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一刻千秋

作者: 麻朱

「・・・・・・ったく、わかってんだかわかってないんだか知らないけど、しれっとキザなことしやがって・・・・・・」

 数羽のカラスがばさばさと西の方へ飛んでゆく薄紫の空の下、少し錆びついたステンレス製の花立に供えられた紅のそれを見つめ、ぼそりと呟く。

「きっと知らないからこうやってくれたんだろうけど、彼岸花って摘むと不吉なんだからな?」

 まあ、あいつらしいっちゃああいつらしいか・・・・・・。私は呆れがちに長い溜息を吐きながら笑った。



 少しずつ陽が西に傾き始めた、蜻蛉が飛び交う青い秋空の下、ひとつの細い影がこちらへやって来た。

「あ」

「・・・・・・よぉ」

 その影の主、もとい私の幼馴染・柊 悠惺(ひいらぎ ゆうせい)は挨拶もそこそこに『笹崎家之墓』と掘られた墓石の前にしゃがみ込み、慣れた手つきで仏花を供え、線香をあげた。

「久しぶりだな、円花(まどか)

 約半年ぶりに聞いた悠惺の声は以前と変わらず、心地よく私の心に響く。

「おう、久しぶり。珍しくお盆に来なかったから心配してたけど、元気そうで何よりだ」

「お盆は来れなくて悪かった。7月にばあちゃんが死んじゃってさ、新盆やら何やらで結構忙しくて。こっちに来る暇がなかったんだよ」

 そうだったのか・・・・・・悠惺のばあちゃんにはすごくお世話になったっけ・・・・・・。

「それは大変だったな・・・・・・お前自身は何もないのか? 大丈夫なのか?」

「あぁ、俺自体はこの通り元気だから心配すんな。たまに軽い怪我するくらいだから」

「ははっ! 確かに膝にでっかい絆創膏貼ってあるな。またこけたのか? 少しは注意しろよなー」

「・・・・・・この間学校帰りに車に撥ねられそうになって、それ避けて用水路に落ちたばっかだけど」

 誰に言われたわけでもないのに少しふて腐れたように俯いて己の屈辱的なエピソードを語る悠惺に、私の笑いはますますヒートアップする。

「あっはははっ!! もうだめっ・・・・・・おま・・・・・・最高だわ・・・・・・くくっ」

「っそうじゃなくて! 痴態を晒しに来たわけじゃないんだけどな・・・・・・俺」

 困ったようにぽりぽりと頬を掻く悠惺。その長身に似合わないドジっ子エピソードやそういう仕草は見ていて飽きないし、可愛いと思う。

「えっと・・・・・・そういう話がしたいんじゃなくて、これ、今日持ってきた花なんだけど」

 そう言って悠惺はステンレス製の花立に供えられた紅い花を指さす。

「これ、彼岸花だろ? いつもはスーパーで売ってるようなちゃんとしたの持ってくるのに、珍しいな」

「電車乗ってる時に窓からちょくちょく見えて、気になってさ。駅からここまで来る途中にいっぱい咲いてたから・・・・・・ちょっとだけ」

「はぁ!? 摘んだのか!? お前それ、罰当たりだぞ!?」

 こいつ正気か!? ていうか私はこんなヤバイ奴と何年も一緒にいたのか!?

 悠惺は昔からちょくちょくと突拍子もないことをしていたが、ここまでされると流石に脳への心配を掛けざるを得ない。

「まあ少しは考えたぞ? 本当にいいのかなーって」

「本当かなぁ・・・・・・」

「でも、どうしても見せたかったんだよ」


 円花にぴったりだな、と思って。


 へへ、と悠惺ははにかんだ。夕空に包まれたその光景は、私には眩しいくらいに光輝いていて。くらくらしてしまいそうなくらいに幻想的で。

 でも、何処か頼りなく、儚くて、何より寂しげで。

「お盆に来れなかったからってのもあるのかな・・・・・・まぁ、円花が今ここにいるかどうかも分かんないし、結局は俺の自己満なんだろうけどさ」

「・・・・・・っ」

──やっぱり、駄目か。悠惺の眼には、もうこの世の者じゃない私は映っていないんだ。まぁ当たり前か・・・・・・私だってそうだったし。

「・・・・・・会えたら、いいんだけどな」

「・・・・・・私は、ここにいるぞ」

 私の方を真っ直ぐ見つめて独り言つ悠惺。けれど、その昔と変わらない凛とした瞳に映っているのは、私ではなく、その背後にある『笹崎家之墓』と彫刻が施された無機質な石であって。私の精一杯の訴えも、やはり彼の耳に届くことはなくて。

 いつまで経ってもこればかりは嫌な瞬間だ。笹崎円花という人間はもうこの世に存在しないという事実をこれでもかと突きつけられる瞬間。墓参りは悠惺以外にも当然家族や仲の良かった友達がちらほらとやってきてくれるので、その度にそういう事実を認めざるを得ない状況になるのが・・・・・・悠惺のときはなぜか、人一倍辛くなるんだ。



「──っと、もうこんな時間か・・・・・・あんまり遅くなると母さんに何か言われるしそろそろ帰るか・・・・・・」

 気付けば空はいつの間にか薄紫色に染められており、遠くから風に乗って夕方5時を告げるメロディが聞こえてくる。

「長居して悪かったな。じゃあ、また来るから」

 そう言い残し、悠惺はんん、と小さく唸り声を上げて伸びをし、くるりと元来た道を戻って帰路に着いた。


「・・・・・・おう。いつでも来いよ」

 細長い影が見えなくなった後、私はなんとなく、そう口にしてみた。



『円花にぴったりだな、と思って』


 そう言った悠惺の、照れたように笑ったあの瞬間が脳裏(と言っても形は無いが)に焼き付いて離れない。彼は以前、私のことを真っ直ぐで時に情熱的なところもあると言っていたので、おそらくそのイメージから彼岸花が私にぴったりだと言ったのだろう。

 けれど──。

「違う意味では、私にぴったりなのかもな・・・・・・っつって」

 もう決して音になることのない『声』が行く当てもないまま落ちる。

「まあ、あいつがどういったつもりで彼岸花(これ)をくれたかなんて私にゃこれっぽっちもわかんないけどさ」

──少しくらい自惚れたっていいじゃないか。ていうか、寧ろ、自惚れさせてくれよ。

 「こんなんだけど、笹崎円花ちゃんはれっきとした女の子なんだからな」

 花立の前で、私は立て膝をついた。

「次にくるのは何も無ければ3月か・・・・・・乙女をこんなに期待させといて放ったらかしとかマジありえないわー・・・・・・」

 半年ちょっと。ひどく長くて、つまらない時間。けど今は、ほんのちょっぴりワクワクしているし、その一方でもどかしさも感じている。

 こんな調子であの男を半年以上も待たなければならないのか。

「せめて悠惺に声だけでも聞こえてたらいいのになぁ」

 まぁそんなの今に始まったことじゃないし、奇跡なんて信じない私はとっくに諦めてる。

けれど、どうか。


「来年もちゃんと来いよ。少なくとも私は楽しみなんだからな」

──私が思っているのは昔も今も、この先ずっと、悠惺、お前だけだから。


 誰にも届くことのないありったけの想いを込めて、その鮮やかな紅色に口付けを落とした。

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