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一面世界(サーファスワン)

多分何が始まったんだ?と感じますが大丈夫。今あなたの呼んでいるのはアルノヴァです

星刻(せいこく)4:00。

アンディはその時間を待っていた。暗かった部屋に青い光が差し込む。空に浮かぶ月から反射した太陽の光が差し込んできたのだ。

起きる。急いで汚れてもいいように平民の服を着て、等身大の鏡を見ながら映る金髪を手で払い身だしなみをチェック、部屋の本棚の裏に隠しておいた少し汚れ気味の両先端が鋼で出来ている棍を持って部屋の窓淵に足をかける。

窓から差し込む光に照らされ自分の手に握られた手紙の内容の最後を見る。

ビッグニュースあり。そう書かれている。新技でも身に付いたのだろうか?何より帰ってくるだけでも楽しみだ。

「後は川で顔を洗ったあとに迎えに行けばいいか…ちょっと、…いってきま~~す…」

寮の使用人や隣の部屋の男子生徒、上の階の女子生徒に向け小声で誰にも聞こえないように言う。特に言う必要はないが申し訳ないと思った。

窓淵から足を離し跳躍。三階建ての一年生寮の二階に設けられたアンディの部屋と地面の距離は15メートル近い。なので、向こうにある木に飛び移る。

木との距離は約5メートル。飛びながら手に握る棍を目標の木に振りかざす。すると、棍の先端の鋼部分がワイヤー線に変化し木の幹に絡みつく。

ワイヤーを絡めた幹に上手く体を利用してしがみつき、棍のワイヤーになった鋼は元の丸い先端に戻る。それから木を伝って地面に着地。さて、ここからが大変。そう言い聞かせ周りを確認。見張りの兵士や監視精霊に見つかると注意を受ける。そうなると、部屋ではなく独房で過ごす事になる。といっても一週間ぐらいだけど。

アンディは5メートルはある赤い塀を目指して全力走行。両手で棍を握り地面に突き立てる。棍の突き立てた先端の状態が風を纏いバネ状に変化する。

そして、足を離し赤い塀を越えようと棍と一緒に跳躍。アンディの身長の3倍近い壁を軽々越え赤い塀を追い越す。8メートルは飛んだだろうか。赤い塀を超えた先は何もない地面だ。しがみつく木もない。

失敗した。本当は、赤い塀の上に着陸するのが理想だったが力みすぎて追い越してしまった。

「音が響くからあまり使いたくないけど…」

棍を掲げる。先端から水を錬成する。泡を頭に連想し創造する。アンディを包み込む巨大な、割れない、浮きながら落ちる泡を錬金する。

すると、アンディの周りに鋼の装甲が珠の包み込んでいく。それは、見事にアンディを包み込み、かなりの硬度を保ち、浮いたのは空気の抵抗がかかる一瞬で重力は増加し地面に真っ逆さまに落ちる。

大失敗した。このまま、地面に落ちたら周りで見張りをしている兵士に落ちた音で気づかれる。というより屋敷の方にも響くだろう。本当は、水性の泡を創り出してふわふわと落ちながら割れる音を最小限に抑えながら着地するというのが理想だった。

「やっぱり独房行きはいやだぁぁ!!」

地面に落ちる鋼の珠の中で、必死に棍にしがみつきアンディは断末魔をあげながら地面に叩きつけられる衝撃に耐える。

「………へ…?」

しかし、やってくるはずの衝撃は起きなかった。それに落ちる勢いが全くないことに気づく。球状の鋼の中にいては何も見れず聞こえないので、外の様子を見るために鋼の状態を元に戻す。

そこは、巨大な泡の中だった。ちょうど朝日が泡にあたり虹色の乱反射光が目に映る。誰がこれを?いや、この時間にここにいるのは一人しか思いつかなかった。

虹色の泡の先にその人はいた。周りの何色にも負けない強い金色が特徴の長いパーマがかった髪。動きやすい格好なのか分からないが白い肌と綺麗な鎖骨が露出するレースとフリルがついたシャツに赤と黒色のチェック柄でケーキ層のフリルがついたスカート。セリーヌ・スティーブン。今日もセリー姉さんはとてもおしゃれだ。

アンディがセリーヌに見惚れている間にも彼を包んでいる泡は地面へと落ちていく。それが地面に触れて音もなく綺麗に弾け泡の中にいたアンディは受身が取れずに無様にもお尻から落下して尻餅をついてしまう。

「うわっ!」

ドスンっ。と地面に落下したアンディにセリーヌは笑顔で手を差し伸べる。周囲に弾けた泡の残骸が漂ってセリーヌの濃い金髪をさらに美しく輝かす。今日のセリー姉さんは輝いていた。

「やっぱり私が迎えに来て良かった、アンディ君は魔法下手だもん、おはよう」

差し出された手をほとんど反射で握り引き寄せられる。持っていた棍を支えにする。そのせいだろうか?うわわ。セリーヌの顔が急に近くなる。琥珀色の宝石のような目がすぐそこにあった。

急いで顔を離しその場から離れる。目が合うと少し緊張する。アンディは魔法が下手とか言われたのを思い出して平気を装っていつもの感じで反論した、

「お、おはよ、でもそんなことないって、ちゃんと展開式は頭の中で描いたし、部屋から木に飛び移るのは上手くいったし、塀を超えるのも力みすぎただけでちゃんと飛べたし…、着地は……」

はずだったが、言葉がつっかかる。自分はまだまだ未熟だと悟る。

「ふぅん、アンディ君は力みすぎなのよ、錬金は力みすぎてもいいけど魔法はイメージが大事なんだから、それに錬金に頼りすぎてるのもいけないと思うよ。泡は錬金じゃ作れないから錬成で周囲の精霊を集めるんだよ?それに鋼は魔法伝導力が高くて便利だけど簡単にうまくいくから訓練にはならないんだからね?」

反省。確かに鋼は手にはいりやすいし金やクリスタルの次に魔法伝導力が高い素材だ。錬成は周囲の精霊をつなぎ合わせ頭の中のイメージを実現させる方法。セリーヌの言うとおり錬金をする授業では鋼ではなく石や木といった物で代用する。そして、錬金も錬成もこの世界では魔法と呼ばれている。

このままだとセリーヌの説教が始まってしまうのでアンディは向こうの山道を指差し歩き始める。

「わかった、分かったて、それよりもさ早く行こうよ兄さんが待ってる、ていうか僕が迎えに行くって言ったよね?」

「だって心配だったんだもん、二年ぶりだっけ?アンドリューが帝都に帰って来るの」

うなづきながらアンディはセリーヌの前を歩く。紳士としては当然の行いだ。

「それにしてもアンディ君のおうちは大変よね、大好きなお兄さんとお父さんが家にいないって」

「もう慣れたよ、僕だって本当は父さんについて行って武術を習いたかったんだよ?勉強なんてつまんないし」

アンディの家庭は親が離婚をしている。離婚した理由は父の放浪癖。基本帰って来ないのだ。そんな父に母は離婚届を提出して6年前に離婚が成立した。その頃アンディは10歳で離婚というものがとんとわからなかった。

その後は、父が兄のアンドリューをこの帝国と空に浮かぶ月を守る城星騎士団(インペリアル)に入団させるため引き取り、世界各地を回るいつ帰るかわからない旅に出たのだ。母はアンディをこの帝国の最高魔法研究機関の第一等研究チームであるアルカレイドに入団させるために引き取り、まずは1000人を超える入学者のうちたった30人というこの帝国で一番倍率が高いヴァイシェーシカ魔法学院に二か月前に入学させられたのだ。

「へー本当?ここの魔法学院てすっごいレベル高いんだよ?私もかなり勉強したんだからね、でもよく入れたよね?」

「え、えへへ、そう?僕だってやるときにはやるんだよ?」

セリーヌに褒められた気分になるアンディは後ろ髪をかく。実際、アンディが魔法学院に入学したのは奇跡に近かった。4年前のアンディは筆記は壊滅的、面接は絶望的だった。だが、実技の錬金、錬成の魔法は力みすぎてはいるが周りの人達より立派な品を造り上げる才能を持っていた。なので、筆記と面接を頑張りなんとか入学したのだ。30人中30番目に選ばれた枠だけど。

アンディとセリーヌが通うヴァイシェーシカ魔法学院は魔法の道を極める者にしか入学できない場所だ。卒業後は魔法の研究所や研究機関などに就職することが約束されている。

「でも、セリー姉さんはもっとすごいよ、入試一位だったんでしょ?その後からいままでトップ10位にとどまってるし、えーと今は…」

「1位だよ、私がすごいのは家系のおかげだよ、ほらうちのお母さんて精霊大戦で英雄て呼ばれてるでしょ?」

「うん、星海の魔女だっけ?夜に灯る光を発現したんだよね?それに、アルカレイドの最高責任者だよね」

それに、セリーヌが誇らしげにうなづく。セリーヌの母は太陽の光を月が隠す夜を照らすために、上位精霊と契約し星海という精霊による魔法を発現した女性である。もう20年も前のことだが教科書に載っている偉人である。

おかげで夜でも空は薄暗い光が灯るようになったり、魔道具にも光源を顕現する照明器というものが発明された。それに比べて僕の父さんは…。アンディは心の中で不満を言っていると川が見えた。そういえば起きてから顔を洗ってない。それに気づき、顔洗ってくると言い残しアンディは小川にダッシュ。

「それに…そうでなきゃいけないの…」

後ろで何か言っていたがアンディは聞こえなかった。でも、とても悲しそうな顔をしていてアンディは励ますつもりで叫ぶ。

「あ、でもね!入学できたのはセリー姉さんのおかげなんだよ!セリー姉さんが入学してなかったら僕は頑張れなかったよ!」

そう言って、セリーヌの顔が明るくなる。アンディは笑顔になる顔を見て安心してから小川の水に顔をつけた。本当はここで顔を洗ってからセリー姉さんが待ってる坂の下に行こうとしてたんだよなぁ…。


それから、セリーヌとアンディは山道に続く丘の頂上の坂を登る。そこで二年ぶりに帝都に来た兄と父の朝練が既に始まっているからだ。

「僕の予想だとね、兄さんはゴリラになってるよヒゲが口周りともみあげにあってね、父さんみたいな感じ」

「えー?アンドリューはお母さん似だからヒゲは生えてたとしてもちょびっとでおじさまの中でもおじ様な感じじゃない?」

「そうかなー?えーそうかなー?ていうかなにそれ?」

二人は登りながら雑談をしていた。二年ぶりのアンドリューはどんな格好だろうだとか、世界を旅してどれぐらい強くなったのだろうとか、お土産あるかななど色々想像を膨らませていた。

一番楽しみにしているのはアンディだ。もともと勉強が嫌いなアンディは帝国で広く使われている武器である棍を錬金もできるように改造して、暇があればそれを振って鍛える毎日を送っている。兄もそれを使っていて帝都に帰ってくる時は稽古をつけてもらうのだ。

朝の8時になると学院が始まり、授業や研究、魔法鍛錬などの過程を経て終わるのは夜の5時すぎ。それだと、兄との稽古の時間など明日の準備で暇がなく星海はあるが夜は昼に比べれば暗い。

「セリーヌ姉さんはもう授業とかしないんだっけ?」

「そうね、魔法の研究レポートとか精霊との会話(コミニュケーション)とかかしら。でも最近はあまりいい案が浮か場なくてね、帝都とかを歩いてるかな。そういえば…」

うんうんとアンディは話を聞く。そうして話していると丘の頂上にたどり着く。今回もあっというもの時間だった。アンディにとってセリーヌとの会話は10分でも1分に感じてしまう。不思議な感じ。

昔の偉い人は言っていた。楽しい時はあっという間だと。だから、後悔しないように楽しい時を過ごせと。そのとおり。アンディは口では父について行きたかったと言っているが、本当は母に引き取られて良かったと思っている。だって、セリー姉さんから離れたくないからね、セリー姉さんの顔を一日に三回は見ないとアンディの精神は崩壊してしまうのだ。

「我ながら恐ろしいよ…」

「それで、丘から見える左に…うん?なんか言った?」

「え?あ、ごめん考え事、左に何?」

「左にね火事の焼け跡が見えるの、帝都の貴族邸の放火事件あったでしょ?なんであんなことするんだろうって…」

帝都であった放火事件。犯人は帝都の政治制度に異を唱える反対派による武装集団と言われているがまだ捕まっていないといのが怖い。

「そうなんだ、後で見てみよっと…あ…」

遠くから風の切れる音が聞こえる。丘の頂上からだ。それを聞いてアンディはいてもたってもいれずに走る。

丘の頂上は空に浮かぶ月と帝都の街を一気に見下ろせる場所で、観光名所にもなっているがあまり知られてはいない。夏や秋になると草木が生い茂り何も見えなくなる。今は春で木が見えるだけで見晴らせるの季節だ。

そこに、アンディと同じ金髪だが髪型は邪魔にならないように短めな男がいた。棍をこれでもかというほど早く、速く振り回している。手から背、背から足。まるで大道芸道のような手さばきで棍を体全体を使って回していた。

「兄さん!」

「お?やっときたか!お前が遅いから父さんが朝食作りに行っちまったよ」

アンディの兄であるアンドリューだ。こちらに気づき笑顔で振り向く。アンディから見た感じ二年前より体つきが細くなっている感じがする。髪型や喋り方は変わってないが纏っている雰囲気が違っていた。より斬新に、より繊細な感じ。言葉では説明できなかった。もしかしたら単純に身長が高くなってるだけかもしれない。

「おはよ、アンドリューなんか…痩せた?」

「おーおはよう、俺痩せたか?身長が伸びたんじゃないか?それに、アンディは無事抜け出せたみたいだなセリーヌの協力か?」

「ち、違うよ自力で抜けてきたんだよ!ね?セリー姉さん?」

「うふ、そうね危なかったね?」

アンドリューはそうかそうかと頷き、セリーヌが片手で口を抑えて含み笑い、アンディはわかってんのかなー?もう。と怒り気味で三人は二年ぶりに懐かしく集まった。

アンディは兄の棍を見る。自分のと違い先端に鋼が無く木の素材でやたら綺麗だ。それに、二年前と変わらない帝国製。アンディが鋼の仕様に変えたのは一年前。魔法を勉強して錬金を覚えてからだ。

「じゃ、僕時間ないし兄さんはじめようっか」

「そうだな、俺的にはもうちっと世間話を楽しみてんだが…」

二人の少年は自分と同じ背丈ほどの棍を構える。それにセリーヌは男の子はホント好きよねーと言い残し、アンドリューと父が乗ってきただろう馬車に向かう。そこでは朝食を作っている父がいるので挨拶や手伝いにでも行ったのだろう。

それより、ランディの頭の中は目の前の兄さんとの勝負だった。

アンディの棍の構え方は腕を交差して後ろに添え回すタメを最初から作る型だ。これは、魔法学院に入学してから自分なりに研究し作った型で、初撃で武器を抑え次擊でタメのついた重い一撃を打ち込む手順の攻撃特化の型だ。

それに対し、アンドリューは二年前と同じ防御の型。棍を水平に構え相手の動きに合わせて棍を動かし武器の力の入り具合が脆い場所に的確に当て相手の体勢を崩しカウンターを狙う防御少しのバランスがあるいい型だ。

「お前のその型初めて見るな、攻撃の型なんだろうが俺の防御を崩せるか?」

「やってみないとわからないよ?棒術は型で勝負がつくって言うし、負けたら僕が未熟なだけ…」

「そうか…。アンドリュー・カーティス、いざ参る!」

なにそれかっこいい…。アンディが感想を頭で考えた時にアンドリューが素早く足を強く一歩前へ。

仕掛けたのは兄からだった。しかし、防御の型からでは攻撃の手は遅い。おそらくフェイント。そうだろうと相手の水平に構える棍の射程を避け背の側へ横へステップ。

アンドリューは一歩踏み出した足を軸に体ごとその場で回る。棍の全体を使った攻撃。横にステップした僕は後ろにタメてある棍を防御に使うしかなかった。急いで棍を相手の棍が通る軌道上に置き防御。

「おらっ!」

「ぐぅっ!」

それを受けアンディはのけぞった。さきほど繰り出されたアンドリューの攻撃は棍から繰り出す一撃では足の軸と体の旋回だけで軽いはずだった。だが、受けた一撃は重くアンディは驚いた。とっさに溜めておいた一撃の力を武器にぶつけたのだがそれで正解だった。

「今のを受けたか、体の使い方覚えてきたんじゃないか?」

「兄さんのゴリラ、鍛えすぎ、腕力や脚力が二年前よりずっと強くなってる、これじゃ力押しで僕が負けちゃうかも…」

正直にアンディは言った。もしかしたら、勉強のしすぎで戦闘を分析して戦力や戦法を気づかぬうちに割り出してるのかもしれない。そして、結果が口からこぼれた。

「そうだな、俺はずっと父さんや師匠に鍛えて貰ってたからな…いいぜ?お前の持ってる物全てぶつけてこいよ?」

「へー、兄さんいいの?後悔するんじゃない?」

兄さんも気付いていたようだ。アンディの棍の両先端に取り付けられた鋼。それを、錬金して斧や槍状にして戦うスタイルの棒術。でもそれは卑怯な感じがするので変えるのは一度だけ。

「もっと重く!もっと軽く!もっと長く!」

アンディが錬金に集中する。イメージは棍の後ろが中身が空っぽのように軽く、その分長さを長くする。前が重く、ただ相手にぶつけるために重く周りの精霊を錬成して鋼の質量を重くして錬金。

その錬金した棍を先程と同じ両腕を交差して後ろでタメを作る構え。超攻撃特化の構えになる。

「それがお前の本気か?なら、破ってみろよ…」

それに対し、アンドリューは左手を棒の最後尾へ持ち、右手を通常の一からやや後ろへ。槍のように構える。どんな攻撃も鍛え上げた無二の腕力と体捌きで弾き、回避した後、突きの一撃をカウンターで繰り出す超防御特化の構えになる。

しかし、この構えの前では無駄だっ!アンディは先に特攻する。疾走し近づいていく。まだ、棍は振らない。アンドリューは前から突進するアンディに間合いを取らせまいと突きの一撃。

鍛え上げられた腕力による突きは閃光のように一瞬で目視は不可能。しかし、通る位置はわかる。それを下から振り上げるアンディの軽い鋼部分の先端が弾いた。

片方が重く、片方が軽い棍。その棍から繰り出される一撃はテコの原理で加速された後ろの鋼による速度重視の当てて逸らす弾き。

それによりアンドリューの繰り出した突きが弾かれる。それでもなお直進しアンディの体を狙うがすぐ横を通過する。躱された。すぐさま戻そうと棍を引く。しかし、それをすぐにやってきた重い一撃が襲う。

「うおっ!」

ガンッとアンドリューの手に握られた棍の先端は折れて宙を舞っていた。アンドリューの棍にぶつかった衝撃はアンディの重い先端の部分だった。アンディの棍は初撃の一撃が本命ではなく、次擊の重い体のタメがこもった一撃だ。それは兄の棍を折って破壊する程の威力を発揮した。

「うわぁぁぁ~」そして、ブンブンとハンマー投げよろしく。回り続けるアンディ。

欠点はこの反動だ。棍の先端のコントロールがまだうまく出来ず全力で振るのはいいが止まれなくなり、武器を手放す訳にもいかず必死に握り締め回転が弱まるのを待つのだ。その間は隙だらけ。

「うわ、マジかよ…こりゃ一本取られたな」

その隙を兄は賞賛の一言を言って待ち、アンディは地面に棍を突き刺しやっと回転を止めた。回る世界で兄がいるだろう場所に声と人差し指を向ける。

「どぉぉらぁ、しゅごいだおろろぅぅ~」

「ああ、まさか俺の棍を折るとはな、武器を折られたら流石に負けかな?ま、そういうことにするか」

「は、はっ、ははは、僕、やった…」

すると、ちょうどいいタイミングで二人の兄弟の父とセリーヌが馬車から顔を出す。

「…おーい朝食できたぜぇ!うん?なんだこりゃ?意味わからん」

それは、折れた棍を携える兄のアンドリューと、アンドリューとは逆の方に体を向け棍を構えるアンディの姿だった。

遠くから聞こえるのは父さんの声か…。バタッとアンディが倒れそれをアンドリューが腹を抱えて笑いながらセリーヌを呼んだ。そんな、兄の企みを阻止せんとアンディは最後の気力で立ち上がり馬車に向かった。


馬車の中でごつい体にぴっちりしたシャツを着るいかにもおっさんくさいけど料理がうまい父と、なぜか喚く兄、その隣で笑顔でおいしいスープのような汁物に口を付ける弟、さらにその隣の端で兄弟より一歳年上のお姉さん役である濃い金髪が特徴のセリーヌが黒い液体を白いヨーグルトのような形で無味無臭の物体にかけている。

「なんだ情けねえな、弟に負ける兄がどこにいんだ?あん?このあと体に縄つけて丘から放り投げてうさぎ跳びでここに戻ってこいよ、飯はそれからだぁ!!!」

「え゛ぇぇぇ!!俺負けてないって!ていうか、とどめさせたし!!隙だらけだったし!!!飯冷めるし!!!!」

「でも、武器折られたら参った降参だ勝てる気がしない、て兄さん言ってた」

「負けかな?だろ!?そこまで卑屈になってねぇ!」

「でも負けは負けなんだ?頑張ってね」

「疑問形だぁ!!ちくしょーーーーー!!!」

兄の今日のメニューに一つ、地獄が加わったようだ。叫びながら食べはじめる父とアンディとセリーヌを悔しそうに見つめる。

「ほら、アンディこれトウフて言うんだって黒いのと一緒に食べるんだよ?はいあーん」

セリーネは黒い液体がかかった白い食べ物をスプーンに乗せて隣のアンディの口の前に持っていく。パクッ。始めた食べるその味は少ししょっぱい、しかしなかなかひんやりして気持ちのいい。とか言えたら良かったのだろう。

この食べさせてもらえるシチュエーションだけでアンディは顔が真っ赤になっていた。まるで夫婦みたいだ。

「ちょっと、ひんやり、フウフ、おいしい」

「これ、アンディ君の飲んでるミソシルにも入れたんだよ?」

「これ?なんか崩れてるね?」

てっきり飲み物かと思ったが具もあったらしい。草の類も浮かんでいる。

「じゃ、私も食べよ、いただきます、これ極東の挨拶なんだって」

へーずずずと、飲みながら考える。そういえばセリー姉さん、僕の食べたスプーンを使って食べるのかな?あれ?それ間接…キキキ。ふと、気になり手を見ると二本の棒を手に握っていた。

「セリー姉さんそれ何?」

「これ?ハシていうんだって刺して食べるのかな?」

そっか…。それで食べるんだ…。いや別に期待してないけどね。

アンディは汁物をすすりながら馬車の外に捨ててしまうのかただ横に置かれた状態の折れた棍を見る。兄の使っていた棍だ。

「そういえば、兄さんの棍おっちゃたんだよね、ごめん」

「いや、いいさ折れたのは俺が強く握りすぎていたからな」

確かに…。先っぽに当たったのは鋼でアンドリューのは木だ。ぶつかったのなら押し負けて仰け反るくらいはするはずだ。それを万力に挟んだかのような強い握力で握り締め、最終的には木が折れてしまうのだから。ていうか、どんだけ握力強いんだよ。

「やっぱり、僕の予想通りゴリラだね」

「は?なにが?」

二人の兄弟は笑い合う。それに釣られてセリーネも笑顔になる。父は…父はアンディを見つめ何かを聞きたそうにしていた。やがてその口は開いた。

「おいアンディ」

「うん?なに父さん」

「お前、魔法学院入学したんだってな、それはおめでとうと言っとくが…その…なんだ…あいつは…」

父が気まずそうに言葉を言いにくそうにしている。たぶん母さんのことだな。

「母さんのこと?母さんなら元気だし帝都の屋敷にいるよ、まさか行く気?大丈夫なの?」

「いや、元気かそれならいいんだ。それだけ聞きたかった、あ、俺が聞いたとか喋るんじゃないぞ」

なんだこの父は。ため息を付いてアンディは「わかった」と一言。

「でもちゃんと会ってあげたほういいですよ?もう何年も会ってないんですよね、おばさまもきっと心配してますよ?」

「ていうか、父さん今日のうちに決めなきゃいけねんだから腹くくったほうがいいんじゃねーの?」

「そうか?そうだな…アンディ、父さんな…」

真剣な顔になる父さん。場の空気が変わる。一体なにを言う気だろう。アンディは3杯目の汁を飲みながら、

「再婚したいんだ」

ブーーーーーーーーーー。ミソシルを吹き出す。テーブルに置かれたトウフの皿と周辺に飛び散る。それを、隣にいたセリーヌはナプキンで拭き取る。

「父さん、死ぬ気なの!?そりゃ、母さんは今独り身だけど…離婚した原因て父さんが作ったんだよね?なら絶対無…ぐむっ!」

アンディが無理、絶対無理!と言おうとしたところでセリーネが拭いていたナプキンでアンディの口を塞いだ。

「素敵!おじさまなら絶対うまくいくわ!頑張ってください!」

「そ、そうかい?俺も六年も顔合わせてないから不安でな…いや、セリーヌさんから言われたら頑張れるよ、ありがとう」

「いえいえ、じゃ、私たちはもういこっか?そろそろ戻って準備しないと授業遅れちゃうよ?」

言いながら、セリーヌは馬車を出て行ってしまう。もうそんな時間か。母さんがなんて反応するかは知らないけどまぁいいか。後を追うようにアンディも馬車を降りる。あれ?でもそれなら…。

「それじゃあ…父さんは旅をやめて屋敷に住むの?」

「そうだな、もう旅は終わりにして屋敷に帰るかな、というかあそこ俺の建てた家だしな」

アンディは兄を仰ぎ見る。目が合った顔はにやけている。

「ていうことだから、今回は帝都に戻りに来たのさ、どうだ?ビッグニュースだろ?」

「う……うん!兄さんが帝都に帰ってくるんだ!あ、でも僕寮生活なんだよ!うわー悔しいな!あと一年早かったらなぁ!もう!」

とにもかくにもアンディははしゃいでいた。もしかしたら、これからは兄さんがずっと稽古をつけてくれるかも知れない。父と母の再婚に賛成の一票を入れて空に浮かぶ月の位置を見て星刻を確認。

そこでそろそろ戻らないといけない時間だと気づく。セリーヌも待たせてる訳でとりあえず帰りの山道へと足を向ける。

「あ、セリー姉さん!兄さん帝都に住むんだって!」

「うん、おじさまからもう聞いてるよ、ホントよかったねそれよりも今は急ごうね」

ということはあの中で知らなかったのは僕だけだったのか。

「じゃいこっか」アンディが先を走る。すると後ろから兄さんが走ってやってきた。なんの用だろうか?

「セリーヌ、いつでもいんだが…えーと…俺と…あ、会える時間、あるか?」

「うん?今じゃダメなの?」

「………」

「………」

それに兄さんは誰にも聞こえないようにつぶやく。それに、セリーネも声音を合わせて喋る。

二人は何をはなしてるんだろう?アンディはだいぶ山道を下っていたので声が聞こえず二人の姿だけが見える。

「セリー姉さーん?どうしたのー」

アンディの声にセリーヌは山道を下ってこちらにやってくる。アンディの隣に追いつく。

「じゃあまた後でねー」

アンドリューに手を振る。アンディもそれに習い手を振る。


星刻6:00

「二人で…て、だ、ダメか?」

「二人?」

「…セリー姉さーん」

遠くから弟のアンディの声がする。父のような低い声ではなく少年のような声。

「学院終わるの夜だから…あ、でもお昼なら」

「その時間なら…ここにいるかな」

わかった。と言って山道を下っていくセリーヌ。アンディの隣に行き手を振っている。

「おーじゃあなー!」

それに手を振り返した。アンディには悪いがまたなーとは言えなかった。はー緊張した。もしかしたら自分も父の性格を素直に受け継いでいるのかもしれないな。

「後で通信してあげるからねー!」

「お、おーー!!」

突然聞こえる大声に気が抜けていたアンドリューはなんとか大声を出して、二人の姿が見なくなるまで見送った。丘に戻ると父が縄を用意していた。

「えーマジでやんのかよ…」

「準備運動にはもってこいだろ?今帝都にいる星城騎士団(インペリアル)。その10位の座につく朱魔導騎士(バーミリオン)。そいつは今日この地域に現れると言っていたな。本当かどうかはわからんが待ってみることに損はないからな。そいつを倒して晴れて入団。一石二鳥だ」

そうだな…。と頷くアンドリュー。なにせ実践は初めてなのだ。どこまで出来るかわからない。

この世界には月と呼ばれている空に浮かぶ巨大な星がある。その月と呼ばれる星は朝と夜を造る動きをする。常に真上に位置する太陽から降り注ぐ光を直接遮ってくれるのだ。

月の位置で下にある地域は暗くなったり明るくなったりする。その時間帯は大方決っていて星刻と呼ばれている。月の位置で星刻が分かり、月の位置で朝と夜が造られるのだ。

そんな、月を回しているのが星城だ。星城は東西南北の四つにあり、月が進む軌道を曲がらせる機能がある。星城に住む月の(ルナ)と呼ばれている星の精霊がそれを可能にしているのだという。その星城がなければ月は世界の果てに進んでしまい太陽の光を永遠に受けてしまうだろう。

この世界には果てがない。どこまでも続く大陸は把握しているが、海の向こうにあるものを見た人間はまだいない。人間より長く生きてきた精霊は言う。この世界には果てが無いと。ということはこの地面は球状でもない一面なのだ。全くとして動かない地面と太陽、動くのは月のみ。この世界はそんな世界の果てに月が行かないように、東西南北で正四角形を描くような位置にある四つの星城によって囲ってあるのだ。

そして、この世界を造っている重要な機関である星城は星城騎士団というこの世界で一番強い人間で構成された騎士団により守られているのだ。一人ひとりが圧倒的な戦闘力を持ち、高価な転移魔道具で各城を巡回し、星城への侵入者や世界の敵を駆逐する騎士団である。

その席は第一位から第十位まで存在するという。魔法、剣、銃、拳…。様々な武器の使い手による猛者の集まり。その中の一番下の位である第十位である朱魔道騎士(バーミリオン)イグネイシャスを倒し無理やり星城騎士団に入団するという。

「そいつが人間を連れてった大将。現役だった時にはいなかったメンバーなんだよな?父さん…いやこう言えばいいか?、初代星城騎士団長殿はそいつが根の一人だと思うか?」

精霊対戦の終戦後、英雄となった10人はそれぞれの道を歩いた。その中の一人であるアンドリューの前にいる実の父、アンドレアス・カーティスとその他の英雄4人は星城騎士団を創り出し、さらに五人の猛者を引き入れた英雄の数と同じ10人を星城騎士団のメンバー上限に制定し、英雄のリーダーでもあったアンドレアス自らを第一位初代騎士団長にしたのだ。

「確実なことは分からないが、今の星城騎士は腐ってるってことは確かみたいだな。皆が皆そうではないだろうが実力で倒して性根を叩き直してやらねぇとな」

そう言って丘から見える帝都の向こうにある西の山を二人は見る。そこから少しだけ覗く白い壁。そこが、朝と夜を月が造る一面の世界、サーファス・ワンと呼ぶ世界の西に位置する星城(せいじょう)の一つだ。

「さて、祈りは済んだか?」

「はぁ…2年ぶりに使う武器で戦ったんだぜ?負けることもあるだろ?だから飯くらいは…」

「いや、修行不足だな、覚悟が足りん。今度は負けは許されないからな」

「……マジか」

そして、縄を足と手に縛られるアンドリューは隠れ観光名所の丘の上から父に投げ出された。

投げ出され空中に浮いたわずかな時間で気づいた。

「あれ?これ関節縛ってね?うさぎ跳びどころか足曲げれないんだけど、着地てどうすれば…うわぁあぁあああぁあ!!!」


山道の帰路でアンディは悲鳴めいた男の声を感じた。

「いまなにか聞こえなかった?」

「うん?特に何も、それよりさっきはごめんね顔汚しちゃって」

さっきとはアンディが絶対無理と言う寸前だった時だろう。セリーヌに汁を拭いたナプキンで口を塞がれたことだ。

「ううん、気にしてないよ。僕も再婚はしてほしいな、でも大変だろうなぁ。お母さん怖いし」

「そうだね、帰り送ろっか?転移魔法覚えたの」

「転移魔法!?て確か星城騎士団にいる、あの時空錬金術師(スペースアルケミスト)ターナー氏が考えた転移魔道具のこと!?あ、それで僕のところまで来たんだ…」

時空錬金術師(スペースアルケミスト)の通り名を持つターナー氏。星城騎士団第五位でありながら最高魔法研究機関の第三等研究チームであるアルケミストリーのリーダーを努めている人物だ。頭も良くて戦闘力も高く、密かにアンディが目指している理想像の人物だ。

アルケミストリーは魔法が使えない者に魔道具という代わりに魔法を顕現できるアイテムを制作、生産、研究している組織だ。それに錬金が得意な人を集めていると言う。就職先はここにしたいと真面目に思う。

「ううん、私が覚えたのは魔道具を必要としない魔法。魔道具て値段高いでしょ?それに使ったら無くなるし、なら覚えちゃおうて」

セリーネは驚くアンディに少し笑いながら答える。

確かに。魔道具の値段は高く平民ならまず買わない、貴族になると買い手がいるが消耗品なので人気はそこそこだ。しかし、転移魔法はめちゃくちゃ複雑で精霊の中でも珍しい時の精霊を使うのでそれなりに魔法適性が高いものでないと使えない。

「でも、覚えたってことは…えーと、時の精霊と契約しないと使えない魔法だよね?あれって確か…」

「ほら、私って魔女の家系だから生まれた時に一通りの精霊契約は済まされてるのよ」

なるほど、なんかセリー姉さんには敵わないな。生まれた時から天才ているんだよなぁ。そう思い留まり朝に使った小川を発見する。よし顔を洗おう。

「じゃあお願い、それとちょっと顔洗ってきてもいい?」

「うん、集中するから待ってる間に準備は済むよ」

顔を洗いポッケからハンカチを取り出しそれで拭く。そして、セリーヌを目に映す。遠目から見るとその濃い金髪は誰より綺麗で、そのドレスのような服は誰よりもおしゃれで、その背筋を立てて両手を胸に握る姿は誰よりも美しかった。

「やっぱり、セリー姉さんは綺麗だ…」

こんなにも美しい女性につり合うような男性などいるか?いやいないだろう。だから、アンディはあと二年後セリーヌと同じ年になったら学院の主席でアルケミストリーに推薦を受けるのだ。母はアーカレイドに入らせたがっているがアンディは錬金が好きだし、珍しい魔道具を生産する仕事もなかなかやりがいがあるのではないかと思ってるのだ。

「アンディ君!準備できたよー早く来てー」

「うん!」

アンディはセリーヌに近づく。靴を脱いで棍の先に引っ掛ける。セリーヌは目を閉じてう~んと唸っている。

「どうればいいの?」

「とりあえず、私にしがみついて、それからアンディ君のお部屋教えて」

し、しがみつく?それってどこに!?腕?アンディはセリーヌの細い腕をとりあえず掴んだ。

「もっと体寄せないと飛べないよ?」

そうなのか…おもいきってお腹に抱きつく?

「背中と背中くっつければいいよ」

そ、そうだよね。二人は背中をくっつけあう。

「えっと、じゃ、じゃあ僕の部屋だよね?201号室だよ、真ん中へん」

「う~ん何階?」

「三階……あ、ちが」

キィィィィィィィン。甲高い音が耳を襲った。

二人のいた場所が黒く飲まれて一年生寮の三階にある301号室のリビングに白い光が生まれる。

トンっと軽く浮いた状態で光の中から現れるアンディとセリーヌ。

その部屋は可愛らしいぬいぐるみや色鮮やかなカーテン、等身大の鏡付きの化粧台、大量の魔道具があった。

「ここがアンディ君のお部屋?」

「いや…ここは…」

ガチャッと室内のガラス張りの白い部屋が突然開いた。ブツブツと女性の声音で何かの言葉が聞こえる。アンディは嫌な予感がしてとりあえずその音とは違う方を向く。

「一般的に元素、銅と精霊、火を錬成すれば鋼で素体、鋼が出来て錬金は素体、鋼と精霊、空で行う、やっぱりここが難しいわね…ん?」

「あら?あなたは確か…」

ガラス張りの白い扉から現れたのは少女だった。水分を含んだ菫色の長い髪が垂れて、低身長だがその体はなかなかのスタイルなのがよくわかる。なぜなら一糸纏わぬ姿でいたから。

「え?…え?え?ええええええええええ!?セリーヌ先輩ぃぃぃ!?」

「エスター・ターナーさん?」

菫色の髪をした少女は驚嘆の声を出す。朝のシャワーから上がったら不法侵入者がいたからだ。しかもその人物が魔法学院主席のセリーネなのだから驚きすぎていた。

その反面、冷静なセリーネは彼女の顔を見て名前を思いだす。

「とアンディくーーーーん!?」

「は、はい!?」

そんなセリーヌの後ろでしゃがんで自ら目隠ししているアンディを気付きまた叫びだす。近くのぬいぐるみを手に取り体を隠す。そんな少女のテンションに負けてアンディは答えていた。

「ごめんね?エスターさん、手違いでここに来ちゃったのすぐに立ち去るから…」

「そそそそ、それよりアンディ君よ!見たわね!覗いたんでしょ!!可愛い容姿して肉食系なのね!!!」

「そんなことしないよ!ていうかなにその偏見!?いてっ!」

パンっ!少女は近くのパンダのぬいぐるみを投げる。魔法で綿繊維を重くしているのか当たるとそれなりに痛い。ハリセンで叩かれた痛さだ。体に地味に響いてくる。

「落ち着いて、大丈夫だから。アンディ君には目が見えなくなる魔法をかけてあるから、最初からなにも見えてないわ」

最初から説明すればよかったかな?。とセリーヌが自分も見ていないと両手で目を隠している。冷静だったのはそういうことだった。その言葉にぬいぐるみを投擲するのを辞める少女。

「ホント?」

「………本当だ…何も見えない、ほらこれでいいだろ?」声のする方を振り向く。

「きゃーーー!こっち向かないでよ!!」

目が見えなくなっても少女から見れば目は開いていてさらに笑っているので投擲。

ペンっ!アンディの顔面にダイレクトに当たるペンギンのぬいぐるみ。長距離から飛ばされる長いゴムを受け止めた感じの痛さだ。めちゃくちゃいたい。

「ごめん、ごめん、それじゃすぐ出て行くから、ほらアンディ君こっちだよ、お部屋はこの下でいんだよね?つかまっててね」

「セリー姉さん…うぅ、うん…」

アンディは顔をあげることはしなかった。さっきのがマジで効いたのか若干泣き顔。それをセリーヌは優しくあやす。

「…でもこれってチャンス?…でも、今日のうちに言うつもりだったし…」

菫色の髪をした少女は何かをつぶやく。アンディがお腹に抱きつく。それに、セリーネは痛かったねーと頭を撫でる。それを見て少女はイラッとする。

「ま、待ちなさい!アンディ君!私あなたに言いたいこといっぱいあるのよね、ちょうど二人きりだし、時間もあるみたい。だからここに残りなさい!」

「………へ?」

聞き間違いだろう。アンディはセリーネのお腹に抱きつく腕の力を強める。早く帰ろと。

「聞こえなかったの!?の・こ・り・な・さ・い!!!」

「………セリー姉さんはや…」

「まずは離れなさーーーい!!!」

ガンっ!投擲されるガンドルフと呼ばれる伝説の地龍(アースドラゴン)のぬいぐるみ。

アンディの体を襲う衝撃。それは、時速40キロの馬に轢かれたぐらいの痛さだ。腕の力も抜けて宙に放り出される。ただ無気力な嫌悪感が体を走る。窓側の壁にぶつかってから床にぐちゃっと落ちるアンディ。

「ちょ、ちょっとやりすぎじゃない?」

「これくらいがいいんです!!セリーヌ先輩は甘やかし過ぎなんですよ!ていうか、ここに来た方法て転移魔法ですか?」

「う、うんそうね…あ、内緒よ?それにまだ成功確率は五分だから…」

「やっぱり、でもそれすごいですよ。時の精霊て契約も錬成も難しいし、それに最年少じゃないですか?18で時の精霊契約者ていないですよね?」

「うーん、でもまだ完全じゃないから、それに2世代目なら私みたいのが出てきてもおかしくないし…」

二人で世間話をしている。アンディは目が見えず体が言うことを聞かず意識も遠くなり生きることを諦めようとしていた。いや、まだ死ぬわけにはいかない、セリー姉さんが助けてくれるはず。

「あとは私の魔道具で回復させるので大丈夫です。私の父様のお手製(メード)です。だからセリーヌ先輩は先に帰っても大丈夫ですよ」

「そ、そう?確かにアンディ君の体治療したら疲れちゃうかも…じゃあお言葉に甘えるわね、がんばって誤解解いてねアンディ君」

あれ?セリー姉さん?それっておいてくってこと?セリーねぇ……。ガクッ。

黒い光に包まれるセリーヌ。それを少女は見送った。

そして、瀕死のアンディに風の精霊が集まる癒しの魔道具を起動する。贅沢にも魔法伝達力、魔法蓄積力が高いクリスタルを使っていた。優しい風に包まれてアンディの青いアザや赤い腫れ、精神的な苦悩が癒されていく。

「ほら、これでいでしょ?立てるなら立ちなさい」

「す、すごい!これがカーター氏の作った魔道具…、売られてるのより数倍質が違う!」

「ま、まぁね、父様の作る魔道具は世界一だからね」

「うわぁ!それをこの身に浴びることが出来るなんてなんて幸せなんだ!痛い思いしてよかった!ありがとうエスター!」

立ち上がり目を隠しながら声とは違う方を向くアンディ。それでも痛いのはまだゴメンらしい。

「お礼されるほどの事してないけどね、でも確かにこの魔道具は非売品だから一回の使用料は高いかもね」

「いやいやなおさらありがとうだよ、てかささっきから気になってたんだよね、ここにあるの全部カーター氏の作った魔道具だろ?すごいなぁ、これ起動していい?ね?」

「もうおだてても何もない…ていうかアンディ君が覗くからいけないの!それからちゃんと服着たから目開けていいからこっち見てちょうだい!」

すっかり、少女を見るのが怖くなったアンディはそこら辺の魔道具を鑑賞していた。仕方ないなぁ…。改めて少女をみやる。菫色の長い髪は魔道具から流れる優しい風に当てられほのかに甘い匂いがする。顔は子供と言うしかないほどの童顔で低身長。服は学院指定の制服。

ベットに座りながら魔道具で少量の風を浴びながら髪を梳かし乾かしている小女。エスター・カーター。

「ねぇ、このカーター氏の魔道具て一個作るのに何時間かかるの?」

「えーと…4時間くらいかしら?ていうか、父様をターナー氏て言うのやめなさい、私の苗字よ」

「でも、雑誌とかだとカーター氏て呼ばれてるし…ク、クレイグ氏…うわぁ、やっぱり気軽に下の名前を言うわけにはいかないよ、申し訳ない、申し訳無さ過ぎる」

「ど、どんだけ信教してるのよ、まぁ父様は星城騎士団(インペリアル)の五位で時空錬金術師(スペースアルケミスト)とよばれてるし、すごいのは確かだけどね」

エスターは髪をいじりながら自分の父のことを自慢していた。

「でも意外だなぁ、魔法学院の女の子の部屋って質素だけど、エスターの部屋って結構ファンシーじゃん、僕はてっきりノートとか紙くずとかばっかりだと思ってたよ」

「女の子はこういうものなの、ていうか誰の部屋を例えてるの?」

「セリー姉さんだけど?僕セリー姉さんの部屋しかはいったことないからさ、あ、実家のほうだよ?」

「…またセリーヌさん、でも質素な部屋よりこんな部屋の方がど、どう?よくない?」

確かにカーター氏が作るぬいぐるみや魔道具に囲まれた部屋は最高だなぁ。

「そうだね、僕だったら理想の部屋だなぁ…あ、じゃあ、僕はもう帰るよ…」

そう言って、テンションが整ったアンディは床に鋼を錬金させて垂直に立てて靴を引っ掛けて立ててあった棍を手に取り、二階の真下にある部屋に戻るために窓へ向かう。

「待ちなさい。言いたいことがあるって言ったでしょ?セリーヌさんのことよ」

「セリー姉さんのこと?」

「ええ、あなた甘えすぎよ。なにあれ?可愛い弟みたいに近づいちゃって」

「そ、そんなんじゃないよ僕は…」

「とにかくやめたら?入学してから二か月しかたってないけどアンディ君はセリーヌさんにベタベタしすぎよ?いくら、小さい頃からの中だっていってもあれはベタベタしすぎだと思うわ。セリーヌさんも悪い噂がいつつくかわからないし」

なんじゃそりゃ…。確かに魔法学院でセリー姉さんを見かければかけよるけど…。

「そう言われてもなぁ…僕はセリー姉さんがいたからがんばって魔法学院に入れたしなぁ、ほら、カーター氏も新聞のインタビューで答えてたじゃん。ここまでがんばれたのは大切な人が笑顔でいてほしいからだって、ぬいぐるみ持ちながら…?てあれ?ぬいぐるみ?」

エスターの部屋の大量のぬいぐるみ。も、もしかして…。

「そうね、父様があそこまで上り詰めたのは私のためみたいよ、このぬいぐるみも父様が作ってくれたのよ、今でも作るから迷惑だけどね…」

「な、なんだって…僕は大きな謎の一つを解き明かしてしまった…」

可愛らしいうさぎのぬいぐるみを見る。あのでかい手から生まれたものだなんて信じられない。

「と、とりあえず、アンディ君はその、セリーヌさん離れが必要だと思うの、セリーヌさんだって三年生だしあと半年もしないうちに研修期間がやってきてこの学院からいなくなるわ、会えるのは卒業式くらいかしらね」

「えーーー!?そうなの?」

「だって、魔法学院の主席よ?それに転移魔法見たでしょ?セリーヌさんはアーカレイドに絶対選抜されるわ」

「えーーー!?マジで?」

「マジで、だから姉離れよ」

「えーーー!?できないよ!」

「なんでできないのよ、じゃあセリーヌさんが行ったらどうするのよ」

どうしよう。アンディは膝から崩れ落ちた。もう頑張れないかもしれない。帝都の家に帰ろうかな、ちょうど兄さんも帰ってくるし。

「なんでそんな落ち込むのよ…。それでなのだけど、アンディ君の姉離れにいい提案があるの、不本意だけどね、その…」

そう言って、エスターは髪を乾かし終わり、ぬいぐるみの一つを手に取り続く言葉を告げた。ほのかに香るラベンダーの香り。

「私のボ、ボーイフレンドになって、頂戴」

「………え?」


三年生寮のセリーネが住む部屋に生まれる白い光。そこから長いパーマがかかった濃い金髪の女性が現れる。

転移魔法は魔力をそれなりに消費する。それは長距離であればあるほどだ。あと4、5時間ほどしないと、転移はできないだろう。

「アンディ君大丈夫かしら…」

今にも死にそうだったアンディの姿を思い出しながら心配する。でもエスターさんがいたし大丈夫よね。

「アンドリュー結構大人っぽくなってたなぁ」

二年ぶりに会った一つ年下の短い金髪の青年。すっかり背は高くなってて男らしくなっていた。アンディ君もあと一年すればそうなるのかな?おじさまは変わってないみたいだけど。

それに、お土産も美味しかった。極東の料理と言っていた。自由に旅をするのは楽しそうだな。

流石に自分も学院に行く準備をしなければいけない。とりあえず、部屋に備えられている魔力通信機をチェックする。

魔力通信機は光と風の精霊との契約をすれば使える代物だ。遠く離れた場所へ精霊を使って言葉や感覚を伝えるものだ。伝えるのは人でもいいが、受け取る側に魔力通信機があると会話や伝言といった事まで出来る便利なものだ。

とはいえ、光の精霊を扱える者はそれほど多くはない。それに、魔力通信機自体が高価なもので帝都の三等地を買えるほどだ。セリーヌは学院の成績優秀者として贈呈されたのでありがたく使っている。

伝言(メール)が来てる…お母様…」

魔力通信機のメール内容に目を通す。家を出たのがまだ暗い星刻3時半頃で、その時はメールが来てなかったということはセリーヌの母が朝起きてすぐに送ったものだと考える。


『星装の着心地はどう?提出期間はあと一週間だけどアルカレイドでも早く評価をつけたいみたいなの。

それと、この前の武装集団が外周区に集まってるという情報を手に入れたわ、学院は外周区が近いから現れたら星装を使って駆逐しなさい、それでデータは稼げるわよね。

くれぐれも壊さないように扱って、頑張りなさい』


セリーヌは返信の言葉を考える。わかりました。機械的だがこれしか思いつかなかった。

唇を噛み締める。

「私にしか守れないものがあるなら私は…この道を歩くしかないの?」


星刻7:00。

あの後アンディは部屋に戻り急いでシャワーを浴びてから共用階段でエスターと待ち合わせを約束して少し遅れながらも目的の時間に間に合い、二人で朝食為に食堂へと入っていった。

「と、とりあえず、手を組んだり?一緒にいたりすればいいのよね?朝食は…食べさせあったり?…するのかしら?」

「え、でも学院の中は流石に、…みんな見てるし…あれ?見てない?…みたい…」

一年生寮の一階にある食堂でアンディとエスターは同じテーブルで隣り合わせで朝食を食べている。

食堂は20人くらいの生徒で皆バラバラの席で食事を取っている。食事中も本で勉強や精霊との会話で勤しんでいる。ほとんど女子。

「エリート学院とは聞いていたけど、ここまでなんだね…二か月経ってもなんか慣れないなぁ…」

「確かに、私とアンディ君がこんなにラブラブしてるのに…噂が広がらないじゃない…」

アンディは今日の朝食のパンをかじる。学院の食事メニューは食べ放題だが質素だ。朝はパンとヨーグルト、昼はパスタや野菜、夜はスープ系に魚のソテー。時々、共和国とかから来た商人が珍しい物を入荷させるがこれは当たりとハズレがあったりする。

今日は父の料理を少し食べていたので少なめの朝食だ。すると、後ろから声をかけられた。

「ラブラブとな?」

うわ、来た。できれば見つかりたくなかったなぁとアンディは思いながらその人物をみやる。短い金色の短髪で高身長な一見すればちゃらくて悪い人にも見える男。ケンジー・ヘップバーン。

彼はテーブルの向かいに座り、手に持っていた今日の新聞をテーブルに叩きつけるように置いた。

「そう、そうよ。いいところに来たわねケンジー君は報道部だったわよね?」

「おうとも、俺は女子だらけのこの聖域を世に知らせるために入学したのさ、部員は三人でも俺は報道部さ!」

にっ。と白い歯を覗かせるケンジー。このヴァイシェーシカ学院の生徒のほとんどは女子生徒だ。なぜなら、入試を受ける者のほぼ全てが帝都貴族だからだ。帝都貴族の伝統では男は武を学ぶために軍人学校へと入学させられ、女は魔法を学ぶために魔法学院へ入学させられる。希だがアンディのように武の道を諦め魔法への道を学ばせるためにこの学院に入学するものもいる。

しかし、男のケンジーは帝都貴族ではない。それどころか、帝都出身ではなく共和国出身なのだ。そこまではアンディはケンジー自身から聞いていたが部活動に入っていたことは知らなかった。

そんな理由だったんだ。セリーヌのために入学したアンディが言える口ではないがむちゃくちゃだなぁと思う。

「その報道部もみんな男子だよね?…ていうか、他の国からってどうやって帝都の学校に入学したの?推薦?」

「いんやー結構勉強したなー?29番目。お前のいっこ上だ」

「あれ?僕が30番目だって知ってるの?」

ばんっ。と叩かれるテーブル。エスターだ。

「二人だけで話さないでよっ!それで、ケンジー君には報道部として私たちが付き合ってるのを広めさせてもらうわ!まだ入学して二ヶ月しか経ってないから一年生は静かだけど、二年生の先輩たちは結構恋ばなとかするの、だから…」

はいはい、と軽く流しながら聞くケンジー。

今度はエスターとケンジーが会話している。アンディは暇になりケンジーが机に置いた今日の新聞を広げる。たぶん報道部だから持っているのだろう。帝都情報局の発行する新聞。ここら辺だと駅で売られているがわざわざ朝早くからそこで買ってきてるのだろうか?朝が早かったアンディが言えることではないが。

三日前に帝都の貴族邸で起きた放火事件。まだ話題になってるんだ。死傷者は10人。主に貴族と仕えていた平民。犯人は未だ見つかっていない。朝にセリーヌとの世間話にも浮上した事件だ。ほんと大変な世の中だなぁ。

新情報が書かれている。犯人と思しき人物か?金色の格好の剣士。と一面にある。頭に金色の冠を乗せて前髪で目元が分からず騎士のような格好をし体の細さ、髪の長さから女性と判断、身元は不明。帝都情報局はこの人物を[金冠の魔女]と呼ぶことにしています。どうか、金冠の魔女を見つけたら情報を。

こいつが犯人?確かに放火をするなんて魔女だけど貴族が嫌いなのに王冠をかぶるなんて変なの。

この魔法学院は帝都のはずれの田舎にあるし、貴族はそれなりに通っているが平民や外周区からのお手伝いさん、あの食堂のおばさんとか。がいるから狙われることはないだろう。あまり政治には関係ないところだし。

最後のパンの人切れを食べ終わり、ヨーグルトに手を付ける。付属のブドウ糖を練り混ぜて体に吸収されやすいようにしながらもう一度よく考え直す。

エスターがボーイフレンドになってくれと言っていた理由はぬいぐるみだ。彼女の部屋に大量にあるぬいぐるみは一週間に5個のペースで増えていくのだという。ぬいぐるみは父であるカーター氏が娘を寮に預けてホームシックになっていないか心配している表れだという。現在の数は30個。このままだと、一年後の二年生の引越しの時には100を超えたぬいぐるみを運ばなければいけないという。

それは、注意したり捨てたりすればいいだろ。というのが一般論で実際周りの女子生徒からもそう言われたのだ。アンディやエスターからしてみれば大好きな父様、尊敬するカーター氏からの贈り物を無下(むげ)にできない。あの神の手から作り出されるキュートでポップなプリティを捨てる?馬鹿言ってんじゃねぇよ!という変な意気投合。

それで、具体的な解決策として仲の良い友達がいて楽しいと告げれば作る数は減るだろうと考えたが、周りの女子が協力どころか勉強のことしか頭にないので仲良くできないのだった。そんな中に一人気楽な男子生徒が二人いたのだ。それがアンディとケンジー。

そこで、彼氏(ボーイフレンド)を作ればいいんじゃないか?ということに思い至り、帝都貴族のアンディにお願いしたのだ。しかも、今日はカーター氏がぬいぐるみを直接この学院に持ってくるらしくて、もしかしたらサインや握手ができる機会だという。

「アンディ君!そろそろ学院行くわよ、ほらさっさとヨーグルト飲んじゃって、聞いてる?」

「おや?これは何かえ事かな、こいう時はこうすれば…」

エスターと恋人になること自体にはそれほど嫌ではない。エスターは可愛いし魔道具好き…というか尊敬しているカーター氏の娘さんで趣味も合う。それに、アンディの母も卒業後はすぐに貴族とのお見合いが決まってるという。それも、アンディが年上好きなのを考慮してるのかセリーヌと同い年くらいの人たちだ。すでに顔写真を受け取っていたりする。なので、学院に通っているうちはエスターが彼女だということを母に言ってしまえば迷惑なお見合いもなくなる。

二人からしてみれば悪い話ではない。どころか、アンディにはプラスしかない話ではないか?それにもしかしたら、カーター氏からそのぬいぐるみや最新機能を積んだ魔道具のテスト使用を任せられるかもしれない。

「だよね?」一人言をポツリ。

しかし、最終目的は大好きなセリー姉さんとの結婚だ。そのためには学院を無事卒業して、魔法研究機関に就職する必要がある。できれば、カーター氏が主任(リーダー)の第三研究チームアルケミストリーが第一希望だ。第一研究チームアルカレイドは万年一番でないと推薦されないというし…。うん?でも、いつ頃エスターと別れればいいんだ?ていうか、別れたらカーター氏がブチギレないか?

「こ、こうでいいのかしら」

「おう、いま錬成してるから、あと5秒あれば…」

ていうか、セリー姉さんにエスターと付き合ってると噂が耳にはいったらどうなる?ていうか、そもそも彼氏(ボーイフレンド)じゃなくて仲の良い友達でいいんじゃないか?ケンジーもついて行って、それでいいよね?

「ねぇ…エスターやっぱり…」

考えに考えを重ね、やっぱり恋人じゃなくて初めは仲の良い友人からと言おうとしてエスターのほうを向く。

「ほ、ほら、私が、たたた食べさせてあげるわよ、口開けなさいよ…」

目の前に差し出されるスプーンにもられているのは白いヨーグルト。それを赤面でエスターはアンディに食べさせようとしている。

「いや、えーと、エスター僕は…」

どうしよう。きっとこれを食べたら僕はエスターとの恋人役を引き受けたことになるんじゃないか?近くにいたケンジーは精霊を使って写真を撮ってるし…。

「~~~~ん~~~~」唸ってる。そんなに食べさせたいのか。でもなぁ。ぷるぷると震えるエスターの腕、スプーン、ヨーグルト。それ食べるとなぁ。あ、こぼれる。こぼれる。ぺちゃ。

エスターのスプーンの下に構えていた小さな手にヨーグルトが零れ落ちてしまった。彼女の顔が暗くなる。

「~~~~う゛ぅ~~~~!!アンディ君のおバカーーー!!」

声にならない悲鳴をあげてテーブルにスプーンを投げて食堂を出て行ってしまう。

「えぇ!?ちょっとエスターーー!」

もう周りの生徒はアンディとケンジーしかいない。あと食堂のおばちゃん。青春かしら?と声が聞こえる。

「お前、あんな可愛い子からあーんしてもらって食べないとか鬼畜すぎんぞ、死ね」

「え?ちょっとひどすぎない?あ、テーブル拭かなきゃ…」

続いて去ってしまうケンジー。ていうか少し怖かった。声も低かったし。

アンディは急いでヨーグルトを食べ終わり食堂を出ようとして自分の食器をカウンターに片付けたときに食堂のおばちゃんが近づいてきた。

「あんた、これもってきな」

コトッ。とカウンターに置かれたのはプリンだった。容器はすごく小さくて一人分みたいだ。アンディは受け取るのを渋る。エスターの機嫌取りにこれを使えということだろう。

「わ、悪いですよ僕のことはだいじょ…」

「いやね、この学院じゃ恋愛は禁止されてはないのに全然お目にかかれなくてね、だから坊やには頑張ってもらいたいのさ、それに今日の会議で朝メニューがヨーグルトからそのプリンに変わるからこれは試供品だよ。ヒヒヒ」

へぇ。ヨーグルトからプリンになるのか。それにしても魔女みたいな笑い方する人だなぁ。新聞の金冠の魔女を思い出す。

「おばちゃんその笑い方気をつけたほういいよ?魔女に間違われるから」

「わたしゃ魔法なんて使えんよ、ヒヒヒ」

それに、ありがとうです。と一礼してから食堂を出た。


エスターは一人で学院へと続く道を歩いていた。周りは静かで考え事をするにはちょうど良かった。

朝はびっくりした。シャワーを浴びたらアンディ君とセリーネさんが部屋の中にいて。たぶん、裸は見られていないのだろうが部屋の中はばっちり見られた。平気な顔で目を開けながらこっちを見てくるからつい乱暴をしてしまったてたな。

それに、大量のぬいぐるみを見られてしまった。それについてはいずれ話そうとはしていたが今日になるとは思わなかった。でも、ちょうど良く父様がこちらに来る予定だったし。

仮の恋人になる話だってOKがでるなんて思わなかったし…。というか、友達からていうのを飛躍して彼氏(ボーイフレンド)て言っちゃったし、もしかしたらシャワー上がりだったからシャンプーの匂いとかでうまくいったんかも。でも、今は怒鳴って来ちゃったし…。後で仲直りしないと…。

でも、それより、私の心の中にあるのは、本当は…、アンディ君を…。

「エスター!待ってよー!」

背中から声をかけられる。まだ声変わりをしていないのか12、13くらいの子供の声に振り向くと、強い金色の髪とどこまでも無邪気な笑顔を作る幼い顔立ちの少年。アンディ・カーティス。

初めて彼に興味を持ったのは、学院始業日の教室での自己紹介。緊張していて上手く喋れず噛みまくりだったがその口から出た言葉は今でも覚えている。

「エスター!やっと追いついた、あ、あのなんかごめん、僕嫌われることしたかな?あれ、食べなかったから?恥ずかしかったんだよケンジーいたしさ…それで、ごめん!謝ることで済むなら謝るからさ!」

先に出ていってしまったエスターに追いつき頭を下げながら謝るその姿を見て許してやりそうになる。

エスターの入試での順位は5番。自分でも上手くやれていたと思っていたがここまで上だとは思わなかった。頑張った甲斐があったと思った。でも周りはそう思ったなかったみたいで、父の七光りとか生まれ持つ精霊の種類が多いからとかそう言われていた。実際、父は帝都で五番目に強い人で母はそれなりの魔法使いなのだから生まれてきたエスターの資質は優秀なものなのは否定できない。

それで、自分の自己紹介をどう言うか悩んでいた時、あの時の言葉のおかげで自分の自己紹介の文が考えついて、緊張する私を励まし、それを自己紹介で言えた、勇気をくれた言葉。

「ダメ、許さない、でも、そうだなぁ…」

アンディに罰ゲームを考えるように空中をみやる。魔道具の整理?勉強の手伝い?錬金の練習?

「あ、あのさ、これ食べる?食堂の…おば…いや限定プリン?」

「限定プリン?そんなのあったの?」

「うん、あったの」

アンディの手に乗せられているプリン。丸い半透明の容器に入れられた薄白い黄色のゼリーの下に黒いカラメル。帝都のお店で売られている物より少し劣っているがちゃんとしたプリンだ。本当は生クリームやフルーツがのっているのが好みなのだが学院ではそうそうお目にかかれない。

「え、これもらっていいの?」

「うん、あげるから、これで許してよ」

許す、許さないはさておき、罰ゲームを思いついた。空に浮かぶ月は7時半になりそうな位置にいる。まだ時間はある。

「じゃあ頂くわ、ほらあの木の下いくわよ、付いてきなさい」

「え?今食べるの?あ、待ってよー」

木の下の木陰でプリンの封を切って、スプーンを刺し少なめにのせる。今度はこぼれないように。

「はい、アンディ君あーんして、ここならあまり見られてないでしょ?」

「え?み、見られてるよ…たぶん…」

「はい、あーーん」

「うぅ…」

アンディは口を小さく開けてスプーンの上のプリンを食べる。

やっぱり二人だと食べてくれる。きっと、アンディは恥ずかしがりやなのかもしれない。私もだけど。

「じゃあ、あとは全部私のね」

「え?僕の分あれだけ?味わかんなかったよー」

「なに?私にあげたやつでしょ?あとは私の勝手なの」

あの時のアンディの噛み噛みの言葉を綺麗に訳すとこう言っていただろう。

『僕の名前はアンディ・カーティス。僕はよく頼りないとか、はっきりしてないとか、言われてて自分でも分かってるけどそんな自分も好きで、だからそれを直す気はなくて、この学院生活もありのままの僕で過ごすから、そんな僕でも仲良くしてください』

アンディは悔しそうにプリンを見つめている。それを、エスターは美味しそうに大口分ですくって食べる。

今思えば変な言葉だけど言いたいことは伝っていた。これが、ありのままのアンディ君なのだとしたら私は彼のことが好きなのかもしれない。

だから、エスターも無口に静かに周りに流されるように勉強に勤しむよりだったら、彼のように学院生活を楽しもうと、ありのままの私を自己紹介した。

「…可愛いものが好きで、魔道具が好きで…」誰にも聞こえないように呟く。

「いいなぁ…美味しそうだなぁ…僕もプリン貰えば良かった…」隣におねだりするように呟く。

空に浮かぶ月を見て星刻を確認するアンディ君を見て、まるで。

「アンディ君だね」

「え、呼んだ?」

プリンをカラメルまで食べ終わり空の容器を持って立ち上がる。

「ううん、なんでも、そろそろいこっか、アンディ君はこれ捨てて来て」

「え?僕が捨てるの?」

「罰ゲーム、それで許してあげる。教室のゴミ箱に捨てるだけでしょ?」

「…うぅ…了解」

そして、二人は教室へ急ぐ。

平和な学院生活最後の時間は進んでいく。


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