第3話
おせっかいなお姉ちゃんは、村神さんの車で渡壁くんを千光寺山に上がるロープウェイ乗り場がある山麓駅まで送ると言い出した。自分は運転しないくせに。
まあそこまでは予想できたことだからまだ許せる。
だけど。
「どうして私までいっしょに行かんといけんのん?」
私はお姉ちゃんに強引に車へ押し込まれて、後部座席に座っていた。
嫌な予感的中かもしれない。
「渡壁に尾道の案内してあげりゃあええじゃんか」
「じゃけえ、どうして私が?」
「だって、この中でヒマ人なんは美波だけじゃんか」
「ヒマじゃないもん!」
「じゃあ何するんね?」
「そ、それは……」
私は言葉に詰まった。実際は何もすることなんかないのだから、答えられるはずもない。
「ほれ、みてみいや。何もすることないんじゃったら、渡壁に道案内しちゃりいや。あ、せっかくじゃけえ、ベッチャーも見てくりゃあええじゃん」
お姉ちゃんはそう言って、村神さんに長江口のバス停で車を停めさせると、私と渡壁くんを半ば強引に引きずりおろす。
「ちょっと、お姉ちゃん!」
「楽しんでおいでいや」
「はい、何から何までありがとうございました!」
渡壁くんは律義に頭を下げていた。
「ちょっと、何お礼なんか言ってんのよ?」
「今時の子にしてはちゃんとお礼が言えるとは、感心感心」
お姉ちゃんは言いたいことだけ言って、助手席に乗り込む。運転席では村神さんが笑顔で手を振っている。
そして、車は無情にも私と渡壁くんを残して発進していった。
どうしてこういうことになるのよ?
歩いて家に帰れない距離でもないけど、やはりここは人として土地勘のない渡壁くんを一人残すわけにはいかない。
「ベッチャー、こっちじゃけえ」
仕方なく、私は人だかりの商店街へと渡壁くんを道案内した。
商店街では子供の泣き声が木霊していた。
怖いお面の下は普通のおじさんだってわかっていても、私だって今でもあんまり近づきたくない。子供ならなおさらだよね。
「相変わらず人が多いのお。俺も叩かれてこようかのお」
「本気で言ってんの?」
「だって病気にならんのんじゃろ?」
「それって迷信じゃんか」
「何事も信じる気持ちが大切なんよ」
そう言って、渡壁くんはベタやショーキーを目指して人ごみの中をかき分けて行った。
けっこう子供っぽいんだ。
私は渡壁くんが迷子にならないように、少し離れた所から彼の姿を目で追っていた。
まずベタに行く。頭を叩かれて痛そうな顔をしている。
今度はショーキーの方に行って頭を叩かれている。
もうやめておけばいいのに。懲りないなぁ。もしかして全員に叩かれようとしているんじゃないだろうか。
予感的中。
渡壁くんはソバに叩かれた後、獅子に頭をかじられていた。
渡壁くんは痛そうな顔をしながらも楽しそうに笑っていた。
もしかして、M?
なわけないか。けど、無邪気にはしゃぐ渡壁くんを見ていると、こっちまで自然と笑みがこぼれてくる。
嫌な気持ちが全部吹き飛んでいってしまいそうだった。
「美波?」
ふいに背後から聞きなれた声で名前を呼ばれて、私の体は硬直した。
聞き間違えるはずがない。
この声は……。
井ノ迫陸だ。
何で高校生にもなってベッチャーになんかに来ているのよ?
私は振り向くことができなかった。
「美波だろう?」
陸が私の前に回ってきた。私は咄嗟にうつむく。まだ陸の顔、まともに見ることができなかった。
「やっぱ美波じゃん。美波もベッチャーに来てたんなら、誘えばよかったかな」
下を向いていても陸の両隣に女の子が立っているのがわかる。相変わらず女には苦労してないんだね。
「ねぇ陸、この子誰?」
「元カノ?」
「まあそんなとこかな。俺、ふられちゃったの」
「うっそー? 陸をふる女がこの世にいるなんて」
「ありえなーい。何様のつもり?」
その鼻から抜けるような声を聞いているとムカツクけど、今の私は何も言い返すことができなかった。
そんな自分が情けなくて悔しくて涙が出そうになる。でも、ここで泣いたら負けだから、意地でも泣くわけにはいかなかった。
「ごめん、待った?」
うつむく私の肩を誰かが引き寄せた。
渡壁くんだった。
私は彼の胸に身を寄せる形になってしまう。
「この人たち、誰なん? 友達?」
渡壁くんの言葉に、私は黙って首を横に振ることしかできなかった。
「俺の連れに何か用?」
「何だ、ちゃっかり男作ってんじゃん。まあ顔だけは人並み以上だったからな」
陸の吐き捨てるようなセリフが、私の胸に突き刺さった。私って、陸からそんな風に思われていたんだ。
陸はそれ以上何も言わず、女の子を連れてどこかに行ってしまった。
私はショックのあまり動くことができなかった。
「俺、余計なことしたかのお? てっきり変な奴にからまれとんじゃばあ思うとったけえ」
確かにコテコテの登場に仕方だったな。けど、それは渡壁くんなりの誠意の現れだったんだと思う。
「ううん」
何とか声を絞り出すと、硬直した体も少し萎えていった。
「ベッチャーも満喫したし、今度こそ目的の千光寺に行くとするかのお」
私は黙ってうなずくことしかできなかった。