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平和の最後(ピースエンド)

辺りは本格的に暗くなり武装集団による集会が始まる時間。

アンドリューとセリーヌは一番大きいテントに人が集まりだしたのを確認して向かった。この大きいテントに集まる武装集団の数はおおよそ100人。身なりは布マントを羽織った者が多いが麻で編んだ服着た者もいる。やはり外周区の人間だけで構成されてはないらしい。

「どうする?アンドリューがテントの中に行く?」

「う~ん、そだな…いや…仕方ねぇ俺が行くか…」

集会はテントの中で行われるのでセリーヌかアンドリューどちらか一人は外で待機し、もう一人はテントの中で行われる集会に参加することにした。

本当はアドリブや頭の回転がいいセリーヌに任せたかったが相当危険な事だし、漢のアンドリューは自分が行くと表明した。セリーヌに後押しされた感があったが気にしない。とりあえず、話を聞いて作戦が開始される前にそれを潰せばいいのだ。

「じゃ、行ってくる。たぶん、大丈夫だと思うけどそっちでなんかあったら助けを呼べよ?すぐ駆けつけるから」

そこら辺にいた武装集団から剥ぎ取った新しいマントを羽織り行く準備が整う。

「うん、わかってる。ていうより私、アンドリューのこといつも頼りにしてるから、そっちも頑張ってね」

「お、おう…」

そう言われると勇気が湧いてくる。にへらっと笑って軽く手を振り一番大きいテントに向かった。

大きさ的にギリギリ100人入りきるかの大きさ。入口には警護の者や仲間であるかどうかの証を確認するなどの事はしていないようだ。皆素通りでテントに入っていく。警備は薄い。アンドリューもそれに習い堂々と背筋を伸ばして入っていく。

が、テントの先の入口付近にいた大男がマントのフードで顔を隠すアンドリューを見て近づいてきた。

「おいあんた、顔を隠してここに来るなんて怪しい奴だな」

そう言われ、フードを脱いで素顔を顕す。アンドリューは愛想良く笑いながら対応した。

「へへへ、自分、顔に自信がないもんで…」

「何だ?今回は貴族も集会に参加するのか?しかもガキみたいだし…」

その人は首をかしげ手をはたいて「まぁいいか」と言い残し興味が失せたのか去っていった。

どうやら、ここでフードをかぶるのは得策ではないようだ。素顔のままで参加することにした。

テントの中は暑苦しくて男臭かった。男ばかりで平均年齢で言うと30くらいの人たちでいっぱいだった。奥の壇上には何人かの老人が座っている。その内の一人にアンドリューとセリーヌが転移でここに来た時に最初に声をかけてくれたじいさんがいた。おそらくこの集会で発言をする者だろう。声が聞こえやすい所、老人達の姿が見えやすい一番前の席に行く。

そのうちに一人が立ち上がり声を出した。


「みなの者、今宵はよく集まってくれた。今回の作戦は帝都のずさんな政治に革命をもたらす最初の一手となるだろう、心して聞け!」


集会が始まった。ガヤガヤしていた周りの喧騒が静かになる。アンドリューは耳を澄ましてできる限り老人の発言を覚えてセリーヌに伝えることに専念することにした。


「ここ数日、貴族邸に何度か襲撃を行うことにより帝騎士の警護はそちらに注意がいっておる。そこで、今度は帝都から離れたこの辺一体の森を焼き払うことにした。」


この森を焼き払う?そうすることで帝都の政治になんの影響が出るのかアンドリューは知らない。


「皆にはそれを手伝ってもらうことになる、可及的速やかにこの森の木を焼くこと。そして、この作戦は同刻に別働隊がこの先にある魔法学院に襲撃をかける。それに続いてこちらも火の魔法を錬成し指定された場所を燃やす。これから班分けを行うため最低3人で組んで…」


学院?確かこの地域で学院といえばアンディの通っているヴァイシェーシカ魔法学院が当てはまる。そこに襲撃をかけた?

「…おいおい、マジかよ」

アンドリューはまだ続く集会を抜けてセリーヌに伝えようとする。一番前の席を立ち上がり頭を下げながら入口へ。だが、入口に向かう先にさっきの大男が立っていた。こちらを睨んでいる。

「どうした?お前これから班分けする時に…、まさか諜報員(スパイ)じゃないだろうな?」

「…ちげっすよ、ちょっとトイレっす、作戦とかは後で友だちに聞くんで…」

「金髪の貴族様に友達だと?一人でここに来たのにか?嘘だな!」

そう言って大男の拳が振り下ろされる。それを最小限の動きで回避してカウンターで大男の腹を蹴る。硬い。なにか仕込んでいたようで逆にこちらの足が痛くなる。

「ここにスパイがいる!捕まえて殺せ!」

本日何度目かの殺意を受けてアンドリューは腰に差していた緑色の鞘を握る。一閃。抜かれた刀の刀身は短い。ナイフのような長さだ。

「「「うおぉぉぉぉおぉぉっぉ!?」」」

だが次の瞬間にアンドリューの周りで竜巻が巻き起こり周囲の人を叫ばせながら吹き飛ばす。それはテントの天蓋さえ吹き飛ばしていった。

外が見えて駆け出す。外で待機するセリーヌに伝えるためだ。周りの敵は陣形を組んで散り散りに自分を囲っている。

「セリーヌ!!」

その名前を呼ぶと、白い光が目の前に生まれて濃い金髪に薄い甲冑と金属質のドレスを着た女性が現れる。金の(かんむり)が前髪を潰して顔を隠すように覆い人相がわからない。帝都新聞で聞いた金冠の魔女の姿。

だがアンドリューには見ればわかる、セリーヌだ。

これが星装。アンドリューにはとても綺麗な衣装に見える。彼女の両手には盾のような厚い肉厚の刃を持つ両刃剣が握られている。

「やはりばれたか、戦いながらでいいから何があったか話せ」

現れてセリーヌは命令口調で指示をする。まるで別人のようだ。先ほどの戦闘でもこんな感じだったのを思い出す。

「あ、ああ。帝都の貴族邸を襲撃した奴らはこいつらで合っていた…」

目の前に三人の槍使いが突撃してくる。セリーヌが両刃剣を構え迎え撃つ。それに併行して刀を銀色の鞘に収める。

「こいつらの目的はこの森を焼き払うことで帝騎士が来る前に焼きはらうんだそうで…」

一閃。三本の槍の先端の鋼部分が綺麗に分断され殺傷力のない木の棒になる。殴打。両手の両刃剣の腹で三人の体を叩く。向かってきた三人は気絶してその場に倒れこんだ。

「そうだ!ヴァイシェーシカ学院が危ない!すでにそっちで襲撃が始まっているらしいんだ!あそこにはアンディが!」

「そう。じゃあ、私たちはここで武装集団の作戦を潰すことにしましょう」

アンドリューは自分の耳を疑った。駆け出した足は学院がある道へ運んでいたが止める。

「は!?お前等の学院がいまから襲撃受けんだぞ?はやく行かねぇと…」

「じゃあ、武装集団の目的は誰が止める?火が付けば森は燃える。森が焼かれたら遠くにいる魔獣がここを目指してやってくる」

「それは…そうかもしんないが…」

それが、セリーヌから出た言葉とは思えなかった。とても冷静でとてつもなく冷た過ぎるのだ。

「合理的に考えろ。今の自分たちにやれることをして被害を最小限に留める。それに学院には優秀な生徒や魔法を使える先生がいる、安心しろ」

「なら、いんだが…」

周囲の敵の数は100を越す。剣や槍、弓などの武器を持ってこちらを殺しに来ている。火の魔法の赤い展開式が先に見える。あれが周辺の木々に点火すれば火事になる。

「アンドリューは前衛を、私は後衛の魔法部隊を殲滅する」

「…了解」

言われ、銀色の針のような装飾が施された鞘に刀を収め駆ける。セリーヌは黒い光に包まれ消えた。

前方の剣がこちらに向かって振り下ろされる。一閃。瞬刀(しゅんとう)目視不可能の剣閃がその剣の鋼で出来ていた柄ごと両断。

横から長い槍からの刺突。それに長い刀をただ添える。止刀(しとう)。刀の力は零、相手の槍が流れていく力だけで槍の鋼部分を真っ二つにする。

遠くから弓から放たれる大量の矢が飛んでくる。刀を銀色の鞘に収め刀の柄で音を鳴らす。納刀(のうとう)。やってくる矢の鋼は分解し消失する。ただの木の棒になる矢は先端の重さを失いアンドリューに届く前に地面に落ちていく。

「なんなんだよそれ!?」

剣を両断された男が声をあげて拳を構える。それに銀色の鞘を握って相手に見せつけるようにして、目線を確認しアンドリューは懐に潜り込んだ。刀で斬ると見せかけた体術の攻撃。後ろに回り込んで後頭部を刀の柄で殴打。

やっと一人。斬って殺すならすぐ片がつくが殺さず無力化は手間がかかる。

木の棒となった槍を構える男も体術で無力化して向こうの弓部隊に走る。矢が飛んでくるが刀と鞘を盾にして弾く。間合いに入って蹴りと鞘で打撃。次々と無力化をしていく。

とはいえ、相手の前衛は20人程。後衛の魔法使いの方に人数を割いているようだ。

「よう、さっきは変な魔法でよくも飛ばしてくれたなぁ?」

「さっきのおっさんか、相からわず体でけぇな。叩いても効かなそうだ」

「俺はほかと違って土の魔法を心得てるんでね、ここいらのやつより一番つえーぜ?」

なるほど。それは、

「手加減できなさそうだ」

長い刀を緑色の木の葉が描かれた鞘に移し替える。それを見せつけるように目の前に持ってきて間合いをはかる。

「さっきの風の魔法をまた使うつもりか?それならもう見切ったぜ、要は竜巻で相手を吹き飛ばし地面に叩きつけるんだろ?」

大男は巨大なハンマーを地面に立てる。それで飛ばないように重さを付けたのだろう。

「いや、それじゃあお前は倒れてくれないだろうから、刺し飛ばすことにした」

抜刀(ばっとう)。緑色の鞘から抜かれた刀身はナイフの長さでアンドリューの距離から届くはずがない。だが、その刀には風が纏わりついて巨大なドリルのような竜巻を起こし始めている。それを大男に向かって長距離から突き刺す。

「な!?うおわゎああああ!」

その竜巻は大男のハンマーも、服も、中に着込んだ鎧も通り抜けて体に当たり真上の空へ吹き飛ばす。ハンマーを掴んでいた手は風の回る力に耐えられず指が次第に折れて大男の巨体が宙を舞う。

やがて、地面に叩き落とされ大男は体をありえない方向に曲げて目が泳いでいた。死んではなさそうでなにより。

「セリーヌの方は大丈夫か?、あっちのほうが数多いしな」


後衛の魔法部隊による火の魔法が発動する展開式が数十程見える。狙いはアンドリューのいる場所だ。

「やらせないっ」

その魔法部隊の目の前に白い光とともに突然現れて両刃剣の腹で殴打し次々と無力化していく。

「コイツいつの間にっ!」

魔法の発動準備を終えた何人かが標的を変えてこちらに球や刃、矢の形をした火の魔法攻撃を放つ。

それら全部を両手の両刃剣で叩き落として手当たり次第に近くにいる人を片っ端に殴っていく。

だいたい展開式を目の前に展開する段階ですでに魔法のレベルが低いことが見受けられている。展開式には色で精霊の属性、描かれている精霊言語でどんな形の魔法か、展開される陣の大きさ、数でどのくらいの規模なのかが分かるのだ。

それが、丸見えの状態。つまり、目の前に展開するということは「こんな魔法を使います」と言っているものだ。

普通、魔法の展開式は頭の中だけで展開するもの。魔法を覚えて5年ほどでコツを掴んでやっと頭の中での展開ができるようになる。ちょうどアンディがそれに当たり、彼は学院に入学するため魔法を勉強していた。その過程で展開式を頭の中でやっと描けるようになったのだ。

だが、ここにいる者達のほとんどは展開式を目の前に展開しているようで、展開式もそれほど複雑ではない。つまりは、下級魔法の使い手だ。魔法を覚えたてのような。

ネズミのように地を這って走り回る火の塊を足の星装によるブーツで掻き消す。そうすると、(トラップ)が発動して爆発するのだが星の精霊の近くでは魔法の効力を無くすことができる。

「なぜ、火の魔法しか使わない?」

先程から気になることがあった。相手は火の魔法しか使わないことだ。それは、森を焼き払うためとか、一番殺傷能力が高いからとかが挙げられるのだがそれとは違う気がする。武装集団は火の魔法しか使えないように見える。

「それに下級魔法、魔法初心者、…精霊をもらった?」

それはあの老人の口から出た「息子が精霊をもらった」という発言。精霊は譲渡できるものではない。だが、もし仮に出来るのだとすれば今のこの戦闘にも(わけ)がつく。それに精霊を譲渡した人物が星城騎士団(インペリアル)第十位、朱魔道騎士(バーミリオン)だとすれば可能なのかもしれない。

眼前に来る火を払い、目の前の武装集団に殴り込む。そのうちの一人に見覚えのある顔を見た。確かチャスといった人物だ。

「ひぃぃっ!くんじゃねぇ魔女が!」

魔女。おそらく自分に向けられた言葉だろう。薄い甲冑は女性のシルエットがよく分かり、金属質だがドレスを着ているからだろう。

「あなたは精霊をもらったと言っていた。それは本当?」

「な、なんのことだっ!?お前らに答える義理なんて…」

「そう…答える気がないのならいいわ」

両刃剣(りょうばけん)のはらで容赦なく殴りかかる。

「ま、待て!分かった、話してやる!だが俺は見逃してくれ!」

ズサンッ。振り下ろした刃がチャスの隣の地面に食い込む。

「とはいえ、俺の知っていることだけ話すぞ?それでいいな?俺は精霊をもらったわけじゃないんだ」

勝手に話し始める。おそらく恩を売って見逃すの機会を確実にもらうためだろう。

「イグネイシャスさんは俺に魔導薬(魔法のくすり)をくれたんだ。これを飲めば火の魔法が使える。そういうことなんだ」

魔導薬?聞いたことがない代物だった。

「そう、じゃあそのイグネイシャスさんはどこにいるの?」

「イグネイシャスさんならお昼に会ったんだが俺の様子を見たらすぐ急いでどっかいっちまったね、おじいちゃんによれば学院を襲う別働隊にいるって言ったが」

お昼に会ったとは私たちのことだろう。どうやら、学院を襲った別働隊のメンバーにいたようだ。

「だいたい掴めたわ。あなたは見逃してあげる。せいぜい捕まらないように逃げなさい」

それに、チャスはなんとか立ち上がるとアンドリューが戦闘している前衛方面へと足を向ける。

「何やってるの?そっちは私の仲間が戦闘をしてるわ」

「まだうちのじいちゃんがいるんだ、あの集会があったテントの周辺を彷徨ってるはずだから…」

なんて愚かなんだろう。先ほど見逃すと言ったセリーヌは好きにすればいいと頭で考え無視をした。

人間はなんでこうも自分の命を大切にしないのだろう?今ここで気絶させた人たちは発見され次第、帝騎士によって連行、尋問、死ぬまで地下の刑務所ではたらかされる。それは死ぬより辛いという。

いや、それよりも今は敵の無力化だ。今頃、魔力検知機の異常を確認した帝騎士が出向いた頃だろう。

帝騎士は帝都を守る騎士団だ。帝都に住む強者を初めに集められた自警団。それが来る前に一人でも武装集団を無力化して置く。

それがセリーヌに今できることだ。剣を構え走り続けるために足に力を込める。その先は火の展開式の赤色が灯る場所。

「私なら魔法に当たってもいい、だから…」

武装集団(敵)が放つ無数の火の魔法が金色の星装を纏った華奢な身に降りかかる。星装に込められた星の精霊の加護が全てを打ち砕き、全てを受け止め、全てを無に帰す。その火の魔法を消さないと森に火が付いてしまうから。火が付いて森が燃えると魔獣が徘徊する、それだけは避けなければならないから、

「私にしか守れないなら…この道を歩くしかない!」

走るセリーヌの目に炎が映る。


アンディたちが駆けつけた時にはすでにヴァイシェーシカ魔法学院の半分が燃えていた。燃えているのは後ろの方で学院の体育館や部室棟、それに三年生の寮がある場所だった。

「嘘だろ?セリー姉さん!!」

全速力で三年生の寮へと続く道を走った。それにエスターやケンジーもついてくる。

「セリーヌさんなら自分の力で逃げ出せるはずよ」

「そうだぜ、ていうか、お昼からセリーヌさんを見たってやつがいないんなら外に出たきりじゃないか?」

「そうだといいけど、やっぱり、見て確かめたいんだ!」

(ヒーーーーーーー!!)

不意に遠くから悲鳴が聞こえた。二年生寮の方面だった。

「そっちまで火が回ったか!クソ!」

一年生の寮の前で先頭を走るアンディが最初に立ち止まり、二人も立ち止まる。その向こうに燃え始めている三年生の寮がある。

「ど、どうすれば…」

ケンジーが我先に二年生寮に突っ込んでいく。エスターが戸惑うアンディを見つめ指示を出した。

「アンディ君は三年生の寮に向かって!一年生の寮は私たちが行くわ!」

「わ、わかった!ありがとうエスター!」

足先を三年生の寮に向ける。それに、エスターは手に持っていたぬいぐるみを投げた。

「これ!武器にして!でも、着いたら消火活動だからね!人が助けを呼んでたらそっち優先ー」

「わかってる!!」

投げられたぬいぐるみを手で受け取り、二人を置いて一人で駆け出す。もともと、運動系のアンディは走るのが人一倍早い。

ぬいぐるみは燃やした犯人がいたらこれで戦えとか?いや、確か鋼でできてるんだっけ?

錬金。ぬいぐるみの糸が解けて鋼の物質だけが姿を顕す。

「すごい、鋼の魔法伝導力を超えてる」

おそらく練度が高い鋼を使っているのだろう。それを、棒状に。折角カーター氏が作ったぬいぐるみを2つも使って武器にする。長さが頼りないがこれでもなんとか戦える。

足の回転を上げる。もしかしたら、犯人に会う可能性だってある。その時に立ち向かえるか心配だ。

三年生の寮はすでに燃え始めていてボロボロの状態で人気(ひとけ)がなかった。おそらく火が回る前に逃げたかここは諦めて周りの消火活動に当たったのだろう。

「誰もいないみたい…あ」

その三年生の寮の中から一人の男が現れた。赤いマントを羽織った短い金髪で下の顔は目元が仮面で覆われている。手には魔道書のような本が握られている。

「めぼしいもんはねぇか、金は結構あったしこれで軍資金は稼いだか…あん?」

そんな怪しい人物と目があった。しかも窃盗犯めいたことを喋っている。もしかしなくともこいつは…、

「は、犯人!」

アンディは鋼の棒を構え間合いをはかる。本当に出会ってしまった!?

「お前…俺と戦う気か?ここ燃やしてんの俺なんだけどさぁ…」

突進して槍のように突く。それを相手は躱すこともなく前へ一歩踏み出した。

「お前じゃ俺に勝つなんてのは無理」

突いた先は相手の体のはずだった。しかし、その寸前でなにか硬いものに遮られ攻撃は相手に届かなかった。

「悪いこと言わねーからガキは帰れ」

遮られた反動で体が仰け反る。そこを相手の蹴りが襲いアンディの腹に直撃。

「ーーぐぅっ!」

それは蹴られたより弾かれたという感じで体が飛んでいく。地面に背中が着き痛みが全身を襲い、体が熱かった。見ると、服が焼け焦げていた。

「まぁ、向かってくるんなら容赦はしないが俺だって殺したくはないんだぜ?」

「なに…言ってるんだ…?」

そこに、涼しい風が吹いた。朝に浴びた風の魔道具の癒しの風に近い。

「イグネイシャス、君なのか?」

それはアンディの隣から発せられた言葉で、聞き間違えるはずがないアンディの尊敬する人物、クレイグ・カーター氏がそこにいた。

「おんや?第五位様じゃねぇか?それと、イグなんとかって誰だぁ?俺のことかぁ?証拠とかあんのかぁ?あん?」

仮面の男は魔道書を振り下ろし炎のような(つるぎ)を顕現。それをこちらにぶつける。

「答える気がないのならいい。私は予測をしただけさ、君がイグネイシャスであろうがなかろうが君が犯人ということは変わらない」

地面に手を置く。アンディとカーター氏を囲うように地面が盛り上がり土の壁が炎の剣を防ぐ。

土の錬金だ。土の魔法は肉体強化系が多いが錬金すると土の硬さが特徴の防御壁を造ることが出来る。特に火に対しては効果的だ。

難しいのは土の魔法伝導力。ほとんど皆無に近い土の魔法伝導力は扱うことが非常に難しい。錬金が得意なアンディでも土は錬金できない。

「アンディ君、体は動かせるかい?」

「はい、なんとか、ぐっ…」

なんとか立ち上がる。体が火傷を起こしている。それを歯を食いしばり我慢。

「それなら、奴を倒すために力を貸して欲しい。いまから土の魔法で君を強化する、奴の炎を防いでくれるだろう。それで奴の本を攻撃するんだ、ただ狙うだけでいい」

「本ですか?」

「ああ、あの本は奴の魔力媒体。体の表面は硬い熱という特性を持った火の魔法が常時展開されている、それも本を奴から奪えば消えるはずだ、そこに勝機を見出し私が止めを刺す」

そうだったのか、体に泥のような土が付着していく。これが肉体強化の土の魔法。

「今の私のこの体は土で造った私の分身だ、これぐらいしか支援(サポート)できないが行けるか?」

「はい、行けます!」

土の壁が穴開く。行けということだろう。そこから鋼の棒を持ったアンディが飛び出して全速力で仮面の男に駆ける。

「また来たのか?今度は容赦しないといったよなぁ?」

炎の剣がこちらに向かってくる。できればかわせればいいのだろうが範囲が大きい。耐えることにした。

「あ、あつ…」

それを通り抜けて体の土がほとんど無くなるがだいぶ近づいた。先ほどと同じく槍のように突き刺す。狙いは本だ。

「無駄だって言ってるじゃねぇか」

それはあっけなくよけられた。本を持った腕を移動させればいいだけなのだから。返す力で二擊目。それさえ体をひねられよけられられた。

しかし、無駄ではなかった。仮面の男の地面が盛り上がり大穴が空く。

「おっ!」

カーター氏の止めの一撃。体をひねらせ立った地面が急に無くなるのだから驚く。

「しかし、俺には効かないがなぁ」

仮面の男は宙に浮いていた。いや炎の翼が彼の背中に生えていた。

「そ、そんな、一体、いくつの…」

仮面の男はその翼を羽ばたかせてアンディに近づいてくる。本から針のように細い炎が無数に生まれそれらがこちらに向かってくる。火矢のような攻撃。

「アンディ君!伏せるんだ!」

言われ、アンディが伏せると土の壁が覆い守ってくれた。だが、

「ぐぅぅぅうぅぅぅ!」

カーター氏の声がした。土の壁を抜けて見ると向こうで土の壁で防御していたカーター氏が火傷を負っていた。周りを防御していた土の壁は崩れている。

「…どうすればいい?」

魔法にはたくさんの種類がある。それは精霊と契約をして錬成することでどんな魔法を使えるかわかるのだが大抵の人が扱える魔法の種類は5、6種類。それは魔法を使っていくうちに増えていったり、精霊と契約して行くと増えたりするが、この目の前の男はさっきから違う種類の魔法を多用してくる。

カーター氏が攻撃を受けたのはアンディに土の壁を錬金するのに集中力を使い、自分を覆う土の壁を弱体化してしまったことだろう。そこを、仮面の男は同時にアンディとカーター氏を攻撃した。それを自身を覆う硬い熱、背中から生える炎の翼、本から出た針のような火矢、カーター氏を襲った火の魔法。少なくとも4種類以上の魔法を同時に使ってだ。

そして、この戦闘ですでに8種類以上の魔法を使っている。

「む、無茶苦茶すぎる…こんなの…」

「すまない、私はここまでのようだ…アンディ君逃げる…ん……」

カーター氏の分身が砂になって消える。魔力が安定できなくなったのだろう。

勝てない。それどころか逃げ切れないよ。そう思った時、

辺りに風が吹いた。巨大な影が自分たちを覆っている。見上げると巨大な鋼の人形が落ちて来ていた。


二年生の寮で助けを呼んでいたのは食堂のおばちゃんたちだった。一年生の寮と三年生の寮の中間にある二年生の寮では今日、食堂会議が行われていた。

エスターとケンジーは火に驚いて腰を抜かし、足を挫いていたおばちゃんたちを外へ運んでいた。

「それで全員か?」

「ええ、でも…」

外に連れ出した食堂のおばちゃんの一人に重体の人がいた。それも、一年生の寮の食堂を担当していたおばちゃんだ。救助した人は重体のおばちゃんの手当を施していた。

「頑張ってください!もうすぐ救命用の魔道具が来ますから!」

手当を施している人は魔法が使えない外周区の職員たちだった。

「ケンジー、手当の魔法は?」

「覚えてない、魔道具はどうなんだよ」

「さっき取りに向かった人がいたわ、その人の方が早い」

ただ、その魔道具の性能よりはエスターの持つ魔道具の方が遥かに性能が優れている。なにせ、父であり魔道具の一流技師であるクレイグ・カーター氏が手がけたものなのだから。

それを外周区の高齢の人間に使う。そう考えるとエスターは、気が引けた。

「…私は土の魔法で火を消火してくるわ」

「そうだな、俺は先輩に頼まれてんでちょっと重要書類を部屋から運ばなーならん、ここでお別れだ」

重要書類?おそらく報道部の二年生の先輩の部屋にある書類だろう。学院の消火よりもそっちのが大事なの?

「な…」

なにそれ?と口から出そうになったが、それは重体のおばちゃんを最初に見てすぐ一年生の寮の自分の部屋から魔道具をとってくるという行動を起こさなかった自分に対して問い詰めてるようで言うのをやめた。

ケンジーはまだ火が残る二年生の寮に果敢に入っていく。それに習い、エスターも寮の中に入り、消火活動を行っているほかの生徒に混じる。

「一年のエスターです!人を運び終えたので手伝います!」

土の精霊を錬成。火消しの砂を顕現しそれを燃えている火元の上からばら撒いた。その魔法のおかげで火がどんどん弱くなっていく。

「いいわよ、一年!」

二年の先輩が水の精霊を錬成。しかし、火の精霊が多くて集まりにくいのか展開式に苦戦している。

「とりあえず、火が回っているのは食堂だけ、ひどいのはその奥の会議室か」

後ろから低い声がする。それは小さい頃から何度も聞いている声で自分の自慢であり尊敬を抱いている父の声だった。

「それなら、部屋の構造を作り替えれば解決だ」

燃えている部屋の部分が盛り上がり天井にぶつかり弱まっている火が物理で掻き消える。奥の燃え盛る会議室が後ろに下がる。建物全体が切り離され火が分断する。

「お、おお…」

周りの人がただ呆然とそれを見ていた。

「父様!」

「エスター、さっきの砂は見事だった。おかげで火を消しやすかったぞ」

「それより、父様の魔法の方がすごくて…」

「ありがとう、む、なんだと…、すまん私はこの先の火が強い場所に急ぐ!」

「だったら私も!」

「だめだ!お前は皆と非難するんだ!絶対来てはいかない!」

それは、父が娘を叱るような声だった。普段の優しい調子ではないのが分かりエスターはうなづいた。

「私はまだ呼んでないぞ…それにあの形は見たことがないタイプだ…」

父は独り言とともに砂のように消えていった。土の分身だったのだ。さっきの魔法を分身の身でこなしたことに再度驚く。

「うおー!建物が分かれてんぞ!あぶねー!」

感心していると上からのんきな大きい声が聞こえる。上からジャンプでケンジーが降ってきた。先輩の部屋とやらは分断されて燃えている方でなかったらしい。

「近道だぜ!あと二往復しねーと…」

ダンボール箱を抱えて建物の外へ走って出ていく。そのダンボールからペラリと一枚の紙が床に流れ落ちた。みんなが消火活動している最中にのんきだと思う。

「でも、必死みたいだけど…」

エスターは床に落ちた紙を拾い上げる。その内容に目を通す。

まず、セリーヌの写真があってそちらに目が行き、文字は精霊言語だった。魔法の展開式に用いる文字が紙に使われているのが不思議だった。

「なんで、こんな複雑な…」

最後(ラスト)(ナイト)(ファイア)(ゴールド)、クラウン?ウィッチ?ダウト?だめだ、最後にいくにつれてよくわからない。ただ、セリーヌさんの写真が貼ってあるのは気になる。しかも、一年生の食堂で誰かを待っている光景を写したものだ。もしかして盗撮?

バタバタとケンジーが走っていく。手にもった荷物を外の安全なところに置いてまた二階に取りに行くのだろうか?その背中を追う。階段を登っていくので二階の報道部の先輩の部屋だろう。

「ちょっと!ケンジー!あんた、消火活動より大事な物ってまさか盗撮写真!?最低!」

「はぁ!?んなわけ…!な、ないだろ!俺はただ報道部の先輩から受け継がれてきた大事なものをだな!」

「ならこれなによ!セリーヌさんの写真盗撮してんじゃないのよ!」

走るケンジーが先輩の部屋に入っていく。それを追って部屋の入口でエスターが先ほど拾った紙を前に広げる。

ケンジーは忙しくダンボールに書類を詰めながらこちらを向き仰天した。

「あぁ!?お前これ!どっから!?」

「あんたがさっき落としたんでしょ!とにかくこれで言い訳なんか……え?なに?あれ?」

エスターが吹き抜けになった部屋から三年生の寮が見える方向を見てさらに仰天した。

そこには、白い尾と細長い翼が付いているでかい鋼の人形が空中に浮いていた。


可視画面の映像を見ながらアルファとノヴァンはどう行動をとるか決めている。

「お?こっちでも戦ってる」

「救助を優先するか、犯人を捕まえるか、か」

しかし、建物の火の手はどうにか食い止まっているようだ。先ほど半分まで覆っていた火はすでにほとんどが消化されている。

「なら、犯人を捕まえるか」

アルファはそう言って可視画面に映しだされるイマニクスの直下で行われている戦闘を見る。

「あの子供みたいな二人はそんな感じがしないし、ていうことはあの赤いマント着た仮面の男が犯人だよね」

そこでは二人の小さな菫色の髪をした小人(こびと)と金髪の男の子供が一人の赤いマントを羽織った仮面の男と戦闘を行っていた。

しかし、小人の方は砂のように消えてしまって残るのは腰を抜かしてこちらを見上げている子供だ。

「ああ、だが犯人の方が有利な状況のようだ」

その戦闘が行われているところへ降下していく。

こちらに武装はない。あるとすれば条痕色可視光線が挙げられるが対人戦では相手を消してしまう可能性がある。アルファの使う指向性兵器は人には通用しない電波系統だ。それならイマニクスの体にある8つの可動部に収められている三角形で対応するしかない。

「ノヴァン任せたぞ」

「うん、わたししかこれ動かせないもんね」

そう言ってイマニクスの体の両上腕部(りょうじょうわんぶ)両前腕部(りょうぜんわんぶ)両太腿(りょうふともも)両脹脛(りょうふくらはぎ)に収められた八つの部分から白い三角形の四面体が出てくる。

それを仮面の男に滑らせる。

『おいおい、これが第五位の乗る機神てやつかぁ!?』

仮面の男の声が再生される。近づいたので音声を拾えるようになったのだろう。

「とりあえずイマニクスは着陸してくれ。俺はあの二人を回収してくる」

「おけい、じゃあ足止めしておくね」

アルファは操縦席の入口を開きまだ着陸はしていないが飛び降りる。仮面の男はぶつかってくる白い四面体を避けながら炎で応戦している。空中を飛んでいる。それを可能にしているのはあの炎を纏っている翼なのだろう。

「それも魔法か」

スタンッと、二つの足で膝をうまく使って着地して負傷している子供に駆け寄る。

遅れてイマニクスが地面に着陸した。砂埃をあげて自動操縦(オート)モードで背面の白い尾がバランスを取って二本足で直立する。

金髪の子供だ。遠ざかる赤い仮面の男ではなくイマニクスを見上げている。

「おい、お前」

「え?ぼ、僕ですか?」

「お前、あれに乗る覚悟はあるか?」

「あ、あれに!?なんで僕が!?」

この場で他に体を操縦することが出来る人間を見つければ戦略の数が増える。それに三人目の搭乗者は必要だ。それに自分は動かせない。しかし、アルファには動かせないものをこの子供に任せていいのか迷う。

「強制はしない。が、無理なら他をあたる、他に人間がいる場所はわかるか?」

金髪の子供は燃えていない道を指さした。乗る気はないと判断。

「あっちか、邪魔をしたな」

無駄な時間だったか。アルファが後ろを向くと金髪の子供は立ち上がり声をかけた。

「僕、やっぱり…乗ります」

「そうか、なら名前を聞こう、俺はアルファ」

「僕は、アンディ・カーティス」

二人はイマニクスに向かい走り出す。アルファは走りながらワイヤーを体の操縦席に向け射出しアンディに手を差し伸べる。

「掴まれ、アンディ」

「え?はい、これって?うわ!」

ワイヤーの下に足を引っ掛けほとんど宙吊りの状態でアルファはアンディを体に引き寄せてワイヤーを収縮していく。振り子のように揺れるが最終的には体の操縦席に乱暴に着いた。

「これはイマニクスという機体だ」

「……イマニクス?」

操縦席のハッチを開けてアンディをその中にはいらせる。

「ここが操縦席だ。ハンドルはその手前の黒い球体。ノヴァンの感覚だと指の感覚と共有して動かすらしい、足は重量感知式だ、踏めば分かる。バランスを崩しても白い尾がバランスを取ってくれるがそれは武器に回したい。どうだ?動かせるか?」

「え?これに?これを?へー…うわっ!」

アンディが不思議そうにその黒い球体の穴に指を入れて周りの画面が外の映像に移り変わり驚く。

「やはり、あまりみないものなんだな、それよりどうやらお前は動かせるものだったらしい。後は任せたぞ」

「へ?このあとどうすれば、って僕一人ですか!」

アルファは操縦席から離れて頭部の操縦席(コックピット)を目指しワイヤーを放つ。向こうの仮面の男との戦闘は足止めはしていたが攻撃が空振りして停滞状態だった。右腕の時計でノヴァンに通信する。

「ノヴァン、俺だ体の搭乗者(パイロット)を確保した」

『お?早いね、わたしの予想だと見つからないでこのままあいつを倒してたよ、っと』

頭部に着いてハッチが開く。ノヴァンは仮面の男との戦闘に忙しいようだ。

「お前一人で倒せるものなのか?」

「うーん…でもそろそろ相手の体力切れるだろうし、なんとかいけると思うけど」

「それは長いな、その頃にはここらの人たちで何とかしてしまうか相手に逃げられるだろう」

「そうだよね、うわ!これ避けるの?、でも、三人いれば勝てそうかな、じゃ、下に連絡を取ろっと、相手はどんなやつだろ?」

アルファが後部座席に乗り込む。二人の指令役を務める。

「あまり、変なことを言うなよ。真面目で純粋なそうなやつだった」

「へぇ~」

妹がにやりと怪しく笑った。


「えーと、ここをこう?あ、指が動く感じがしてる」

アンディが手前の黒い球体を使って指を動かしているとどこからかジジッという音がする。

「ハロー!私はノヴァン、このイマニクスの頭部の操縦席(コックピット)搭乗者(パイロット)を務めてるよ」

「へ?僕はアンディ。は、はろー?こっくぴっと?、ぱいろっと?って?」

聞こえた来た声は少女の声だった。しかし、何を言ってるのかさっぱり分からなかった。イマニクスはこれの名前だ。

「そこから?とりあえず、おっと!そういうのはあとで教えるからさ、今は指の動かし方と足の動かし方を教えるよ」

「えっと、指は動くことが分かってるんだ、でも、腕が持ち上がらなくて」

「じゃあ、こっち戻すから、そうしたらすぐにあの仮面の男と戦うよ」

「え?もう戦うの?」

窓の先で戦っている仮面の男と対峙していた白い三角形の四面体がこちらに来て可動部の装甲の中に収められる。

「これで腕とか持ち上がれるけど、君には指の動きと足の先端の動作を任せたいの、ほら、敵が迫ってきたよ」

飛行して迫ってくる仮面の男。炎の剣を掲げてこちらにぶつけようとしている。

「か、かわさないと!」

「大丈夫だよ、これぐらいでイマニクスは焼かれない、突っ込むよ」

「ええぇぇぇぇぇえーー!!」

窓におぞましい程の炎が映る。イマニクスは炎の剣をものともせずに突っ込んで相手を握りつぶそうと手を伸ばす。

伸ばした手は宙を切った。仮面の男は炎の剣を中断し背中の炎を羽ばたかせ空を飛んで攻撃をかわす。

「やっぱ当たんないか、どうするにいちゃん?」

「指が使えるようになったんだ。武器を使う。そこの焼けた破片を投げて攻撃できるか?」

「掴めて、投げる時に離してくれればいけるかも、出来る?」

掴んで投げる時に離す。それくらいならできるかも。

「タイミングを教えてくれれば出来るかも、でも、なげても当たらないじゃ」

「牽制に使うよ、投げたら飛んで接近格闘だよ」

なるほど。イマニクスの腕が勝手に動きやけた瓦礫の中に手を突っ込む。

「はい、掴んで」

「こ、こう?」

バシンッと、勢いよく指が閉じて肝心の瓦礫が崩れて掴めない。力加減が難しかった。

「もう一回いくよって仮面の男の周り!あれなに!?」

仮面の男が攻撃してこないと思ったら周りに大きな展開式が現れていた。いままで展開式を外に漏らすことなどしなかったはずだが、どうやら頭の中に収まりきらないほど大きい規模の魔法だということが分かる。展開式に書かれている精霊言語は難しい単語でいっぱいだった。読めるところだけをなんとか口に出す。

(レッド)い、(ビースト)(フレイム)、それに最後の文字、エクスプロージョン?

「なんて読むんだ?ていうかこれって召喚魔法!?」

「召喚なにそれ?なんか出てくんの?」

そして、仮面の男の魔法は顕現される。赤い展開式から朱色の炎を纏った馬が現れる。大きさはイマニクスを少し超えている。

召喚獣だ。魔法は精霊が錬成で集まって一つの集合体となり顕現するものだが、召喚獣はその存在自体が一つの精霊だ。精霊の最上級存在とも言われている。

「これも魔法なのか?ノヴァン、レーザーを使え」

なにか奥の手があるらしい。瓦礫の山から手を抜いてその巨大な馬に向ける。

「おけい、じゃあ早速だけど…てあれ?出力が上がらない?うわ…出ないみたい」

「でないだと…、まさか下の操縦席に人が乗ったからか?」

その馬は空中からこちらに突進してくる。後ろには消化がほとんど終わっている学院がある。

「とりあえず受け止めろ!」

その突進をイマニクスの機体全体で受け止める。アンディも指を広げて下に着ける足を踏ん張る。おかしいことに体にその重みがかかる。まるで重力が増えたみたいだ。

「こうなったらこいつ持ち上げて飛んで空中戦に持ち込むよ!掴んで!」

「わかった!」

黒い球体を握る。イマニクスの指も巨大な馬を掴んでイマニクスが宙に浮いた後、翼が青白い炎をあげて真上に飛んでいく。窓の向こうには炎が渦巻いて何も見えない。

「君は尾で応戦してくれる?」

「尾?それってどこ?」

「背中の尾だよ、可視画面の各装甲表示で設定できるから、にいちゃん任せた!」

「それならこっちで設定した。イクス、使い方わかるか?」

すると、目の前に文字が書かれた紙よりも薄い物が現れる。

[白い尻尾(ヴァイスシュヴァンツ)は二つの内一つの操縦盤をメインにして動かします。操作方法は各可動部が五指によって連動する仕組みです]

「右か左か、どっちが動かしやすい?」

「え、えーと右かな右利きだし」

「分かった、そっちに設定する」

右の黒い球体を掴む指の感覚が重くなる。重力に引きづられているような感覚に近い。おそらく、背中の尾が垂れているのだろう。指を動かすと尾の一部が動き出す。なんとか動かせる。

「これでどうすればいいの?」

「とりあえずこいつを突き刺すとか払うとか攻撃して、あの仮面の男どっか行っちゃうみたい」

「こいつに僕たちの相手を任せたってこと?」

アンディは五指を使って白い尾を動かす。先端が尖っているのでそれを突き刺す。巨大な馬の肉体にざっくりと刺さる感覚が小指にする。

「そうみたい。とりあえずこいつ倒さないと…あまり効果無いか」

それでも巨大な馬は突進を続ける。むしろ強くなっている気がする。このまま押し負けて纏っている炎が学院を襲えば更なる被害を被るだろう。

どうする?このイマニクスという戦力があってもこいつを止められないのか?なにか、なにかないのか?

「あ、これって…」

そして、アンディは気づいた。このイマニクスというのは鋼でできているかもしれないことに。

「どうしたの?なんかいい策でも思いついた?」

「武器なら作れるかもしれません。この尾、錬金していいですか?」

「錬金?なにそれ?魔法?」

錬金を知らない?そういえばこの人たちは一体どこから来た人なんだろう?今更ながら思う。

「錬金は物の形を変えて違う形にすることができるんです、僕がこの白い尾を棍に変えます。それで迎え撃ちます」

「なにそれ!?いいね!やってよ!」

「待て、そいつは元にも戻せるんだろうな?」

「できます、でも少し規模がでかいから時間はかかるかもしれない」

「なら許可する、しかし、なぜ棍なんだ?」

アンディが錬金に集中するため白い尾の鋼を思い描く。

「使い慣れているからです」

白い尾は形状を変化させる。なんの金属か分からないが魔法伝導力はすごく高い。それもさっきのぬいぐるみよりも断然。もしかしたらクリスタルと同等かそれ以上。金属の中では一番なのかもしれない。

刺さっていた白い尾の先端が背中から外れて、尾の最後の先が尖った槍状になる。長さはイマニクスを少し超えるくらいでそれを左の黒い球体を使って指を動かし握る。

「やっと武器が使えるよね!さっ一気に倒しちゃうよ!」

イマニクスの左腕で尾の槍を掴み下で構えて振り上げる。

「右の操作盤設定を指に戻した、やれるか?」

「はい!」

振り上げた尾の槍は巨大な馬の体を揺らしその巨体を打ち上げ後退させた。指しか動かしてないアンディは単純な腕の力が強いと感じる。

「君、棍使って戦闘するの?なら必殺技とかあったりする?」

「…えーと、あるけど僕の指の操作だけじゃ…」

「とにかく言ってみてよ、言われたとおりやるからさ」

わかるかな。アンディは名前の無い自分が作って、研究し、改良を加えた技の手順を思い出す。巨大な馬は空中で体制を整えこちらに突進してくる気だ。

「最初は棍を両手で持って腕を交差して構えながら後ろで溜めを作るんです」巨大な馬が突進してくる。

「こうだね」

イマニクスが後ろに両腕を交差させ尾の槍を後ろに構えた。アンディは黒い球体を操作しイマニクスの指を回して尾の槍の上下を反転させる。その方が型になる。

「それを打ち上げるようにぶつける、初撃は動きを止めさせて…!」

突進する巨体の馬の下から槍の先端がぶつかる。巨大な馬はそれに怯み一瞬動きが固まった。

「返す形で棍の後ろで叩く!」

「そりゃああああ!」

ぶつかった反動で槍の後ろ部分が攻撃を繰り出した下とは別方向の上から相手を襲う。それは獣が硬いものを噛み砕くような様だった。

「奥義!合砕獣擊牙(がっさいじゅうげきが)!!!」

その二擊目は巨大な馬の頭を直撃した。今のは必殺技の名前?少女の言葉にアンディは歯がゆい気持ちになる。

やがて、巨大な馬は突進する力を失い空中から落ちる。炎は纏ったままだ。それをイマニクスの右腕を動かした右指で掴んで地上に落とさないようにする。

「お、終わった?」

「よくやったな、掴んで安全な場所まで運ぶぞ」

「ふーん、すごい芸当だね、君棍でなにかやってたの?」

「趣味ですよ、ていうか君の操作の方がすごいと思うけど…あ、それより、あの展開式の最後てなんて書いてあったかわかりますか?」

「展開式?」

展開式もわからないようだ。ということは魔法が使える場所からこの人たちは来たわけではないらしい。それは、世界の果てからきたのかもしれない。

「えーと、展開式ていうのは魔法の仕組みについて書かれてるんですけど、最後にエクスプロージョンて書いてたんですよね、それってなにかなて…」

「仕組み…エクスプロッ…!?それって…!」

どこからか聞こえる少女の声に焦りが生じた。

突然、掴んで宙吊りにしていた巨大な馬の体が光り始める。気づいたときには遅かった。巨大な馬は爆発を起こした。

三人の搭乗者(パイロット)はその光に目を持って行かれ瞑る。イマニクス自体にはあまり炎は効かないが黒い装甲は少し爆ぜた。

その巨体に見合うだけの火力で周囲に炎を撒き散らす。下の学院に被害が及ぶほど。アンディは白い光を見ながらただ唖然としていた。

倒した相手が爆発したのだ。エクスプロージョンは爆発という意味だったのか。爆風が消えて目が慣れて学院が見える。

下の学院は巨大な土の壁で守られていた。カーター氏の錬金だ。今の今までずっと土で錬金を練っていたのだろう。

だが、炎は学院を少し焦がしていた。土の壁で守れないところがそこを直撃したのだろう。

「………あ」

その焦げ爆ぜた場所は二年生の寮だった。


(アンディ君は三年生の寮に向かって!二年生の寮には私たちが行くわ!)


「え…、え、エスタァァー!!!」

あの二年生の寮にはエスターが向かっていた。それにケンジーも。その他に消化を行っているほかの人だって。

「ど、どうしたの!?」

「あそこには!僕の友人がっ!」

それを聞いてノヴァンが操作しイマニクスがその二年生の寮に向かって浮遊滑走する。指に掴まれた尾の槍は離され勝手に背中の元の位置に結合する。

「あの建物?」

近づくと二年生の寮は上の三階から燃えていた。その二階に人がいた。菫色の少女と金髪で長身の男、エスターとケンジーだ。

「なんで二階なんかに…!」

よく見るとケンジーがダンンボールを掲げていた。二階は男子専用の階。おそらく、ケンジーの所属する報道部の先輩の荷物を運んでいたのだろう。しかし、エスターがいる理由がわからなかった。手伝い?

「ノヴァン、アンディ。腕を突っ込んで、手で包んで救助だ、できるか?」

「いいよ、掴んだら素早く引っこ抜いて火に当てないようにするんだね」

「わかった、やる」

決意を新たに絶対助け出すと決める。

「アンディ、お前の声をスピーカーで外へ出力する、あの二人に指示をしろ、俺は…」

「へ?」

「いってらー、つまり、君の声が外に響くってこと、叫べばいんだよ」

イマニクスが二年生の寮の前に降り立った。尾は棒状から元の姿に戻っていて自動操縦でうねる。アンディの足に感覚が宿る。地面に立っている感覚。

「マイクオン!いいよ喋っても」

二人のいる部屋の窓が火に囲まれる。本当に届くのか?アンディは叫んだ。叫ぶしかない。

「二人共!!いまから手を出すからそれに乗って!!」

腕が勝手に動きエスターとケンジーのいる部屋に突っ込む。黒い操作盤を回して手を皿にして二人を乗せるように誘導する。その腕を一人の人間が走っている。アンディをイマニクスに乗せた人だ。確かアルファと名乗っていた。

部屋の中にいる二人が手に本当に乗ったのか分からない。火の先を見る人が必要だった。彼は手を挙げた。

「掴めだって」

「わかるの?」

黒い球体をほどよく掴む。手に乗る二人を潰さないように優しく…。腕に乗るアルファが手をグーにして振り下ろす。

「もっと握れだって、100%で言えば君のは40%、あと20%強く」

「わかるの!?」

握る力をもう少し強くする。腕に乗るアルファが飛び降りた。それと同時、腕が勝手に動きものすごい速さで握られた手が部屋から引き抜かれる。

「や、やった…?」

燃えている二年生の寮から十分に遠ざかった手を地面に置き握る手を解く。そこにアルファが近づいて二人に声を掛けていった。

「無事みたいだね、作戦成功!…てなんか疲れたなぁ」

「これ、外でれないの!?」

一刻も早く二人の様子をみたいアンディは操縦席を調べる。

「なら可視画面表示しなきゃ、それからロック外すの、分かる?」

「ど、どうやるの?ていうか、これってなに?魔法…じゃないよね?魔道具とも違う…」

「うーん…なんだろね?しいていうならロボット?メカ?…兵器かな?」

顔が見えなく声だけ聞こえる少女にも分からないといった感じだった。

「ま、声は届くから叫べば?君の発言なら私がさっきから外に流しているからさ」

「え」

アンディは急に恥ずかしくなった。向こうの少女はくつくつ笑ってるようだ。

「まぁ、音量小さくしてるから大丈夫だと思うけどね」


危機一髪、九死に一生を得て機械人形に助けてもらったエスターとケンジーはその手から降りて外の新鮮な空気を肺に入れる。

「し、死ぬかと思った…」

「なんで私までこんな目に遭わなきゃいけないのよ…」

あの鋼の人形を部屋から見ていたエスターは最初、父がいつの日か見せてくれた人の形をしている機械人形を思い出した。

二人はその機械人形に釘付けになりただ見ていたのだ。すると、炎を纏った馬が現れて、それを倒しと思ったら学院を覆う規模の巨大な爆風が発生して…気づいたら部屋の周りは燃えていた。

「それにしてもあちかったぜ…」

ケンジーが服を脱いで体の傷を確認する。その時、ケンジーがエスターを体を張って守ってくれなかったら自分の体が焦げていただろう。

それに礼を言うと、聞く耳がないのかすぐに書類の方に駆け寄って火消しをしているのだ。とても現金なやつだと思った。そして、気づくと火の手が回って脱出ができない状況に、そして機械人形の手が部屋に入ってきた。

その機械人形の手で救助されて今の状況に至る。ケンジーは書類の山を持って手に乗るし、本当現金なやつだ。エスターは自分の事で精一杯だった。

「大丈夫か?」

不意に声がかけられた。それは感情のこもってない事務的な言い方にきこえる。その声のする方を見ると浅葱色の髪をした帝都では見かけない制服姿の男がこちらに声をかけていた。

「は、はいあなたが助けてくれたんですか?」

「いや、俺は指示をしただけだ、助けたのは…おそらくあれに乗っているお前らの友人だろう」

「…あれに乗っている友人?」

自分たちの友人に機械人形を操る人なんていただろうか?ということは父様?でもさっき聞いた声は…。

『あ、あーあーほんとに聞こえるの?そ、それなら…コホン…』

機械人形から音声が漏れる。その声は少年の声音で、エスターが聞き間違うはずもない声で。

『エスター?』「アンディ君!?」

二人の声が重なった。信じられないと耳を疑う。隣のケンジーでさえ口を開けてカメラ、カメラと慌てている。

『あ、怪我とか大丈夫?今そっちに行きたいんだけどさ、やり方がよく分からなくて…』

「まじ?お前アンディか!?なんでお前がそれにのってんだよ!?てかずりぃ!」

「ほんとにアンディ君なの…なんで…?」

それに回答したのは隣の自分たちに駆け寄った制服の男だった。

「俺が乗せたんだ、時間がなかったのもあるが、あいつ自身が乗りたいと言ったのでな」

乗りたい?アンディ君が?

「あれはイマニクスという兵…いやロボットだといってわかるか?」

「ロボット?て人間が作った魔道具ていうこと?」

「魔道具…それとも違う気がするが今はその解釈でいい」

「なるほどね、俺はケンジーてんだ、あんたあれに詳しそうだな、ちと話を聞きたいんだが…」

そのイマニクスと呼ばれる機械人形の黒い珠からアンディが出てくる。

「エスターー!!」

「アンディ君!!」

ケンジーが言葉を中断しそれを手にもつカメラで写真に収めた。とてもいいシーンだったので何度もシャッターを切る。

何枚かとって向き直す。

「悪い、いいシーンだったから写真とってた……ぜ?」

ケンジーが喋っていた人物はすでにそこにいなかった。不意に機械人形が動き出す。その肩にさっきの制服の男。いつの間に乗ったのだろう?

「アンディ君、アレなんなの?」

「さ、さぁ?僕が聞きたいよ…」

とりあえず無事で良かったと二人は一息つく。機械人形は宙に浮き空を昇っていった。

「ああーー!もっと話しを聞きたかったのに!」

少し焼け焦げた半裸でケンジーが叫ぶ。

「それより、怪我とか大丈夫エスター?」

「ええ、特にどこも痛くないわ、ア、アンディ君が助けてくれたし…」

「え?俺は?」

その言葉を無視しエスターが一人重症がいるのを思い出す。アンディも同じ一年生の寮で毎日食堂で顔を合わせてるだろうし話に出すのは当たり前だと思い話す。

「でも、一人助けられなかった人ならいたわ…」

「…え?」

「私たちの食堂のおばちゃん、今日二年生の寮でメニューの会議があったみたい、そこをちょうど…」

「そんな…!エスター!おばちゃんは今どこに!?」

すごい怖い顔で聞いてくる。そんなに思い入れがあったのかとエスターは思ってしまう。

「え?えーと、さっきそこに…てもういないわね、たぶん病院に運ばれたと思うわ、私が見た時はかなり重症で…」

アンディの顔が青ざめる。まるで、自分のせいだという顔をしている。

「あ、アンディ君?」

その頃、三年生の寮の消化は終わり学院の火事はひとまず終わった。


25人目。刀を相手の武器や体をムチで叩くように刀の(みね)で攻撃し気絶させる。そうしてアンドリューが武装集団の前衛を一人で壊滅させた。辺りにはもう殺気がない。

「…やっと終わったか?」

向こうの武装集団の後衛では火の魔法が発動されて明るい光が周囲を照らしてるが周りの木々に火が点火して火事は起きていない。

「…セリーヌの加勢に行くか」

殺さないように戦っていたのでため息が出て疲れを感じながら、セリーヌの戦闘している後衛の方に足を向ける。と、人の気配を感じ取る。まだこの辺に何人か潜んでいるらしい。

それは集会でアンドリューが吹っ飛ばしたテントから感じた。テントは風で吹き飛ばされてボロボロではあるが壇上がある場所は崩れていない。そこに魔法の類は感じない。

「あの老人か?」

集会の壇上でこの武装集団を指揮していた老人達の姿を思いだす。老人は50~70程の年齢層。魔法が民衆に広がったのは20年前で老人たちは魔法を使えないだろう。

出会ったら出会ったで攻撃はされるだろうが、その老人の体に攻撃はしたくない。もしかしたら手加減できずに殺してしまう可能性だってある。

「あーやりにくいよなぁ…おーい!そこにいんのは分かってんだよ!出てきて少し話ししようぜ!」

まるでこっちが悪者のようだが相手はこの森を燃やそうとした武装集団だ。

テントから五人の老人が出てくる。皆、平民区か外周区の出身なのか綺麗な格好ではない。

「お前ら、一体ここで何をしてんだ?目的を吐いてもらおうか?」

「よくもわしらの邪魔をしてくれたな!」

一人の老人が前に出る。それはアンドリューも見覚えがある、ここに潜入した時に初めて出会ったあのじいさんだった。

「お主、あの時の小僧だろう?声や背格好がにとる」

「バレてたか、そんなことはともかく言え、説明しろ、じゃねーとお前から痛い目みるぜ?」

あくまで脅しのつもりだが刀を見せつけ殺す気で言う。いや、実際言わなかったら半殺しにする覚悟だ。

他の老人たちが後ずさる。それだけ、アンドリューは殺気を放っていた。やがて、前に出てきたじいさんが口を動かし始める。

「しかし、無駄だ…もう、手遅れなんじゃよ、本当の狙いは魔法学院じゃったからな」

「なに?」

「イグネイシャスとその契約精霊が学院を襲う、それは知っとるか?」

確か学院を襲う別働隊がいるということを集会で聞いた。それにイグネイシャスがいたのか。いや、本当にその人なのか?星城を、いや世界を守る騎士がそんなことを?

「ああ、そうだ、一応聞くがそのイグネイシャスて野郎は星城騎士団第十位、朱魔道騎士(バーミリオン)で間違いないのか?」

老人たちは頷く。じいさんは知らないみたいだった。

「なんでそんな偉いやつが火事(テロ)なんかに加担してんだよ?」

老人たちが口々に言う。まるで、人形のように、イグネイシャスを崇めるように。

「それが、彼の罪に対する報いなのだよ」

「そうだとも、彼は火の王を殺し自らが愚王になることを望んでいる」

「そうすることで、世界の悪は消えて再び安泰の幸福世界が訪れる」

何を言ってるのかさっぱりだ。やっぱりこいつらを捕まえて、あとでセリーヌと一緒に尋問しよう。アンドリューには理解できなかった。

「…じ、じいちゃん!」

後ろから声が聞こえる。どこかで聞いた声だなぁとアンドリューが振り向くと自分と同い年くらいの若者がいた。あいつはじいさんと集会前に会った、えーとたしかチャヌだったか?どこかで息を潜めて隠れていたのだろう。

「逃げろ!チャス!」そうだチャスだ。

「何言ってんだ!じいちゃん!ここで死ぬなんてらしくないぜ!おいお前!じいちゃんを…!」

チャスは喋りながら素手でこちらに殴りかかろうとする。すると、周りが赤く明るくなって自然と空を見上げた。そこにいる人、全員見上げた。

空に赤い炎の玉が浮かんでいた。それを見てアンドリューは考えるに至らず体が直感で動く。剣の刀身を赤い鞘に移し替えて抜き出すと刀に火が灯り上段に構える。

「うりゃああああああああ!!」

炎の玉に向かって飛んでそれを斬る。天空(てんくう)の太刀。その攻撃は魔法に当てると同属性の対消滅が起こる。

「ぐっ…!嘘だろ!…なんだよこれ!いきなりレベルがちが…!くそがぁぁあ!!」

「あん?誰か突っ込んできたのか?命知らずが……あ゛!?」

その炎の玉の後ろから声が聞こえる。おそらくこの魔法の術者。ならそいつごと斬ってやる。

刀に込める力を数倍強くする。空中に浮かんでいたので上半身の力、主に握力とか腕力。それで炎の玉をなんとか真っ二つに両断する。割れた二つの半球が地上に落ちる前に消えていく。

その炎の玉を斬った先にそいつはいた。赤いマントに金髪で目元に仮面を被った変なやつだった。

それは相手の不意をついていたようで体が近い。こちらに顔を向けているが魔法を錬成していた手はこちら反応できないようだった。やるなら今しかなかった。刀を握っていたので両手に力を込めて殴ることにする。

相手の顔を捉えていた。相手の隙を突いていた。相手は反応できないでいた。それなのに、

「…ぐっ!?」

相手の顔周辺で刀を握りながら殴りに向かった両拳に燃えるような熱さがする。

火の(ヒートボディ)!?世界の果てにある砂漠の火山地帯にいる火の精霊と契約することで使える魔法だ。

それでも両こぶしは止まらない。その熱に耐えながら相手の顔面を殴り仮面を破壊した。

だが、やはり熱のせいで少し力が緩んでしまったのか決定打とまでいかなかった。手を火傷して刀をふるえるかどうか。

アンドリューは地上に落ちて着地しながら刀を赤い鞘に半刀分だけ納めた。

「………」

その仮面が割れて素顔が顕になる。無言だった。それにチャスが、老人たちが声をあげる。

「イグネイシャスさん!来てくれたんですか!」それに無反応。

「イグネイシャス殿!こやつが此度(こたび)の計画を台無しに!」それにも無反応。

ただ、アンドリューを睨みつけている。まるで気に入らない物を見るように。

こいつが朱魔道騎士(バーミリオン)イグネイシャス。出身は貴族のようで年齢は30前後。炎の翼を背中に生やし空中に浮かんでいる。

「俺に触れたのはお前が10人目だぜぇ?、歓迎してやる」

しかし、そいつは別働隊で学院を襲っているはずだった。ということはセリーヌの考え通り学院の人が追い返したのだろう。イグネイシャスも背中の炎を小さくし地上に降り、手をズボンのポケットに突っ込みながら歩いてアンドリューにちかづいてくる。

「星城騎士団、第十位所属、朱魔道騎士(バーミリオン)イグネイシャス、よろしくなぁ?」

「アンドリュー・カーティスだ、ホントはお前と星城の前で正々堂々決闘したかったんだがな」

名乗られたら名乗るしかない。イグネイシャスはやはり武装集団とつながっていた。

「それなら安心しろよ、俺だって変な機械人形と遊んで疲れたんでここに休みに来たのによぉ…お前がここで暴れてるから…」

その隠れた手には一冊の本が握られていた。その本に火が灯り炎を上げ(つるぎ)の形を成す。

「俺だっておんなじ状態だっての!」

炎の剣がアンドリュー目掛けて振り下ろされる。こんな森ん中で!?受け止めるしかない。抜刀し刀を構え防御で受け止める。両手が焼けるように痛い。いやすでに焼けているのだから痛いに決まっている。

「逆に自分を追い詰めちまったか…!それでも!」

森が燃えると魔物がやってくる。セリーヌの言っていたことが確かなら、火の魔法は受けるしかない。階段式の刀身は相手の炎の剣とぶつかり火の精霊を対消滅させる。

「やっぱ、そいつは魔法を無力化する力か?」

「それがどうしたぁぁ!?」

早期決着。それしか勝つ手がない。炎の剣は消えてアンドリューがイグネイシャスの懐に飛び込み、切り刻もうと刀を素早く動かす。

だが、それを彼が許すはずがない。背中にある炎の翼が体の前を防御する。刀の刃はその炎の翼である火の魔法との対消滅に負けて弾かれた。そこで、イグネイシャスが笑う。

「ハハァ!なるほどなぁ!そいつは上位の精霊は消せないのか!いや殺せないか!それにお前精霊が見えるな?」

精霊が見える、それはセリーヌにも言われたことで確かに精霊はいると感じる。しかし、アンドリューには実際見えていなかった。そんな存在がいるのを感じ取れるのだ。精霊は半透明で不明虜なものと捉えている。

しかし、それは見えているも同然でそこに刀を打ち付ければ対消滅はする。刀を赤い鞘に収めまたしても半分だけ刃を出す。

「お前のその剣、いや刀か?それが一刀、腰に七つの鞘。おそらく各属性の精霊を殺すために用意された鞘に刀を納め抜くとその属性を殺す刀になるということか!」

「頭いいなお前」

アンドリューは自分の獲物を推理されて相手を褒める。

「しかしぃ!、殺せる精霊は中級以下のみ、俺の背中の炎が上級だからな。それに押し負けたつうことは…」

魔法は精霊が起こしている奇跡だ。魔法の規模は小級、中級、上級と分かれ、(もち)いた精霊の属性や色、特性で決まる。イグネイシャスは何体の精霊を使っているか分からないが現時点で巨大な球の炎、自身を覆っている炎の鎧、背中の炎の翼、炎の剣の四つの魔法を見た。

下位精霊による中級魔法。上級魔法があの背中の炎ということは少なくとも2体。あの本は精霊を把握、魔力供給するための魔法媒体だとすると、多くて5体程。

確かにさっきは押し負けて斬れなかった。さっきはな。抜刀(ばっとう)。ほのかに火が灯る刀を下段に構え力を抜く。

「俺の上級魔法(本気)でお前を潰せばいいことだよなあぁぁぁ゛!!」

イグネイシャスの体が炎に包まれる。赤い。いや朱い炎が人型の鬼の姿を顕す。

それがアンドリューの体を炎の鬼の塊が押し潰さんとのしかかる。周りの武装集団の人間でさえ巻き込む勢いで。周りの木々にはすでに引火して大火事を引き起こそうとしている。

「……すまんが、その名推理ところどころ間違いだ」

下段に構えた刀が音も動作も存在も消えていきなり刀に収まる。チンッと刀の柄と鞘の入口がぶつかり綺麗な音を奏でた。

のしかかるはずの炎は無数に分かれ始め空中分解、周りの木々も精霊がいなくなり消えてしまう。炎の鬼はその根元から掻き消えてイグネイシャスの体だけが残る。左手には本を広げ、右手はこちらにパーを出していてその余裕だった顔は唖然としていた。

そして、アンドリューの周りにチラチラと朱い炎が舞った。

「………あ゛?………」

極刀(きょくとう)十波一刀撃(じっぱいっとうげき)。……俺はお前の上級魔法を待ってたんだよ。まず俺の剣技は殺人剣じゃない、活人剣。精霊は殺せない、代わりに精霊を奪う刀、空の精霊が持つ絶対調和の特性で相手の精霊を封印するのさ」

アンドリューはずっと嘘を語っていた。空天(くうてん)の太刀は空の精霊の加護を得た業物で、精霊を絶対調和という空の精霊が持つ特性で各属性ごとに分かれた七つの鞘に封印できる。だいたい精霊を殺すとか俺の性格(タチ)じゃないんだよ。

「しかし、俺の精霊はあの時点では存在していたはずだ…な…?いない…だと?」

イグネイシャスが魔法の展開式を組もうとして、その魔法に必要な精霊がいなくなっていることに気付く。

「封印完了は鞘に納めることで成立する。お前の上級魔法を斬って初めて納刀した。ちゃんと見てたか?それにしても最初がいきなり中級魔法だったから結構無理して斬ったんだぜ?それからやっと上級、斬れずに弾かれたが二回目、いや十回目でやっと、斬れた」

あの瞬間、アンドリューの刀は炎を十回斬りつけた。階段式の刀身の階段は計五段。一回振るうと五回斬りつけ、二回振るうと十回斬りつける。極刀、十波一刀擊。極東で学んだ剣技の最終奥義と言われる技だ。

「精霊を封印?だと……ククク、やるなぁお前」

「なぜ…笑っていられる?」

「封印ねぇ…確かに恐ろしい特性だ、でもなぁ、俺の異名を覚えているか?朱魔道騎士(バーミリオン)赤い、朱い魔法の精霊を俺は…」

イグネイシャスはカプセル型の薬を取り出す。粉末状の物しか飲んだこと、見たことがないアンドリューはそれを薬だと知らない。それを口に含みさらに嗤う。

「星の(ミリオン)ほど持っている!!」

信じられないものを見た。イグネイシャスの周りが朱色に包まれ数多の精霊を感じる。そのほとんどが上級精霊。再び炎の鬼、いや今度は炎の魔神の姿になってアンドリューを見下ろす。

「まじかよ…星城騎士十位でこんなつえーのか…」

もう手がボロボロでいうことを聞いてくれない。短期決着で決めようとしていたが勝てなさそうだ。それでも刀を鞘に納めて構える。

「封印するなら封印すればいい!しかし、こちらは無尽蔵!お前の体力が尽きるのが先のようだがなぁ!」

その炎の魔神の頭、口にあたる部分から炎が吐き出される。見ているだけで焦げてしまいそうな熱量。

それにアンドリューが刀の柄と赤い鞘をぶつけて鳴らす。

納刀(のうとう)、天空響音。精霊よ、俺に応えてくれ」

もはや手はこれしかない。鞘に封印したばかりの精霊。それを自分が契約して使う。契約できれば相手と同等の精霊を行使して魔法で戦うことができる。

「……俺に応えてくれ……!」

火の精霊との契約は契約者の強さこそ全てだと言う。会話などより強さの証明をすれば契約は完了する。手っ取り早くていい。

魔人の炎がアンドリューを覆う。灼熱の熱が体を焼いて身を焦がす。心の中で応えてくれ、応えてくれと必死に請う。鞘に封印された精霊は応えてくれない。反応もなく封印されて眠っていた。

やっぱり自分にはできなかった。魔法の訓練を少しでもしていれば出来たのかもしれない。自分の修行に当てていた五年間を悔やんだ。ここで死ぬんだと思った。最後にセリーヌが頭の中に浮かんできて、すまない。と口に出そうとした。

だが、黒い光が自分を覆った。熱さが急に無くなり目に見えるのは遠くにいる炎の悪魔。自分の立っていた場所が遠くに見えた。頭が動かない。何があったのか理解できなく固まる。

「大丈夫か?アンドリュー」

やがて、冷たく冷静な声が耳に聞こえた。

「……セリーヌ…か?」

隣に金冠を被った彼女がいた。セリーヌだ。後衛の魔法部隊を壊滅させてこちらに来たのだろう。さっきのは転移魔法か。

「た、たすかったぜ…ありがとよ」

「ああ、礼は生き残ったら再び聞いてやる、それより今はあいつの対処だ」

炎の魔神は暴れている。まるで理性が無いように森を燃やして戦場を焦がしていた。

「も、森が焼かれてんぞ!」

「仕方ないだろう、あれは火の精霊の中でも最上級に属する精霊が錬成した召喚獣だ。なぜこんな帝都の近くに出現しているのか分からないがあいつを倒さないと火は消えない。」

召喚獣。アンドリューには何度も見覚えがある魔獣と呼ばれる存在。人の手が届かない場所では精霊は当たり前のようにたくさんいて気ままに魔法を錬成している。その魔法は自然を維持するために使われていて、折れた木の再生とか、食物連鎖の足りない餌などを作り出す魔法が挙げられる。

その中に召喚獣という。魔法で造った獣を錬成することがある。その存在は精霊でできているため魔力がある。一般的に魔獣と呼ばれている。魔獣は人間に対し友好的ではないのでアンドリューは旅の途中で何度か戦闘をすることがある。

しかし、それとは全然規格が違う。あれが本物の召喚獣。イグネイシャスと契約する火の上級精霊が錬成する魔法の獣。ただ破壊だけを願われた化物。

「お前は体を休めておけ、私があいつを片付ける」

セリーヌはアンドリューの焼け焦げた手に水の癒しの魔法をかけてくれる。それでも、痛くて指は握れない。

「勝目はあるのか」

「勝つさ、どんな手段を用いても」

黒が彼女を包みこむ。セリーヌは転移で炎の悪魔の暴れる場所へと向かった。

「ほんとに情けねぇぜ…」

自分の弱さが嫌になる。セリーヌはアンドリューより一つ年上だ。昔は君付けされて弟のアンディと三人でよく遊んだ。セリーヌは自分たちを指揮る姉役で冒険の際は先頭をいつも歩いていた。

その時のセリーヌはアンドリューから見れば明るくて世界の事とかあまりよくわからないまま過ごしている感じに見えた。でも、本当は自分より少し先のことを知っていてそれを隠して遊んでいたんだなと思う。

「お前はいつからそうなってい待ったんだよ…」

炎の悪魔が倒れる。セリーヌが蹴飛ばしたのだろう。星装と言われるあの鎧は魔法を打ち消す星の精霊の魔法が込められている。おそらく、この刀の鞘と同じ上位属性の特性を持っているのだろう。

そして、それは現れた。空に浮かぶ遠くの月を覆う白い展開式。その中心から巨大な岩石が突き出て、徐々に頭角を顕す。それは、

「ほ、星だって…?」



セリーヌが両刃剣を振るいながら魔法を打ち消していく。イグネイシャスが劣勢になっていた。

その真上で白い展開式が展開され月ほどではないが星が召喚されようとしている。イグネイシャスの召喚した炎の魔人が倒れる。

その展開式の精霊言語が物語る意味がイグネイシャスにはありえないものだと捉えられる。

惑星(プラネット)、ゲート、エンジェル、使用(ユージング)して、世界(ワールド)消失(ロスト)対象者(ターゲット)、イグネイシャス、アンド、ザッスピリッツ。

「なんなんだこいつはぁああぁぁあ!」

イグネイシャスが叫んでいた。炎の魔神は精霊不足で足や手を失っている。止めるには目の前で戦いながら魔法を展開している人物、金冠の魔女を倒すしかない。

「………」

セリーヌが無言でただ両手の両刃剣を振るう。魔神の炎もイグネイシャスが繰り出す火の魔法も彼女には全て効かない。当たる直前に消えてしまう。

「急に現れて俺の、俺達の邪魔をするてめぇは!」

イグネイシャスの周りの精霊達が錬成し、魔法を顕現し連発で炎の弾丸を放つ。全てがセリーヌに直撃しているはずなのに止まらない。魔法に両刃剣が振り下ろされる。

「ここで決着を着けてやるよ!剣だ!俺にも剣を錬成!」

本のページを錬成した炎の剣。本に使われている素材は魔法伝導力が高い紙で出来ていたのだろう。剣は細剣(レイピア)のように細くて朱い炎を纏う。イグネイシャスの異名、朱魔道騎士(バーミリオン)の奥の手だ。

「……そんな魔法では」

刺さればそこから炎の猛毒が流れる仕組みの細剣の刃。一撃当てるだけで敵を死に追いやる危険極まりない武器。

「これで殺してやる!!」

「私には勝てません…」

二人の距離が近くなり音速に近いイグネイシャスの細剣での刺突とセリーヌの両刃剣を拳闘技(ボクシング)のように構えて迎え撃つ。

イグネイシャスは背中から生える炎の翼で舞いながら突撃してくる。セリーヌは星装に込められている星の精霊の加護を得て地面からほんの少し空中に浮き浮遊滑走(エアースケーディング)

空中で二人が交差し、炎の細剣が相手の肉を刺す前に折れる。身の回りの炎の鎧や背中の炎までもがボロボロと崩れ去る。

セリーヌの両刃剣がイグネイシャスの首を捉える。その首の上にある口が喋る。

「何なんだよ!?てめぇは!?」

「私は魔女。この世界の秩序を守るためにあなたを殺して送る」

首が吹き飛ぶ。イグネイシャスの体と首が空中に二つに分かれた。そこから飛び出た血は黒い赤色、朱色で彼らしかった。

そして、召喚された星が半分顔を出して真ん中が開いた。それは門のようでそこから白い、セリーヌの着ている星装と同じような服を着ている、鳥の翼に似せた白い翼を背中に生やした人間が何人も現れる。

その白い人間はイグネイシャスの肉体を引き寄せその星の真ん中に空いている割れ目に連れ出していった。

星は後ろへ退いていく。展開式に飲み込まれるように消えていった。周りの炎の魔人も木々を燃やしていた炎も全てが消えて、鼻を焦げ臭い木が焼かれた匂いが漂っている。

それで、全てが終わった。イグネイシャスという人物はこの世界から消失した。彼の契約していた精霊も。残ったのは彼が身につけていた服、マントと折れた細剣だ。地面へと落ちていった。

セリーヌは静かに、その服を調べた。胸ポケットに星城騎士団の印章、やはり朱魔道騎士(バーミリオン)で正しかった。なぜこんなに偉い人物が武装集団の手助けなどという愚行に及んだのかわからない。

「………」

その奥にそれはあった。カプセル型の薬、魔導薬と言われていた物。

「これを、詳しく解析しないと……」

「セリーヌ!」

向こうからアンドリューがやってくる。着ていた星装を解きその場にしゃがみこむ。力が抜けてしまったのだ。

「大丈夫か?」

アンドリューがしゃがみこんだセリーヌの顔を覗きながら様子を伺う。

「う、うんちょっと無理したみたい、肩借りていい?」

「ああ、お安い御用だ」

肩を持ち上げられセリーヌがホッと息をついた。

「これで、やっと終わったね」

「ああ、もうすっかり暗いぜ、何時くらいだ?」

そう言って、アンドリューが頷いて、上空を見上げて、月の位置で星刻を見ようとした時。

遠くからかなりの足音が聞こえる。それにセリーヌが反応する。

「たぶん、帝都騎士団」

「あーそういやそんなのがいたな」

アンドリューが帝都に住んでいたのはもう五年前だ。他の都でも警察や自警団といった者がいたがここの帝都騎士団はいつか星城騎士団に入団するために鍛えられている。個人の戦闘力は高く、アンドリューに迫るものがあるだろう。

「私は逃げなきゃ、顔を見られるわけにいかないの」

そう言ったセリーヌは転移の魔法を使う準備をしている。

「あ、そうなのかじゃあ俺も…」

「アンドリューはここに残るの。この現場の状況説明してあげて」

「え?だって俺だってもう体ボロボロだって…」

「アンドリューは星城騎士団を目指してるんでしょ?あのイグネイシャスを倒したんだから」

「でも、止めはセリーヌが…」

「違うわ、あれは薬を使っていたのよ、イグネイシャスの力じゃない。ほらこれ、見せつけてやりなさい」

そして、セリーヌがアンドリューの右手になにか四角くて平べったいものを持たせて、

「明日うちの屋敷に来て、それから聞くから」

そう言い残し黒い光が彼女を包んで消えてしまった。

「う、嘘だろ…俺超頭悪いのに……仕方ねぇ頑張ってみるか」

帝都騎士団の足音が近くなる。自分の言い分を聞いて犯人だと勘違いしないだろうか?手に握られた物を確認する。

帝都騎士団が現れた。それは数十名の規模で何人かは向こうのセリーヌが蹴散らした武装集団の魔法部隊が気絶している方に行ったようだ。その隣に見覚えのある男がいた。

「お、アンドリュー、無事だったか」

「お、親父?は?なんで?」

「それよりイグネイシャスはどうした?」

「いや、倒したけど、それよか…」

「聞いたか!俺の息子が倒したんだぞ!ははは!どうだ!」

「いや、俺が倒したわけじゃ…」

そして、手に握っているものを思い出す。それはイグネイシャスの印章だった。

「…そうだな、俺が倒した。俺、アンドリュー・カーティスが悪の根の一つ潰したんだ」

そう言って、手に握られていた印章を見せつける。親父に、帝都騎士団に見せつけるように。

そして、父が言った。

「よし、これから星城行くぞ、明日入団式だ」


イマニクスが焼け焦げた建物を後に高度を上げ近くの森に隠れるために離れる。

「どうしたの?にいちゃん、早くここから離れたいって」

「いや、あの場に長く留まると人が集まるからな、あのケンジーと名乗った男の質問に付き合ってると日が暮れる、ならあの向こうにある街に明日潜入して情報を集めることにした」

それはこの世界の人と話をして決めたことだった。イマニクスを機械人形や魔道具と呼んだり、アンディと言う少年はこういう機械を初めて乗る、見るという感じだった。

「それじゃあこっちが質問攻めになるだけ、でしょ?にいちゃんは質問をされるのを嫌うもんね」

「そうだな…うん?イマニクスの肩に異常?」

その異常を起こしている場所をチェックする。もしかしたら、あの巨大な馬の攻撃で装甲が剥げたのかもしれない。イマニクスの装甲は操縦席(コックピット)を囲んでいる白い装甲と黒い装甲以外の設計で造られた肩、腕、腰、足のパーツは普通の戦闘機の素材で出来てるため脆い。

その肩に変な凹凸(おうとつ)ができている。

「あれ?あんな形の凹凸てできてったっけ?」

「いや、…なかったはずだ、少し見てくる」

そう言って、アルファが確認しに操縦席のハッチを開けて肩の凹凸を目指す。イマニクスは空中で止まり翼で体を安定させる。

「……あれか」

それは、奇妙にも手や足といった人間の形をしているように見えた。

「ふむ、見破られたようだね」

それが語りだす。金属の凹凸の形が変化する。

また魔法か。どうやら、この世界では鋼の形を変えることができるらしい。先ほどの巨大な馬との戦闘でもアンディという少年はイマニクスの白い尾を槍にしていた。本人は棍というイメージをしていたが。

「私は星城騎士団(インペリアル)第五位、時空錬金術師(スペースアルケミスト)クレイグ・カーターと言います。以後お見知りおきを」

言葉と同時にその人物は姿を成した。十歳ほどの子供の背丈だが菫色の髪色の七三分けで顔は大人。童話の小人ような姿。インペリアルとかスペースアルケミストという単語が出てきたがあだ名や勲章みたいなものだろう。それよりも、ここにいる理由を聞くことにする。

「俺はパイロット候補生のアルファ。早速だがあなたからの質問は受け付けないつもりだ」

「いいよ」と小人が応える。その声は夜風に反して耳にしっかりと通る。

「なぜここにいる。ここに何をしに来たんだ?」

「私は君たちに礼を言いに来た、ありがとう、学院を守ってくれて。学院に住まう者、帝都で暮らす者を代表して感謝するよ。そして、私は君たちは何者なのか見定めに来た」

「見定め?」

「それは言葉を交えてみて分かった。君たちはこの世界の人ではないな?」

アルファは腰に備えてある銃に手をつける、いつでも眼前の小人を無力化できるように。そうしてからその問いに答えた。

「ああ、その通りだ。俺と妹、それにこのイマニクスという機体はこことは違う世界から来た」

「…イマニクス。ふむ、なら教えてあげようじゃないか、この世界のことを、なんなら今日からでもうちに泊まればいい」

「なんだと?」

どうやら、自分は疑い深くなっているのか目の前の小人のいっていることを信用できない。

『へー、いいじゃんにいちゃん。そいつあの仮面の男と戦ってたやつだよ、絶対仲間にして損なんてないと思うけど』

スピーカー越しにノヴァンの声が聞こえる。

「それに私なら君たちを帝都でかくまえる。私の研究施設にこの機械人形を格納してあげよう」

『あと、高級ホテルで寝泊り、三食付きね。それと、ゲームは…ないよね、じゃあなんか娯楽を教えてよ』

「ああ、私の屋敷で暮らせばいい、この世界で娯楽といえば闘技場や魔法スポーツがあったが気に入るかな、いや、女の子は男禁制の特区に入れるはずだ。ぬいぐるみが有名らしいぞ」

「………」少し考える。屋敷というが規模はどんなか知れない。闘技場は賭け事だからノヴァンには教育上悪い。魔法スポーツはそもそも魔法を使えない自分たちがしても楽しいものなのだろうか?ぬいぐるみはいいが男禁制だとノヴァンの同行者がいなくなる。とりあえず反対だ。

『屋敷でもまぁいいか、闘技場も参加する方じゃなくて見るのは楽しそう、ぬいぐるみよりガンショップとかないの?銃の射撃練習したい。あ、それよか魔法!魔法使ってなんかしたい!にいちゃんこれ絶対うまい話だって』

「やはりここでは決められない。今日は俺たちはこの森で夜を明かし、明日の早朝に俺とあなたで帝都に侵入してお前が案内して信頼できる相手か判断してから決めよう、それまでノヴァンは留守番だ」

『えーーー!にいちゃん慎重すぎ!なんで!なんで!なんでーー!』

妹がうるさい。それは今に始まった事ではないが、小人は「構わないよ」と頷く。

周りは暗くて空には満点の光が灯っているこの世界で月と呼ばれている星、地上には森と光がぽつぽつと照らしている帝都。今は何時くらいだろう?イクスに聞けばわかるがやはり不便だ。

すると、その小人は急に後ろを振り返る。

「星の召喚だと?」

アルファにはわからない。小人が何を感じとっているのかわからない。おそらくまた魔法だろう。

「どうした?」

「いや、おそらくあっちでも戦闘をしていたのだろう、もうじき終わるさ」

「そうか、それじゃあ今日は下の体の操縦席で夜を過ごしてもらう」

アルファはそこに向かうつもりはない。今日はこの小人を質問攻めにして世界事情を聴くつもりだからだ。

「わかった、体の操縦席はアンディ君が乗り込んだところだな?」

「分かるなら話が早い、逃げるなんてことはしないと思うが、俺たちはあなたを捕虜や人質する気は無くただ、この世界のことを知るためにしつもんするだけなので…」

「わかってるさ、律儀だね。私が知ってることなら話そう。その上でこれから君たちがどうするか決めればいいさ」

「わかりました」とアルファは操縦席に戻っていった。半開きのハッチを掴んで開ける。

アルファが操縦席に乗り込んだのを確認してノヴァンが速度を出した。どうやら、小人はアルファより先に体の操縦席に乗り込んだらしい。

「ねーにいちゃん」

「なんだ?」

「あの人の名前このリストにあるよ、でも(せい)だからわかんないけど」

それは、イマニクスが挙げたこの世界の全てを知っていると思われる人物、このイマニクスの設計者達の名前リスト。そこにあった。

カーター。

「クレイグ・カーター…しかし、こいつはイマニクスを初めて見た感じだったな」

外れか。姓だけだと探すのは困難そうだ。

「ねーにいちゃん、やっぱり今日はふかふかのベットで寝たいと思わない?」

「だめだ」「ぶー」

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