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「だ―もーわけわかんねぇよっ!」
「やかましい! 黙って糸を弾け!」
「でっ」
箏の正面に胡坐で座り込む弦の頭に煙管を落とす。
「そもそも爪もまともに付けられないのか!?」
「爪なんだからこれであってんだろ」
そう言って座ったままの弦は宗玄の目の前で手を開いて見せる。親指と人差し指、中指に爪をつけているが、まるで女性がネイルをつけるように外側をむいていた。
「逆だ逆! 爪っていうのは指の腹につけるんだ。そんなんで箏を弾こうと思ったのか」
「うっせぇ! だから頭下げてこんなとこ来てんだろジジィ!」
「なんっだその口のきき方は!」
「いってぇな。何度も叩くんじゃねぇよ!」
何度叩かれたか分からない後頭部を擦り、指に付いた角爪を腹につけなおす。
「ついでに胡坐も直せ。箏に対して左斜め四十五度で正座だ」
「はぁ? 座り方なんてなんでもいいだろ」
「座り方は箏以前の問題だ。出来ないのなら帰るんだな」
「――――ったよ」
舌を鳴らし弦は一度立ち上がると、目の前の箏に対して斜めに座り直した。
「つーか、なんでドレミじゃなくて数字なんだよ。あとこの読めねぇけど漢字。そもそもどこが一なんだよ」
座ったまま箏の反対側に置かれた楽譜を手に取り、譜面を叩く。
「お前から見て奥の糸が一、そこから自分に向かって二、三と数が増えていく。その漢字は斗、為、巾と言って十本目以降の糸のことを言う。その箏は十三弦だから巾までだ。ついでに教えておいてやるが、その目玉みたいな模様は直前に弾いた音を伸ばすんだ」
眉と眉の合間にしわを寄せ、弦は箏の糸の数を指でさしながら確認する。
「じゃあ、こうか?」
楽譜の始めに書かれた数字の糸を、ギターの絃を弾くように上に弾く。
ぺーんっと糸の弾かれる音が室内に響き、弦は自慢げに宗玄に振り返る。
「駄目だな」
「っな」
思いもよらなかった言葉に、空いた口が塞がらない。
「糸はな、弦と違って弾かんのだ。親指で押すように弾いてみろ」
「押すように……」
言われたとおりにゆっくり押す。
「――ッ」
「フン。音色だけは及第点と言えなくもないな」
明らかに先ほどとは違う澄んだ音色に、宗玄が口をはさむ。
「へっ、こんなんヨユーだっての」
「それもこれも箏のおかげだな」
「あぁ?」
文句を言いながらも弦の指は糸を弾く。
ペンペンと不器用な音を出す箏を前に、宗玄は口角を上げていた。