5.NEW WORLD
腕を掴まれそうになったのを振りほどき逃げる。
杖を振り上げ、奇声を上げ追いかけてくる男たち。
なりふりかまわず、必死に逃げる俺。
誰か助けてくれよ、本当にさ!
チラチラと後ろを見ながら俺は泣きたいのを堪え、走り続けた。
▽
半泣きしながら走ること十分くらい経っただろうか。
もう俺の心臓がおかしなことになっている。
そのお陰か(犠牲)、どうやら奴らを撒いたようだ。
仮面をかぶっている奴らと違い、こっちは捕まれば死ぬかもしれないという気持ちが奴らを引き離したのだ。
最近、車を卒業をして自転車に変えて本当に良かった。
多分それのおかげだ。(金銭的にもね)
あと所謂、火事場の馬鹿力か。
他にも奴らは、お面をかぶっている為かあまり速く走れないようだ。
(視界とか息継ぎとか)
一息つき、地面にしゃがみこむ。
吐きそうだ。
一応、すぐに見つからぬよう木に隠れているというか、木に寄り掛かっている。
持っていた荷物を背に、ズルズルとしゃがみこむ。
で、少し息が整ったところで、残り少なくなった水を少しづつ飲む。
ふ~生き返るじゃなくて生き残った、だな。
あの時に奴らに向かって荷物を放り投げようかと思ったが、思いとどまって良かった。
これがないとゆくゆく詰む可能性が高くなるからな。
幸い、水場さえ確保出来れば十日くらいなら生き延びれる。
これが無ければ三日と持たないからな。
▽
とりあえず俺は、遠回りして元居た所に戻ることにした。
あれだ。
もう一度あそこに寝て、帰れることに一縷の望みを繋ぐことにしたのだよ。
この世界の住民と暮らすなんて無理。
俺を襲った奴らが何を言っているかわからないし。
幸い、俺は方向感覚には自信がある。
この世界の住民に出会わぬよう、辺りに注意をして戻ることにした。
というか、始めからもう一度、あそこで試せばよかったよ。
戻る道中、大きな芋虫に襲われた。
赤い色をした体長80cmくらいの何というか不気味な昆虫だ。
虫嫌いな俺は、当然逃げようとしたら変な糸を吐き出した。
その糸が俺の腕に絡みついたから、さあ大変。
さっき追いかけられた時から護身用に持っていた十徳ナイフを上着のポケットから取り出し、糸を切る。
サバイバルナイフを持っていないのかって?
刃物があまり好きじゃない俺は、持っとらんよ。
とりあえず、糸を切れて良かった。
で、まだ吐き出している糸に持っていたライターで火を点けたら、燃え広がり芋虫をやっつけた。
---ピロリロリーン♪---
軽快な音が俺の頭の中に鳴り響く。
……。
…………。
………………。
あれ? 変な音が聞こえたぞ。
しかも、こんな何もないようなところで?
……そういえば、ここって異世界だよな。
まあ異界って俺は言っているが。
ひょっとしたら俺、レベルが上がったんじゃないのか?
よし! ダメ元でステータス確認だ。
お願いだからウインドウよ出てきてくれ!
このままだと色々とヤバイ!
主に俺のキャパ的に。
【マツシロ ケンイチ】
レベル:2
性別:男
年齢:32
状態:疲労
スキル:
生活魔法 【10/10】new
さしすせそ【10/10】new
やった! ステータス画面が脳内に浮かんできた!
多分、俺のイタイ妄想じゃないはずだ。
いやあ、さっきの音でもしかしたらと……と思っていたんだ。
もう本当に嬉しくて涙が出てきた。
少しスキルが弱そうな雰囲気を醸し出しているが、今の俺に一番必要なもの。
生活魔法! これで生きていける。
もういい! 最悪一人でひっそりと生きてやるさ。
で早速、生活魔法と頭の中で念じてみる。
【着火】【水作成】【空気管理】【洗浄】【回復魔法(微)】【翻訳】
案の定、弱そうな感じをヒシヒシと醸し出しているが、生活する分には役に立ちそうである。
でも、あの時に翻訳が使えていたら……いや、うん多分無理だな。
あのお面の人たちとは無理だ。
世界観が違いすぎるわ。
とりあえず生活魔法の【洗浄】と【回復魔法(微)】を自分にかけてみることにした。
すると疲れが取れ、さっぱりした。
どういう原理か知らないが、とても便利なことだけは確かだ。
で、先ほどの画面を見ると生活魔法【8/10】になっていた。
ということは、一回使うごとに一減るということだ。(誰にでもわかる)
ただ、10に戻るペースというかタイミングが不明だ。
一日で全てを回復するのか、一日で一しか回復しないのか。
最悪、レベルアップをしないと回復をしないとか……。
あぁ……もっと考えて行動すればよかった!!
「後悔先に立たず」
今の俺にピッタリな言葉だ。
家康どのの言葉より随分と簡単なものになったな。
とはいえ、もうやってしまった事はどうしようもない。
次の検証を起こすことにする。
幸い、回復魔法(微)のお陰か疲れていない。
どこまで効くかわからないのが残念だが、ケガをしたり病気などをして試してみたいとは思わない。
そうそう次に、スキル【さしすせそ】についてだ。
思った通り、どうやらスキル【さしすせそ】は、調味料を出す魔法というかスキルのようだ。
ちなみに
さ……砂糖
し……塩
す……米酢
せ……醤油
そ……味噌
と、このような感じである。
先ほど、考えずにスキルを使って後悔をした為、使うにあたり少し考えてみる。
もし……容器がなかったらどうなる?
その場合、米酢と醤油を出した場合、大惨事である。
砂糖と塩はこぼしてしまって勿体ない。
となると、【そ】の味噌が無難であると判断する。
多分、ステータスに賢さがあったら53くらいあるだろう。
ちなみにこれは俺の中学の時の偏差値である。
何というか微妙過ぎてコメントするのも難しかろう。
で一応、容器入りの味噌を想像する。(唐突に話が戻ったよ!)
両手を手前に出して「ちょうだい」のポーズをしてみる。
すると味噌が『ポーン』と。
あぶない、あぶない……容器なしの状態で出てきた。
500グラムくらいのが手に『ドーン』と。
結構大きくてビックリした。
次回からお椀でも用意しないといけなさそうだ。
とりあえずリュックから皿を取り出して載せる。
幸い、手はあまり汚れていなかったので、紙で拭くに留める。
そして、そこで気付く。
食べる物をどうしようかと……。
調味料だけあってもメインがないとダメである。
異世界小説では大抵の場合メインはあるが、サブ(調味料)がないのだ。
現実問題、サブだけあってもどうしようもないのが実情である。
【水生成+砂糖+塩=経口補水液】で何日生きられるか……。
俺は、水が確保できた安心とスキルですっかり舞い上がってしまっていたのだ。
もうテンション、ダダ下がりである。
一転、気分が重くテントに入る。
お願いですから、元の世界……いえ、そんなわがままを言いません。
どうか、ここじゃない世界に行けますようにと……。
枕を涙で濡らさないが、紙にありったけの祈りというか呪いを込めながら書いて就寝することにした。
▽
そして朝、俺の希望が叶っていた!
テントに入ってくる太陽の眩しさを喜びながら外に出る。
元の世界に戻って来たのだと、喜びの声をあげる。
「ひゃっほー!」
もう三十を過ぎているけど、叫んでもいいよね?
「ひゃっほー!」が古いだって?
気にするな、若者よ。
あと二十年すれば君もわかるさ。
頭の中で誰かと話している妄想をしながら空を見る。
空が青い。
……青いよ、お母さん。
やっぱり空は青がいい!
今日という日が曇りじゃなくて良かったよ。
そう思っていた時間もあった……。
だが、そう現実は甘くないのだ。
「あれ……? 何か来た時と違う建物が見える……」
カレーマンを頼んだら、クリームマンと間違われたくらいショックだった。
ちなみにこれはスタッフが責任を持ってというか、頭を切り替えて頑張って俺が食べた。
で、固まっていても事態は進まないので警戒して辺りを見回すことに。
すると、ここから街というか建物が見えた。
見える建物が少し中世な感じがする。
中世やヨーロッパに行ったことが写真くらいは見たことがある。
とはいえ、門があるから家屋の上部分しかわからなかったが。
いいんだよ。
もう中世だ。
そうじゃないと俺の精神が持たんのだよ。
戻ったと思ったら違う世界に来ていたんだからな。
そして、油断してはならない。
建物は中世でも、またお面をかぶった人たちがいないとも限らないし。
前回は上手く逃げられたが、次も上手く逃げられるとは限らないのだから。
俺のトラウマはそう簡単には克服は出来ない。
まだ昨日のことだけどさ!
とはいえ、準備を整えてここから出るとしよう。
で、まずスキルの欄を確認する。
生活魔法 【10/10】
さしすせそ【10/10】
ああ! 良かった!
減っていた数が回復していた。
では、始めに【翻訳】をかけておく。
何事もコミュニケーションは大事である。
(お前が言うか!)
またもや独りツッコミである。だって誰もいないんだから。
この【翻訳】という魔法、どのくらいの時間持つかわからないが、一日もあれば回復すると分かった以上あらかじめ保険でかけておくに越したことはない。
昨日と同じように、ここがわかるように印をつけておく。
そして俺は建物のある方に向かって歩きだした。
いいかげん良い事がありますようにと!