11.王子
王都に着いた。
こちらでの滞在先は、領主さんの別宅になっている。
で、着いた早々家宰さんが城まで連絡を入れてくれた。
別に着いた今日でなくてもいいのに。
仕事が早いのも良し悪しである。
で、戻ってくるなり。
「マツシロ様、明日登城されたく……」
と、なんちゃらかんちゃら家宰が話をしていたである。
それを俺は、呆然と聞いていた。
で、部屋に案内されて。
「だぁあああ! 明日なのかよ……」
俺的には一週間とは言わないが、三日ほどの余裕をみていた。
一応、ここに来るまでに王子に話すことなどを考えてはいたが、あくまでも草案をである。
と、いうことは今からまとめなければならない。
結構暇なのか王子?
俺がそう思ってしまうのも悪くないはずだ。
何といってもこれから休まずにまとめないといけないのだから。
考えなしに、その場で思ったことを言うと言い忘れたり、肝心な部分が抜けていたり、更には住んでいた世界が違うから前提とした部分がとんでいたりするから、極力文にして確認する事が大切なのだよ。
あー面倒くさい。
夕食を終え、お茶を飲んで一息つきながら、家宰にこの騒動のあらましを聞いてみた。
すると王子さまが、何でも私と会うのをとても楽しみにされていたようで、遅くとも構わないので連絡が欲しいとの事です、と。
いったい何て書いたんだよ、領主さん。
あまりにハードルを高くすると、後で大変なんだよ。
昔、同期に働いていた女の子(彼氏持ち)が『マツシロさんにいい子を紹介してあげるね!』と言って何故か美人な女の子を紹介してくれた。
その美人さん曰く『何かマツシロさん、すごく良い人だから付き合わないと絶対に勿体ないよ!』と紹介してくれた女の子に熱く語られたのだとか。
で何故か俺は、その紹介してくれた子にすごく慕われていたんだよな。
たまに適当な事(使用人さんに言ったレベルの話)しか言っていないのに。
あまりに適当な事ばかり言っていた罰が当たったのだろうか。
結果、美人さんが俺の所へやって来た。
はっきり言って、俺に何とかせえと言っても無理である。
泣く泣くというか、無理して付き合っても大変そうなのでその辺の事情を話した。
ちなみにその美人な子もその子に以前にも同じことがあったので納得していた。
その美人な子? それで終わりですけど何か?
もともと俺、美人な子って苦手なんだよ。
普通よりちょこっと下のレベルの子が好みらしい。
俺的には可愛いと思っているだが、周りの人たちはそう言っているのである。
まあそんなお陰で被ることもなかったんだが。
で、話を強引に戻す。
王城行きについては、翌朝に城から迎えの馬車が来るらしい。
俺からすれば、三時くらいにチョコって行って帰ってくればこっちは充分なのに。
それにしても朝からか。
きっついな……。
結局、深夜まで話す内容をまとめるのに時間を取られた。
願わくば、起きたら明後日になっていて欲しい。
▽
『月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。』
松尾芭蕉の句である。
月日は永遠の旅人であり、行ったり来たりと、あら大変という意味である。
意味は全く違うが、朝がやってきた。
今日の朝も旅人ならどっかに行って欲しいものである。
と、どうしようもない事を考えても迎えの馬車はやって来るものだ。
現在、七時半なり。
昨日、久しぶりに深夜まで起きていたので頭がまだ覚醒しておりませぬ。
一応、沐浴というか色々準備するので五時半に起こされたから眠いのかもしれませぬ。
で、本日会う王子さまは、領主さんのご学友だけあって御年25歳である。
もう社交場にも慣れ、酸いも甘いも噛み分けるお年頃だ。
既に結婚もされているらしく、少なくとも少女漫画に出てくるような王子ではなかろうと勝手に俺は思っている。
馬車に揺られて王城に着き、何やら身分の高そうな騎士が現れた。
美丈夫であり、威厳がいっぱいだ。あるなんて生易しいものではない。
出来れば下っ端に案内されたかった。
こんな人になんて何も聞けないじゃないか。
俺はチキンハートなのだよ。
「マツシロ殿であられるか?」
「はい。本日登城せよと命を受けました」
「ご苦労ですな。私はハルバーと申す。これから私が案内するので付いてこられよ」
「宜しくお願いします」
見た目も声も威厳ありまくりだ。
で、何かこの身分の高そうな騎士、通路であった貴族っぽい人や騎士に頭を下げられている。
もしかしてスゲー上の身分の人なんじゃないの?
平社員が本部長と面接受けているようです、はい。
で、ハルバーさんに案内される訳だが、どんどん城の奥に連れられて行く。
奥に行くにつれ人口密度が減っていき、部屋なんかも丁寧な造りになっている。
はっきり言って俺には場違いな所である。
雰囲気に負けそうなというか負けた俺がいる。
頑張って話すことを考えたのにダメかもしんない。
ちなみに奥といっても五分くらいである。
体感時間だと三十分くらいだけどね。
ハルバーさんに部屋を案内され、そこに現れたのは落ち着いた感じのイケメン王子である。
もう何か違う次元の世界なので嫉妬すら起きない。
そもそも人間は、チーターの速さ、恐竜の強さに嫉妬をしても違う動物なので仕方ないのだ。
イケメン王子は、DNAも育った環境も違う生物なので、相手にしても仕方ないのだ。
人間、割り切ることが大事だ。それこそが自分を守る防具である。
「ハルバー将軍、すまんな」
「いえ、王子。あの手紙に書かれているのが真実でしたら私も興味がありますので」
「なら少し見ていくか?」
「ありがたく」
まさかの将軍だった。
まあ将軍と言われても納得出来るんだけどね。
で、聞こえてきた披露ということは魔法を見たいのであろう。
であるならば、さっさと見せて納得してもらうに限る。
ただ今回の場合、生活魔法が向いているかな。
そんな訳で生活魔法を披露することにした。
▽
まず生活魔法だが、一言で言っても出来ることに色々種類がある。
出来るのは以下のことである。
【着火】【水作成】【空気管理】【洗浄】【回復魔法(微)】【翻訳】
とりあえず、翻訳以外は使えそうだ。
なら着火→水作成→空気管理→洗浄→回復魔法と順番に見せておこう。
イケメン王子とハルバー将軍と一通りの挨拶を終え、本題に入る。
ちなみに王子の名前はヘンドリックというらしい。
面倒だから王子で。
「マツシロ殿、ムド(領主さんの愛称)からの手紙に書かれていたのだが、何でも魔法という手品を使えるとの事だが、余とここにいるハルバーに見せて貰えぬか?」
「勿論、構いませんが、こちらの魔法は一日に使える回数に制限がありますので、一回ずつになってしまいますが宜しいですか?」
「うむ。それはこちらにも書かれておる。無論、一回ずつで構わぬ。頼む」
で、俺のイリュージョンならぬ魔法の披露が始まった。
まずは【着火】から。
これは指先からライターのように火を点けることが出来るものだ。
ちなみに指先にある場合は、熱さを感じぬ不思議仕様である。
これが大体五分くらい消えないで維持することが出来る。
五分以内だったら点けたり消したり何度も出来るだ。トータル時間でないのが残念だ。
次に【水作成】。
水を生成するだけかと思ったが、実はもっと有能だった。
お湯でも氷でも作れるのだ。
一回でおよそ200リットル出ることが判明。
領主さんの大きな湯船で実験してみたら半分くらいの量になった。
無論、1リットルでも問題ない。
ただし、一度止めるとおしまいである。
今回は氷を三つ出して一個ずつ口に入れている。
まず俺、次に将軍といった感じに。
で、【空気管理】。
これは俺的に最強である。
一言で表すとエアコン。
温度変更さえしなければ一日持つ。
範囲は調べていないが、領主さん宅なら1の使用で全部の部屋が大丈夫だった。
ちなみに外で使ったら、発動自体すらしなかった。
建物内限定と思われる。
とりあえず送風にして空気を循環させてみた。
イマイチな反応だった。
次に【洗浄】。
これは1つの対象に付きキレイにする。
結構それが曖昧ミーである。
人間だと髪やら身体やら服全てが対象になる。
風呂の場合は、風呂桶ならいいが風呂場全体は無理である。
ただ馬車にかけると、馬二頭も含め全てキレイになった。
これを将軍にかけてみた。
何か掛けた際に変な顔をしていたが、終わるとキレイな将軍がいた。
まあ元々汚れていなかったが、着ていた服のボタンなどがピカピカになっていたのだ。
で、あんまりにも俺にやって欲しそうなので、王子にも掛けた。
やはり掛けた際に変な顔と鳴き声をしたが、特に問題なさそうだ。
微妙に癖になられたら困るとだけ書いておこう。
最後に【回復魔法(微)】である。
だが、この魔法に関してはそこまで検証する時間がなかった。
そもそも病気やらケガなんてそう都合よくなるもんじゃないし。
しかも(微)なんで、病院に行って手伝って、自分が病気に感染して治らなかったら洒落にならないので後回しにしたのだ。
とりあえず、将軍に回復魔法を掛けてもよくわからなかったようである。
無論、微々たるものだから、あんまり役に立たないであろうと伝えている。
過度な期待は厳禁である。
……と、そんな感じで王子さまに生活魔法を披露した。
結果、王子と将軍がそれを見て大興奮していた。
「これは、すごいじゃないか!」
「うむ。特に雨が降らないで困った時になんてすごいぞ」
「いや、実際に見たり聞いたりしてみると魔法という手品はすごいな」
「さよう。実に有意義な時間を過ごさせて頂いた。ヘンドリック王子とマツシロ殿に感謝を」
と、事態はそれに収まらずに加速していくことになる。
ロケット花火に火を点けたように。
「これは本当にすごい力だ。よし! 話を通しておくから明日、父と会ってくれ」
「王子、私からも口添えを致しますぞ!」
「有難い! 父は将軍を特に信頼しておるからこれで間違いなかろう」
何かすごい勢いで決まっていくぞ。
というか王も王子同様に暇なのか?
「明日は、確か重要な案件はなかったはず。少しくらいなら時間は取れるはずだ」
「王子。私の方の案件で取った時間がありますので、それも全て費やしますしょうぞ」
「だが、いいのか?」
「構いませぬ。私の案件は後日でも問題ありませぬ」
いや、将軍さん。
俺の事なんてもっとどうでもいい事だと思うぞ。
それこそ一年後、二年後でも。
最悪、忘れてしまってもいいくらいだ。
そんな俺の心の声など興奮した二人の心になぞ届かず、無事というか何というか明日に予定が組まれ、俺は明日は本部長面接ならぬ、社長と会長のダブル面接ならぬ王様と謁見することになった。




