第4話 その6
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい。ミスティ、ショータロー」
金曜日、いつものようにミスフォルラと勝太郎は学校に向かう。
それを見送った上下ジャージ姿のバルイールは、特にやる事もなく応接間のソファでゴロゴロしていた。
メルヒェンはキッチンのシンクで朝食の後片付けをしている。
暫く応接間には、メルヒェンの食器を洗う音だけが響いていた。
「うーん。何もしないって最高〜」
勝太郎以上に動かないバルイールはそう呟きながら、相変わらずソファでゴロゴロしていた。
そして瞼を閉じて躊躇うことなく夢の世界に飛び込んだ。
「マム起きて下さい……よろしいでしょうか?」
食器洗いを終えたメルヒェンが彼女に声を掛ける。
「……にゃ〜にぃ?」
いつの間にかソファで眠っていたのか、バルイールはだらけた猫のような喋り方でメルヒェンの方を向く。
「そろそろ応接間を掃除したいので、部屋から出てもらってもよろしいでしょうか?」
「え〜、メルヒェンきびしい〜」
ソファにうつ伏せのまま、バルイールは抗議の声をあげる。
「普通です。さっさと退いてください」
メルヒェンは硬質な青い瞳でバルイールを見下ろす。
「ひゃっ! その目ゾクゾクしちゃう」
「……マム」
バルイールはメルヒェンの冷たい視線を受けながら、起き上がる。
「起きる。起きますよ。しょうがない自分の部屋に行くかな」
バルイールが応接間のドアを開けようとしたその時、下から声が聞こえてきた。
「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんか?」
ドアを開けて下を見ると、宅配業者がこちらを見上げていた。
「すいません。こちらは海崎様のお宅で間違いありませんか?」
「はいはい。そうですよ」
「桃ノ木様から荷物が届いています」
「アスカちゃんから? はい今受け取りますよ」
「ここにサインをお願いします……はいありがとうございました」
「ご苦労様です〜」
宅配員にそう言ってから、バルイールは受け取った荷物を三つ持って応接間に入る。
「荷物は何でしたか?」
バルイールが両手に持つ物を見てメルヒェンが尋ねる。
それは銀のプラスチック製のスーツケース2つとダンボール箱ひとつだった。
「アスカちゃんに調整頼んでいたのがやっと戻ってきたみたいだよっと」
スーツケースの一つを開けると、中にはヘルメットや金属板が入っていた。
「ちゃんと約束した日に戻ってきましたね」
「うん。アスカちゃんこういうところは真面目だからね。あとダンボールの中身はなんだろう?」
ダンボールのガムテープを剥がし中を覗くと、そこには大量の弾丸が収められている。
五・五六ミリや七・六二ミリが殆どだが、四十ミリのグレネード弾も入っていた。
どの弾頭も緑色をしていた。
「ワオッ! 魔力弾じゃん! しかもこんなに、アルフィアさんに感謝しないとね」
「これだけあれば探索も捗りますね」
「近々、十三階層のボスを討伐作戦があったから本当ありがたいよ。勝太郎も喜ぶだろうな。帰ってきたら教えてあげるか」
「はい。マスターも喜ぶと思います」
「じゃあエーテルバレットは武器庫に保管しとくから、コレはここに置いておいて。アタシの分は自分の部屋に運んじゃうから」
「分かりました」
バルイールは自分の分のスーツケースを片手で軽々と持って、自分の部屋に運び入れるのだった。
その日のお昼。掃除を終えたメルヒェンは昼食を作ろうとキッチンに向かっていた。
その時視界にある物が映る。
「これは……」
彼女の目は雑居ビル周辺に巧妙に仕掛けてある監視カメラとリンクしている。
その監視カメラに複数の人影が映ったのだ。
人影は覆面で顔を隠しているが、その手には銃を握っていて、メルヒェン達がいる雑居ビルを包囲するように動いていた。
「マムに連絡しないと」
メルヒェンは自身に内蔵されている電話機能を使いバルイールのスマホに繋げるのだった。
その時、バルイールは寝ていた。
毛布もかけず、口を大きく開けて上下のジャージは半脱ぎ状態。
無駄な脂肪ひとつない見事な腹筋が剥き出しになっていた。
不意にバルイールのスマホが着信を告げる。
彼女はくわっと瞼を上げると、素早い動きで鳴っている電話を取る。
「どうした?」
着信音は緊急事態が起きた時用に設定していた着信音だった。
『マム。何者かがこのビルを包囲しています』
それを聞いてバルイールは一気に精神を集中させ、戦闘状態に持っていく。
「敵の正体は?」
『不明です。覆面で顔を隠していますが、服装から見て全員男性のようです』
「武装は?」
バルイールは立ち上がるとスマホをスピーカーホンにセットしてジャージを脱ぐ。
『アサルトライフルとサブマシンガンです』
「結構な重武装だなぁ」
探索者以外の者が銃を所持することは固く禁じられている。
ビルを囲む敵は、白昼堂々アサルトライフルにサブマシンガン。本気でこちらを潰しにかかってきていた。
対する彼女達の装備は拳銃とナイフのみ。
探索者はダンジョン以外では拳銃以外は持つことは許されていない。
いかなる理由でも、それを破った場合は資格は剥奪され刑務所行きである。
「敵は周りを囲んでいるだけ? 入ってくる素振りは?」
『今のところ、ビルの周りを取り囲んでいるだけです』
(奴らの目的は何? 考えられるのはミスティの誘拐だけど……)
タンクトップとホットパンツ姿に着替えたバルイールは、腰のベルトにベレッタM93Rとマガジン、そしてナイフを装備して、ショートブーツを履く。
「メルヒェン。映像こっちに送れる?」
『今送ります』
バルイールのスマホに監視カメラの映像が送られてくる。
それを見ると確かに覆面で顔を隠し、銃で武装した者達がビルを取り囲んでいた。数は八人。
『マスターに応援を頼みますか?』
「ううん。今から頼んでも、ショータローは間に合わない。それよりもこの数ならアタシ達で返り討ちにするよ」
「はい……マム。これを見てください」
送られてきた新しい映像には、前方から近づいてくる一台のピックアップが映っていた。
なぜか荷台を黒い布で覆っていて、中の様子は伺えない。
そのピックアップが雑居ビルの前で止まる。
道路の真ん中で止まったので、他の車が抗議のクラクションを鳴らすが、それを無視して車から覆面を被った男が降りてくる。
そして荷台の布を勢いよく剥いだ。
「ヤバイ! あれは……DShK、ダッシュKだ!」
荷台に取り付けられていたものは、重機関銃だった。
その名はドーシカM38/46重機関銃。
口径十二・七ミリ。薬莢の長さは百七ミリというとてつもない大きさの銃弾を使用する。
覆面の人間はドーシカを構えると、初弾を装填し二階の応接間に狙いを定める。
『マム。その場で伏せていてくださ……』
メルヒェンの言葉はドーシカの銃声によって、かき消されてしまうのであった。




