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「頼むジジィ」
校門をくぐってから一時間以上電車に揺られた先で、弦は石畳に額を押しつけていた。
そこは屋敷と呼べるほどに大きな家で、表札には生田と書かれている。
辺りは太陽の光の届いていないような闇ばかりが広がっていて、かろうじて灯篭の明かりで足元が見えるくらいだ。
「――しつこいぞ。帰れ」
玄関の敷居の前で、白いが綺麗にまとめられた髪の老人――生田宗玄が杖を片手に、弦を見下ろしている。
着物の袖から煙管を取り出し、マッチを擦って火と点す。ふっと吐きだす煙はまるで雲のようで、一面が闇に染まるこの場では異様に目立つ。
「一週間だけでいいんだ! 俺に箏の弾き方を教えてくれ」
「くどい」
もう一度煙を吐くと、カランカランと下駄を鳴らして母屋に足を向ける。
「頼むジジィ!」
扉に手をかけた宗玄だが、首から上だけを振り向けせ、それでも頭を下げ続けている弦に興味なさげに扉をくぐった。
「――――クッソ…………」
小さな文句は跳ねる炎に交じって消えてしまう。