第5話 その9
勝太郎達四人は、化け物からなんとか逃げることに成功する。
そして近くの岩陰に身を隠した。
本当は出口まで逃げたかったが、そこまで距離があり身を隠せるものが無かったのだ。
「あっ、見て!」
バルイールがそう言ったので三人は岩陰から化け物の様子を見る。
ショットガンで破壊された化け物の右手はどんどん再生していき、殆ど元に戻っていた。
右手を再生し終えた化け物は、何かを探すようにふんふんと鼻を鳴らす。
「あいつ、何をやっているんだ?」
勝太郎は首を傾げる。
「匂いを嗅いでるみたいだよ」
バルイールがそう返す。
その時、化け物の顔がグルリとこちらを向いた。
二人は慌てて頭を引っ込める。
「こっち見たぞ!」
「そんなわけないよ。あいつ目ん玉ないじゃん」
勝太郎とバルイールが会話している間も化け物は鼻を鳴らしながら近づいてくる。
「考えられるの 可能性がひとつあります」
「それは何だ? メルヒェン」
「はいマスター。あの化け物は匂いでこちらを探知していると思われます」
「でも何の匂いなの……アタシ匂う?」
バルイールは自分の身体をクンクンと嗅ぐ。
「体臭ではなく、何か特定の匂いだと思います。例えば……」
「多分、私を狙ってるんだと思う」
その声を聞いて三人は一斉に振り向く。
声の主はミスフォルラだった。
「ミスティ、どういう事?」
バルイールが彼女に尋ねる。
ミスフォルラは真起子が言っていた事を思い出していた。
「言われたの。私は生贄だって、神を降臨させたら私を生贄に捧ぐって言ってた」
「何てクズな奴ら!」
それを聞いたバルイールは側にある岩を殴りつける。
岩に拳が思いっきりめり込んでいた。
「岩に八つ当たりするな」
「でもショータロー。ミスティが可哀想だと思わないの? あんな醜い化け物に狙われてるんだよ」
「分かってる。方法はひとつだ。あいつを倒すぞ」
「えっ?」
それを聞いたバルイールは目をパチクリさせる。
「だから逃げるのは止めだ。俺たちで奴を倒す」
勝太郎はHK416に装填されていたマガジンを外した。
「でも、銃弾は効かないよ」
バルイールは抗戦を決意した勝太郎にそう抗議した。
「確かに普通の銃弾は効果が薄い……普通の銃弾はな」
勝太郎は新しいマガジンを取り出す。
そこに詰まっている弾頭は緑に輝いていた。
「だから切り札を使うんだ」
勝太郎が手にしていたマガジンをバルイールに見せた。
「そっか。エーテルバレットならアイツを倒せる!」
「そう言う事だ。メルヒェンもエーテルバレットを装填しろ。二人で化け物を倒すぞ」
「分かりました」
メルヒェンはキャリバーザックのベルトとアダプターを銃から外す。
スカートからエーテルバレットが百発詰まったボックスマガジンを取り出した。
勝太郎もエーテルバレットが装填されたマガジンをHK416に叩き込み、薬室の通常弾を廃莢して初弾を装填した。
メルヒェンもベルトリンクで連結したエーテルバレットをMK48の薬室に装填する。
「マスター。準備完了しました」
勝太郎はM203にエーテルグレネードを装填しながら返事する。
「俺も準備完了だ。行くぞメルヒェン」
「はい」
「ちょ、ちょっと待ってアタシは?」
バルイールが自分に指をさして勝太郎に尋ねた。
「バルイールはミスフォルラと一緒に離れてろ。俺とメルヒェンでやる」
「う〜分かった。二人とも倒し損ねないでよ」
「ああ、勿論だ」
「必ず倒します」
そう言って勝太郎とメルヒェンは岩陰から飛び出した。
「アタシ達は留守番。ここで二人を応援しよう」
「はい」
バルイールとミスフォルラは二人の後ろ姿に心の中で声援を送るのだった。
化け物は岩陰から出てきた勝太郎とメルヒェンに気づき動きを止める。
「ウルルル」
化け物は威嚇するように鳴いた。
「マスター。さっさと終わらせましょう」
二人は持っている銃を、化け物に向けて狙いを定める。
「ウルルルル!」
化け物は二人に退けと言うように鳴きながら迫る。
「撃て!」
勝太郎とメルヒェンは同時に引き金を引いた。
撃鉄が雷管を叩き、薬莢の中の発射薬が燃焼し弾頭を撃ち出す。
エーテルで作られた弾頭は緑の尾を引きながら、化け物に当たる。
エーテルバレットは化け物の胸部に命中した途端、緑の小爆発が起きた。
化け物の胸部がゴッソリと抉れる。
「ウルルルルルル!」
予想以上のダメージを与えられて、化け物は咄嗟に両腕でガードした。
「マスター。化け物が腕で防御しています」
「構わず撃ち続けろ! 腕ごと貫け!」
メルヒェンと勝太郎は撃ち続ける。
勝太郎は三発ずつ、メルヒェンは十発ずつ区切って撃ちまくった。
射撃が止まり銃声が止む。二丁合わせて合計百三十発を全弾撃ち尽くしていた。
化け物の両腕は原型を留めてなく、身体も穴だらけになっていた。
「止めだ」
勝太郎はM203のトリガーに指をかけると、頭部の少し上を狙い撃った。
ポンという発射音がして四十ミリのエーテルグレネードが飛び出す。
グレネードは狙い違わず着弾して化け物の頭を緑の光球が包み込んだ。
光が収まると、化け物の首がソックリ消失していた。
首を失った化け物は仰向けに勢いよく倒れる。
「やったか?」
「まだ分かりません」
勝太郎とメルヒェンは油断なく構えながら銃に通常弾を再装填していく。
「どうショータロー。化け物倒した?」
「まだ分からない。こっちに来るなよ」
「マスター駄目です」
メルヒェンの警告を聞いて勝太郎は化け物の方を見る。
その視界に首が再生していく化け物の姿が映っていた。
「エーテルバレットでも駄目なのか!」
勝太郎は奥歯を噛みしめる。
その間も、首が完全に再生した化け物は起き上がる。
「ウルルル! ウルルルルルル!」
化け物は怒りの鳴き声を上げて、勝太郎に拳を振り下ろす。
「しまっ……」
あまりの素早い一撃に勝太郎は反応できない。
「マスター」
メルヒェンは勝太郎を体当たりで吹き飛ばした。
「がっ! くそ、メルヒェン!」
吹き飛んだ勝太郎が頭を上げると化け物の左拳をメルヒェンが両手で受け止めていた。
「逃げてくださいマスター」
化け物は空いている右手でメルヒェンの身体を掴んだ。
メルヒェンは逃げ出そうともがくが、強い力で握り締められ動けない。
次第にミシミシとメルヒェンの身体が軋む。
「メルヒェン!」
絶体絶命の光景を見てミスフォルラが絶叫する。
遂にメルヒェンが背負っていたキャリバーザックが無残に潰れた。
バラバラと中に入っていた弾薬が床に落ちる。
化け物はメルヒェンを掴んだまま右手を、自分の鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。
「ウルル?」
化け物は首をかしげると、メルヒェンを無造作に放り投げた。
そのままメルヒェンは壁に勢いよくぶつかり床に落ちる。
「いやああああっ!」
ミスフォルラが叫びながら、吹き飛ばされたメルヒェンを助けようと走り出す。
「ミスティ! 言っちゃダメ!」
バルイールは慌ててミスフォルラの後を追いかける。
「ウル? ウルルルル!」
鳴き声を上げながら化け物がミスフォルラを追いかけてきた。
「くっ、止まれ!」
バルイールはM93Rをバーストで撃って足止めするが化け物は歩みを止めない。
「くそ!」
勝太郎は悪態をついて、HK416を撃ちながら化け物を追いかける。
二人がどんなに撃っても化け物は意に介さず、ミスフォルラに迫る。
「メルヒェン、メルヒェンしっかりして」
後ろから化け物が迫っていることも知らず、ミスフォルラは倒れているメルヒェンに駆け寄る。
「…………」
仰向けに倒れているメルヒェンは返事をせず、光を失った青い硬質な瞳は開いたまま虚空を見つめていた。
「メルヒェン返事をして、ねえメルヒェン」
ミスフォルラは何度も彼女の肩を揺さぶる。
「……中」
「えっ? メルヒェン今なんて言ったの?」
メルヒェンの口が動き、何か言葉を発する。
「……動中……再、動中……再起動中」
メルヒェンの瞳に光が戻る。
「再起動完了……姉さま、ですか?」
首を起こしたメルヒェンはミスフォルラの姿を見つけ首をかしげる。
「メルヒェン! 良かった。大丈夫なのね?」
ミスフォルラは嬉しさのあまり、メルヒェンにガバッと抱きついた。
「姉さま。逃げてください。早く」
「きゃあ!」
メルヒェンはそう言って抱きついた彼女を突き飛ばす。
突き飛ばされて尻餅をついたミスフォルラに影が覆う。
「ひっ……」
見ると彼女の視界いっぱいに化け物が映る。
「ウルルルルルル」
化け物は一声鳴きながら右手を伸ばす。
「嫌っ!」
ミスフォルラはその手をなんとか避ける。
化け物は再度手を伸ばそうとするが、銃声が響き背中に穴が空いた。
「ウルル!」
撃ったのは勝太郎とバルイールだ。
二人は弾が尽きるまで、撃ち続けた。
化け物は邪魔をする二人に狙いを定める。
筋肉で盛り上がった両手で潰そうと同時に振り下ろした。
勝太郎とバルイールは跳んでその一撃を避ける。
「きゃああっ!」
バルイールは着地した隙を突かれ化け物の追撃を食らって吹き飛ばされる。
「バルイール! おい、化け物こっちだ!」
勝太郎は自信を囮にして化け物を引き付ける。
挑発に乗った化け物は勝太郎目掛けて次々と拳を振り下ろした。
勝太郎は銃を撃ちながら避ける。
しかし動きながら撃っているので、決定的な一打にはならない。
「ぐっ」
不意に勝太郎が呻いてその動きが鈍る。
激しい動きで傷口が開いたのか、激痛と何かヌルリとした感触を感じていたのだ。
動きが止まった勝太郎に化け物の拳が直撃した。
咄嗟に両腕でガードするが十メートル程吹っ飛ぶ。
「バルイール! 海崎くん!」
ミスフォルラの叫びに二人は答えない。
「ウルル」
「ひっ」
邪魔者を排除した化け物がこちらを振り返り、近づいてきた。
「姉さま。早く逃げて下さい」
まだ足が動かないのか、メルヒェンは上半身を起こしてミスフォルラを説得する。
逃げようと立ち上がったミスフォルラは見た。
倒れ伏す勝太郎とバルイール、メルヒェンの姿を、ボロボロになりながらも自分を助けてくれる三人の姿を目に留めた。
「……逃げないよ」
「姉さま?」
ミスフォルラは立ち上がると、右手に持つジェリコを化け物に向けて両手で構える。
「私は逃げない!」
ミスフォルラは何度も何度も引き金を引いた。
「うわあああああっ!」
吠えながら撃ちまくる。
放たれた弾丸は全て化け物に当たった。
ミスフォルラはカチンカチンと弾切でスライドが後退したままのジェリコの引き金を引き続ける。
しかし化け物は平然と立っていた。
「あっ……」
ミスフォルラの眼前に化け物の手が迫る。
「きゃあ」
化け物は抵抗しない様に獲物を弱らせる為か、ミスフォルラを手の甲で叩いたのだ。
ミスフォルラの身体は床を数メートル滑り止まる。
叩かれ吹き飛ばされた彼女に化け物がゆっくりと近づいてくる。
(早く逃げなきゃ。立ち上がらないと、あいつに捕まったら……)
ミスフォルラはそう思って立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。
目だけ動かして見ると、化け物がどんどん距離を詰めてくる。
(このままじゃ逃げれない。あいつを、あの化け物を倒す力が欲しい!)
ミスフォルラは何とか這いずりながら逃げる。
だが化け物との距離は縮まるばかりだ。
「ううっ、くうっ!」
ミスフォルラは痛む身体に鞭打ちながら、逃げる。
その時右手に持っている物に気づく。
相棒に選んだジェリコ941が目に入る。
スライドは後退し弾は尽きていたが、彼女の持つ唯一の力であった。
「お願いジェリコ。私に力を……力を貸して!」
ミスフォルラは立ち上がる。
左腕は骨が折れたのか、熱を持ったように痛み動かない。
それでも弾切れのジェリコを、相棒を片手で構える。
せめて泣き叫んで死ぬよりは、最後の最後まで抗ってやろうとそう決意し化け物を睨みつけた。
「……馬鹿、逃げろ!」
「ミスティ……逃げて」
勝太郎とバルイールの言葉を無視して、ミスフォルラは化け物を狙う。
「ウルル」
化け物はミスフォルラが何もできないと分かっているのか、左手を伸ばす。
あと数センチでミスフォルラに届く。その時、彼女の身体をエメラルドの光が包み込んだ。
「な、何? この光?」
ミスフォルラは自分の身体を包む緑光に驚く。
倒れている三人も何が何だかわからず言葉も出なかった。
「ウルル、ウルルウルルルル」
化け物はその光を浴びて苦しいのか、手を盾のようにかざして後ずさる。
「これはエーテル?」
ミスフォルラは先程のエーテルバレットの色を思い出す。
「もしかしたら……」
ミスフォルラは試しにジェリコに意識を集中した。
すると緑光が粒子となって、ジェリコに集まる。
「あっ、これ……」
ミスフォルラはジェリコの空のマガジンに一発の弾丸が装填されていくことに気づく。
エーテルが雷管、薬莢、発射薬。そして弾頭を形作り一発の弾薬になった。
「ありがとう」
彼女はこの奇跡を起こしてくれたエーテルに礼を言って、スライドストップを解除する。
エメラルドの弾丸が薬室に装填された。
「ウルルルルルル!」
化け物が左手を広げてミスフォルラに掴みかかろうとする。
ミスフォルラはその左手に向けてジェリコの引き金を引く。
それはもはや砲撃だった。
轟音と共に銃口の何倍もの大きさの緑の光が化け物を飲み込んでいく。
「ウル……」
光に飲み込まれた化け物の鳴き声は途中で途切れる。
エーテルの砲弾は反対の壁まで届き大穴を開けていた。
緑光が収まる。
「何だ今のは?」
「分かんない。あんなの初めて見たよ」
勝太郎とバルイールは何とか起き上がる。
「圧縮し凝縮したエーテルを発射したようです」
二人の疑問に答えたのはメルヒェンだ。
「そういえばミスティは?」
バルイールのその言葉に勝太郎とメルヒェンは彼女の姿を探す。
「いたぞ。あそこだ」
勝太郎が指差した先にミスフォルラが銃を構えたまま立っていた。
「ミスティ!」
バルイールが手を振りながら走って近づき、勝太郎とメルヒェンも彼女のところに集まる。
「ああ、みんな、無事だったんだね……」
ミスフォルラは崩れ落ちるように倒れた。
「おっと危ない! 大丈夫ミスティ?」
駆けつけたバルイールが倒れる彼女を受け止める。
「うんごめん。一気に力が抜けちゃった」
「かなり体力を消耗してるみたいです」
メルヒェンがミスフォルラを診ながらそう告げる。
「大丈夫。ちょっと休めば大丈夫だから」
起き上がろうとするミスフォルラをメルヒェンが手で制する。
「起きちゃ駄目です。休んでいて下さい」
「うんわかったよ。メルヒェン」
「それにしても凄かったね。さっきのアレ。どうやったの」
バルイールが先程の砲撃の事を聞く。
「よく分からない。あの化け物を倒したいって願ったら、出来たの」
「まるで砲撃みたいだった。名付けるとしたら……魔砲かな」
「うん。その名前カッコ良くて私好きだな」
「気に入ってくれてよかった」
「おい。ミスフォルラは無事か?」
三人が話していると勝太郎が近づいてきた。
「はいマスター。ただ体力をかなり消耗しています。早く休ませた方がいいと思います」
「分かった。すぐここを出るぞ」
「ショータロー。あの化け物は?」
「あそこだ」
勝太郎は親指である場所を指し示す。
そこには黒いタールのような粘液の塊が床にこびりついていた。
「あれが化け物?」
「ああ、ミスフォルラの放った一撃で原型をとどめてない。むしろアレを食らって身体が一部でも残ってるなんてな」
勝太郎とバルイールは化け物の死骸に近づく。
黒い塊はジュウジュウと音を立てていた。
「死んでるんだよね?」
バルイールは化け物の再生能力を目にしているので、目の前の死骸を見ても死んだとは信じられない。
「恐らく。だが分からない。念には念を入れるか。バルイールM26を全部くれ」
「うん。分かった」
勝太郎がバルイールから手投弾を受け取ろうとしたその時、化け物の死骸からピンク色の球体が現れるのだった。




