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序章

昔、ある国には、この上なく賢く、思慮深い王がいました。美しいお妃と、立派な王子、愛らしい王女たちにも恵まれて国は繁栄しました。

ある日、お妃が言いました。

「世界中で一番美しい宝石が欲しいわ」

お妃は、自らの美しさを磨くためたくさんのドレスや宝石を持っていました。ですが、それだけでは満足できなくなっていたのです。

王は王妃をとても愛していました。王は愛する人の望みを叶えるために、世界中からたくさんの商人を城へと呼び寄せ、美しい宝石を披露させました。

妃は食い入るように宝石を見つめ、そして一点を指さしました。

「あれが良いわ」

彼女が欲したのは、王妃の手のひらよりも大きなダイヤモンドのついたガラスの靴でした。王はすぐさまそれを買い取り、その上、愛する六人の王女たちにも宝石を買ってやりました。

一番目の王女には、ガーネットの指輪を。

二番目の王女には、サファイヤのイヤリングを。

三番目の王女には、トパーズのペンダントを。

四番目の王女には、エメラルドの髪飾りを。

五番目の王女には、パールのティアラを。

六番目の王女には、アメシストのチョーカーを。

七つの宝石は、他のどの宝石も及ばないほど強い輝きを放っていました。その美しさに、普段は控えめな王女たちも魅せられ、手放さなくなりました。

七つの宝石を持ち込んだのは、黒いフードを目深に被った商人でした。男か女かも分からない出で立ちを王は気味悪く思いましたが、王妃たちに宝石を献上した功績を称えて、褒美をやると言いました。しかし、商人は全てを辞退して国を去りました。

それからしばらくしてのことです。王妃は宝石を片時も離さず身に着け、この宝石に似合うドレスや装飾品を探し始めました。大人しかった王女たちも、母親と同じようにドレスやリボンを買い漁り、国庫はあっという間に空っぽになりました。

足りなくなったお金を賄うために、王は税率をあげました。ですが、王妃と王女たちの浪費はますます加速し、税金は民の背に重くのしかかりました。

重税に苦しみ、たくさんの人々が飢餓に倒れました。民たちの不満は募り、国は瞬く間に傾いたのです。

王は自らの過ちにようやく気付きました。狂ったように物を買い漁る妻と娘たちから、あの宝石を取り上げ、魔除けの力があるという銀の箱に収めました。それを、もっとも信頼する貴族に渡し、未来永劫、世に渡ることがないよう言いつけました。

貴族は王の命を守り、諸悪の根源となった七つの宝石を、自宅の倉庫の奥深くに仕舞い込みました。

すると、王妃と王女は憑き物が落ちたように大人しくなりました。以後、彼女たちが浪費に狂うことはありませんでした。

傾いた国は、長い時間をかけて、元の活気づいた姿に戻ったのです。

王妃たちを狂わせた七つの宝石は〈黒の死宝(くろのしほう)〉と呼ばれるようになり、逸話として国中に広まりました。

それから幾年が過ぎて行きました。

〈黒の死宝〉の話は、国中で有名な御伽(おとぎ)(ばなし)となりました。興味を持つ者も出て来ました。ですが、災いをもたらす七つの宝石の在処を知る人は、誰もいませんでした。


***


王都から離れた森の中に、豪奢(ごうしゃ)な屋敷がある。持ち主は金持ちの商人だった。男は、長いこと妻と、一人娘の三人で幸せに暮らしていた。しかし、ある日、妻は重い病にかかってしまった。

「私の可愛い娘。私はあなたを置いていかなければならないようです。でも、お空の上から、あなたのことを見ています。あなたが優しく強い子に育ってくれることを、いつも祈り、見守っています」

幼い娘を抱きしめて、母は優しく言った。

「ですが、辛い日は必ずやってきます。私はあなたを見守ることは出来ても、手は差しのべられない。裏庭に小さな木を植えなさい。その木を愛情をこめて育てなさい。何か仏ようなものが出来た時は、その木をゆするのです。そうすれば、お母様はその木を通じて、あなたに手を差し伸べましょう」

間もなくして、母親は亡くなった。

娘は母の言いつけ通り、裏庭に小さなハシバミの木を植えた。娘の悲しみの涙が大地を濡らし、木は見る見るうちに大きく成長した。

それから数年後、男は二度目の妻をめとった。

彼女は大層美しい人だった。ずば抜けたセンスとユーモアの持ち主で、沈んだ屋敷は一気に華やかになった。

だが、今まで見たことがないほど高慢ちきな人だった。二人の娘も母親を写したかのように高慢でうぬぼれが強く意地悪だった。

三人が屋敷にやってくると、娘の辛い日々が始まった。

「役立たず。こんなところで何をしているの」と娘はきつく当たられた。綺麗な服や、自分の部屋は全て継姉たちに取り上げられ、自分はぼろのお着せを着て、女中のような仕事をしなければ、パンの一切れももらえなかった。

商人をしている父親は、買い付けのために家を空けていることが多かった。継母親子は酷い浪費家で、毎夜家ではパーティーが開かれ、(ぜい)を尽くした品々が運び込まれた。そのせいで、使用人を雇ってはいられなかったのだ。娘を守ってくれる人は、どこにもいなかった。

間もなくして、父親は外国で事故に遭い、帰らぬ人となった。

娘は両親を亡くした悲しみに暮れる間もなく、継母たちのひどい仕打ちに耐えなければならなくなった。

日が昇る前に起きて、火を起こし、水を運び、食事の支度をし、洗濯をして―――家中のあらゆる仕事が娘に押し付けられた。

数少ない使用人も、継母の止まらぬ浪費で解雇を得なくなった。家中の家具や宝飾品、果てには夫や彼の前妻の形見まで売り払っても、家計は傾くばかりだった。

娘は家の仕事だけではなく、外でも働くようになった。

毎日、朝から晩まで働き、空腹のまま暖炉の傍で暖を取り、そのまま寝入ってしまう。そんな生活をしていた娘を継母親子は嘲笑(あざわら)うように言った。

「まあ、灰塗れでなんて汚いの」

「〈灰かぶり〉。あなたにはぴったりの名前じゃない」

その日から、娘は〈灰かぶり〉と呼ばれるようになった。


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