頼りない友人
まるでデートのようなお出かけ以来、メールはちょくちょく送られてくるようになった。
履歴を見ても、葛葉のメールは見かけないのに、記憶をなくしたあたしに何でこんなにもかまってくるのかはわからなかった。
「杏」と呼びかけられて、顔を上げると、葛葉が立っている。
今日も、メールで呼び出されて、校舎裏の階段に腰掛けて二人でランチだ。
コンビニのおにぎりを齧るあたしを面白そうに見つめる葛葉。
視線を避けるように体の向きを変えた。
「今度、親衛隊で合同集会が開かれるんだってね」
「あれ? 知ってたの?」
葛葉の言葉はあたしにとって、意外だった。
たしかに今度他校の親衛隊員を集めて、合同集会をすることになった。
親衛隊員の交流を目的とした集会のため、葛葉が出る予定はない。
「うちのクラスの子たちが言っていたからね」
「そっか――――――」
親衛隊の規模を考えても、各クラスにひとりもクズハリストがいないことはないだろう。
それだけの人気を誇る一般人とランチなんて、すごい快挙だなと思う。
「葛葉って、親衛隊についてどう思ってるの?」
「んっ? どうとは?」
「親衛隊なんて邪魔だとか、女の子にモテテうれしいとか」
「そうだね」
葛葉は、なんとも言えない様子で言葉を探した。
「女の子たちは可愛いよね。砂糖菓子みたいにフワフワしていて。だけど、それだけじゃないから困る」
「困る?」
「俺が高校に入るまでは親衛隊なんて奇妙なものはなかった。その代わり、俺のストーカーはそこかしこにいたよ。毎日のような手紙やらメールやら、贈り物。つけらることも日常茶飯事。頭が狂いそうなほどだった」
「も、もてるのも大変なんだ」
「高校に上がって、親衛隊なんて奇妙なものができたときは正直、吐き気がしたよ。頭のおかしい人間が集まって、徒党を組んだら、余計な事態を招くだけだった」
「確かに、葛葉からみたらそうだよね」
――――――あたしが昨年、入学したときにはまだ、親衛隊はただのファンクラブという感じだった。
あんなに規律がしっかりしたものではなくて、葛葉の周りでキャアキャア騒いでる女子の集団だった。
「でも、今の親衛隊には感謝してるよ」
「感謝?」
「うん。杏が親衛隊を整えてくれたから、俺の生活に無遠慮に踏み込んでくるやつは居なくなった。写真だって俺に断りなく撮ったら、罰せられるんでしょう? 助かってるよ」
あたしが、親衛隊を整えた。
イマイチぴんっとこないけれど、皆が口々に言うのであたしの功績なのだろう。
褒められているのにまったく、覚えがないというのも変な話だ。
「杏は俺の約束をちゃんと守ってくれているから」
――――――約束という言葉に、あたしはパッと顔をあげた。
「親衛隊の活動が約束と関係しているの?」
「あっ、口が滑った」
ペロッと舌を出して、茶目っ気のある表情を見せる葛葉。
「約束のこと―――」を教えて欲しいと立ち上がりかけたあたしを、葛葉は片手で制した。
「だぁめ。俺は杏の消えた記憶に関係することを話すつもりはないよ」
ビー玉のように綺麗な目があたしを捕らえるから、あたしは言葉を失った。
****************
「隊長!」
学校の外で大きな声で〝隊長〟と呼ばれると、恥ずかしいものがある。
麻友が大きく手を振っているのを見ながら、小さく頭を下げた。
「おはようございます。今日、20人ぐらいの小規模集会だから、気楽にいきましょう」
「そうなんだ」
「各校の代表数名の参加だから、小規模なんですよ。さすがに隊員全員呼んだら場所を借りるのも一苦労になっちゃうし」
――――――麻友さん、隊員全員って何人居るんでしょうか。
恐ろしくて訊けない疑問を、すっかり飲み込んだ。
「でも、有志の団体なのに、休みの日に学校の教室を貸してくれるなんてうちの学校って優しいね」
あたしたち、親衛隊が集まっているのは平日毎日通う、学校だ。
土曜日で普段なら、部活動をしている生徒ぐらいしか学校には来ない。
部活動に関わらない生徒は校舎への立ち入りも制限されているはずなのに、今日の集会の申請は簡単に降りた。
「はい、今の生徒会長が理解がある人ですから。あっ、糸崎隊長は代表だから、生徒会長に挨拶をして欲しいです。記憶がないこと、ばれないように」
最後の部分はコソッと耳打ちをするように言った。
「橘生徒会長、今日はよろしくお願いします」
「葛葉の親衛隊の子たちか。他校の子たちも来るんだよね? 頑張ってね」
微笑んだ穏やかな笑みの彼が、あたしを視界に入れた。
あたしは視界を受けて、息を呑んだ。
――――――橘 慎之介
記憶は戻ってきていないのに、彼を見た瞬間に名前が浮かんできた。
ギュッと押しつぶされそうな胸の痛みを感じる。
「杏ちゃん、休みの日まで大変だね」
麻友が準備のため、この場を離れるなり、橘生徒会長はあたしに気安く話しかけてきた。
「えっ、あっ、はい」
記憶を失う前のあたしが、どのように橘生徒会長と付き合っていたのか距離感がわからない。
先輩後輩として当たり障りないよう敬語で返してみたら、「どうしたの?」と笑われたから、どこか間違っているのだと思った。
「親衛隊も、この数ヶ月で大きくなったし、まとめるのも大変でしょ?」
「えぇ、まぁ」
「葛葉は例年にないほど、学生生活をのんびり過ごしてるみたいだけどね」
「杏ちゃんのおかげでね」と橘生徒会長のウィンクはあたしの心臓にズキュンッとささった。
「橘生徒会長は、どうして学校の教室の使用許可を出してくれたんですか?」
「いつもみたいに、慎先輩でいいよ?」
いつもどおりで、って言われてもその〝いつも〟がわからないのだけれども。
でも、いつもの様子を聞いたら、すぐに記憶喪失であることがばれてしまう。
「はい、慎先輩」
「葛葉がお世話になっているんだから、このぐらいの協力は僕にもさせて欲しいんだ」
「葛葉――――――」
「頼りない友人だと思うけど、たまには頼ってよ」
葛葉の友人。
記憶のないあたしの奥深くに眠るひとつの名前。
――――――橘 慎之介。
彼はあたしの学校の生徒会長であり、大村葛葉の友人だった。




