第3話 その2
「やばい後衛が全滅した。後は殴るしかないか!」
アルフィアと同じ白衣を着たアスカは椅子に座って叫んでいた。
「おーいババア」
「うあ、麻痺か……よし全員抵抗成功! こっちの反撃、さっさと死ねー!」
アスカは勝太郎の呼びかけを無視して、物騒なことを言いながらゲームと格闘する。
そして突然黙り込むと、身体をプルプルと震わせる。
「……大丈夫なのか、あいつ?」
「ふふっ。大丈夫、いつもの事よ」
アルフィアが「見てて」と言ったので、勝太郎は仕方なく見守る。
ミスフォルラがそう言った直後、アスカはガバッと勢いよく頭を上げた。
「……うおっしゃー! 百二十一回目で、やっと勝てたー。やっほーい!」
アスカは全身で喜びを表現し、右手でガッツポーズをとった。
「危なかったー。もしプロスヴァーとクラヌスが死んでたら勝てなかったな」
「アスカ、そろそろいいかしら? 勝くん待ってるわよ」
「ん、待ってくれ。今からダンジョンRPG一番のお楽しみ、宝箱タイムだから」
アスカはウキウキしながら、ゲームを操作する。
「何でもいいから、早くしてくれよ」
アスカの代わりにアルフィアが謝る。
「ごめんね。勝くん」
「いえ、いいんですよ」
アルフィアの纏う雰囲気に勝太郎は逆らえない。
「ふふっ。ありがとう」
「…………」
返事をせず、顔が赤くなるのを隠すので精一杯だった。
その間にもアスカはゲームを操作して、宝箱を開けていく。
「よし、罠はミミックだな。よしシャッツェ、罠解除だ!」
アスカはボタンをポチッと押した。
その直後。
「うぎゃあぁあぁああああ」
アスカが絶叫する。
その叫びは、とても歓喜の雄叫びには聞こえなかった。
「お、おい」
「アスカ、どうしたの?」
「あ、あああ、ああああ」
アスカが声にならない叫びをあげる。
両目からは涙が滝のように流れていた。
二人が画面を覗くと、そこにはある文字が浮かび上がっていた。
『石の中にテレポートしました』
「何だこりゃ?」
勝太郎は首をかしげる。
「罠解除したと思ったらテレポート発動しちゃった……ああ、せっかくボスも倒したのに、まさかこんな全滅なんて……うわ〜ん」
「あらあら、よしよし。また今度挑戦しましょうね」
アスカは大泣きしながらアルフィアの胸の中に飛び込む。
端から見ると、母親にあやされる子供のようだった。
「いや、完全に子供か」
アルフィアにあやされるアスカを見て、勝太郎は頭を掻くのだった。
ちょっと羨ましいと思うのは胸の内にしまっておくことにした。
「で、落ち着いたのか?ババア」
暫くあやされていたアスカは、涙を拭いてデスクの椅子に座っていた。
勝太郎は彼女に向かい合って立つ。
椅子を勧められたが、すぐに終わらせるつもりなので遠慮した。
二人の間にはアルフィアがニコニコしながら手を前に組んで立っていた。
「ああ、又挑戦すればいいさ。時間はたっぷりある。それこそ無限にな。後私をババアと呼ぶな!」
そう言ってチラリとデスクの上を見る。
そこには先程まで使っていた五十年前に発売されたゲーム機が充電されていた。
桃ノ木アスカは今年七十八歳になるが、外見は幼く、小学生と間違われてもおかしくないほどだ。
彼女は実験中の事故で、大量のエーテルを浴びてしまった。
彼女は一週間苦しんだが、その後何事もなく、以後五十年姿が変わる事なくそのまま生きてきた。
病院で何度も検査を受けたが、異常は無くむしろ健康で逆に医者が驚いていたそうだ。
本人も「私は不老不死を手に入れた!」と言って、自身の今の身体のことを気に入っているらしい。
「で、何しに来たんだ。勝太郎は」
「いろいろと聞きたいことがあってな」
勝太郎は先程とは打って変わって、アスカを睨みつける。
「何だい怖い顔して、行ってみな」
「ああ、アンタだろ? メールの依頼主」
勝太郎が聞きたかったのは、ミスフォルラの救助依頼のメールの事だった。
「大正解。よくわかったね」
アスカも不敵な笑みを浮かべた。
「親父の名前を知っているヒトはいても更にそれを利用しようなんて考える奴は限られるからな」
「それもそっか。それで、秀俊君の名前を勝手に借りた私をどうするの? 殴る?」
そんな物騒な事を言って、一番反応したのは意外にもアルフィアだった。
「勝くん。そんな事をしたら、私許しませんよ」
彼女から膨大な殺気が溢れ出す。
「……安心してくれ。アルフィアさん。別に何もしないよ」
「そう。良かった」
アルフィアの殺気が引っ込んで行く。
彼女はアスカのボディガードも兼ねているのだ。
勝太郎は彼女を怒らせる気はない。
何故なら、彼女に勝てる確率は限りなく低いからだ。
アルフィアは「飲み物持ってきますね」と言って、その場を離れた。
「アルフィアを怒らせるなよ……で、何の話だっけ?」
見るとアスカも護衛の殺気に当てられ、どっと疲れていた。
「半分はあんたのせいだろうが。それで、何で親父の名前を使ったんだ?」
「うん。私やアルフィアの名前を使うよりも、そっちの方がすぐ動いてくれると思ったから」
「アンタ、誘拐事件の事知ってたのか?」
ミスフォルラの誘拐事件は報道規制が掛かり、報道されてはいない。
「うん。ミスフォルラの父親、ディスモスからアルフィアに連絡があったからね」
「アルフィアさんに?」
「そうなの」
オレンジジュースを二つ持ってきたアルフィアが、アスカの代わりに返事をする。
「どうしてアルフィアさんに連絡が来たんですか?」
「亡くなったディスモスは、私の弟なの」
「なるほど。美花子にとって、アルフィアさんは叔母にあたるわけか」
「ええ、死ぬ寸前に私に連絡をくれたの。「娘を神の手に攫われた」その一言で切れてしまったけれどね」
「それで警察はもとより、出動に時間のかかる自衛隊よりも、私達が知る中で一番頼りになるアンタに頼むことにしたんだよ」
「ごめんね。勝くん」
「……そういうことですか」
「勝太郎、納得したか?」
「まあな。あとひとつだけ聞きたい。彼女、美花子の事だ」
「何だ?」
「彼女、こっちに引き取ってもらえないか?」
「嫌だ」
アスカは即答する。
見ると、アルフィアも首を横に振っていた。
「何でだよ、アンタ達にとって大事な娘みたいな子だろ」
「大事な娘だからこそ、彼女の意志を尊重したいの」
「私達だって、心配で直ぐに連絡したさ。こっちで一緒に暮らそうってな。断られちゃったけど」
「あいつ、断ったのか?」
「そうよ。『私はパパの後を継いで探索者になる』って断られちゃったの」
「お願い勝くん。いろいろ大変なのは分かるけど、彼女の助けになってあげて」
アルフィアは勝太郎の両手をとって、そうお願いする。
「……分かりました。今、彼女の実力を仲間に計らせています。それで適性なしと分かったら、こちらに無理やり送りますからね。いいですか?」
「ああ、そん時はこっちが受け入れるよ。彼女の部屋はもう用意してある。なっ、アルフィア」
「はい。いつ来ても大丈夫です」
「これで話は終わりかい。勝太郎」
「いや、最後にひとつ。キメラスーツの調整はどうだ?」
「ああ、あれなら大丈夫。ちゃんと約束の日までにはそっちに送るよ」
「じゃあ、キメラスーツと一緒に、魔力弾も追加で頼む」
「いいけど、アルフィア。体調大丈夫かい?」
「ええ、何とかなると思います」
エーテルバレットは弾頭に魔力を注ぎ込んで完成する。
それができるのはエルフだけで、自らの長大な寿命を削って作っているのだ。
「分かった。迷惑料として追加しておくよ」
「頼む」
そう言って、勝太郎は二人に背を向け部屋を出ようとする。
「おっと忘れてた。勝太郎、メルヒェンの様子はどうだい?」
「ああ、ちゃんと役に立ってるよ。そうそう、メルヒェン、美花子の事を『姉様』って呼んでるよ」
「何だって!」
「あらまあ」
二人共その事を聞いてリアクションは違えどかなり驚いていた。
「流石、私の組んだAIだ。メルヒェンはいい子に育っているな」
アスカは腕を組んでうんうんと頷く。
勝太郎にはとても偉そうに見えた。
「そこ、褒める所なのか?」
「勿論。まあ、彼女は私の最高傑作だから当たり前だな。そろそろ勝太郎のところに送って一年経つ。
一度、こっちに来る様にメルヒェンに伝えてくれ」
「……伝えておくよ」
「またね勝くん。ミスフォルラの事よろしくね」
アルフィアの言葉にぺこりと頭を下げて、勝太郎は部屋を後にするのだった。
「いいのかいアルフィア。勝太郎にミスフォルラの事任せても?」
勝太郎が、飛鳥研究所を後にして、暫く経ってから、アスカがストローでジュースを飲みながら口を開く。
「ええ、勝くんは強いから大丈夫です。それにあの娘も弟と同じで強い子ですから」
そういうアルフィアの顔は、娘を想う母の顔をしていた。
「ふ〜ん。とうっ!」
アスカはオレンジジュースを飲み干すと、突然アルフィアの胸にダイブする。
「おっとと」
アルフィアは、受け止め損なって、地面に尻餅をつく格好になった。
「どうしたんですか? 突然甘えてきて」
アスカは美しいエルフの豊かな双丘に頬ずりをする。
「私をいい子いい子していい許可を与える。存分に癒されなさい」
アスカはそう言うが、本当は自分が甘えたいのはアルフィアにバレバレだった。
「ふふっ。はい、失礼します」
アルフィアはアスカの五十年前と変わらないハリのある髪を撫でる。
「どう、気持ちいいか?」
「はい。とっても癒されます」
「ふふふっ。でしょ……ふわぁ〜」
「あらあら、私を癒してくれるんじゃないんですか?」
「うん? もっと触ってもいい……のよ」
数秒後、アスカはすやすやと寝息を立てていた。
「ありがとう。アスカ」
アルフィアは起こさないように注意しながら、彼女の髪を愛おしそうに撫でているのだった。




