第5話 その4
「痛っ!……ん、何?」
ミスフォルラは右腕に走った突然の痛みに目を覚ました。
天井から裸電球が照らしてはいるが弱い光で部屋全体を照らしきれてはいなかった。
何処からか車のエンジンの音によく似た音がが聞こえてくる。
どうやら発電機のようだった。
ミスフォルラは痛む右腕を見て、驚きに目を見開いた。
「な、何これ?」
ミスフォルラの右肘の内側に注射針のような物が深々と突き刺さっていたのだ。
静脈に深々と突き刺さった針はチューブと繋がっていて点滴袋のような物に繋がっていた。
「貴女の血をもらうのよ」
パニクるミスフォルラの疑問に答えたのは、冷たい女性の声だった。
ミスフォルラが声のした方を見ると、薄暗くて気づかなかったが、自分の目の前に人がいた事に初めて気づく。
彼女の視界には、お揃いの白いローブに、血の手形がついた仮面をつけた人間が三人と、全身真っ黒の衣装に身を包んだ男性サイトーがいた。
サイトーは相変わらず前髪で目が隠れていて、表情が全くわからない。
ここは第三階層の大部屋に張られたテントのひとつだった。
「……あ、あなた達は、神の手ね?」
ミスフォルラは以前自分を攫った者と同じ格好をした人間が目の前にいて、恐怖に唇が震える。
それでも気丈に神の手の信者達を睨みつける。
「こんな時でも威勢がいいのね」
段々と冷静さを取り戻していくミスフォルラ。
中央で喋る女性の声を何処かで聞いたことがあると思い出した。
「あなたは……まさか校長先生?」
「……!」
驚いたのは中央にいた女性信者だった。
「ふう。まさかバレるとはね」
女性信者は仮面を外して、ミスフォルラに顔を晒す。
「こんばんは。ミスフォルラさん」
仮面を外した女性、永泉真起子はミスフォルラにそう挨拶した。
「なぜ校長先生がここにいるんですか?」
「そうね。知りたい?」
ミスフォルラは頷く。
今はどんな話でもいいから聞いておくことで、恐怖を和らげたかった。
何も知らないでいるよりはもマシだった。
「私は、この神の手の教祖の一人なの」
ミスフォルラは黙って話を聞く。
「けど私は一番の末席でね。儀式を成功させないと、私は教祖からまた一信者に落とされてしまう」
真起子の話はミスフォルラには全く理解できなかった。
「この前行おうとした儀式はあなたのお仲間に邪魔されたけど、今回は絶対成功させるわ。
私にはもう失敗は許されないんだから」
真起子はミスフォルラに近づくと彼女の顎を持ち上げる。
「離して!」
ミスフォルラは顔を振ってその手を振り払う。
その時に初めて気付いた。
手足が動かないのだ。
見ると椅子に座らされていて、手足が鉄製の拘束具で固定されていた。
「あがいても無駄。あなたは生贄なのよ」
真起子はミスフォルラの必死の抵抗を楽しんでいた。
「生贄? それってなんなの?」
ミスフォルラは生贄と自分で口にする度に、恐怖がその身を包む。
「前回は出来なかったから知らないのね? 儀式には生き血が必要なの。エルフの高貴な生き血がね」
「生き血? 私の血?」
ミスフォルラは遂に恐怖を隠しきれなくなっていた。
「貴女処女よね?」
「えっ?」
ミスフォルラはその一言を聞いて固まる。
「処女かどうか聞いてるの。ミスフォルラさん」
「そ、そんな事言えません!」
ミスフォルラの顔が真っ赤になる。
黒ずくめの男以外の信者二人は画面越しでもミスフォルラに下卑た笑みを向けた。
「まあ、その反応を見れば一目瞭然ね」
真起子はミスフォルラの反応を楽しんでいた。
ミスフォルラは真っ赤になって顔を伏せる。
その目には涙が浮かんでいた。
するとテントの出入り口から一人の信者が入って来る。
そして真起子に耳打ちしてテントを出て行った。
内容はミスフォルラには聞こえなかった。
「さてと、そろそろ時間のようね。儀式を始めましょう」
そう言うと信者の一人が近づきミスフォルラの右腕に近づいた。
「いや来ないで! 止めて!」
信者はその懇願は無視して注射針の装置を動かした。
ミスフォルラの静脈から血が抜き出されチューブを赤く染める。
「い、いや……」
ミスフォルラは自分の身体から抜き出される血を目で追う。
すると点滴袋の下の台に銀の杯が置かれていた。
点滴袋の下から、ミスフォルラの血がポタポタと垂れ、その杯に溜まっていく。
「そこで止めなさい」
ある程度、溜まったところで真起子がそう指示した。
ミスフォルラの採血が止まる。
「ふふっ。綺麗な血。これを使えばいい神が降臨しそう」
真起子はそう言って血の溜まった杯を持つと、外に出た。
テントを出た真起子は部屋の床に描かれた魔法陣の前で止まる。
その魔法陣は前回の時に用意してそのままになっていたものだ。
魔法陣の一部は欠けている。
真起子は、杯に右手の人差し指を浸ける。
人差し指は血で赤く染まっていた。
真起子はしゃがみこむと、欠けた魔法陣を血のついた指で書いていく。
杯の中身を使い切ってもなお、魔法陣は完成しなかった。
真起子は空のそれを持ってテントに戻る。
そしてこっちを見つめるミスフォルラに残酷にこう言い放つ。
「まだまだ血が足りないの。また貴女の血を貰うわ」
「そ、そんな……嫌、止めて!」
ミスフォルラが否定しても、命令を受けた信者は再び血を抜く。
また杯に血が溜まっていった。
サイトーはミスフォルラが血を採られる様子を無表情に見つめていた。
ミスフォルラは抵抗する気力もないのか、グッタリしている。
それを見る神の手の信者たちは仮面で隠れているとはいえ、いやらしい目で彼女を見ていた。
真起子の目はもっと酷くミスフォルラの事をモノとしか見ていない目だった。
「どこへ行くのですか?」
サイトーがテントの出入り口に向かうのを見た真起子が尋ねる。
「私には、血を抜く様子を見る趣味はないので」
サイトーはそう言って相手の返事を待たずに、自分のテントに向かった。
(それに、あの探索者が死んだとは思えません。用心は必要でしょう)
サイトーはそう思いながら、自分にあてがわれたテントに戻ると、用意した武器の点検を始めた。
彼が持ってきたのは、勝太郎との戦いで壊れて二代目の、ピストルHKP7とアサルトライフルのファマスだ。
ファマスはマガジンをグリップの後ろに装填するブルパップで、機関部がストックにある銃だ。
その為、全長が約七十六センチと一般のアサルトライルよりも短く、振り回しやすい。
サイトーは性能以前にこのファマスのスタイルが好きで使っている。
ドットサイトなどの光学照準器は折角のファマスのスタイルが崩れるのでサイトーはアイアンサイトを用いていた。
(早く来い探索者。来ないと退屈だよ)
サイトーはそんなことを思いながらファマスの点検をするのだった。




