4.逃走
あれから時間の経過の検証をしてみた。
一昼夜ここにいたが、空というか明るさなどに一切変化はなかった。
これで確実にここが日本ではないということが分かった。
まあ知っていたけど、気分ですよ、気分。
持ってきたというか手元にあった水が減ってきたので、水源を探すことにした。
果たしてこの世界の水は、無色透明で無臭なのだろうか?
もし灰色の水だったりしたら、どうしようか。
少なくともフルーツポンチの味とは思えない。
まあここでウダウダ考えても始まらないので、行動に移すことにした。
一応というか、この場所に転移したので、わかるように木の枝に紐を付けてわかるようにする。
またここで寝たら戻れるかもしれないという淡い期待を持って。
何ともいえない紫色の空。
明るさでいうと、夕方くらいだろうか?
微妙に周囲が見えにくいのが難点である。
まあ幸いというか、違うのは色や明るさだけで紫色だかといって変な臭いはしない。
グレープの臭いなら歓迎だけど、この雰囲気だと何か腐った臭いでも何ら不思議ではない。
アンデルセンの魔女の森にいるような景色の中、転ばぬように歩く。
時折聞こえてくる動物のような鳴き声が怖ろしい。
手に持った杖を強く握りしめながら警戒をして進んでいく。
さっきリスっぽい何かを見かけたが、顔つきは何か人の顔だった。
人面魚ならぬ人面リス。
不気味を通り越して怖い。
もうこっちの住人に会いたいような会いたくないような、矛盾した気持ちが心に湧いてくる。
はっきりいって、こんな世界なら来たくはなかった。
とはいえ、自分の意思で来たのだから誰のせいにも出来ないし、文句も言えない。
あの時の自分の愚かさを嘆くだけだ。
でも微妙に楽しんでいる自分も居たりする。
……人面リス。
つい携帯でパシャリと撮ってしまったよ。
撮り方が下手な俺が撮ると、ひどく滑稽な顔になって少し笑えた。
面白いので待ち受け画面にしておこう。
ちなみに携帯の充電は大丈夫だ。
一つで何役も使える懐中電灯があるからな。
そういえば、ラジオなんて使えるかな?
……ザ・ザー……ザ・ザザー……
知っていた。
携帯の電波がなくなった時点で。
でも万が一って思うじゃん。
特に金もかからないしさ。
……って、もう持っている金って意味ないじゃん!
だあぁぁああ!!
使い切れば良かったよ。
こんな風になると分かっていればさ。
ただ、あの通販の無駄遣いが無駄じゃなくて良かったよ。
何かそう考えたら気分が乗ってきた!
▽
で、既に気分が盛り下がっても尚、水を探し歩くこと一時間ちょっと。
ようやく少し拓けた場所に辿り着いた。
とはいえ、道はアスファルトではなく石畳に似た道だが。
水よ、どこだ? お前はどこにいる?
とりあえず、石畳の上を歩きながら川を探すことにした。
紫色の空と石畳のコントラストがとても不気味である。
昔、神社で肝試しをした時を思い出したよ。
その時に買ったりんご飴、微妙だったな。
特に表面の飴がなくなったら悲しくなったな。
変なことで悲しくなりながらも俺は歩く。
そして空を見ると、更に気分が重くなるように飛んでいるカラスを見つけた。
でも本当にカラスなのだろうか?
何か一回りくらい大きいし、こげ茶色と黒の微妙に混じった色。
で、獰猛というか凶暴性を足した感じのような鳥で「ギャー、ギャー」と身の毛もよだつ鳴き声で鳴いている。
何か目を合わせたら、襲ってきそうな感じだ。
CDを持って来ればよかった。
色々葛藤をしたりしたが、頭上のカラスは俺を無視して飛び去っていった。
先ほどまで真剣に考えていたCDの自作防具は必要なかったようだ。
少し気が抜けたので、気分を変える為に改めて辺りを眺める。
紫色・灰色・茶色・白色(石畳)・黒色、これがこの世界のコントラストだ。
基本色が紫色のせいか気分は来てからずっと微妙である。
しかも生えている草は茶色だし。
何か枯れているんじゃないかと思いきや瑞々しいのに違和感を感じる。
そう、無色透明のお醤油くらい違和感がある。
ちなみにその醤油で刺身を食べたんだけどおかわりをしたくなかったね。
話は戻る。
そして地面は灰色と黒を混ぜた感じだ。
重い色である。
そんな景色で気持ちが萎えたのだろうか、持っている荷物が重く感じ始めた。
足の裏も痛くなってくるし、気分も重い。
それでも仕方なく歩いている。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」
何となく徳川家康の言った言葉を思い出した。
俺の場合、物理的に重いのはリュックサックだが、とりあえず重いのだけは確かだ。
家康どの、私の荷物を持って下さいませぬか。
かれこれ日光東照宮に二十回以上、お参りに行っているではありませぬか。
▽
家康どのに願いが叶わず、重いリュックサックを「ひーひー」言いながらも背負って歩くと一時間。
見ると、遠くから歩いてくる人たちが居た。
残念ながら探していた水辺ではない。
俺があまり会いたくなかった現地人である。
彼らは、三人で横並びに歩いてくる。
上半身裸で、お面をかぶり、手に杖を持ってこちらに向かってくる。
うん、男だ。
残念ながら色っぽい展開にはならなさそうだ。
気が付いた時点で逃げ出したくなったが、急に反転して逃げるのも不自然だし、この世界だとあの格好がデフォ(標準)かもしれない。
すごく逃げ出したいが、なけなしの勇気を振り絞って歩いて行くことにする。
あちらもこちらに気付いているようで、俺をチラリと見て何やら話しながら、こちらに向かってくる。
で、俺の五メートルくらい前になったら突如立ち止まり、大きめの声で話しかけてきた。
「バスフィー!」
「バスフィー!」
「ガオス!」
いや……声を掛けてきた、というか咎めるような感じで一方的にまくし立てられた。
当然、俺が『バスフィー』などという単語など理解出来ない。
俺が立ち尽くしていると、お面をかぶった人たちが騒ぎだした。
で、その中の一人が手に持った杖を激しく地面に突く。
それに同調したかのように他の人たちが、地面に突きだした。
とりあえず俺も持っていた杖で同じ感じで地面を突いてみることにした。
すると、先ほどよりも大声で叫びながら杖を地面に突くというか叩くかのように突きだす。
怖い。
意味がわからないから怖い。
例えわかったとしても怖いと思うが。
やっぱ同じ真似をするのは良くないのかな。
杖を地面に突き、何やら怒鳴る。
その時には、相手の話している言葉を聞き分けようという思いもなくなっていた。
何かこの場に居ては危ない。
もう、危機意識しかなかった。
考えるな! 感じろだ!
俺は反転し、早歩きで立ち去ることにした。
元居た場所に引き返そうとしたが、まわり込まれた。
あの眠りの呪文が成功してもまわり込まれそうである。
で、俺の腕を掴もうとする。
「はなせ!」
掴まれて捕らえられたら多分お終いだ。
必死に腕を振り払う。
(俺の杖アターック! が成功した)
そして俺は、全力でそこから逃げ出した。
俺の未来はどっちだ?
何か聞いたことのある言葉を俺はふと思い出した。
もちろん現在、現実逃避中だ。
ただし全力疾走中。
傍から見たらきっと笑えるだろうな。
当事者である俺は笑えないが・が・が。
……もう本当に疲れた。
三百円あげるから誰か代わってほしい。