでは分からなかった迫力がある。でも、『緋花』は上位ギルド。こんなことでは誰も逃げ出さない。ミサキの煽りと、街民からの喝采に神経が麻痺しているだけかも知れないが。
前衛が盾で魔物の突進を食い止める。魔物の大きさと迫りくるスピードにどんな衝撃が来るかと身構えていた前衛陣であるが、意外に軽かった。
魔物の勢いが止まったところをスレイヤーやランサーなどの中衛、遊撃陣が斬り込む。そして後衛から魔法と矢が飛ぶ。
「いてっ。」
中衛のひとりが後衛の魔法に当たった。初めての怪我人だ。
「エリアヒーリング!」
すかさずミサキから回復スキルが放たれる。肩に出来た怪我が見る見る治っていく。
「この世界はフレンドリーファイアーあるよ。後衛、気をつけて。でも気にしすぎたらダメ。怪我はあたしが治すから!」
「はいっ。」
こうして見る見るうちに魔物の群れは駆逐されていったのであった。
門兵も街民たちもその光景を唖然とした表情で見つめた。
迫りくる魔物の群れ、受け止める戦士たち。魔物の死体があっという間に積み上がっていく。なんだこれは。私たちはいったい何を見ているのか。英雄か?英雄伝説の始まりなのか?
最後の1頭が討伐されたのを見て、今まで静まり返っていた街民たちがわーっと沸き上がり、魔物を駆逐した戦士たちに駆け寄る。万雷のような拍手が起こり、戦士たちに握手をしたり、抱きついたり、肩を組んで歌ったり。胴上げが起きているところもある。さすがのミサキもこんな大事になるとは思っておらず、あたふたしている。そのミサキを囲んだ高齢の女性たちが手を合わせて一心不乱に拝んでいる。みんな加わりたいのだ、英雄誕生の1ページに。
「酒持ってこい、酒!」
誰かが叫んだ。
「つまみもだ、つまみ!」
また誰かが叫ぶ。どこからか、酒や料理が運び込まれる。
さすがに門の外ではということで門を入ってすぐの広場で、宴会が始まった。主役はもちろん、『緋花』のメンバーたちだ。遅れてやってきたマサはその光景を見て愕然とした。なんでまだ初日なのにこんなことになっちゃってるのかと。しかし、あっと言う間に宴会に取り込まれた。体は大の酒好きのドワーフ、中身もかなりの酒好きだ。がんがん飲まされ出来上がり、上半身脱ぎ捨てて祇園踊りを踊り出した。
暗くなる少し前、騒ぎを聞き付けて、ねむと一緒に領主と領主の兵士がやってきた。
「どうなってんの?これ?ミサキ?達磨さん?」
ねむは二人に聞くが二人とも完全に酔っぱらっていて、話にならない。酔っぱらっていなかったメンバーのひとりがねむに近付き、ことの経緯を説明した。
説明を一緒に聞いていた領主はざざっとその場に土下座した。兵士たちもあとに続く。
「どうか、どうか、このラズベルトを、このスティファニア王国を助けてください。」
ねむの顔がひきつる。上手く行き過ぎやと。ねむは土下座する領主の肩をポンと叩く。
「ああ、任しとき。」
領主はそのまま泣き崩れた。この10年、どれだけ辛かったのか。
いつの間にか設置されている壇があり、その上で何人かが踊っていた。ねむがその壇に向かうと何かを察したのか、踊っていた人たちはそそくさと壇を降りた。ねむが壇上に登るとわいわいがやがや言っていたのがピタリと止まり、ねむに注目する。ねむは壇の中央に来ると大きく両腕を広げて民衆に宣言した。
「わしはこの集団を束ねるギルドマスターのねむや。皆さん、よろしゅう。わしはここに宣言するで。魔物との戦いに勝利して、この街をこの国を解放すると。みんな、もう少しの辛抱や。わしに、『緋花』に任しとき!」
万雷の拍手が起こる。ねむはそれに手を上げて答える。
このときラズベルトの街に希望が出来たのだ。この日はラズベルトのしいてはスティファニア王国の記念すべき日になったのであった。
次の朝、宴会に参加したメンバーは二日酔いで動けなかったのは、また、別の話である。