第3話 その3
「お帰りなさいマスター」
「ただいま。二人はまだ帰ってないのか?」
見ると車庫は空だった。
「はい。二人は今訓練を終えてこちらに向かってるそうです。後、マムが泣いていました」
「何で?」
「分かりません。マムが一方的に切ってしまいましたので」
「そうか。俺は地下で体を動かしてくる。何かあったら呼んでくれ」
「はい。いってらっしゃいませ」
「後、桃ノ木博士から伝言。そろそろメンテしたいから顔だしてくれってさ」
「分かりました。都合をつけておきます」
勝太郎はやはりメルヒェンと話していると他のアンドロイドとの会話に違和感を感じないな。と思いながら、車庫の奥の扉を開ける。
地下のトレーニングルームで動きやすい格好になった勝太郎は、念入りに柔軟体操をして身体をほぐす。
そして部屋にあるサンドバッグに向かって、構えを取ると、まず右で二発打ち、左の拳を鋭く突き出す。
次は蹴りを放つ。中段、下段、上段と次々に打ち込む。
拳や蹴りが炸裂するたびにサンドバッグが大きく揺れる。
その時の勝太郎は両親の事を考えていた。
嫌な記憶はいつまで経っても頭の中から離れない。
小学生の時、爆発事故に巻き込まれ亡くなった母の事だ。
勝太郎が学校の休み時間に、外で遊んでいた時だった。
突然父がやってきて、彼に母が死んだ事を告げた。
最初何を言っているのか理解できなかった勝太郎は、家に帰ってそれを実感した。
家に帰るといつもいる大好きな母の姿はなく、明るかった家が一気に暗くなっていた。
その後、父は息子に色々な事を教えた。
ダンジョンの事、塔獣の事、そして格闘技と銃の事。
中学生になると同時に、勝太郎は半ば強引に、父と共に探索者としてダンジョンに潜るようになった。
そこから父の事が嫌いになった。
最初、彼は何もできなかった。唯襲ってくるモンスターに怯えるだけだった。
その度に父が銃で撃ち倒し、勝太郎を罵倒する。
「勝太郎。それじゃ生き残れないぞ!」
それでも勝太郎は撃てない。
業を煮やした父はある的を用意した。
ある日、ダンジョンから戻る時に、父は一匹のフィア族を引きずってくる。
黒い肌を持った小鬼のようなフィア族は、両手足を撃ち抜かれて瀕死だった。
父は返り血を浴びながら、勝太郎にこう言う。
「撃て。勝太郎」
「う、撃てないよ。父さん」
「ならば、俺はお前を撃つ」
父はUSPの銃口を息子に向ける。
勝太郎を睨む瞳はとても冷たかった。
涙を流しながら、勝太郎はマガジンの弾丸全てをフィア族の胸に撃ち込んだ。
「良くやった。帰るぞ」
ずっと彼に突きつけていた銃をしまい、父はそれだけ言った。
その時から、勝太郎は嫌いだった父の事が大嫌いになった。
暫くして父はドワーフの少女を仲間に引き入れた。
もちろんバルイールの事である。
父と新たに仲間になったバルイールの三人で何度もダンジョンに潜った。
父が元々名の知れた探索者だった事もあり、すぐに勝太郎達の名も知れ渡る。
そして中学三年の時、父は書き置きを残して消えた。
「許してくれ勝太郎。俺はルミニスを探しに行く」
ルミニス、つまり父、秀俊の妻であり、勝太郎の母でもある彼女を探しに行って姿を消した。
それ以降、父の消息はダンジョンの入り口で見かけたのを最後に今も消息は不明だ。
「うああああっ!」
勝太郎は、絡みついてくる嫌な記憶を振り払うように吠えながら、切り裂く様な一際鋭い回し蹴りを放つ。
サンドバッグは振り子のように何度も大きく揺れた。
「ふぅー。この辺にしておくか」
勝太郎はタオルで身体を軽く拭いてシャワーを浴びるために上に戻る。
すると上から車のエンジン音が聞こえ、その直後止まった。
「帰ってきたか」
勝太郎が扉を開けると、目の前にウミボウズかあり、メルヒェンがバルイールとミスフォルラを出迎えるために立っていた。
「ただいま。メルヒェン」
「姉さまお帰りなさ……」
「うわ〜んメルヒェーン」
バルイールがメルヒェンの言葉を遮って抱きつく。
その顔は涙と鼻水でひどい有様だった。
「お帰りなさいマム。何かあったのですか?」
「聞いてよー。あのおっさん酷いんだよ!」
「おっさん? おっさんとはクニェツの事ですか?」
「そう。そのクニェツがさ。最初はタダでいいって言ってたのに、帰りに弾代払えって言うんだよ!」
見てよ。と言ってバルイールは一枚の紙をメルヒェンに見せる。
「失礼します。これは請求書ですね」
請求書には、数字が六桁書かれていた。
「酷いよー。ボッタクリだよ!」
「姉さま。一体何があったのですか?」
メルヒェンはバルイールの後ろにいたミスフォルラに尋ねる。
「うん。それがね……」
彼女は苦笑しながら何が起きたのか話した。
「つまり、マムはクニェツの予想を遥かに超える弾丸を消費してしまったんですね」
「うん。それだけじゃなく、MG42のグリップ、握りつぶしちゃったの」
「それは……マムが悪いです」
いつも冷静なメルヒェンも、この時ばかりは驚いた様な呆れた様な表情をしていた。
「た、確かにアタシは撃ちまくったし、その銃も駄目にしちゃったけどさ。この金額はおかしいよ。しかも今月ピンチなのに、ショータローにバレたら……」
「バレたらどうなるんだ。この怪力女」
「はうっ!」
バルイールの全身が硬直する。
「も、もしかして、聞いてた?」
ギギギと音がするくらいのぎこちない動きで顔を勝太郎に向けるバルイール。
「ああ、もちろん全部聞いてたぞ」
「こ、これは何かの間違いで……」
「お前。一週間メシ抜きな」
勝太郎はビシッとバルイールに指をさしてそう宣告した。
「はははっ、ご飯抜き……そんな、ごめんねミスティ明日の訓練は行けそうにない、や」
バタンとバルイールが倒れる。
「全くちょっとは反省しろ」
「私は夕食の準備がありますので。姉さま、マムの事よろしくお願いします」
そう言って勝太郎は三階のシャワールームへ、メルヒェンはお辞儀をすると、料理の支度をするために二階のキッチンに行ってしまった。
「ち、ちょっと二人とも……バルイールしっかり、しっかりして。ほら、私も一緒に謝るから」
「へへ、へへへ。ご飯抜き、一週間ご飯抜き」
ミスフォルラは確かに倒れたバルイールの身体から魂が抜けていくの見たのであった。




