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「で、生田は一週間も学校を休んだ成果は出るのかね?」
教員全員が講堂に集まる中、国木田は隣に立つ鈴達を挑発するように喉を鳴らして笑う。
「私も知りません」
ステージの上に置かれた箏を見ながめ、時々ちらりと辺りを見回す。
そんな鈴の傍らでは、聖達も不安げにきょろきょろとしている。
「逃げたのか? まぁそんな事だろうと」
「それは絶対にないです!」
力強く否定され、国木田はおもしろくなさそうにそっぽを向く。
「男に二言はねぇんだから、逃げるわけないだろ」
ズズッと紙パックのジュースをすすり、ステージ上から弦が言い捨てた。
「生田、お前どこから……」
「ずっとそこで寝てた。放課後まで暇だったしな」
ふぁっと大きなあくびを漏らし、弦は足を折り曲げて箏の前で斜めに座る。
「フン。失敗するのが嫌で逃げ出したのかと思ったんだがな」
「俺は売られたケンカは買う主義だってーの」
首を鳴らし、肩を回す。
「なら約束通りこの場にいる全員を納得させる演奏でもしてもらおうか」
無理だろうけどなと国木田は近くにいる教員と笑いあう。
「まぁ黙って聞けよ」
弦は確かめるように絆創膏だらけの指をまげて握りこむ。
ステージの上からは遠くに見える鈴達に目を向け、覚悟を決めたように箏に目線を落とす。
ふっと息を吐き出し、親指の爪を糸にあて押し出すように弾く。
「――――七、七、八……」
口の中で自分にだけ言ってテンポ良く弾かれる糸が、たどたどしく曲を彩る。
経験者が見れば誰もが弦を笑うだろう演奏は、国木田を含めその場にいる者全員を黙らせるには十分だった。
誰もが聞きなれない箏の音色に、聞き惚れる者や見惚れる者もいる。
しばらくの間、講堂の中は、吐息すらかき消す箏の音色だけが響いていた。
「――十、斗、巾為、斗、十……」
最後の糸を弾き終え、演奏の始めにしたようにふっと息を吐き出す。
余韻に浸るように箏を眺めていたが、思い出したように顔を上げた。
「どーよ」
ステージ上から教員たちを見て、勝ち誇ったように胸を張る。
大喝采だ。何も言わなかったが、弦の演奏に誰もが気がつけば手を叩いていた。
予想していなかったわけではないが、拍手の大きさに驚いた表情を見せる。
ふと視界の隅に映る国木田は、苦虫をかみつぶしてしまったような表情をしていた。
「他は皆納得してるみたいだし、これは俺の勝ちだな」
箏の前で立ち上がり、口角を上げてステージ上から国木田を見下ろす。
「稚拙だな」
「あぁ?」
誰もがうなずく中で、それでも依然として態度を変えようとはしない。
「音に雑音が混じりすぎだ。それにこんな曲は今時小学生にでも弾ける」
「てめぇ……」
睨みつける弦を無視するように振り返り、歩き出したが、鉄扉の前で足を止めた。
「だからもっと上手くなってから俺に聞かせろ」
「はぁ?」
「糸守」
弦の言葉を遮るように、国木田は口を開く。
「後で職員室に書類を受け取りに来い」
ギィっと重苦しい音のする扉を開き、ちらっと鈴を一瞥すると、くぐる。
国木田がいなくなった講堂は静まりかえり、自然と顔を見合わせた教員たちは笑みを浮かべていた。
「どういうことだよ……わっけわかんねぇ……」
納得いかなそうな表情を浮かべ、爪の付いたままの手で首をかく。
「生田君っ!」
自分の名を呼ぶ鈴がステージに向けて駆けてくるのを見て、弦は飛び降りる。
「やった! やったよ!」
目の前で子供のように跳ねる鈴の後ろには、誤解していたと言わんばかりに尊敬と感動の入り混じったような瞳を向ける聖達もいた。
目尻を拭い、鈴は右手を高く持ち上げる。
「最高の演奏だった!」
釣られるように弦も手を上げ、同じように聖達も手を上げていた。
「おぅ」
パンと甲高い音を立て、弦の頭よりも高い位置でいくつもの手が交差した。
眺める窓の向こうには、霞か雲と間違えるくらいに桜が咲いている。
一応、短編として簡潔になります。
テーマであった「許可されない部活」、「古典芸能」、「青春」はクリアできたのではないかと……。
作中、弦が弾いていた曲は「さくらさくら」です。
やっぱり初めてならこれかなって思いました。
これからも書き続ける予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。