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窓からは茜色の日差しが廊下に差し込んでいる。
「「国木田先生、箏曲部の設立お願いします!」」
開かれた職員室の扉から、鈴を含む四人の声が重なる。
簡素なオフィスチェアに深く腰掛け、目の前の書類に目を通しながら、鈴達を一瞥もせず国木田は溜め息まじりに口を開いた。
「駄目だ」
いかげんにしろと続け、カップの中のコーヒーをすすり、ほっと息を吐きだすと、ギィと椅子を回す。
「大体、五人集まってないだろ。四人しかいないじゃないか」
国木田は確認するように鈴を指差し、隣に並ぶ友人達――戸松聖、君島七瀬、川上寧に向けて同じように指をさした。
「最低五人だと言わなかったか? 俺の記憶違いか、ん?」
厄介そうに鈴を見上げると、人差し指の爪で机の端をつつく。
「どうなんだ糸守」
「そ、そんな、ちゃんと五人いるじゃないですか!」
鈴は机の上に置かれた一枚のプリントを手に取り、国木田の目と鼻の先に付きつける。
「ほら、ここにいる私達ともう一人」
プリントの表面を叩き、職員室だというのに声を荒げた。
「ちょ、鈴……」
慌てて隣にいる聖が腕を掴んで止めに入るが、興奮しきった鈴は止まりそうに無い。
突き出されたプリントを手に取り、国木田は目頭を押さえ、心の底から嫌そうに息をつく。
「なら聞くが、この生田弦というのは、あの生田弦か?」
「他にどの生田君がいるって言うんですか」
納得いかないと言った様子で眉を寄せ、鈴は国木田を見下ろす。
「なら――」
ゆっくりとした動作で椅子から立ち上がり、握っている紙をくしゃりと丸めた。
「な……」
その場にいた誰もが驚きのあまり口を開く。
「余計に部活の設立なんて認めるわけにはいかないな」
突き放すような口調でそう言い捨て、丸めた紙を机の脇にあるゴミ箱にほうる。
「生田のような絵に描いたような不良が真面目に取り組むとも思えん。お前達だって放課後に集まれる場所が欲しかっただけなんじゃないのか?」
「それは違います! 私は」
「それはということは生田は数合わせなのだろう?」
「ち、違」
「くだらない。お前らのような奴らが面倒事を起こすんだ。その熱を少しでも勉強に回したらどうなんだ」
「勝手に真面目にやらねぇとか決めつけんなよ」
不意に会話に割って入った弦は、職員室の扉によりかかり腹立たしそうに腕を組んでいた。
「生田君っ」
「よぉ遅れて悪かったな。教一郎の飯があたって下してたわ」
自分の腹を擦り、おかしそうに笑う。
「何の用だ生田」
まるで頭痛でもするかのように再び目頭を押さえる国木田。
「何って……部活設立の許可貰いに来たんだよ。なぁ?」
同意を求めるように弦は鈴達を見回す。聖達はびくっと腫れものにでも触れたように首を縦に何度もふる。
「ほら、ちゃんと五人揃いましたよ。どうですか国木田先生」
ふふんと鼻を鳴らし、勝ったと言わんばかりに控えめな胸を張って見せる鈴。
「糸守、なにを勝ち誇っているのかは知らんが何度も言わせるな。真面目に活動しない部員がいる以上、そんなものを部として認めるわけにはいかない」
「だから勝手に決め付けんなよ。俺は真面目にやる為に部活に入るんだって」
「ほう……」
弦のその一言を待っていたかのように国木田は口角を上げる。
「なら、証拠でも見せてもらおうか」
「証拠ぉ?」
「そうだ。一週間後、私を納得させるような演奏を生田一人で出来るのなら、箏曲部でもなんでも認めてやろう」
「そんな、箏もないのに一週間なんて」
と、目尻をじんわりと濡らした鈴が小さく漏らした一言に笑みを浮かべ、反応を見せる。
「なんだ少ないのか? なら二週間にでもしてやろうか。俺だって暇じゃないんだが」
ドンっと国木田の言葉を遮るように扉が勢いよく叩かれる。いや殴られていた。
「上等だよ! 納得させるなんて一週間で十分だってーのッ!」
怒りに満ちた声は職員室に響き、室内にいた職員が一斉に弦に注目する。
「なんならここにいる全員、納得させるような演奏にしてやる」
「――は、はっははは! 言ったな!? もう取り消せないぞ!」
口から漏れる笑みを隠さず、国木田は職員室中の教師を見回す。
「うっせぇんだよ! 髪でも洗って待ってろッ!」
壊れてしまうのではないかという勢いで閉められた扉の音は反響して、次第に静寂が辺りを包む。
「――――髪じゃなくて首じゃない……?」
七瀬がぽつりと呟いたその一言にふきだした校長の笑い声だけが静寂を飲み込んだ。