お餅の気持ち
洋一はコタツに入り、目の前の餅を眺めていた。
一人暮らしの寒々とした部屋の中、焼きあがったばかりの餅の温もりが洋一の顔に伝わる。
「ふう」
洋一は両手もコタツに入れたまま、目の前の餅をただ眺めていた。
皿の上の餅に視線をあわせたまま、洋一は片手だけコタツから抜いて箸を手に取る。
洋一の箸はまだ熱を持った餅をつつき、ひねり、つまむ。
ぼんやりとした目で餅を眺めながら、洋一の口が独り言を繰り出す。
「ひょっとして、これ気持いいんじゃないか?」
洋一はコタツから出るとズボンを
(中略)
「しっかりしてください!」
救急車の車内では、救急隊員が青色吐息の洋一に向かって懸命に話し掛けていた。
苦悶の表情を浮かべ、息を荒げる洋一。
「ヒッヒッフー」
「落ち着いてください! それはラマーズ法です!」
錯乱している洋一の呼吸に、救急隊員の突っ込みが容赦なく入る。
「はあはあ……俺、死ぬのかな……」
「死ねません!」
異様な状況が救急隊員の言い間違いか本音か分からない発言を引き出す。
「はあはあ……俺、生まれ変わったら女になるんだ……もうこんな目にあいたくない」
「大丈夫! すぐになれますよ!」
異様な状況が救急隊員の正常な判断力を奪いまくる。
「ありがとう……がんばるよ」
洋一もいい感じに錯乱しているので話は交差する事無くスムーズに通り抜けていく。
悲劇と喜劇を乗せた救急車は、非日常から脱出すべく最寄の病院に向かって力強く進むのだった。