プロローグ1
「柚子ちゃん、僕がクーガーを足止めしてHP削るから、スキルで止め刺してね。」
「はい!エルさん。了解しました!」
僕は両手に持った2本の剣を構え3頭のクーガー、要はサーベルタイガーの様な魔物に向かって駆ける。クーガーたちは体制を低くすると大口を開けてその鋭い牙で攻撃してくる。僕はそれを右手に持った剣であしらい、左手に持った剣でクーガーたちのHPを削る。
「今だ!」
「はい!フローズンスピア!」
黒髪の美しいエルフの少女、柚子ちゃんは杖を構え魔法を発動する。杖から氷の円錐形の塊が放たれ、クーガー3頭に着弾し、攻撃総量がクーガーのHPを上回ったようでその場に倒れ徐々に透明になり赤い小さな石の残して消えたのであった。
僕たちがやっているのは狩り…ではなく、スマホ用のゲームアプリである。大人気スマホゲームアプリ、『エネーボ・レボリューション』。スマホ用のゲームアプリとは思えないほどの広大なマップを誇り、配信が開始された5年前は登録者が1200万人いたと言われている。5年経った現在でも10万人近くが稼働している人気ゲームだ。ちなみに僕と柚子ちゃんとの会話はチャットである。
「柚子ちゃん、お疲れ。」
「はい!ありがとうございます!今のでレベルは350になりました!」
「おお!おめでとう。魔石も柚子ちゃんが拾っていいよ。」
「ありがとうございます!」
柚子ちゃんが操作するエルフのキャラがクーガーが落とした赤い石の上に立つと赤い石は消えた。
「すごいです。エルさんとプレイするとレベルがドンドン上がっていきます!」
「クーガーは適正レベル370だからね。」
「そうなんですね。1人で倒せるようになるにはもう少し先かなー。」
「柚子ちゃんならすぐだよ。」
喜んでもらえたようでなによりだ。
「エルさんのキャラって職業表示されてないですけど、エルフで双剣士なんですよね?」
「ん?あ、ああ、まあ、そうかな。それがどうかしたの?」
「エルフで双剣士って珍しいなって思いまして。」
この『エネーボ・レボリューション』でのキャラはエルフ、ダークエルフ、ドワーフ、ヒューマンの4種族の中から選ぶ。もちろん各種族、男女も選べる。ダークエルフには物理攻撃速度、魔法攻撃速度に適正が、ドワーフは物理防御力、魔法防御力、パワーに適正が、ヒューマンは物理攻撃力に適正があり、全体的にバランスがいい。そしてエルフは魔法攻撃力と移動速度、遠距離攻撃の命中率に適正が高い。よって柚子ちゃんのようにソーサラーになるか、速い移動速度を生かしてアサシンになるか、高い命中率を生かしてアーチャーになる人が多い。
「そういえばエルさんがスキル使っているの見たことないですし、もしかして…」
「え、ああ、その話はまた追々ね。」
「ふーん。まあ、いいですけど。」
キャラを選んだあとは、物理攻撃職か物理防御職か魔法攻撃職か治癒術士かを選ばなければならない。同じ職内で武器を持ち替えることはできるが、違う職の武器を持つことは出来ない。いや、出来なくはないが、スキル…先ほど柚子ちゃんが使ったフローズンスピアのようなものが使えないのだ。だから職を越えて武器を持ち替える人はほぼいないと思われているのだ。
僕はちらりとスマホの時間を確認する。午前1時55分が刻まれていた。
「あと5分でここのエリアボスが出るはずなんだけど、戦ってみる?」
「え、エリアボス!?ここのエリアボスて何ですか?」
「えっと、マカイロドゥス。さっきのクーガーの大きいやつだよ。」
「えっ、強そうじゃないですか。二人で倒せますかね?」
「んー。なんとかなるんじゃない?」
「本当ですかぁ?じゃあ、やってみます。お願いします。」
「うん。こちらこそ。」
「そういえば、さっきのレベルアップでウインドスタンっていうスキルを覚えたんですけど、どんなんですかね?」
「ああ、それは前方に風を起こしてその風に当たった相手を2秒間スタン状態にするんだ。」
「2秒ですか?短っ。」
「ははは。戦闘中の2秒って結構長いよ。殺傷能力は低いけど、使い勝手はいいから、マカイロドゥスで試してみて。」
「はいっ!」
「魔法攻撃職は如何に途切れずにスキルを繋げられるかが重要だからスキルのクールタイムをしっかり確認するんだよ。」
「はい!」
スマホの時計を確認するとちょうど1時59分から2時に変わるところであった。
2時になるとスマホの画面が少し薄暗くなり、僕たちが立つ場所から少し離れた場所がスポットライトを浴びたように明るくなりそこに僕たちのキャラの3倍はある大きな牙の長い虎のような魔物が現れた。マカイロドゥスだ。
「行くよ。」
「はい!」
僕たちはマカイロドゥスに向かってキャラを走らせる。柚子ちゃんは自分の攻撃範囲ギリギリのところでキャラを停止させ、杖を構える。うん、いい位置だ。
「僕がタゲ取るまで攻撃待ってね。」
「はい、分かってます。」
僕はマカイロドゥスにキャラを突っ込ませ、その勢いのまま斬りかかる。マカイロドゥスも僕に気付いたようで前足で迎撃しようとする。だがマカイロドゥスの攻撃が当たるまえに双剣でマカイロドゥスの首の付け根を斬りつけることに成功した。ゲームなので、傷が付いたり血が飛び散ることはない。
「柚子ちゃん!」
「はい!」
僕の背後から魔法が飛んでくる。柚子ちゃんとはパーティー登録してあるので僕に柚子ちゃんのスキルが当たることはない。僕はマカイロドゥスの右に右に移動しながら双剣を当てる。マカイロドゥスの前足や牙での攻撃は悉く僕の左側をかすめるのみ。柚子ちゃんのスキルがマカイロドゥスの右側面や背中に小気味良く着弾する。うん、いい感じ。
5分ほどそういった攻防を繰り返しているとマカイロドゥスは一段と低い姿勢を取りガルルと唸り出した。
「範囲攻撃来るよっ、柚子ちゃん、ちょっと離れて!」
「は、はい!エルさんは?」
「僕は大丈夫だから。」
「はい!」
マカイロドゥスを中心に竜巻が発生する。僕は両腕を交差させて防御姿勢を取り、柚子ちゃんの様子を伺う。無事範囲外に逃れられたようだ。竜巻が止む。
「よし、もうすぐだ。畳み掛けるよっ。」
「はい!ウインドスタンいきます!」
「了解!」
柚子ちゃんの杖から風の魔法が放たれマカイロドゥスに着弾する。当たった瞬間、マカイロドゥスに電気が流れる様なエフェクトが出現し動きが止まる。僕はそこに双剣で斬りつけていく。よし、もうすぐで倒せる。止めは柚子ちゃんに刺させて…と、考えていると柚子ちゃんの背後に忍び寄る人影を画面上で見付けたのであった。
柚子ちゃんに向かう人影を見付けた僕はマカイロドゥスから離れ、柚子ちゃんと人影の間にキャラを滑りこませる。人影は双剣を抜き、僕のキャラの肩口を斬りつけた。
「きゃっ。」
柚子ちゃんの可愛い悲鳴。マカイロドゥスとのバトルに集中していて全く気付かなかったようだ。
人影はダークエルフの男だった。
「柚子ちゃん、マカイロドゥスはもうすぐ倒せるから任せた。こっちは僕に任せて。」
「え、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。」
柚子ちゃんにパーティーチャットで指示を出し、エリアチャットに切り替えた。
「バトル中の割り込みはルール違反ですよ。」
そう話し掛けながら僕に向かって双剣を構えるダークエルフの男をタップしてステータスを確認する。ステータスって言っても、名前と所属ギルド、職業とレベルしかわからないのだが。
ー名前、毒きのこ。所属ギルド、『CRAY』…CRAYか、また厄介な…ー
『CRAY』というギルドは、この72サーバーの中でランキング1位のギルドだ。何が厄介かというと、その『CRAY』殺人ギルドなのである。要するにPK、プレイヤーキル大好きギルドなのだ。
ー職業、双剣士。レベルは1302。第2世代か…ー
世代…これは運営が決めたものではない。僕たちエネーボレボリューションユーザーが勝手にそう呼んでいる。第1世代は5年前の配信開始と同時に始めた世代。配信から2年経ったころ、よく似たゲームアプリなどの実装により減り続けるユーザーに対し、新規ユーザー獲得のため運営は新規ユーザー超優遇の企画を実装した。それに怒った初期の頃からいたユーザーの大半はそのときに辞めたと言われている。その3年前に超優遇されて開始したユーザーを第2世代と呼ぶ。もともとサーバーは1サーバーから70サーバーまでの70個あったのだが、統合を繰り返し1年前の段階で6つのサーバーが残るのみとなった。そして1年前、今まで実装済みのイベントを小出しにして初心者に親しみやすく、そして古参ユーザーには面白みが少ない71から75までの4つのサーバーが新たに実装された。そのとき入ってきた柚子ちゃんのようなユーザーを第3世代と呼ぶ。
最近の攻略サイトの発表では、第3世代でレベル1000を越えたユーザーは確認されていないということなので、この毒きのこというユーザーは第2世代だろう。
「ふん。」
エリアチャットで鼻で笑われた。僕のキャラのステータスを見たのだろう。僕のキャラの表示されているレベルは594。彼からみたらずいぶん格下だ。
「邪魔しないでもらえますか。」
僕が話し掛けると同時に、毒きのこは僕に斬りかかってきた。僕も双剣で迎撃する。僕が双剣を横凪ぎにしたのを毒きのこはしゃがみこんでそれをかわし、そのまま飛び上がりながら回転し4連撃を放つ。ダークエルフの双剣士のスキルだ。僕はその4連撃をまともに食らい吹き飛ばされる。
「くそっ、レベル1000オーバー相手にスキルなしはきついな。」
リアルで愚痴り急いでキャラを立ち上がらせ、マカイロドゥスと距離を取りながら上手く闘っている柚子ちゃんの方へ向かおうとする毒きのこに体当たりをかませる。
「大丈夫ですか?」
柚子ちゃんからパーティーチャットが入る。
「うん。大丈夫。柚子ちゃんはマカイロドゥスに集中して。」
「はい…」
柚子ちゃんに心配掛けてるなぁ。折角柚子ちゃんが頑張ってここまでマカイロドゥスを削ったのに絶対に邪魔させたくない。仕方ないか…
「柚子ちゃん。」
「はい?」
「今から起こることは誰にも内緒にしておいてね。」
「はい!」
僕はステータスウインドウを開き、装備の換装のストック4をタップした。ステータスウインドウを閉じると先ほどまでの軽戦士の装備から漆黒のローブに包まれ、木の枝の様な杖を持ったソーサラー風のエルフがそこにいた。
「懐かしいなぁ、この装備。1年ぶりだな。」
リアルでそう呟く。
「ふん、ソーサラーになったところで第3世代に何が出来る?」
毒きのこからエリアチャットが入った。出来るさ、何だって出来る。毒きのこは僕に向かって駆けてくる。
「トルネードスタン!」
僕は毒きのこに向かってスキルを放つ。毒きのこは横っ飛びに避けようとする。でも残念、それはウインドスタンじゃなくてトルネードスタン。それくらいじゃ避けられない。トルネードスタンを食らった毒きのこはさっきのマカイロドゥスのように電気が走ったエフェクトが入りその場で硬直した。スタン時間は3秒。3秒あれば余裕だ。用意していた次のスキルを発動する。
「大地の怒り!」
スキルを発動すると毒きのこの真下の地面から無数の岩の刺が飛び出し毒きのこを串刺しにした。串刺しになった毒きのこは徐々に透明になり、やがて消えたのであった。