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1話



 はぁ、と小さなため息をついて私は籐でできた買い物かご持ち直す。

 天気は晴れ。時刻は正午を少し過ぎたくらい。

 初夏の日差しがじんわりと暑いけれど、少し風が冷たいから、それも気持ちいいくらいの陽気。

 なのに私の心は晴れない。

 薄曇りのように、もやもやもや。


「アイリーン!」


 男の人の声に呼ばれて、私は足を止めた。



 改めまして、はじめまして。アイリーン・ミルダです。

 このシュトラ大陸にあるバルバ帝国では一般的な、焦げ茶色の髪の毛と緑の目。

 髪の毛は真っ直ぐ直毛で、肩の下まであるの。切ってしまいたいんだけど、どうしようか悩み中。

 もちろん、もやもやとは別の悩みなんだけどね。


 そんな私を呼び止めたのは、実はこのバルバ帝国の王子様。

 ハイネ・デルケ・シュバルト・バルバ様。なっがーいお名前だし、ここ、城下町ではイルディっていう偽名を名乗ってる。

 茶色の髪に、この国では珍しい紺碧の瞳を持つ彼が、にこやかに手を振りながら走り寄ってくる。


 なぜ買い物かごをぶら下げて街中を陰気な顔をして歩いてる庶民の私が、この国の王子様と知り合いなのか?

 それはもう、まったくの偶然なの。

 何か月か前に、お父さんが忘れた仕事の道具を城まで届けに行った帰り、確か夕方少し前くらいに中央広場の噴水前を通ったら、噴水の淵に腰を下ろして悄然と項垂れている人がいてね。

 みんな、あからさまに身形のいい不審者を遠巻きに見てたの。

 でも夕方を過ぎると、学校へ通っていた子供たちが広場に集まってくるし、これ以上不審者にここにいてほしくないから、私が意を決して、すぐに逃げられるように間合いをゆっくりつめながら、声をかけたのがご縁のはじまり。

 話を聞いてみたら、ただ歩き疲れてただけ見たい。

 どんだけお坊ちゃまなのよ、と心底呆れてしまったのもいい思い出だわ。

 翌日、どんな権力を使ったのか、私の家の玄関に明らかに身分の高いキンキラキンの装飾をいっぱいつけた騎士の方がいらっしゃって、我が家はてんやわんや。

 7歳の弟なんて、城へ来てほしいっていって私の腕を引っ張った騎士の方に噛みつく有様なんだもの。肝が冷えたわ。

 理由を教えてくれたらその場で断って、このご縁もすぐに消えたはずなのに、有無を言わさずにつれて行かれたのお城の奥宮。

 お父さん達がお城からの依頼で奥宮の修繕してて、私も忘れ物を届けに城門へ来たりしてるから、なんとなくわかる。

 ここは、普通は、入っちゃいけない場所!!

 あまりにも分不相応な場所に連れてこられて、血の気が引いていたら、そこに現れたのが昨日の不審者。

 こと、ハイネ・デルケ・シュバルト・バルバ様。

 満面の笑みで、っていうかドヤ顔で私にお礼を言って、ここで働かないかって。

 丁重にお断りしようかとも思ったんだけど、私、閃いちゃったの。


 これは、天啓なのだと!


 





「こんにちは、イルディ。」


 にっこり笑って挨拶をすると、彼もにこやかに返してくれたうえ、ごく自然な仕草で私の持っていた買い物かごを手に取った。


「あっ…」

「今日は珍しく夕方まで時間が取れたんだ。用事がすんだら、前に見たがっていた奥宮の庭園を案内するよ!」

「本当?うれしい!」

「あぁ。だから、早く用事を済ませて二人でゆっくり庭園を散策しよう?」


 まぁ!まぁまぁまぁ!!

 私みたいな一般庶民が一生かかっても入れるはずがなかった奥宮の庭園!

 お父さんが仕事で何度か見かけたことがあるって自慢していたあの庭園が、この目で見ることができるなんて!


「ありがとう、イルディ。やっぱり(権力のある)貴方って本当に素敵!」

「なっ…!」

「お城で働かせてもらっていることも、とても助かってるのよ」

「そ、そうか。君の助けになるなら、僕は喜んで…!」


 彼の権力を使って、普通では許されない、お城へ通いの女官をさせてもらってる。

 普通はお城に住むのが、大前提だし、お城から出ることも許可が必要なのよ。

 それはもちろん、セキュリティのためなのだけど。

 でも彼は、王子様という権力を振りかざして、私を特別に出入り自由の女官にしてくれたの!

 もちろん、シフトを組んでもらって週に3日間の通いだし、お仕事はしっかりと望まれたこと以上の成果が出せるように頑張らせてもらってる。

 特別待遇だから意地悪されることもあるけど、そんなの私の目的の前には些末なことなのよ!


 あ、ジャガイモ安いから買っておこう。


 イルディことハイネ王子がいるから調子に乗って重たいものを大量購入したんだけど…忘れてたわ。

 この王子様、貧弱だった。

 王子のメンツをつぶさないように、さり気なく重たい荷物を私が持って、歩くペースもヒィヒィいっている彼に合わせて帰宅した私は、玄関先でへたり込んで、お母さんからもらった水をがぶ飲みしている彼へ微笑みかける。


「今日はとても助かったわ。さすがイルディは力持ちなのね!」

「ふふっ…はぁはぁ……もちろんだよ。アイリーンのためなら、なんだって…はぁ…」


 息を切らしながらもカッコつける彼の後ろで、お母さんがお腹を抱えてるのを私は見た。

 うん、私も笑いそうになったけど…堪えてるんだから!

 お母さんが笑うと私も笑いそうになるからヤメテー!!







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