§第十四章 栄光と背徳 3 §
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ハーヴィスは苦悩していた。パラディンになり、周りから祝福された。ギルト、にその家族。アリアも喜んでくれた。しかし……
「俺はどうしたらいいんだ……」
パラディンになり、ハーヴィスは執務室をもらった。その執務室は大司祭のいる正殿だった。十万もの聖騎士を従えるハーヴィスは教会で第二の実力者。そして何よりも、エルベリアでは第三位の地位にあるのだ。にもかかわらず、ハーヴィスはそのようなことを悩んでいるのではない。そう、目下の悩みはエリーシャだった。
(俺は、エリーシャ様の近くにいていいのだろうか……)
かつて、自分はいじめられっ子だった少年時代、逃げ込んだ森の中、エリーシャが教育係であったエドガーと共に、泥にまみれながらも誇り高く戦っていた姿を見ていた。その彼女を守りたい。そう思ったからこそ、今の自分がいる。だが、今の自分は……
「どんな顔をして彼女に会えばいいんだ……」
悩めば悩むほど苦しくなる。そして、かつての彼女の姿が思い浮かぶ……喜怒哀楽、そして、彼女の質問地獄。今思うと、彼女のおかげでかなり自分の思考力は鍛えられた。どんな質問でも理路整然としていなければ彼女は容赦なく突っ込んできた。その度に頭をフル回転して答えていたものだ。彼女に嫌われたくない……その一心で頑張ってきた。そしてエリーシャは、ハーヴィスに心を開いた。心を開いた瞬間、彼女はオスカーに奪われた。ハーヴィス自身、その気になればいくらでも彼女を奪える機会があった。にも関わらずハーヴィスは行動しなかった。それは――
” エリーシャ本人が決めたことだからだ ”
「考えても仕方ないか。それよりも仕事だ……」
ハーヴィスはパラディンになり、仕事量が半端なく増えた。事務仕事が特に、決定事項が多いのだ。そしてそれが専門用語のように連なり、わからないことが多すぎる。しばらくは、この専門用語と戦わなければならないだろう。そんな時、エリーシャがいつも事務仕事をしてる姿を思いだした。彼女はどうやってこのような書類を処理していたのだろう。
「エリーシャ様に相談するか……」
ハーヴィスは今、パラディン、しかし、それと同時に教皇の家族を守る近衛騎士の役割も持っている。パラディンは真の文武両道の騎士なのだ。思いついたら行動。それしかない、エリーシャに会うのは正直気が引ける。しかし、自分の仕事に誇りを持ってやるには、エリーシャの協力が必要なのは確実だった。ハーヴィスは手早く書類の束を集めるとエリーシャのいる後宮へと向かったのだった。
そこは薄暗い部屋。まるで隠居した人が部屋にこもっているようなそんな感じだった。その部屋はただ一人、紫色のドレスを身にまとい、何をすることもなく、佇んでいた。彼女はかつて、セリスタの公爵をしていた。しかし、長期の軟禁状態により、かつての健康的な彼女の姿はなかった。
「おくつろぎのところ申し訳ございません」
ドアのノックの音と共に、メイドの声が聞こえる。エリーシャは軽く受け答える。すると、メイドから要件が伝えられる。
「はい、只今、パラディンのハーヴィス様がご用件があるとのことで、お目通りを願いたという申し出がございました」
「!! 」
エリーシャはついさっきまでの怠惰な表情が一転した。ハーヴィスが自ら会いに来るとは全く思っていなかった。機会があれば自分で呼ぼうと思っていたぐらいで、このことは予想外だった。この胸の高鳴り、どれくらい振りなんだろうか。
「分かりました。そのままハーヴィス殿をご案内してください」
「かしこまりました」
メイドはそう言うと、部屋を出て行った。しばらくすると、ドアのノックの音と同時にメイドに連れられたハーヴィスが顔を出した。エリーシャは久しぶりに見る愛した人を見て内心心臓がバクバク鳴っていた。ハーヴィスの前ではそのような素振りを見せないものの、久し振りに感じる刺激はとても心地よかった。
「……ハーヴィス久しぶりね……」
「はい、エリーシャ様もお元気そうで何よりです」
エリーシャの言葉にハーヴィスは片膝をついて挨拶する。この顔、姿、声何もかもが懐かしい。しかし、雰囲気が違う。かつて、自分と共にいた時のハーヴィスは常に目的に向かって邁進していた。今は、ひとつのことしか見えなかった彼ではない。色々な視点で何もかも見透かすことができるような、とても大きな存在に見えた。
「面を……上げてください。もっと……私に、あなたの顔を見せて……」
「……はい」
二人は久し振りにお互いの顔を見る。エリーシャは顔を朱に染める。ハーヴィスは嬉しいのだろうが、何か引っかかっているようで、複雑な表情を浮かべていた。
(エリーシャ様、少しおやつれになられたのだろうか……)
ハーヴィスはエリーシャの軟禁生活を聞いていた。ろくに外出もままならぬ完全な籠の鳥。それがどれだけ辛いものか、彼女を見ればわかる。だが、初めに見たときより、エリーシャは生気を取り戻したような頬に赤みが増している。公式の場で見る人形のような姿とは違って見えた。彼女に会いに来てハーヴィスは良かったと思った。
「ハーヴィス……変わったわね」
「……そうでしょうか? 私にはその実感がございませんが……」
「いいえ、変わりました」
エリーシャはハーヴィスの頬に手を触れる。彼女の温かい手が触れ、ドキッとする。視線を彼女に向けると、エリーシャは惚けているような感じだった。しばらく、ハーヴィスを愛おしむかのように、なで続けた。
「様々な経験を積まれたようですね。元公爵としての私は、とても嬉しい……」
元公爵……その言葉が何故か引っかかる。しかし、次の言葉で彼女の真意が分かった。
「私個人としては、とても羨ましい……できることなら、常にあなたの隣で、あなたの成長を見届けたかった……」
この羨ましいという言葉は誰に向けたのだろうか……ハーヴィスには分からなかった。
「私は、オスカーと結婚して、それから時間は止まっています。毎日、何もない空虚の日々、時間を動かすことができるのは……」
無言になるエリーシャ、そしてその視線は明らかにハーヴィスを見ていた。その目はハーヴィスに対して、何かを期待しているような、そんな目に見えた。その姿にハーヴィスは一瞬心を持って行かれそうになる。今でも、ハーヴィスの心の中に、彼女はいる。子供の頃から憧れ、彼女を守る騎士として夢見ていたあの頃。ハーヴィスの青春は彼女を守るため、そのためだけに費やされていたのだから。
「え、エリーシャ様。も、申し訳ありませんが……時間がございません! 少し、お時間を貰えないでしょうか」
「? どうかなされまして? 」
急なハーヴィスの言葉に、艶かしい雰囲気は一気に吹き飛ぶ。エリーシャも少し面食らったようだったが、ハーヴィスからの頼みを興味津々で聞いてきた。ハーヴィスは暗い部屋をエリーシャの許可の元明るくし直して、机に書類を開いた。エリーシャはそれを覗き込む。しばらくすると、エリーシャはハーヴィスの言いたいことが分かったようでニヤリと笑った。
「つまり、この書類が分からないから、私に教えを請いたいと……」
「……ごもっともでございます……」
ハーヴィスは嬉しそうに見つめるエリーシャの視線を背けるように、自分の視線をずらした。その姿を見て、さっきまで大きかったハーヴィスの存在が、一気に小型犬を見るかのようにしぼむのを感じた。エリーシャはそんな彼を見て胸が” キュン ”となる。
「……どうしようかしら? 」
いたずらっ子のように焦らす。すると、ハーヴィスは困った顔をしてエリーシャを見つめる。その時、懐かしいセリスタの日々が思い出される。エリーシャがハーヴィスに物事を尋ねる時は常に、理路整然とした答えを出さないと、その追求を緩めることがなかった。その時にハーヴィスは今のような困った顔をしていた。
(いつものハーヴィス、私の愛しいハーヴィス。今、目の前にいる……)
エリーシャは体が震えるほど嬉しくなる。すると、もっといじめたくなる。
「……何か私に言うことはございませんか? 」
「え? あ……申し訳ございません! お土産を持ってくるべきでした! 」
すっかり、交換条件として渡すアイテムを持参してなかったことにハーヴィスは慌てる。その姿にさらに過去の彼を重ねる。本当は、それほど見返りを求めているわけではなかったのだが……
「それでは、これから、私が指定した時間にハーヴィス。来てください」
「え? 」
驚くハーヴィス。エリーシャはクルリとハーヴィスに背を向け、窓に手を触れる。久しぶりの陽光。何故か心地よい。それは、自分にとっての太陽。ハーヴィスがここに居るから。
「教えて差し上げますわ。私の持つ知識。全てを……ハーヴィス。あなたに託します」
「…………」
この言葉はハーヴィスの心に深く刺さった。もうエリーシャは表舞台に二度と立たない。そう言う意味を含んでいたからだ。黙るハーヴィスにエリーシャは軟禁されて初めて笑顔を見せた。
「ハーヴィス。いつでも待っていますわ……」
その言葉で、ハーヴィスは分かった。自分の拘束時間以外は自分の側にいてほしい。それが彼女の指定した時間。という事だと……
エリーシャの言葉をハーヴィスは了承した。そして、ハーヴィスとエリーシャ二人の秘密の時間が始まったのだった。エリーシャは本当に知識が豊富だった。ずっと帝王学を学んでいたというのもあるが、何より、彼女は父親が病床に倒れてからずっとセリスタの国を支えていたのだ。それがどれだけ大変なことだったのか、彼女の知識を見るとよく分かる。
「……そういうことですか。流石です、エリーシャ様、全て実践的な知識ですぐにでも使えそうです」
「ですわね。私もかなり悩んで、勉強し続けましたから。ハーヴィスは幸せ者よ。最高の先生がここに居るのですから」
胸を張って偉そうな態度を取るエリーシャ。その姿がとても可愛らしい。とても知的な彼女だが、こういう子供らしい部分もあり、とても魅力的だった。だが、気になることがあった。彼女はセリスタにいたとき、ハーヴィスにそれほど知識というものを教えてこなかった。むしろ、ハーヴィスに無茶振りをすることで、追い詰め、思考力を鍛えさせていたような気もする。
「……そういえば、エリーシャ様は昔はよく私に質問攻めをしていましたね」
「そうですわね。理由を知りたいのかしら? 」
ハーヴィスの言葉にエリーシャは尋ねてくる。ハーヴィスは自分が予想したことを考えつつ、彼女の真意を聞いてみる。すると、意外な答えが返ってきた。
” 特にございませんわ。アナタが困る姿を見たかっただけよ ”
「…………え? 」
ハーヴィスは凍りついた。ただのイタズラだったというのか……慌てたハーヴィスは自分が考えたことを伝える。自分の思考力を高めるために敢えて、あのようなことをしていたのではないのかと。
「あ、ああ! あれは……ただの副産物ですわ。私、あの当時は、あの質問をし続けて、困る皆様方を見て、ストレス発散をしていたのですよ」
「…………」
完全に毒気を抜かれた。そんな、そんな単純なことで、自分は毎日追い詰められ、苦しんでいたのか……それを一人勝手に感謝して、ただのドM?
「え、ええ? 」
状況が把握できていないハーヴィスにクスクスと笑うエリーシャ。その顔は悔しいほどに可愛かった。
「さて、今日はここまでにしましょうか。これから毎日私の知識を覚えきるまで、部屋に来なさい」
「は、はい! 」
エリーシャの言葉にハーヴィスは頭を下げる。いつまでも、エリーシャは自分の前にいてほしい……そう思うのだが、状況が許さない。だからこそ、まだ自分の前にいるあなたを少しでも長く見ていたい。そう心から思えた。
「エリーシャ様、ありがとうございます。次は、お菓子でも持参させていただきます」
「! そ、そうですか? それでしたら、港湾都市国家から最近送られてきた緑茶なるものをご馳走いたしますわ。……今から楽しみです」
ハーヴィスの言葉に花が咲いたような笑顔を見せる彼女。
” こうして、ハーヴィスとエリーシャ、二人の時間は動き出す…… ”
以降 4




