希望的観測(ウィシュフルシンキング)
やっぱりこの話ししといた方いいよね…(二巻に持ち込もうとしてました
◆
星刻11:00。
この世界の話をしていた。それも一方的にこちらが情報を得る形で。
イマニクス頭部の操縦席で妹のノヴァンが足を窓に押し当てながら狭そうに寝ていて、それを起こさぬように兄のアルファが体の操縦席に座る小さな小人、クレイグに質問する。
クレイグは操縦席の機能をいじろうとしなかった。そもそも、イクスに機能の大半を使わせないように設定させているので大丈夫なのだが。
今は帝都やこの世界のことを聞いていた。
「西に帝都、北に星都、東に水の都という三大都市がこの世界の主要都市だ、都市の中は大体三つに分かれている。奥の星城に近い場所が居住区、中央が平民区、周りの壁際が外周区だ。居住区は文字通り人が住むところ、平民区は商業施設、屋台、工場がある、外周区は魔法がつかない…階級の低い人達が住むところだ。
都市の周りは魔物や魔獣による侵攻を防ぐために大きな壁などで囲まれている水の都だと水深が深い川で囲まれている。帝都は比較的安全だが星都の壁の向こうは魔物の黒い森が広がり魔獣が徘徊する。魔獣は精霊のいない場所を目指す、魔物は精霊が死んだ後から生えてくる。だから、自然な森があるこの帝都の周りは比較的安全だ。
あとは共和国という亜熱帯や砂漠という温暖気候が広がる南に小さな国がある」
「なるほど、それがこの世界の人類の居場所か。しかし、国は一つだけなのか?この帝都は帝国とかではないのか?」
「そうだな、今のところ国は共和国のみ。精霊大戦が起こるまではこの帝都や星都、水の都は君の言う帝国という国の都市だったそうだよ、もう半世紀も前のことだから国の名前も忘れさられたが帝都はその帝国の首都だそうだ。
帝都という名前は帝国の首都だったということを忘れないため、星都は北の大地で毎日のように輝くオーロラや世界の果てで輝く星が見れるから、水の都は都市の周りを渦を巻く川で囲んでいるのと雨がよく降るらしい。」
アルファは帝都のことしか聞いていないのにほかの都の話もしてくれる。ありがたいことには変わりないが親切すぎる気がしてこちらも情報をあげた方がいいのだろうかと思ってしまう。
「ということは政治や経済は都の中だけで動かしてるのか?共和国は国で動かしているということか」
「そうだね、帝都や星都、水の都には都議会という代表を務める議長、その補佐をする少数の議員による政治団体が都の方針を決めているよ、それに貴族制度というのが都市では取り入られている」
つまり、この世界には国という連帯感はなく都市という壁で囲まれた街の中で経済を動かしているらしい。貴族制度ということは公爵や男爵といった上流階級が存在し、貧民がいるということだ。
「ここやほかの都市のことは分かった。では共和国というのは国という形をしているのだからなにか複雑なことがあったりするのか?」
「いや、共和国はむしろ自由、法もなく君主もいない無法地帯だ、というより手がつけられない魔物や魔獣が徘徊する危険な場所で、村が散り散りにあり、村同士で協力して生きているといった感じだ。それに南の星城はいつ魔獣に攻め込まれるのかわからないからね。我々星城騎士団が一番警備に力を入れている場所だ」
ふと、昼に戦った魔獣(角が生えたライオン)、魔物(牙がむき出しの草)を思い出す。確かにあんなのがひしめく場所は大変そうだ。いや、もしかしたら自分たちが最初にいた場所は南だったのかもしれない。そうなるとこの世界は随分狭いものだと感じる。
「そうか、竜のような生物、あれも魔獣だったりするのか…」
「竜…龍精霊のことかな?世界の果てに何体か目撃談があるが見たのかい?」
「ああ、緑のドラゴン、それを操っていた人間もな。」
「なるほど、それは竜精霊でいうアース系統の種だろう、ドラゴンには大抵人が付き添う。南の民族が龍精種を使うらしいが私も詳しくは知らない。ただ、ドラゴンと操者は世界の果てへ終わりの無い旅へと向かうのだそうだ」
「南の共和国か…そこは生きるのが大変そうだな。つまりこの世界の共和国というのは国と主張しているだけで絶対的な政治は施されていないのということか」
自分たちの世界でも昔、それも三十世紀ほど昔に民族という国や団体に身を置かない独立した人類が居たそうだ。この世界ではそれが廃れずに続いているということなのだろう。
「さきほど話に出てきた星城についても聞きたい、あなたはこの世界に十人しかいない星城騎士団なのだろう?」
「そうだとも、とはいえ最近は研究ばかりであまり星城には出向いてないがね」
「それで務まるものなのか?聞く限りだと星城騎士団というのは星城の警護などをするのだろう?」
「ああ、もちろん。だが私は特例だ。魔道具研究が主な仕事、転移魔道具を開発しているのさ」
転移。自分たちの世界でいえばタキオンテクノロジーを使った光子ワープが頭に浮かぶ。だがこの世界のことだからきっと魔法だろう。
「…それは、テレポートのことか?」
「ほぅ、展開式の精霊言語は読めるのかい?」
「精霊言語?すまんがわからないな、それは魔法のことか?あなたがイマニクスの装甲に溶け込んだみたいに…」
「そうだとも。魔法とはこの世界に漂う精霊が起こす奇跡。私がこの機械人形に使ったのは錬金、人が魔法を使う過程によって覚えた奇蹟」
「それは知っているが精霊が一体何なのかわからない。あなたが使う錬金…といったか?それは精霊による魔法じゃないのか?」
「精霊は三十年前の精霊大戦で現れた人類の敵だったが、会話が成功し和解が成立し戦争が終わると、私たちに協力してくれるようになった。それから契約し命令すれば精霊が魔法を顕現してくれる。魔法の質や種類は契約した精霊によって千差万別、土だったら厚い壁や硬い岩、水だったら飲み水や冷たい氷を顕現してくれる。使いこなせば異種混合の魔法、例えば水と風で雨などを起こせる。
それが第一世代、人類で最初に精霊と契約し魔法を代行させる者たちのことを言う」
「第一世代ということはその上は?」
「錬金は第一世代は使えない、第二世代という精霊大戦から5年後に生まれた子が精霊の質を親から引き継ぎ新しい精霊を身に宿して契約無しで生まれたことにより、精霊の種類が増加。さらに使いこなしていくと、精霊無しで魔法が起きることを発見した。それが錬金だ。
しかしそれは、有から有への変換。無から有を作り出す魔法に比べれば随分と劣っていた、それに錬金は想像力が大事なのだ。魔法を精霊にばかり頼らせていた第二世代はうまく想像が出来ずそこで能力の進展は終わった」
「つまり錬金は人類が魔法という奇蹟を自分で起こす第二世代から発現した物なのか」
「そして、第三世代。精霊大戦から約十年後に生まれた子供、親の才能は契約した精霊、錬金を行うための想像力。それら全てを持って生まれてくる子供は錬金を使いこなした。やがて、研究は進み、魔法が普及し精霊が使う魔法の仕組みや展開式というのを人の身で描ける事も出来るようになった。
そして、現在だ。この世界の有り様は二十年前から始まった。魔法専門の学院、学校ができ、魔法の勉強が義務になり、魔法の才能で階級が決められた」
「魔法で全てが決まる世界、魔法社会ということか?」
「そうだな、先ほどの戦いで君がこの機械人形に乗せた少年も第三世代。それに貴族だ、先ほど言った貴族制度は魔法の才能で階級が決められる」
「なるほどな」アルファは納得する。この世界のことが大体わかってきた。
やはり機械から聞くよりも人から聞く方が納得が出来た。しかし、
「それなら、あなたは何世代なんだ?錬金が上手く使えるのなら第三世代だという気はするがそれは二十年前に生まれた子供、俺にはあなたが三十くらいに見えるのだが…」
クレイグの外見は子供ではない。身長が小さい大人。その顔立ちはおとぎ話に登場する小人。
「知りたいかい?それは君が明日私たちに協力するかしないかで話そうじゃないか」
それにアルファはやはりこの男は油断できないと悟った。
◆
星刻3:00。
それは夜が明ける前のことだ。霧が濃い。
アンドリューは一人で帝都の奥にある星城へと続く巨大な橋を歩いていた。
「……でかいな」
独り言は霧に飲まれたかのようにどこかに消える。足が向かう先には星城があるはずだがまだまだ見えてこない。
それに長い。どこまで歩いてもたどり着く気がしない。帝都騎士団から渡された手紙を見る。そこにはカクカクとしたごつい字が書かれている。星城騎士団入団式の招待状。それも騎士団長の宛名が書かれている。
アンドリューはこの星城に招待されたのだ。なぜか早朝に。
「ていうかはやすぎだろ…まじでねむい…」
イグネイシャスの戦闘からまだ半日程度しか経っていない。一、二時間ほどの仮眠を摂ったが寝足りない。手のやけどもまだ治りきっていない。
星城騎士団第十位に冠していた朱魔道騎士イグネイシャスはアンドリューが倒したことになった。本当はセリーヌが倒したのだが駆けつけた帝都騎士団にそのことを言うのはなにかまずい気がした。それにセリーヌがイグネイシャスの印象を自分に渡し、姿を消したのだからやはり嘘でも自分が倒したと言った方がいいだろう。
帝都騎士団は戦場に気絶している武装集団を拘束するのに手間取っていた。とにかく数が多かったらしい。あの幹部らしい老人たち、それにチャスと言っていた男には逃げられてしまった。
帝都騎士団は星城騎士団第十位の印章を確認するとアンドリューに手紙を寄越した。いつかこんなことがおきたら渡すように言われたいたらしい。宛名は星城騎士団団長からだった。
イグネイシャスの評判はすこぶる悪かった。酒飲みで遊戯好きでとてもこの世界の月を回す星城を守る騎士という感じではなかったという。ただ、純粋な戦闘力では飛び抜けていて遊撃手として星城を守っていたのだという。それは、星都の魔物駆除や、水の都の上空を飛ぶ鴉などの討伐、外周区の人間と親しかったらしい。
だが、それはここ最近の帝都で起きた火事で帝都騎士団は目をつけていたという。火の魔法、自由に動ける星城騎士、それに外周区の人間との仲。だが、決定的な事は掴めず放っておいたのだという。
そして、星城騎士団団長はそのイグネイシャスを打ち倒す者がいつか現れると踏んでいたのだろう。あわよくばその者を次の星城騎士第十位の座に就かせようという魂胆もあった。
「星城騎士団か、城を守ること以外の仕事もあるんだなぁ…」
確かに大変な仕事なのは知っていたがアンドリューにとってはめんどくさいという気持ちも確かに存在するがそれよりも誇りを持てるという気持ちが強かった。
やがて、霧が晴れた。星城が目の前に現れる。自分の背丈を五倍も超える木造の扉が現れる。
それが開いた。
「お待ちしておりました、アンドリューカーティス様ですね?」
扉の奥から声が聞こえる。淡々とした口調の女性の声だ。
「あ、…ああそうだよ」
アンドリューは少しキョどる。現れたのは長い黒髪の女性で東洋人。極東で修行していた時を思い出す。
女性は城に案内するように手をかざす。それに従い城へと足を入れる。
星城の外見は奥行きが無い縦に長い城だ。城というより塔といった感じ。だが、内側は帝都の屋敷のような中央階段や荘厳に見えない天井まである太い柱、それによく手入れが行き届いている大理石の床。
それを眺めているだけで時間が勝手に流れてってしまう。美しい絵画を見たように、美術館の中で鑑賞しているような感覚に陥る。
「お急ぎください、当主がお待ちしております」
そう黒髪の女性に言わて、「すみません」とアンドリューは歩く。とりあえず、進む道は階段しかない。歩き出すと女性は付いて来なかった。つまり一本道なのだろう。階段を上り壁に当たり、右か左の螺旋階段。そこで迷う。天井を見上げても二つの階段が交えるのはずっと先だ。天井かも知れない。
「…えーと…」
明らかに一本道ではない階段の前で門を閉ざした黒髪の女性を見やる。女性はただ、手をかざす。先に進んでくださいと。もしかしたら入団式は最上階で行うのかもしれない。
アンドリューは右を進む。それは右利きだからとか、右の方がいいかもしれないという本能的に、単純に選んだことだ。
「それにしてもこの階段も長いな…」
上を見上げると階段は白い光の向こうで終わっていてうんざりする。白い光?もう夜が明けたのだろうか?ずっと霧の中を進んでいたので星刻がわからない。ただ、午前3時前に出発したので感覚的にはまだ一時間も経ってないと思うが…。まぁ細かいことはいいか。
進む。登る。腹が減った。入団式に料理が出るといいな。と考え始める。
やがて、体に緊張が篭る。上からなにか威圧感を感じる。おそらく星城騎士団の者の気配。手が武器の柄を握ってしまう。この場所で戦闘なんぞ起こるわけがないと思うのだが、そうしないと不安になる。
そして、階段は終わる。目の前には部屋が現れた。向こうの左の螺旋階段は上へ続いている。
「どういうことなんだ?どっちを進んでも同じ場所じゃないのかよ…」
とりあえず、戻るのはめんどくさいので部屋をのぞくことにした。片手でそっと警戒しながら開ける。
部屋の中はただ広くて赤かった。真ん中にだれも座っていない椅子がある。待合室に見えた。その部屋の右の壁に背中を預けている男が一人。見覚えのある金髪。右手に本。顔に、仮面。
「っな!貴様!イグネイシャス!」
「あん?なんだ、てめーか…」
そいつはセリーヌが殺したはずの人物だった。いや体と首を真っ二つに、神話で語られている月の裏側に住む天使を召喚し死体ごと封印した人物だった。
そいつは仮面を外し素顔を見せる。やはり星城騎士団第十位、朱魔道騎士イグネイシャス。
「まるで、俺が死んだような顔だな?確かに俺は殺された、しかし、それは俺の分身、それも俺と同等の力を持ったな」
「まさか俺たちが戦ったのは魔法なのか?」
「いや、お前と戦ったのはオリジナルだな、俺はコピーなんだそうだ…さっき知ったんだぜ?」
目の前に突然現れたイグネイシャスは数時間前に戦ったイグネイシャスと少し違う感じがした。全体的に冷たい。
「今の俺は精霊が構築している体だ、術者がいない俺はもうじき消える、その前に…」
部屋の中に響く声はあの時聞いた声より冷めていた。
「お前に再戦を申し込む、俺の本気の炎をお前にブチ込んでやる」
イグネイシャスの本が錬金され手に剣が顕現する。炎の細剣。セリーヌと戦っていた時に使われた朱魔道騎士と言われる由縁の武器。
アンドリューも刀を赤い炎の模様が施された鞘に差し替える。手の火傷が痛い。あれから数時間が経つが前回には至らない。おそらく刀を二回振るうのが限度。赤い鞘、刀の柄を上下反対にする。
「もうあんまり時間がないんでなぁ…いきなり奥の手からだぁああ!!」
イグネイシャスの背中から炎の翼。着ているマントと一緒に翼も羽ばたき距離を詰めてくる。その速度は早かった。細剣の切っ先がまっすぐこちらに伸びる。だが、よけられる。
アンドリューはそれを無心で対応する。ただ、純粋に相手を倒すことを考える。相手の考えとか言動というのを無視した単純な戦闘術を使う。
抜刀。
細剣の切っ先は下から繰り出された刀の峰で弾かれ腹から折られる。纏う炎は階段式の五刀身に吸い込まれる。さらに、
極刀。十波一刀擊。
峯から繰り出された刀の刃は下を向いている。それを無心に垂直に振るう。鋭く、強く、打ち付ける。
相手を五段の刃で切り刻む。
炎の細剣も、背中の炎の翼も、体表を覆う炎の鎧も全てを切り刻んだ。
最後はイグネイシャスの体から朱い鮮血が舞って終わった。
倒れゆくイグネイシャスの服の襟をアンドリューが刀を握り締めたまま、火傷の手のまま掴む。目の前の薄れゆく目を睨んだ。
「おまえ、強いな…」
「……あんたの力はもっとあるはずだ、なぜ本気で…!」
「本気だ…これが俺の限界、お前が戦った俺は薬で強化した俺、俺の強さじゃない…」
その掴んだ服が薄くなっていく。イグネイシャスを構築している精霊が死んでいく。
「しかし、身に浴びて初めて感じることもあるんだな、お前の剣技、それは本当に殺人術じゃないみたいだ…」
イグネイシャスの傷口は血管を傷つけ、出血がひどい。だが、それは肉が切られただけで、内蔵、骨を傷つけてはいない。出血の手当さえ、止血さえすれば死にはしない傷。
「最後に聞かせてくれないか?お前の剣技…」
掴んだ手を離し、相手の気が抜けた体を床に落としてアンドリューは言う。
「七陣一刀流、七つの鞘を用いて一刀で成す、極東で散々馬鹿にされて後継者がいないくて廃れていった剣技さ」
それに、満足したように目を閉じて声には出さずに笑いイグネイシャスは消えた。
アンドリューは緊張を解いて刀を鞘に納める。手はもういい加減に治療に専念しないと後遺症になってしまう。
ぱちぱちぱち。
たった一つの拍手が耳に届く。それは中央にあった椅子から。そこに長身のやせ形の黒い色をしたスーツ姿の金髪の女性。自分より二、三くらい年上。
「入団テストクリアーおめでとう!」
「お前は…一体…っ…!」
視界が歪む。戦闘の疲れ?緊張の解れ?いや、そんなことで自分は意識を手放したりしない。これは…。
「だいぶお疲れでしょう?少し眠ってはいかがですか?安心してください、目覚める時にはあなたは星城騎士に即位してますよ」
「どういう…」
「あ、自己紹介!私は副団長のナタリー、これからあなたの上司になるからよろしくだって」
上司?だって?そこでアンドリューの意識は途切れる。
「おやすみなさい、カーティス君」
ただ一つ。その声には聞き覚えがあった。
星刻12:00
あれから一晩が経ち朝を越えて昼を迎える。
あの後、学院は校舎が修復するまで休校となった。三年生と二年生の先輩は住む部屋がなく実家や学院から支給される帝都の宿屋に住むこととなっている。休校期間は約三ヶ月はかかる見込みだ。
アンディは昨日の夜からずっと部屋に篭っていた。
一年生寮は被害がなくそのままの状態で休校期間も普通に住んでいいこととなっている。食堂も三年と二年を担当するおばちゃんが働いている。元から働いていた一年生寮を担当していたおばちゃんは入院中だ。
火事での死者は十数名。三年生の寮でレポートを書いていた生徒、仮面の男に立ち向かった生徒や先生が無残に死んでしまった。負傷者は三十人程。その時二年生の寮はちょうど食堂のメニュー会議でバタバタして人が集まっていた。会議室は食堂の一番奥で火事は食堂を襲って会議室を孤立させた。近くの生徒達で救助班が組まれ魔法で火を避けて会議室から少しずつ人を運んでいった。とりあえず人手が足りなくて仕方なかったという。
「…僕は…僕はエスターと一緒に救助に向かえばよかったんだ…」
昨日、家事になっている学院を走っていたときケンジーとエスター、アンディの三人は悲鳴を聞いてどう行動を取るか悩んでいた。ケンジーは真っ先にその悲鳴がする二年生の寮へ。アンディは迷っていた。自分は三年生の寮にいるだろうセリーヌを探したほうがいいのか、その悲鳴の人物を助けに向かったのほうがいいのか。エスターはそんあアンディに指示をした。セリーヌのところに行きなさいと。アンディはそれに従ってしまった。
結局、セリーヌは学院の外へ外出していて無事。悲鳴を上げた人物、アンディにエスターの機嫌取りにプリンをあげた人、いつもお昼の野菜サラダに嫌いなミニトマトをわざと多く盛り付ける食堂のおばちゃんは重体だ。
「僕は、なんで一人で決められないんだろう…」
ガンガンと音が鳴っている。外から窓が叩かれている。中はカーテンが仕切っていてその足の影が映る。誰かが足で叩いているようだ。うるさくてしょうがなかった。アンディは落ち込んでて他の人が気づくだろうと思っていた。気持ちはそれどころじゃなかった。
それでも見てしまい気にしてしまう。足の影はだんだん下がって太ももまで映る。そして、
「助けてーーー!!」
「ーーエスター!!」
窓を急いで開ける、内側に空く式なので邪魔にはならない。開けると菫色の髪をした低身長の少女が飛び蹴りの勢いで部屋にはいってくる。
その膝がアンディの顔に直撃しエスターの下敷きになる。
「んがっふ」
「やっと入れた!アンディ君!なに引き籠ってんのよ!おかげで大変な目にあったじゃない!」
「……えふたー…なんで…」
大変な目はこっちだ。しばらく鼻呼吸ができない状態異常になる。
その鼻が痛くてうまくしゃべれない顔を覗き込まれる。アンディの腫れた目を睨んでいる。とても、とっても怖いエスターを見た。
「アンディ君が、アンディ君が心配っ!だからに決まってるじゃない!」
耳下で叫ばれる。言葉は途切れ途切れだ。もう何時間も一人でいたのでそれに耐性がついて無くて耳の奥が唸る。
「朝の食堂も食べに来ないで!部屋に来たら返事ないし!お昼も来てない!アンディ君が自殺したかと思ったんだよ!」
自殺。自分にそんな度胸はない。でも、これから生きて行くのも辛いことだなと思ってしまう。自分を悲観的にみてしまう。
「僕は…僕はそんなに心配とか…される人間じゃないよ」
僕は、助けられたかもしれない人間を助けられなかった。
僕があの仮面の男と戦って勝てていればみんなを救えたはずだ。
あの時、もっと上手く機械人形を動かせていたら、きっと、もっと、たくさんの人を救えたはずだ。
「僕は、情けない人間だよ…迷ってた!はっきりすればよかった!学院に入学しても僕はずっと子供だったんだ!こうなるなら変われば良かった!変わりたくないって考え方は間違ってたんだ!」
「アンディ君!それこそ間違ってるから!」
アンディの震える肩をガッチリと掴まれる。エスターは紙のような物を握っていてた。それを振り解こうともがく。
「やめてよ!僕は変わることなんて、成長なんてできない子供なんだ!」
「そうだよ!アンディ君が変われない人間なら私もそう!みんなそうだよ!でも、もう取り返せることじゃないし、いつまでも悔やんでも時間は戻らないし、それに、それにね…」
エスターの声も微かに震える。彼女の目を見たら、涙が垂れていた。
「それって一人で背負えるもんじゃないから…だから、」
アンディは泣きたくなんてなかった。この部屋に篭ってからずっと涙は流したくなかったのに、救えなかったみんなに申し訳なくて泣きたくなんてなかったのに。
「私も背負うよ。アンディ君は変わらなくていい、今のままが一番だと私は思ってる」
「えぇぇえすたぁああ゛~!!」
うわぁーと泣いてしまった。子供みたいに泣き喚くアンディをエスターが抱擁して背中をさすってくれた。
「うん、うん」
泣き止んだアンディはごめんと恥ずかしく体を離した。それにエスターも自然と体を寄せていたことに今更ながら気づく。これは、エスターが飛び蹴りで当てた鼻が痛かっことにしよう。そうすれば泣いたことも自分の中で納得する。
あれから、もう一日。アンディは昨日の夜から部屋に引き篭ってたので帝都が学院のことをどうするのか、みんなどうしているのかなどわからない。たった一日で世界が変わってしまった感覚がする。
「あのさ」、「あのね」声が重なった。
「な、なに?エスター」
「アンディ君から言って」
「え?エスターが先でいいよ」「アンディ君が先!」
仕方ないなぁ…。アンディが押し負けてそれを聞いた。
「セリー姉さんはどうしてる?はふぃすぃんだぁぁ!」
セリー姉さんという単語が口から出てきた瞬間にエスターに口をつままれた。だんだん、セリー姉さんと口に出すのが怖くなってくる。
「なんで、最初がセリー姉さんなのよ?言っておくけどアンディ君の姉離れ計画はまだ継続中だからね」
「…あ、だよね」
つい忘れてしまっていた?よくわからない気持ちがアンディの中を泳いでいる。
「セリーヌさんなら昨日実家に帰られたわ、昨日の夜に帰ってきて学院を一通見て列車の最終便で」
「そっか…」
アンディはセリーヌが自分に会いに来るだろうと思っていたが結局来なかったみたいだ。たぶんいろいろ忙しかったんだろう。
「それとこの火事で運ばれた人って?」
「帝都の平民区の病院よ、幸い貴族はいなかったみたい、そこなら外周区の人も入院できるし生徒も先生も職員の人たちみな入院してるわ」
そこに、食堂のおばちゃんがいるのか。
「そっかありがと。僕食堂でご飯食べたら帝都に言ってお見舞いしてくる。それと実家とセリー姉さんの家」
「うん、何はともあれ食べないとほんとに死んじゃうよ?あの戦闘から食べてないでしょ?お風呂は入ってるみたいだけど…」
すんすんとアンディの匂いを気にするエスター。その目は体に向けられている。
「入った、入ったよ火の煤が顔についてて気持ち悪かったからさ、それより、エスターこそなにか言いたいことあったんじゃ?」
「あ、そ、そうだわ、アンディ君に父様からの伝言。はい」
クシャクシャの紙を渡される。
「今日の朝にポストを確認したら父様からぬいぐるみと一緒に二枚の手紙が届いてて一つは私に宛でもう一つがアンディ君宛なの」
「クシャクシャだね」笑いながら言う。
「アンディ君が部屋に入らせてくれないんだもの」笑って答える。
笑いながら二人で手紙を広げる。エスターも興味があるみたいだ。そこに書かれた内容を読みあげる。
『未来の息子アンディ君へ、君の武勇を称えて学院が通えるようになるまでの間アルケミストで働いてみないか?主に魔道具の製品チェックや錬金のお手伝いをお願いしたい。
もちろんエスターもいるから是非ラブラブしてくれると…』
そこまで読んでまたクシャクシャにする。
「こここ、これ一人で読むやつだーーー!」
「ららら、ラブラブなんて、きゃーーー!」
二人で素っ頓狂な声をあげてエスターに手を引っ張られて部屋を飛び出し食堂へ向かわされた。アンディは二人きりでいるのが恥ずかしかった。エスターはもっと顔を赤くして恥ずかしそうだった。
カーター氏からもらった紙を後で一人になった時に最後まで読もうとズボンのポッケにいれる。
食事を取ったらまずは食堂のおばちゃんが入院する病院に行こう。それから自分の住んでいる屋敷へ。母と連絡をとっていないので父と兄がどうなっているかわからない。確か父さんが再婚をお願いしに行くと言っていた。
食事を取ったらエスターが二年生の寮を担当していたおばちゃんから小さい瓶をもらっていた。それはなんなのか聞こうとすると話を逸される。聞くなということなのだろうか?
あれから、一日。アンディから見れば何日も立っている感じがしている。
エスターもアンディと一緒に病院に行くことにしていた。エスターに宛てられて手紙もアンディと同じようなことが書かれていたらしい。最後の文は書かれていなかったが。
他の都ではどうかは分からないが帝都で病院は平民区にしかない。アンディやエスターは貴族で住民区という貴族邸や宮殿が並び立つ場所に住んでいる。病気にかかった時は医者が家に来て看てくれていた。
「ここに来ると、なんか僕ってすごい贅沢な暮らしをしてたんだなって思うよ」
「うん、私もそう思う。でも、世間ではここが一般なところなのよね」
病院は平民区の駅から少し歩いた場所にある。病院へと続く道を二人は並んで歩く。人が多い。今日は平日で平民区は走ってる人や、踊って楽器を吹いている人、屋台を広げてお菓子や花を売ってたりする人でいっぱい。そのせいか道が狭く感じる。
「アンディ君迷子にならないでよね」
「ならないよ、うわっ」
アンディにぶつかってくる人がいた。その人はちゃんと前見て歩けと言って足早に去った。
何なんだよ、ぶつかってきたのはそっちじゃないかと思う。エスターがそれを見て手を握ってくる。
「もう気をつけなさいよ?」
「え?いや僕は…あれ?」
アンディはポッケに違和感を感じて手を入れて探る。
「どうしたの?」
「財布がないよ…」
「えーすられちゃったの!?」
「いや、特にお金入ってないからいいいんだけど…」
手を引っ張られる。エスターはアンディが迷子にならないように先導される。
「もう、お金は私が払うからしっかりついてきなさいよ?」
アンディは財布より大事なの物をすられていた。カーター氏が僕に宛てた手紙。まだ最後まで読んでなかったのに…。
ショックでエスターに引っ張れる人形になってしまう。やがて足並みが減って駅から遠い場所へ。病院が見えてくる。
病院は七階建てで新しい感じが満々の白色で清潔感が溢れていた。初めて見るわけじゃないがここには始めて来た。病院の中も殺菌のために鼻にツンとくる変わった匂いや手を消毒する液体があっていい病院なんだなと思う。
靴も備え付けの物に履き替えされ受付へ。学院の生徒と告げるだけで上階の入院患者の場所を教えられる。奥に階段があったがその隣の扉に入って上に登っていく感じを体に感じる。ここまでエスターが案内、アンディは流されていた。
それは最近開発された魔導具の昇降機だ。
「これってカーター氏が?」
「ふふん、そうよこの病院は父様が設計した最新設備の詰まった病院よ」
誇らしげにエスターがしゃべりだす。もう魔導力が世間に普及してるんだ。情報誌にもまだここは記事にされてなかった。
「だから、この辺詳しかったんだ」
「うん、それと父様は住民区から先に魔道具を売り出したけど最新技術の魔導力を使った魔導具は公共施設から先に取り入れてるのよ」
あっという間に目的の五階。この先に食堂のおばちゃんが入院する病室がある。名札を確認しその扉を開けた。
部屋の中には何人も横になって寝ている。他の患者と一緒の部屋らしい。その奥に食堂のおばちゃん、全身火傷の傷で包帯だらけで外を眺めていた。それにアンディは少し目をそらしながら近づく。
「ア、アンディカーティスです、ヴァイシェーシカ魔法学院一年の…」
「エスターです、食堂のおばさん…ですよね?」
アンディのはまるで告白。エスターが少しにやけて自分も自己紹介する。食堂のおばちゃんはこちらを向いた。
「おやおや、あたしのことを心配して来てくれたのかい?」
「あ、ええと、あの時の借りで…」
アンディがしどろもどろ言葉を言う。エスターがここにいるとプリンをもらったなんて言えないじゃないか。食堂のおばちゃんは空気を呼んで頷いてくれた。
「とにかく、体は大丈夫?…ですか…?」
「ひひひ、飯を作るくらいならすぐ回復できるよ。それよりあんたらは仲良くやってるのかい?」
「やっ……やってるなんて」
食堂のおばちゃんが意地悪そうに魔女笑いをして聞いて、エスターが顔を赤くしてなにか呟いた。
「仲はこのとおりバッチリです」
「そうかい、そりゃよかった、ひひひ」
そう笑うとエスターが急に頭を下げた。
「あ、あの、私、おばさんが外周区の人だからって少し軽蔑してました、でも思い直すとおばさんも普通の人なんだって気づかされて…これ!アンディ君のためにおばさんが漬けたんですよね?」
食堂のおばちゃんが小さく頷きながら聞いて、エスターは手持ちのカバンから瓶を取り出す。昼食を食べ終わった後にうけとっていた瓶だ。ここに来るまで中身がわからなかったが中にはミニトマトが浮いていてアンディはギョッとする。
「…な、なんでそんなものを」
「あーこのトマトね、これは坊やに合わせて塩に漬けて甘くしてあるんだよ、ほら食べてみな」
「へ?」
そう言って、食堂のおばちゃんが瓶を指差す。手は痛々しく包帯で包まれている。
アンディはエスターからその瓶を受け取り開けて手で摘み目の前に持ってくる。
赤くて、皮がところどころ破けていてとても酸っぱそうだ。でも、それを食べてみることにした。この場の空気のは逆らえず一口でほうばった。
「…酸っぱく…ない」
それはどちらかというと酸っぱかったが、どこか甘い味がして普通のトマトとあまり変わらない味だ。
「そうだろう?おいしいだろう?」
「うん、…おいしい…ありがとう、おばちゃん」
「ひひひ…どういたしましてだよ」
おばちゃんは包帯の顔の下で大きく笑った。
それでもアンディが普通のミニトマトを食べれるようになるのはまだまだだ。
次は自分の屋敷にでも帰ろうかというアンディだったがエスターが半ば強引に工房へと連れて行く。特に反対意見はなく実は楽しみだったりするのでそれについていった。
そこは駅から精霊列車に乗って別の平民区だった。向こうに工場や製鉄所。別の向こうに研究所や工房。そこは魔法学院の生徒なら第一希望で就職したい場所、最高魔法研究機関だ。
「うわーここに来たの初めてだよ…感激だなぁ」
「そうなの?てっきり何回か見学できてるのかと思ってたけど」
「一人じゃここには来れないよ、セリー姉さんは忙しくて学院を離れられなかったし、僕一人で見学って相当辛いものがあるんだよ?」
それは、アンディが男だからだ。帝都の男子のほとんどは武道を習い、女子は魔法を習う。アンディの同年代の男子は他の武術学院に入学していった。
ここに見学するなら唯一ここに就職を考えている二歳年上で仲の良いセリーヌと見学することだったが、アンディがここに就職したいと思った時には彼女はすでに魔法学院に入学していてそんな暇がなかったのだ。
「それなら私が案内してあげる、前から父様のお使いとかでここにはお邪魔してるから」
「うん、頼むよ」
今日はエスターに任せっぱなしだなぁと思いながらその後ろをついていく。周りは人がほとんどいないのに手は迷子にならないように握られていた。
工房はかなりでかい。横の幅に負けないくらい高さもあり前面にはまるで、巨大な門のような上から下りてくる壁、シャッターなるものが半開きになってある。その横に普通の取っ手が付いたドアがありそこから中へと入っていく。
「父様はいるかしら?」
そこには机や椅子、観葉植物が置いてあり客の間と事務室なんだと気付く。その机で作業をしていた人がこちらに気付き顔を出す。
「ああ、エスターちゃん、クレイグさんに用だね、ちょっとまってて」
少し若い女性だった。30歳になるかならないかくらい。
「そっか、ここの人って魔法使えるのか」
「あたり前じゃない、ほらそこに座って、お菓子は自由に食べていから」
その人はおそらく第二世代。世代は今第三世代まで広がり、世代ができると精霊の種類が大幅に増えるので一つの区切りとしてそう呼んでいる。ちなみにアンディとエスターは第三世代だ。
帝都にいる人全てが魔法を使えるわけではない。中には不得手として使えるのに全く使わない人だっている。外周区に住む人はそのほとんどが使えない。平民区に住む人は使える人もいれば使えない人もいる。住民区ではほとんどの人が使えるがそれを使おうとする人はあまりいない。
これは、魔法を行使できるかできないかでかなりの貧富の格差が出ているみたいで、魔法学院の生徒のほとんどは魔法を使えていて逆に職員は使えない人が多い。なので、アンディの世界観では大人の人は魔法が使えないと認識していたがここは魔法研究機関。優秀な魔法使いが集まる場所なのだ。
「っていうことは先輩!?今度会ったらよろしく、挨拶、忘れない、よし頑張ろう」
「アンディ君て変に緊張するわよね、なんかこう相手を知ったら態度が変わる感じ」
そうしてお菓子を食べながら待ってると扉が開いた。来た。その扉から現れたのは金髪。貴族?誰だ?背が高かった。
「協力ありがとでしたー!よし、今日の仕事はこれくらいで…あれ?アンディじゃん?それにエスター様様も」
なんでケンジー?その扉から現れたのはケンジー・ヘップバーン。アンディと同じヴァイシェーシカ魔法学院の男子生徒で唯一少ない気楽に話せる友達だった。ただ、服装がいつもと違っていた。スーツ姿。まるで一足は早く魔法学院を卒業して就職した感じ。
「様は余計よ、しかも2回も」
「いやぁ俺の命の恩人を名指しでいえんでしょー」
「ていうかなんでいるのさ?それにその服」
「いや、俺の仕事だよ、帝都情報局。俺そこで働いてるからさー…」
「「え!?そうなの」」
二人は同調して喋る。とてもそんな暇はなかったはずだが…。ケンジーが向かいの椅子に座ってお菓子を手に取る。
「いや、前に行ったじゃんヴァイシェーシカ魔法学院に入学した理由はそこで帝都の魔法のゆく末を担う女の子達がどんなことをしてどんなことを考えながら生きているのかを世界に知らせるためだって…」
「そんな立派だったっかしら?」
「ていうか、もう就職してたの?それなのに学院通ってるって…」
「それよか、昨日あの後すごい忙しかったんだぜ?昨日の学院を襲った連中は先週貴族邸を燃やした武装集団だったんだよ」
「そう…なんだ」
火事の時点で薄々気づいていたがやはり。なんでこんなことをするんだろう。アンディは少し俯いた。
「そんで、あの機械人形な。あの話をすると笑われるんだよだから機械と言ったらここだろ?魔道具にピンときてさらにそこを呼ばれたから来たんだよ」
ケンジーが言おうとしてそこでさらに、扉が開かれる。そこから出てきたのは浅葱色の髪色、それに帝都では見かけない制服を来た男。
「え?まさか?アルファ?さん?」
「お前は…アンディか」
その後ろにもう一人。同じ浅葱色の髪でこれまた帝都では見かけない厚い生地を使っている変わった服を着た少女。
その少女はアンディとエスターを交互に見て目を逸らした。ケンジーがカメラを構え錬成をし始める。
◆
結局、アルファは菫色の髪色をした七三分けの小人、クレイグ・カーターと二人ではなくノヴァンも入れて三人で帝都を歩いていた。
それは、あまりにノヴァンがうるさいことから始まった。
帝都にアルファとクレイグの二人で行って、この場所が安全と判断したらクレイグの言う工房にかくまってもらうことだ。
ノヴァンはイマニクスの中で待つのはさすがに御免で必死に反対して、それに兄はお土産とか一日我慢とかイマニクスは任せたとかいう言葉であやしていた。
どうにか一緒に行きたいノヴァンはイクスに質問をしたら錬金とやらでイマニクス自体を手のひらサイズにできるというのでクレイグに頼みアルファが渋々許諾して実行し見事手のひらサイズまで圧縮に成功したのだ。
「それにしても錬金て便利だねーこんな小さくできるなんて魔法はすごいなぁ~」
ノヴァンが手のひらで小さな白い三角形の四面体をポンポン放り投げてはキャッチしている。
「確かに、俺らの世界での技術では到底たどり着けない産物だ」
アルファが手に握られている球状の黒い珠を見つめている。
「ふむ、戻したいのならいつでも言ってくれて構わない、それに私じゃなくても仲間に言えば戻してくれるさ、時間はかかるかもしれないがね」
一行は駅というこの帝都に張り巡らされている電車のような物に乗る。クレイグは駅員に二枚の手紙と亀のぬいぐるみを渡していた。
あからさまに行っていることから怪しい行動ではないので大丈夫だろう。それにこの世界にも亀のような地球で生息している動物がいるらしい。
昨日はずっとこの世界のことをクレイグから聞いていたのだ。魔法のこと。帝都、星城、一面世界、世界の果て全てがイクスに書かれていた通りだった。
最後にイマニクスの設計者リストを見せてその名前を確認させた。それでクレイグはイマニクスを初めて見たといい同じ性を持つカーターではないということが分かった。そして、設計者リストの他の名前には少し心当たりがあるのだという。
「なんか昔に使われていたっていう電車みたいだね」
「ああ、でもそれより昔からあった列車に似たものがある」
「精霊列車というんだ、精霊が化石化されているクリスタルを使って動いているのさ」
「石炭のようなものか」
精霊列車は目的の場所へ着く。クレイグの言っていた最高魔法研究機関だ。その工房とやらに行くという。本当はそこにイマニクスを格納するということだったが手のひらサイズになったイマニクスはこれで十分だった。
「なんかここすごくない?あの施設の格納庫に比べればしょぼいけどさ」
「たしかにな、この規模だとここがこの世界で一番魔法を研究している施設だというのがわかる」
「ああ、そうだとも、最も私が主任を務めるこの工房は魔法研究機関第三等チーム、アルケミストリーと呼ばれている。おもに魔道具についての開発、研究を行っている」
「三番目か、じゃあさらにその上はもっとすごいことしてるんでしょ?」
「もちろんさ。第二等チーム、2-Dは二次元構想について研究してるね」
「二次元!それってどんな分野!?めっちゃ気になる!」
「うん?点と線だけの世界でどれだけ現実の世界と同じく出来るかという分野だったはずだ、魔法はあまり関係しないが人気が高いので二等まで研究費用が認められているのだが…」
ノヴァンが興味津々に聞いていた。アルファはそんな妹の質問を「それはもういい、それよりその上は?」と言って一等チームのことを聞いた。
「一等チーム、アルカレイド。主に魔法について研究しているが闇が多い分野だ」
「闇?」
「噂話だが人体実験や世界に影響を及ぼす魔法を研究していると言われている。さらに、精霊の種類を逐一記録していたりする。あまりここには近づかないほうがいい」
それは本当に親切心で言っいるみたいでアルファはそこで安全と判断した。
「なるほど、わかりました、どうやらあなたは信用していい人のようだ、これから俺たちのことをお願いしてもいいですか?」
「ああ、任せたまえ」
これで、やっとこの世界で安定した生活はなんとか送れるようになった。
とりあえずアルファはこの工房を調べてこの世界や魔法について考察してみることにする。ノヴァンは今すぐにでも第二等チームの研究施設に行きたそうだ。そんな二人を見てクレイグがストップをかける。
「そういえば、君たちに会わせたい人がいるんだ、昨日直接会った人だから安心していい」
工房の中で時間を潰してやっとその会わせたい人物がやって来たと聞かされ案内された場所には金髪の少年に菫色の髪をした少女、その向かいの席に金髪の背が高い男がお菓子を食べながら雑談していた。
「アルファ?さん?」
「お前は…アンディか」
そこに隣の菫色の髪をした少女は「昨日の?」と言って立ち上がった。
「あ、私はエスターて言います、あの、昨日は助けてくれてありがとうございます」
それは、アルファとその後ろにいるノヴァンに礼をしていた。
「え?あの男の子?…うわ、それに彼女さんかぁ…」
ノヴァンは呟いて後ろについてあるパーカーの帽子をかぶって顔を隠しながらアルファの背に隠れた。
「すまん、人見知りなんだ。こいつも根は悪くないから仲良くしてやってくれ」
「へ?は…はい」
そこでカメラがこちらを向いてアルファたちを写そうとして、
「すまん、写真は遠慮する」
そのレンズを手で覆った。そのカメラの外装は木で出来ていてレンズはクリスタルと呼ばれている素材に近かった。
「あ、ああ、すまん」
そのカメラを構えた男にも見覚えがある。昨日一緒に助けた男だ。確かケンジーと言ったか。
「俺の名前はケンジー・ヘップバーン、あんた昨日の…」
それにアルファは腰に下げていた銃を向けた。相手はそれがなんなのかわからない様子だった。引き金を引いた。レーザーが飛び出しケンジーの顔のすぐ横を通る。後ろの壁に小さな穴が開く。レーザーが通った空間は少し生暖かい。
「すまん、言い忘れたが質問も禁止だ」
「は、はは…わかりました…」
ケンジーが後ろの壁の穴を見てカメラをテーブルに置いて黙る。その足元にいたクレイグが喋るとケンジーがまた驚いたりしている。
「さて、今日君たちを集めた理由は昨日のイマニクスという機械人形の目撃者および接触者ということだ、お互い話したいことがいっぱいあるだろう…」
アルファとしては特に聞くことはなかった。自分が聞きたいことはクレイグが答えてくれるからだ。あちらはお礼やこちらのことを聞きたくて仕方ないのだろうが子供だ。聞くだけ喋るだけ無駄な時間。言葉は続く。
「しかし、まずはこれからどうするのかをここにいる人で決めてもらいたいのだ」
「決める?それはここにいる人になんの関係があるんだ?」
「そうか、まずはそこから正そうか。まず君たちはどうしたい?」
それはアルファとノヴァンに聞いていた。
「昨日質問した通りだ。俺たちはイマニクスの設計者を探す。この設計者リストに載っている名前、カーターはあなたじゃないんだろ?そして、あなたは他の名前に心当たりがある。俺たちの手助けをしてくれるはずだ」
クレイグは頷く。他の人は昨日、アルファたちがクレイグにした質問を知らない。
「ここにいるアンディ君、私の娘、エスター、それに帝都情報局のケンジー・ヘップバーン。君にはこの三人と一緒に私が心当たりのある人物を探してもらいたい」
「へ?」「え?」「は?」その言葉に三人は虚をつかれている。
「つまり、この三人を用いてその人物に会えということか」
「そういうことだ、どうだ?ケンジー君」
「俺?なにがですか?」
「君の働いている帝都情報局は帝都のいろんな情報が入ってくる、それは今私たちの情報も高値で取引されるんだろう?」
それにケンジーは答えにくそうに答える。
「そりゃ…そうですけど…でもあまり協力はできませんよ?何しろ俺はまだ下っ端ですし」
「いや、それで十分さ、おそらく私たちについてくれればスクープがたくさんだぞ、とはいえここで聞くイマニクスの情報は流すのは許さないが」
「……ぐむ。たしかにあの機械人形を動している人がそこにいるんだよな…わかりました。この話乗りましょう、ただ、俺にできることは帝都情報局に流された情報をいち早く流すことですよ?」
「それと、君の報道だろ?それで十分だ。エスターは?」
エスターは周りを見ながら考える。
「私は……わからない、ただ、アンディ君が行くなら私はそれを支えたい」
「だそうだ。アンディ君」
「え?僕?」
「君はどうする?」
アンディは悩んでいる。やがて口を開いた。
「僕は、あんなことはもう嫌なんです、人が傷つかれるのは…」
「君たちはそれを止めることが出来る、あの機械人形を使えば簡単だ」
「………僕は」
「私は君が迷うだろうと思って手紙を送ったはずだが…読んでないかい?」
「…あ、あれ盗まれちゃって」
隣に座るエスターが「あの時か」と呟いた。
「ふむ、なら私から言おう。君は自分がこの世界に住む者を悪から守る力を持つ者に選ばれたとしたらどうする?その力を使って世界を守るか、その力を使わずに他の人に任せて守ってもらうか。どちらを選ぶ?」
「それは……もちろん守ります、その力を使って、…僕にできることをしたいです」
「そうか、ならば私の考えを言おう。私はあの機械人形を動かせなかった。昨日、体の操縦席で試したがあの黒い球体は反応しなかったよ。つまりあのイマニクスを動かせる人材は君だ」
それはアルファとノヴァンも確認した。アンディは動かせたみたいだがこのクレイグという人物は動かせなかったのだ。
確かにイマニクスの搭乗者は未だアンディしか乗っておらず動かしていない。
「なるほどな。アンディ、お前があのイマニクスに乗るのなら歓迎しよう、しかし、当面はこちらの仕事を手伝ってもらうことになるが」
「僕があれに?」
「それに、武装集団といったか?あんなやり方をする連中は俺も嫌いだからな、見かけたら真っ先に潰してやろう」
「……わかりました、乗りますよ、乗って帝都を悪から守ります。その力が僕にあるんだ」
アンディは決意した。これで三人。ヴァイシェーシカ魔法学院の三人の生徒がアルファとノヴァンの協力者となった。
「よし、それじゃあ、アンディ君とエスターはここにサインしてくれ、アルケミストリー入団おめでとう」
アルファ達にサインはいらない。しばらくは所在を隠したいからだ。
「な、なんだか僕一人で決めていいことなのかな?やっぱりお母さんに一回…」
「ていうか、アンディ君ここに入りたいって言ってたじゃない、ほらサインサイン」
「あれ?もしかしてこれすごいスクープじゃねぇか?16歳で魔法最高機関に入団て最年少だろ?」
二人はサインし入団の手続きをした。アルファはクレイグはイマニクスの体の搭乗者およびこの情報をリークされないように帝都情報局へのスパイを決めたかったのだろう。
「明日の新聞の一面はアンディ君とうちのエスターで決まりかな?ははは」
「父様…本当はそれが狙いだったの?」
「任せてください!これは新聞のトップに絶対のりますよ!」
「やめてよ、僕恥ずかしくて家族に言えないよ」
その喧騒の中、ずっと黙っていたノヴァンが後ろの扉を開けて去っていった。
「…全く、少し社交性を身につけたほうがよさそうだな」
それをアルファが追う。ノヴァンはドアを開けたすぐ先にいた。兄が来るのをまっていたようだ。
「私、あんな賑やかなのって嫌い」
「そうだな、俺もどちらかというと苦手だ、だが生きていくには必要なことだぞ、その上で友達というのは大事だ」
「…にいちゃん、友達いるの?」
「いるだろ?クレイグさんにアンディ、エスター、ケンジーの三人、この工房の人間。俺たちに協力してくれる仲間が友達だ」
「それ友達なの?まぁならいんだけどさ、私は友達いないから」
ノヴァンがポケットから白い三角形の四面体を取り出して辺をなぞる。
「…友達はいらないからさ…、それよりこれで今日の仕事は全部終わったよね?二等チーム行こうよにいちゃんはやく場所聞いてきてー」
「仕方ないな、だが今日はクレイグさんの屋敷に邪魔するからあまり長い時間いられないぞ」
アルファが近くの職員に声をかける。ノヴァンは一人になるとパーカーをかぶって兄から盗んだ棒つきの飴を口に含む。レモン味だ。甘味がなくて酸っぱい味がする。
「仲間とか友達とかそんな甘い考え方してるとあれには乗れないんだよね、ふふふ」
それは独り言。自分だけに聞こえるように悪戯のように漏らす。
次の日の新聞、その一面を飾ったのは最年少で魔法研究機関の第三研究チーム、アルケミストリーに就職したアンディ・カーティスとエスター・カーターの報道ではなく、最年少の星城騎士団第十位、天空調和の異名を持ったアンドリュー・カーティスの入団式の報道だった。




