第1話 その1
「ミスティ。じゃあね」
「うん。ノリコまた明日ね」
ミスティと呼ばれた少女、美花子・ミスフォルラは、駅で友人のノリコと別れる。
そして家までの道を、夕日を浴びて艶々と輝く黒いロングヘアをたなびかせて歩いていた。
彼女のエメラルドの瞳には、天高くそびえる塔が映る。
その塔は見上げても天辺が見えないほど高く、どんな高層ビルでもその黒い塔に追いつける物はなかった。
「あの塔、五十年前からあるんだよね……」
ミスフォルラは自分が生まれる前からある塔を見つめながら家路を急ぐ。
「いけないもうこんな時間!」
今日は、彼女の父であるディスモスがダンジョンの探索から帰って来る日だった。
「早く帰ってパパに夕ご飯作ってあげなくちゃ!」
そう意気込んでミスフォルラは、とんがり耳をパタパタさせながら小走りで家に向かう。
その後ろ姿をじっと見つめる存在がいる事に、彼女が気づく事はなかった。
入浴を済ませパジャマに着替えた彼女はリビングで飲み物を飲んでいた。
「おや、ミスティ。まだ起きていたのかい?」
「あっ、パパ。もう少ししたら寝るよ」
「そうか。そうそう今日のご飯、とっても美味しかったよ。また腕を上げたね」
「えへへ、ありがとう。パパはまだお仕事?」
「うん。今日中に探索して手に入れた情報を、纏めないといけないんだ」
父はそう言って、コーヒーを沸かす。
「何か手伝えることある?」
ミスフォルラの夢は、父と同じ探索者になる事である。
その為に色々な訓練も父から教わっていた。
「ありがとう。でも大丈夫。ミスティは明日も学校だろう。もう寝なさい」
「うん。分かった。おやすみパパ」
「おやすみなさい」
立ち上がったミスフォルラは、写真立ての女性にも声を掛ける。
「おやすみ。ママ」
ミスフォルラは両親に挨拶して、二階の寝室に向かうのだった。
部屋に戻ったミスフォルラはベッドでくつろぎながら、先ほど別れたノリコとSNSを使って明日の事を話していた。
(ごめんねパパ、ママ。もう少ししたら寝るから)
心の中で両親に謝りながら、スマホをいじっていると、下の階で、ガシャンと何かが割れる音が聞こえてきた。
「何の音?」
ミスフォルラはしばらく耳を澄ました。
音は一度だけなので、何か倒れたのだろう。
そう思って、再びスマホに意識を向けようとした時、階下で複数の何かが破裂するような大きな音が響く。
それはミスフォルラも聞いた事がある音だった。 だが家の中では決して聞こえるはずがない音だった。
「い、今の……銃声?」
ミスフォルラはノリコに「ちょっとごめん」とメッセージを残して、部屋の扉を開ける。
廊下は静まり返り、先ほどの銃声以外は何も聞こえない。
階段に近づくと、下から微かな物音が聞こえてくる。
「パパ。何かあったの?」
下の階には父の部屋があった。
だからミスフォルラは父に尋ねたのだが、何も返事がない。
なぜか下に降りるのが恐ろしくてミスフォルラの両足は震えていたが、何が起きたのか確かめたい気持ちが勝っていた。
「パパ。今の音、何?」
父を呼びながら、階段をゆっくりと降りる。
下に降りていくと、複数の匂いが鼻についた。
燃え尽きた花火の匂いと、微かな鉄錆のような匂いだった。
「一体何の匂い?」
怪訝な表情のまま、下に降りたミスフォルラは、父の部屋の方を覗きこむ。
「パ、パパ……?」
そこには部屋の扉から上半身だけ出した父が、うつ伏せで倒れていた。
ミスフォルラは夢を見ているような気分で、よろよろと倒れている父に近づいていく。
近づくと、父の右手には拳銃が握られていて、銃口から硝煙を漂わせている。
背中には複数の穴が開き、そこから赤い液体が流れていた。
匂いの正体が硝煙と血の匂いと知った時、ミスフォルラは腰が抜けてしまいその場にペタンと尻餅をつく。
「えっ……パパ? パパ、パパ!」
ミスフォルラは、大声で父の名を呼びながら四つん這いで近づき、その冷たくなっていく身体を必死に揺らす。
「パパ。何で、一体何が……」
その時。また物音が聞こえて彼女は音のした方を見た。
「だ、誰?」
そこには夜なのにサングラスとマスクで顔を隠した三人の男がいた。
二人は立って上からミスフォルラを睨みつけ、一人は壁に凭れて血を流していた。
「お前が美花子・ミスフォルラか?」
そう言った男が、右手に持った銃を彼女に突きつける。
「え……あ……」
ミスフォルラは自分も死ぬと思うと恐怖で、声が出せなかった。
「声も出ないか。まあいい。騒がれない方がこちらも楽だからな。おい、写真で顔を確認しろ。急げ!」
もう一人が写真を持ってミスフォルラの顔を確認して頷く。
「このハーフエルフで間違いない」
「よし、連れて行くぞ」
「ひっ!」
ミスフォルラの想像は最悪の形で裏切られた。
写真を持っていた男に後ろ手で拘束され、口に猿轡をされる直前、倒れた父の姿が目に入り、ミスフォルラは口を開く。
「……るさない」
「ん? 何か言ったか?」
「絶対に許さない!」
「なっ!」
ミスフォルラは怒りで、一瞬だけ恐怖を忘れることができた。
「あなた達を絶対に許さない!」
銃を持った男は、彼女の迫力に負けて銃口をそらした。
その隙に、猿轡を噛ませようとした男に思いっきり頭突きをお見舞いする。
「ごぼっ」
しかし、後ろの男に頭突きをしたところで、再び銃を突きつけられてしまった。
「暴れるな。お前を殺すなと言われているが、怪我をさせるなとは、言われては、いないからな!」
銃を持った男は彼女のこめかみをグリップの底で殴る。
「きゃあっ……」
「もう暴れないな。返事は?」
男は銃口をミスフォルラのとんがった耳に突きつける。彼女は涙と血を流しながら、ただ頷くことしかできなかった。
「いい子だ。おい、早くしろ!」
「わ、分かってる」
頭突きをされた男が鼻血を流しながら、猿轡を噛ませる。
「用意できたぞ」
銃を持った男はミスフォルラに自分の顔を触れる寸前まで近づける。
「喜べ。お前は我らの神の生け贄になるのだ」
男の血走った目を見て、ミスフォルラは心の中で助けを求めることしかできなかった。
(助けて。誰かお願い助けて!)
ミスフォルラは頭に黒い袋を被せられ、家から車の中に連れて行かれてしまった。
銃を持った男も車に向かおうとしたその時、背後から弱々しい声がかけられる。
「ま、待ってくれ」
「ん、ああ、すっかり忘れてた」
銃を持った男は、壁に凭れて動けない仲間に近づく。
「俺は……腹を撃たれたんだ。痛え。手を貸してくれ」
腹の傷を見て銃を持った男はこう言った。
「もう助からねえよ。お前は」
「ま、待て!」
銃を持った男は、腹を撃たれて苦しむ仲間の頭にを狙って引き金を引くと、そのまま車に乗り込む。
車はミスフォルラを乗せたまま、塔に向かうのであった。




