15.結婚
世間に婚約が発表された。
……が、反応は城中と違って大人しかった。
マルガレット姫自体、目立つのを避けていたのに加え、結婚ということから、ここ十年近く姫のことに関しての情報はなかったとも言えた。
だから一般人の反応だと「そういえば居たんだっけ?」的な反応だった。
ところが、その噂というか姫に関する話はここから加速していく。
お相手は旅人で、手品遣いであるということ。
千年に一度現れるかどうかの人物で、十年前に姫を助けて、姫がその方を慕っていたので今まで独りだったことなど、何やら背びれ尾びれフカヒレまでくっ付いて加速していく。
そして何時の間にか、マツシロがどこかの国の王子で、悪い手品遣いと壮絶な一騎打ちのもと姫を救ったという本が出てきた。
そうなると話は止まらない。
ヒートアップしていく婚約話。
何時の間にか国中でマツシロとマルガレット姫を知らぬ者がなく、この婚約は全国民に祝福の嵐で受け入れられることになった。
ちなみに始めに良かれと思って軽く話を盛った王と宰相、はたまた将軍は加速し過ぎた話に頭を抱えることになった。
更に言えば、城中でのんびりと暮らしているマツシロとマルガレット姫はこの件に関しては全く預かり知らない。
結局、あまりに加速し過ぎた事態に危惧を覚えた城のお偉方の面々は、城内で結婚式を挙げることを発表をし、国民から激しいブーイングを浴びることになったのだが、自業自得である。
ただ城中で目立たずに結婚式を挙げるというのは、一般人で普通の男であるマツシロにとっては喜んで受け入れられ、マルガレット姫も地味な性格なので大々的にならずに、だけど自分が結婚式を挙げられるなんてところまた喜んで受け入れた。
王やお偉方の面々は、受け入れられてホッとした顔をしていた。
これで突き上げなどくらったら外と内からのダブルアタックで胃に穴があいてしまっただろう。
とはいえ、これは城内にいる全員の負い目となり、マツシロとマルガレット姫に対し強く言えなくなっていく一歩となった。
▽
婚約発表のあった日から、俺とマルガレット姫は一緒の部屋で住むことになった。
てか、これっていいのか? と心配していたのだが。
いいのである。
この世界では常識で、一度生活をしてみないとお互いの顔のわからない部分があるから一か月ほど同棲してから結婚をするのが普通とのことだ。
だが、婚前交渉はダメとのこと。
何と言うか、地球だったら蛇の生殺しという事態であろう。
だが俺は、枯れつつあるオッサンである。
分別のついたというか少しそっちの部分は干からび……。ぐすん。
多少はある! きっとある。
ただ最近、そっちよりも精神的な方に癒されたいお年頃。
無論、星人だからオッパイは好きだ。
だが、もう聖人になっているから傍にあるだけでもいいのだ。
悟りの世界に一歩足を踏み入れたとも言える。
そんな感じで共同生活が始まったのだが、何というか生活感がないのだ。
わかりやすくいえばホテル暮らしといった具合か。
まあ一般人な俺から言えば、実際にそんな生活をした事はないので想像上のものだが。
とりあえず一日の流れを書いておく。
まず朝、起きて顔を洗い姫を連れ立って食事に行くことから始まる。
で、俺と姫が食事をしに部屋を出ている間にベッドメイキングやら掃除などの一連の作業が終わっている。
部屋に戻ると侍女が待機しており、夕食に行くまでの間、世話を焼いてくれる。
朝食が終わると二人で中庭というか、三階にも庭があるんだが、そこで晴れた日には寛いで故郷の話などをしてまったりと過ごす。
雨の日は、部屋で過ごしたり他の王族に呼ばれお茶のお相手をする。
ちなみに俺は、城の外から来たので(というか違う世界から来たのだが)、色々な話が聞けるということだけあって大人気だ。
姫は同じ話を色々なところで何度も聞いているので、俺のフォロー役である。
ちなみに新しい遊び【双六】を教えたら大ヒット御礼中である。
特にマス目に罰ゲームを入れたところ、これが大うけ。
ヒゲの生えたダンディなオッサンがメイド服で三階を歩く姿は日常茶飯事である。
他にも運動不足を解消する為に中庭で羽根つきを始めたので、淑女が廊下でパンダになっている光景もよく見受けられる。
特に誰も文句も言わずに受け入れられているので問題なかろう。
基本、王族というのは楽ちんである。
大変なのは王様と本当に近い周辺だけである。
後は、代役でちょこっと外出するくらいだから暇なのである。
まあ俺からするとパラダイスだが。
で、そんな夢のような一日を終えると風呂の時刻である。
風呂は各部屋にあるサウナと、一階にある普通の風呂がある。
基本はサウナとの事だが暑い日は一階に行くらしい(姫談)
まあ最悪、俺には生活魔法があるから特に問題ないが。
で、風呂が終わったら夕食である。
ちなみに昼は軽くつまむ程度で終わらすのが、ここの生活スタイルなので小腹が空いた時に済ませている。
で、侍女は夕食をする際に部屋を出て、それ以降は夫婦二人の時間である。
何というか至れり尽くせりである。
▽
こんな生活をしていたら俺はダメになる。
でもそんな生活に憧れていたんだから、いいかもしれない。
だから基本、姫とのコミュニケーションや自分のやりたい事に全力を出せるのだ。
全力を出すほどのこともないが。
ただ時間があるので、俺の魔法を色々検証することにした。
無論、姫も一緒に。
「そういえば結婚式って食事出すんだよね?」
「ええ。料理人がいるのですが、見た目だけであまり……」
最近、俺の調味料に毒されつつある姫。
いや姫だけでなく、三階にいる面々。
ぽちゃっとしてきた人も増えてきたようで何より。
俺と姫のぽちゃも普通になるのも時間の問題だww
「やはりね。だから俺の調味料魔法で醤油やら味噌を提供をして美味しく作って貰おう」
「ですが、私料理のことは何も……」
「大丈夫だ。俺も似たようなもんだ」
そう。
俺の得意料理はカレーだったが、こっちの世界に来た今、カレーのルーがないから無論作れない。
ガラムマサラって何だよ。
そんなもんレシピもないのに一般人が作れる訳ないだろ。
ちなみに肉じゃがとクリームシチューも得意料理だった。
カレーの具材にホワイトシチューのルーを入れたらホワイトシチュー。
醤油ベースにしたら肉じゃがだ。
だが、一番近い肉じゃがでも味がイマイチである。
酒やらダシやらみりんが不足しているからな。
まあ食べれないこともないが。
「でしたら……」
「大丈夫だ。俺も姫も料理は出来ないが味見は出来る」
「!!!」
姫が天啓的な何かを受けた顔をした。
俺の言ったことが衝撃的だったようだ。
味見。
何とも魅惑な言葉。
誰よりも早く美味しい物を食べることが出来るのだ。
「そうだ。作って貰ってあーだこーだ言って自分好みの料理を作って貰えばいいのだ」
「それを結婚式に……」
「その通りだ。姫」
「あなた……」
俺と姫との初めての共同作業であり、一大プロジェクトである。
結婚式に美味しい料理を出そう。
でも、その前にちょっと味見だけならいいよね?
だって結婚式に新郎新婦に食べる時間なんて無さそうだから。
そもそも自分達の式なのに食べれないなんておかしくね?
そんな気持ちで二人は結ばれたのだ。
「だから色々食べ、注文をし、美味しい料理の出る結婚式にしよう」
「わかりましたわ! 絶対に美味しい結婚式にしますわ」
結婚式までにお腹周りが気になり、姫と俺が三階の廊下を走り回って、周りから白い眼を向けられたのはいい思い出である。
ちなみに俺と姫のやっている事は既に周知なので、怒られなかったのは救いだが。
▽
で一か月後の結婚式当日。
俺たちは、城の二階で結婚式を挙げていた。
何故か城の外から大きな歓声が聞こえるのだが、何かあったのだろうか?
「外から何やら大きな歓声が聞こえるんですが……」
「問題ない!」
「大丈夫です!」
何故か慌てて大丈夫を繰り返す王様とお偉方の面々。
なら問題なかろう。
出来れば、俺もその歓声の原因となったのを見たいのだが。
姫も気になっている様子だし。
粛々と式が進行していく。
誓いの言葉と誓いの抱擁をし、俺たちが身を削って作られた料理が出され、皆に饗応されると……。
料理を食べながら泣く王様。
同じく料理を食べながら喜ぶ王子。
「本当に婿殿で良かった。こんなにも美味しい料理をこれからも食べることが出来るのだから」(王談)
「本当に」(王妃談)
「そうですね。マツシロ殿の調味料は正に奇跡です」(王子談)
「城での料理を食べに来ていると言って過言ではありません」(宰相談)
「そうじゃ。娘も同じことを言っている」(将軍談)
あれ? 王様の涙って姫のことじゃないの?
そんなことを考えていると、隣から姫が。
「私はあなたがいれば、それで満足です」
「本当?」
「勿論、本当です。ですが、あなたにこのような才があった事もまた嬉しい事です。こんな幸せな日が来るなんて本当に何時振りでしょうか」
姫の目に涙が浮かぶ。
そうか、ずっと苦労してたんだもんな。
これからは俺が姫の笑顔を守らないとな。
そう考えると、俺の口から自然と言葉が出た。
「そうか。なら姫が幸せな日が続くように頑張らないとな」




