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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キュウセイ⇔ワールズエンド(公募用)♪(*^^*)v(*^^*)v(#^^#)v♪

作者: 雪端 裄弘

 6年前の《大東京・皇都ヴァルハラ》は活気に満ちていた。

 見事にぶつかることなく道を往来する多くの人々、堅牢に建設された大規模なビル群、垂れ流しにされているアイドルのラブソング。

 若人が夢を語り希望を馳せ、それを聞いた玄人が「若造が」と嘆息を吐く。

 当たり前で在り来たりな日常の風景。

 誰かがファンタジックな世界を願ったとしても叶えられることはなかった。

 突然異世界へと飛ばされるだとか、不慮の事故の後に目を覚ましたら超強力なロボットの身体になっていた、なんてことはなかったし、実際にありえないことだった。所詮はマンガやアニメの中だけの話だ。

 犯罪が横行しても日本の警察は優秀で、すぐに犯人が捕まえられた。

 安心で、安寧な日常の風景。

 お膳立てされていると言っても過言ではないほどにドン底を知らず、ドン底に落ちたとしても誰かが助けてくれた。

 人間の生きやすい至上の環境。

 完璧に整った理想郷ユートピア

 しかし2018年、ユートピアは牆壁しょうへきに阻まれることになった。

『ヒストロポネ』の襲撃。

 御伽噺おとぎばなしの中の『鬼』のような相貌をした新種の生物。人型で人間大の体躯は細くしなやかな筋肉で覆われその上には黒い蠢く外殻を纏い、大小の個体差はあるが共通して角を頭部に生やす、人類史上に似たような生物が確認されていない、完璧なる新種の生物。人間を襲い喰らう天敵が、渋谷に現れたのだ。

 一体や二体ではない。数百、否、数千の群勢で現れたのだ。

 なにかのエンターテインメントショーかと思った人々は、ヒストロポネに逃げることなくむしろ近づいていき、群集はとてつもなく大きなものになった。

 原理は不明だが宙を浮く彼らにシャッターフラッシュが浴びせられるや否や、ギロリと双眸を開き一瞬にして人々の首が跳ね飛ばされた。

 後方の群集に前方の群集の血液が降り掛かり数秒脳が思考停止フリーズしたあと、絶叫。形振り構わず命だけを必死に守ろうと逃げ出す。だが人間を遥かに超越した力を持つヒストロポネにはすぐに追いつかれ、断末魔の声を上げることも許されずに散って逝った。

 数分と経たずに混乱の渦となった東京は、数時間後には混沌とした死の厄災地帯となった。

 もちろん、日本政府がなんの策も練らなかった訳ではない。

 自衛隊を派遣し、持てる力をすべて行使した。違法に武力を持ち紛争地帯へ派遣していた民間軍も、戦線に参加した。当時千代田に移設されていた米軍基地にも連絡を取り、陸軍海軍空軍問わず総員現地へ向かわせた。

 後に『大東京異種間世界戦争』と呼ばれることになるこの戦争は果たして、結果は惨敗だった。

 二時間の死闘の末に、日本は惨敗を帰した。それは同時に、米国の敗北も意味することになった。トップを突き進んでいた『あの』米国の米軍が敗北を帰するということは、自国は無力であると掲示することのほかならないことであった。

 これを期に日本へ恩を売りたい近隣諸国も続々と戦線に参加することになったのだが、どのような策を用いてもヒストロポネに勝利することはできなかった。だが、策はないことはないのは薄々わかっていたが、後一歩決断することができなかった。

 何故ならそれは、核に頼るということだったから。

 核を用いれば数体は倒せるのではないか、淡い期待を誰もが描いでいたが、その数体の為に人命を何千何万と殺すことは人道的ではない。

 そうもたもたしている内にヒストロポネ襲撃から半日が経過し、東京は完全に沈黙。進撃は関東全域までに及び、このままでは数日と経たぬうちに日本自体が沈黙し、今度は近隣諸国が標的となるに違いない。

 選択の余地はなかった。

 人間の理想郷ユートピアの破壊によってその他多くの人命を助けるか、世界を受け渡して人間という種を殺すか。選択の余地はなかった。

 日本国民に秘密にして進められた核投下作戦は、しかし、失敗に終わった。

 先陣を斬って核を投下しようとした露国がヒストロポネに襲撃されたのだ。

 東京に現れたヒストロポネの三分の二が世界へと散らばり、露国の次に中国、北朝鮮、英国と襲撃を仕掛けたのだ。

 二国共同による迎撃でも傷ひとつつけることのできなかった未知なる生物に、一国で叶うはずもなく、東京沈黙までの時間よりも早くに各国は沈黙。

 終わった。終焉だ。黙示録アポカリプスだ。

 誰もがそう思い、絶望に暮れた。

 なにをしても勝てない。人類の叡智を結集した最大の凶器を用いようとしても、その前に作戦と共に国が殺される。

 なにをしても勝てない。なにをしても無意味。打開にも首を絞めることにもならない、本当の意味での無意味。

 ……いっそのこと、この世界自体がなくなってしまえばいいのに。

 そう、東京最後の生き残りは思った。


 悲鳴の後に訪れる刹那の静寂。滴り落ちる血液がつくる川がすぐ隣で流れている。そして目の前ではぐちゃぐちゃに掻き回されて鬼に喰われる母親。

 地上では地獄が繰り広げられているというのに、空は快晴で、澄んだ青色が妬ましい。

 空もこちらと同様に、地獄を描いていたならば、少しは許せただろうか。

 少年は空の青色を奪わんとして手を伸ばす。届きそうで届かない片手がだんだん虚しくなって、そっと力を抜いたらだらんと地面を叩いた。

 周囲にはぐちゃぐちゃになった亡骸が転がっているというのに、不思議と少年は冷静だった。

 いや、彼も諦めたのだ。国のトップたちと同じように、破滅を了承したのだ。

 だから少年は恐怖もしないし興奮もしない。脳が熱を持っていないのでオーバーヒートすることなく、意識がはっきりとしていて、周囲の様子が良く伺える。といっても、本人はそんな気など毛頭ないけれど。

 音が聞こえてくる。いろいろな音が。

 どこかで燃え盛っている炎の音、風が己の髪を掻き上げる音、己の嫌に通常通りに動く心臓の音、肉を咀嚼する怨めしい音。

 俯いていた顔を上げ、目の前で母親に齧り付く異形の怪物を見詰める。

 ……おれのお母さんは、美味しいか?

 心の中でそう呟くと、急に怒りが込み上げてきて、呼吸が荒くなった。

 あぐっ。

 苦しい。

 何度呼吸を繰り返しても、全然呼吸をしているように思えない。身体が反応しない。

 必死で胸を叩きまくるけれど、一向に回復しない。

 不自然な少年に気が付いた異形の怪物がこちらを向いた。目と目が合った。

 深淵を彷彿とさせる双眸がぎろりとしていて、耳の裏まであろう大きな口がもぐもぐと動いている。

 あの口の中にあるのはおれのお母さんの肉だ。

 今すぐにでも殴り殺してやりたい衝動に駆られるが、如何せん身体が動かない。それに、あんな怪物を殺せるだけの力量は持っていない。

 すっと異形の怪物が立ち上がった。

 ちらりと見えた母親の姿は、見るも無惨で……嘔吐。

 歩く度にかちかちと金属のような音を鳴らしながら、異形の怪物はこちらに向かってくる。

 少年との距離はもはや1メートルもないほどになり、間近で見る異形の怪物に少年はたじろいだ。

 しかしそれでも一矢報いようと、見下ろしてくる異形の怪物の顔に唾を吐きかける。笑う。

「……死んじまえ、化け物」

 言うと異形の怪物は首をコキっと鳴らして嘆息を吐いたと思うと、腹に蹴りが入れられた。鈍い音。吹き飛ぶ。

 鉄板に身体を強打。意識が暗転する。

 うつ伏せに倒れた少年にかちかちと音が迫る。

 ああ、死ぬのか。

 思うと、涙が溢れた。

 まだ死にたくはない。

 将来の夢だってまだ決まっていないのだ。

 今がなにより楽しかったのに、こう安々と奪われては溜まったものではない。

 日本に生まれなければここで潰えることはなかっただろうか。

 でも、やっぱり日本が好きだなぁ……なんて。

 少年が異形の怪物の影に隠れた。

 {ばっちぃばっちぃ}

 とても嬉しそうな声だ。

 汚されてそこまで嬉しいのか、少年は思わず苦笑した。

 こいつの精神年齢幾つなんだろ、なんて思う。

 異形の怪物が口元を歪めた。脚を振り上げる。

 {ちーねっ}

 瞬間、少年の目に、ふわりと舞い降りた少女が映る。幻覚か。とても可愛らしい。クラスにいたなら好きになっていただろう。

 けれど少女はこちらを見て笑っていて、楽しそうな顔が怨めしい。今にもぐちゃぐちゃに切り刻みたい。

 おれを見るな。どっかいけよクソババァ。

 少女は心底可笑しそうに口元に手を添えた。

『きみって、もしかして死にたいの?』

 なにを馬鹿げたことを言うのか。そんなはずあるまい。

 死にたいわけがない。

 そう心の中で念じると、少女は屈んで顔に手を添えてくる。なんのつもりだと言うのか。

『きみは今、とっても力が欲しいって思ってる。目の前の化け物をお母さんみたいにぐちゃぐちゃにしてやりたいって、思ってる。だからきみに、力をあげる』

 するとぽうっと少女の手が光り、光は全身を包み込む。

 少年は困惑する。己の身に起こっていることが理解できないからだ。

『本来ならきみはこの力を持つことにはならないんだけど、しょうがないね。きみがそこまで言うんだったら、契約しましょう。唱えて』

 なにを言うべきかは、不思議とわかっていた。

「おれは夢葉ゆめはのモノになる」

 少女はにっこりと笑った。

 少女は少年の頬にひとつキスすると、唇の跡にそっと指を這わせた。

 初めての感触に胸が躍る。

爾汝じじょに授けましょう。神からの贈り物ギフトを。そしてわたしからのささやかな贈り物ボーナスを。きみには特別だよ』

 そうして、少女は消え去った。

 瞬間、止まっていた時が動き出す。

 振り下ろされる異形の怪物の足を小さな手が受け止めた。

 少年は起き上がり、その万力のような力を一杯に込め、足を潰す。

 {ぎゃっ!?}

 ぽたぽたと黒い出血。

「やっぱり、おまえは普通の血は流れてないよね。そうだよね」

 {ぎゃあああああああ!?}

 絶叫。

 異形の怪物は少年の腹を殴り、足の拘束を振り払うと地で痛みにもがき苦しむ。

 少年はぺっと血反吐を吐き出すと、もう一方の無事な足を踏みつけ、粉砕。

 {ぎゃあああああああああああ!!}

 再び襲った激痛に異形の怪物は悶絶する。

「痛い? でもね、おれのお母さんや人はもっと痛い思いをしてるんだよ」

 異形の怪物は少年を一瞥すると、お釈迦になった両足を引き摺りながら這って逃げようとする。

 それなりの恐怖心はあるようで、少し滑稽。

 こうやって第三者のフリをしてずっと見ているのも良いかもしれない。

 でもそれだとこの胸の中で渦巻く黒い感情が消化されないから、奴だけは殺すことにした。

 母親のかたき、それはもちろん念頭にあるが、それよりも何故だか沸き上がる闘争の衝動に身体を任せたかった。

 先回りして両肩を踏みつけ粉砕。

 叫ぶ暇も与えない粉砕のラッシュ。

 返り血が目に入ろうとも構うことなく、蹴りつけては殴り、剥がれかけた外殻を引き剥がしてまた殴る。

 異形の怪物はだんだんと動かなくなっていった。しかし少年はそれでも殴る。生きていようが死んでいようが構わない。殴りたいから殴る。いつしかそうなっていた。

 少年の攻撃は、己の拳がパキッと鳴るまで続いた。鈍痛。とうとう骨が折れたか。

 頭の血の気がスーッと引いていく。

 冷静になって己の身体を見ると、黒い染みに塗れていた。

 甲が砕けた右手が痛い。なにかを握り締めていた。

 なにかは、異形の怪物の心臓だった。

 目の前を見ると、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた黒い物体があった。原型がなんだったのか、もはやわからない。

 少年は己の黒く染まった両手を顔に当てた。

「ああああああああああああああああッッ!!!」

 溢れ出た感情は、母親を失った悲しみか、非情が嫌になったか、自分でもよくわからなかった。

 たぶん、そのふたつとも、だったのだろう。

 ふいに後ろから抱き締められる。

『痛くなーい痛くなーい。大丈夫大丈夫』

 さきほど現れた少女だった。

 慰めるように、救うように少年の背を抱く。

「きみはずいぶん、のらりくらりと、してるだね……」

 現れたと思ったら消えてしまって、消えてしまったと思ったら現れる。

『あははは、しょうがないよ、だってそれがわたしだもの。人のもとへぴょこっと現れて、その人が気付いたときにはもうどこにもいない。元来わたしはそういうものなのよ』

 まるで妖怪のぬらりひょんのようだ。

 少年は俯き加減になりながら、

「ひとりぼっちになっちゃったよ……」

 父親はとっくのとうにぽっくりと死んでしまったし、母親はさきほど殺された。東京が世紀末のようになっているのだから、学校の友達はおろか、九州に住む親戚だって親戚だって死んでしまっているに決まっている。

 少女はぎゅっと抱き締める腕に力を入れると、『そんなことはないよ』と否定する。

『だって、きみはわたしのモノなんだよ。だからひとりぼっちにはならない。それに、もうすぐきみと同じ人たちがたっくさん現れる。もちろんきみを守ってくれるよ』

 それは誰、と訊こうとする前に、少女は少年の手を取って天へ掲げた。

『だから、最後の仕上げだよ。また人が住める世界に、してあげようね』

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