第3話 その4
翌日の日曜日。朝早く目覚めたミスフォルラは手早く用意を整えていた。
服装は前日と同じく、メルヒェンが洗濯してくれた制服を着用する。
ひとつ違うのはスカートの下に黒いスパッツを履いている事だ。
これは前日、バルイールから貰ったものだった。
バルイール曰く、どうしても激しい動きをすると、スカートの中が見えてしまうと言われたからだ。
なのでミスフォルラはありがたくスパッツを頂戴したのだ。
部屋にある姿見を見る。そこには黒の髪とエメラルドの瞳を持った、いつもの自分の姿が映っている。
顔や雰囲気からも疲れた感じは出ていない。
昨日は、何百発も的を撃って集中力もかなり使ったが、全く疲れは残っていなかった。
寧ろ、早く上手くなりたいと言う気持ちが勝っていて、疲れは何処かに吹っ飛んでいた。
「がんばろう!」
ミスフォルラは気合いを入れる為、両手で自分の頬をバシンと叩く。
「……いっつ〜」
とても痛かった。
「何だ、今の音?」
勝太郎が、ミスフォルラの部屋を通りかかった時、大きな音が聞こえてきた。
何かあったかと、ドアをノックしようとしたが、寸前で思い留まる。
(男の俺が入るのもマズイか。後でメルヒェンにでも言っておこう)
勝太郎は朝食を食べる為に二階に降りるのだった。
「お早う御座います。マスター」
「おう、おはよう」
勝太郎が二階に降りると、丁度メルヒェンも下から上がって来て、手を前に組んで挨拶してきた。
「見回り終わりました」
「何か異常あったか?」
「はい。これを見つけました」
メルヒェンは組んでいた手を解き、左掌を彼に見せる。
手の中にあったのは、潰れた何かの残骸だった。
「これは、カメラだな」
「その通りです。このビルを監視するように、各所に仕掛けられていました」
「彼女の事、神の手の奴ら諦めてないみたいだな」
ミスフォルラがここに来てから、勝太郎は用心としてメルヒェンをビルに残している。
彼女を狙う者達が諦めたとは思えなかったからだ。
そして彼の予感は的中した。
「カメラ以外に何かあったか?」
「いえ。それらしい機器は何も、周辺に怪しい人物もいませんでした」
「まぁ、手がかりになるような物は流石にないか」
「申し訳ありません。私の力不足で」
「そんな事はない。お前のお陰でカメラを見つけられたんだからな。引き続き警戒を頼むぞ」
「はい」
「もし、ここに襲撃してきた奴がいたら生け捕りにしろ。絶対殺すなよ」
メルヒェンは「承知しています」と言ってお辞儀をした。
すると、ぐうううっという音が聞こえてきた。
それは勝太郎のお腹からだった。
「今、朝食を用意しますね」
「……ああ、頼む。それとミスフォルラの部屋で物音がしたんだ。後で様子を見てきてくれ」
「分かりました」
勝太郎は鳴り止まないお腹を宥めながら、メルヒェンと一緒に応接間兼食堂に向かった。
「お早う御座います姉さま」
すると三階に向かおうとしていたメルヒェンが、ミスフォルラの姿を見つける。
「おはよう。あっ……」
ミスフォルラはメルヒェンに挨拶を返すが、後ろの勝太郎を見て、言葉を詰まらせる。
「海崎くん。お、おはよう」
「…………」
ミスフォルラを無視して、勝太郎は先に応接間に入ってしまった。
「姉さま。何かありましたか?」
「えっ、何で?」
「先程部屋から物音がしたと聞きましたが」
「あっ!」
ミスフォルラは自分で頬を叩いた事を思い出す。
「な、何でもないよ」
「そうですか? でも少し頬が赤くなっていますが……」
「大丈夫! 大丈夫だから。お腹すいたなー。今日のごはんが楽しみだなー。行こ、メルヒェン」
ミスフォルラはメルヒェンの手を引っ張って二階に向かうのだった。
「うっめぇーー!」
勝太郎、メルヒェンそしてミスフォルラが食堂につくより前にバルイールが朝食をかっ込んでいた。
彼女の格好は薄手のパーカーにショートパンツを合わせている。
「美味い。美味いよ。昨日の夜食べられなかったから美味しすぎる〜。生きてて良かったー!」
結局バルイールは一週間メシ抜きの刑をくらった後、勝太郎に必死に懇願して何とか夕食抜きで許してもらったのだ。
三人の目も気にせず、勢いよく食べる彼女の姿を見ていると、勝太郎とミスフォルラの腹の虫が、より一層大きく鳴いた。
「二人の分も今用意しますね」
メルヒェンは直ぐに、二人の分をトレーで持ってきてテーブルの上に置いた。
「美味しそう!」
ミスフォルラがそう感想を漏らすのも無理はない。
献立は白いご飯と味噌汁。そしてこんがりと焼き目がついた焼き鮭とひじきだ。
シンプルだが、美味しそうな匂いがミスフォルラの胃を刺激してくる。
「頂きます」
手を合わせてそう言ったミスフォルラは箸を取る。
先ずは香ばしい匂いを放つ焼き鮭に箸を入れて口に運ぶ。
すると脂ののった鮭の味が口一杯に広がって、ものすごくご飯が欲しくなった。
ミスフォルラは左手で茶碗を持つと、湯気を立てるツヤツヤの白米をパクリと一口。
口の中で鮭とお米がひとつになる至福の瞬間。
「美味しいー!」
その一言を言った後、ミスフォルラは無言で食べ続けた。
鮭を口に運んだら次はご飯。また鮭を食べたらご飯、それを交互に繰り返す。
たまに味噌汁で口の中をリセットしてまた食べる。
「お代わりもありますよ」
「ごはんおかわり!」
「私もお代わり」
バルイールに続いてミスフォルラもご飯のお代わりを求める。
「二人共どうぞ」
「ありがとう……バルイールのご飯凄い量だね」
「サンキュー。ん? 昨日食べれなかったからね」
バルイールの茶碗にはご飯が文字通り山盛りとなっていた。
美味い美味いと言って、食べるバルイールのご飯は見ると一瞬にして三分の一が無くなっていた。
「ミスティもいっぱい食べておきなよ。今日も沢山動くんだから」
「はい。そうですよね。メルヒェン、私もごはん大盛り!」
勢いよく返事したミスフォルラもバルイールに負けじとご飯を食べるのだった。
「「ごちそうさまでした」」
「お粗末様でした」
バルイールとミスフォルラ、二人同時にご飯を食べ終わる。
二人の前の食器には、ごはん粒一つ残っていなかった。
結局、ミスフォルラはご飯を三杯お代わりしてしまったが、バルイールはその三倍以上食べていた。
二人は今、メルヒェンが出してくれた食後のお茶を飲んでいる。
「ぷはぁー」
(なんかおばあちゃんになったみたい)
ミスフォルラはそんな事を考えながら熱いお茶を味わう。
「ところでバルイール、今日はどうするんだ」
話を切り出したのは同じくお茶を飲む勝太郎だ。
「彼女が銃の扱いに慣れたのなら、訓練所行ってみたらどうだ」
勝太郎は未だに本人の前で名前を呼んだ事はない。
ミスフォルラはその事が指摘したかったけれど言えなかった。
「訓練所、そっかキルダンジョンとかやってみるのも面白いかも」
「キルダンジョンって何ですか?」
「ミスティ知らない? じゃあ行ってみようよ。実際に見た方がわかりやすいと思うし。どう?」
「はい。見てみたいです」
「決まり! じゃあ早速行こう」
バルイールはショートブーツの靴紐を確かめて勢いよく立ち上がると、傍に置いていたキャップを被った。
「俺も午後にそっちに合流するから」
勝太郎も食べ終えてお茶を飲みながらそう言う。
「おっ、ショータローも来るの?」
「ああ、俺もちょっと用があるからな」
「分かった。じゃ後でね。行こミスティ」
「あっ、バルイール。待って」
「早く早く」
走って車庫に向かうバルイールをミスティも慌てて追いかける。
食べたばかりで、ちょっとお腹が苦しかったが、自分の何杯も多く食べたバルイールは全くそんな素振りも見せなかった。




