§第二章: バラ戦争 2 §
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エドガーはこの数ヶ月気になっていた。それは、あの騎士選抜トーナメントの逆指名戦でのことであった。
あの一撃で形勢は逆転したのだが、その一撃がエドガー自身が得意とする剣技であったためである。
普段あの剣技は使用しない。それは騎士用の剣技があり、そしてこれは護身剣でもあるのだ。細心の注意を払い、代々セリスタ公爵家に伝える為に、騎士団長になると伝承される技でもある。
「何故……あの小僧が知っておるのだ……」
エドガーは興奮と同時に何故知っているのかイライラしていた。とても不思議な感覚に包まれていた。
実際に何度かハーヴィスの訓練風景を見ている。騎士の剣技に難儀している姿や、以前見ていたような活発な剣技、そして華麗なステップなど……
だが、あれ以来エドガーに見せたあの剣さばきを見ていない。直に自分が直接対決でもして自白をさせてやろうとさえ思っていた。
「エドガー様……どうかそれだけはご勘弁ください」
と大臣からきつく言われていた。そして実際に対戦したアクラムにでさえ、直接対決に関して反対をされた。正直、ハーヴィスとの戦いを皆が望まないというその態度も、彼に苛立ちを感じさせる原因でもあった。
「……ふむ……どうやってあの男に聞いてみるか……」
考えても考えてもいい案が浮かばない、むしろ、力にモノを言わせて動く性質であり、考えることに全く向いていないのだ。頭をかきむしっていると一人の女性が話しかけた。
「エドガー騎士団長、何をしてらっしゃるの? 」
話しかけた相手はエリーシャであった。普段のエドガーらしからぬ行動に不思議に思ったのか、首をかしげて覗きこんでいる。
「あ……ああ、何でもない……姫様は何を……? 」
エリーシャはクスリと笑うと答えた。
「ええ……これから騎士団の宿舎と訓練場の視察ですわ」
「な……なんですと……」
エドガーはびっくりした。普段争いを好まず、こういったことは大臣やエドガーにやらせ、後の必要予算に関してハンコを押すだけの姫だけに反応に困った。
「ぜ……是非エドガーも御一緒いたします」
姫様の不可解な行動が気になり、ついて行く事にした。しばらくするとエドガーはエリーシャの興味の対象が何なのか分かった。
「おお~姫様……この様なむさ苦しい場所へ……ようこそ」
とてもへりくだった感じで教官は恐縮している。そんな姿を見ながらエドガーは周りをくまなく覗いていた。
(どこかに……どこに姫様のご興味のあるものが……)
はたから見ると変質者のようだが、そこはあえて突っ込まない。 ひとしきり視察を終え、エリーシャは執務室に戻るのかと思われたが、その気配がなく、今度は絶対に言わない言葉を発した。
「それでは、実際に訓練している姿も覗いていいかしら? 」
「……え……」
エドガーと教官は目を点にして声を揃えた。
(……な……何故だ……何故……姫様は普段行かれない場所へ行くのだ……)
混乱しつつも付いていく。宿舎の奥に行くと訓練場があり、人目をはばからず騎士達が汗を流し続けている。そんな姿をエリーシャは遠目で覗き込んでいた。
(……まさか……姫様は……)
エドガーは感じた。これは、執政の為の視察ではないと……これはいけないと感じたエドガーはエリーシャの視線とその先を交互に観察した。丁度奥にはハーヴィスとエスラーとハインツ3人も入っていた。自由訓練らしく二人が敵役となりハーヴィスに振りかかっていた。剣と盾を使いうまくさばいていたのだが、なんだか動きが違う気がした。
エドガーはその変化に直ぐ気がついた。
「あやつ……左でやっているのか……」
独り言で言ったのだが、エリーシャの耳にも届く。
「え、左でやっているのですか? 」
「……ムゥ……」
何となく嫌な予感がした。というか嫌な予感しかしない。
「彼は左に剣を持って右に盾を持って動いておりまする。なので、右利きとは違い反対方向に動くのですよ」
多少ムッとしながらも答えるエドガー。嫌な予感が段々確信へと向かっていく……
「そうなんですか……ですが、何故ハーヴィス殿はあのように左でさばいていらっしゃるのですか? 」
……正直知らない。知るか!! といいたいところだが……
「……彼の考えがあってこそでしょう。何か新しいことでもしようとしてるんでしょうな」
無難に答えたのだが、この言葉は意外と的を得ている答えではあった。
「……ところで姫様、何故あの若造の名前を……」
「え……トーナメント優勝者でアクラムを倒した彼の名前を知らないほうが無教養ですわ」
イラッとして言った言葉に正論で返された為に、怒りが込み上げてきた。
(ちくしょう……何故話しても戦ってもいないのに、あの若造に怒りが込み上げてくるのだ!! )
エドガーはとても憤慨した。
(あのハーヴィスという若造を殴りつけないと収まりがつかんわ!! )
少々心は暴走気味だったが、なるたけ平静を装い、エリーシャに提案を持ちかけてみた。
「姫様、今私めが、ハーヴィス殿と手合わせをしたいと思います。少し体を動かしたいと思いましてな」
見入っていたエリーシャは、少しビクッと体動かしたが、意外なほどあっさりと提案を受け入れた。教官により、一同が呼び集められ、エドガーとエリーシャは彼らの前に現れた。エリーシャはとても優雅で気品があり、騎士達は一様に見入っていた。
そんな中、エドガーは彼らに”渇 ”を入れ、改めて話し出した。
「さて、今日はエリーシャ様がこのムサイ訓練所にお越しくださった。私も、かような所にお出でくださることにとても感謝いたしております」
半円陣を組んだ騎士達を見回した後、誰もが予想しなかった言葉を言った。
「エリーシャ様が、今年のトーナメント覇者の者と私の仕合いをご観覧したいと仰せられた」
「……えええええ!!! 」
申し合わせたわけでもないのだが、騎士達は同じタイミングで声を上げた。そしてキョトンとしているハーヴィスを教官は連れ出した。
「ハーヴィス、エドガー様がお手合わせしてくださるのだ、光栄なことだろう? 」
「え……ええ……」
余りに急なことでハーヴィス自身も困惑していた。しかし、やってみたい相手ではあったので内心は嬉しかった。
「それでは両者前に出て……」
教官の声に合わせ、ハーヴィスとエドガーは立会いの位置につく、今回はハーヴィスの装備を以前のスタイルにしている。
その姿はやはり相手を馬鹿にしているように見える。
「いきがりおって……」
「はじめぇ!! 」
教官の声に両者は動き出す。が、ハーヴィスが動き出す前に、既にエドガーが躍り出ていた。
「遅い!! 」
ハーヴィスの剣を押し込みそのまま力押しする。慌ててハーヴィスは力を入れなおすものの、エドガーは力を抜きハーヴィスの体勢を崩す。
そのままたたらを踏んだハーヴィスに渾身の一撃を放った。
「スキありっっ!! 」
と声に出していたが……
(死ねええぇぇ小童があああぁぁ!! )
と思っていたのは本人だけの秘密である。しかし、エドガーの木刀の剣先はハーヴィスの肩ではなく地面に当たっていた。
「ムッ!! 」
(この感覚は……やはり……)
エドガーの受けた衝撃はやはり予想通りだった。そして見ていたエリーシャも感じていた。
(この太刀筋は……エドガーの……)
懐かしい感じがしたのは偶然ではないような気がした。
(まさか……昔に会った事があるのだろうか……)
エドガーとエリーシャは同時にそう思った。そして、ハーヴィスはそのスキを突いて剣を振るが、剣先がゆがみ、あさってのほうに剣を振り回した。
「フンッ……にわかのくせに、調子に乗るな!! 」
一喝し、そのままハーヴィスの小手に強力な一撃を与える。
「グッ!! 」
これで剣を落としたとエドガーが思っていたのもつかの間、予想もしない所から剣先が額をかすめた。
「な……なんだと!! 」
距離をとる為にバックステップを踏むが、ハーヴィスのほうがふみ込みが早かった。
「ヤアッ!! 」
突きを繰り出したハーヴィスの剣先はエドガーを目掛けて進んでくる。エドガーは心の中で舌打ちした。
(チッ、このガキが!! )
その突きに合わせてエドガーの木刀がハーヴィスの木刀の軌道を変えさせる。しかし、ハーヴィスはそのまま突っ込んだ。
「なん……だと!! 」
エドガーはハーヴィスの気違いじみた行動に混乱した。そしてエドガーの眼前に出たのは、ハーヴィスの握りこぶしだった。
「……!! 」
「申し訳ありません……」
ハーヴィスはこぶしを引っ込めて謝罪をした。エドガーは冷や汗が出ていた。とにかく何がなにやら分かってはいなかった。しかし、周りにいた騎士達や、エリーシャは見ていた。それは……
ハーヴィスは剣を右ではなく”左 ”で持っていたのだ。つまりは初めは右で剣を持っていたのだが、剣の軌道が変わった際、その剣撃は捨て振りであった。
そして、そのままその剣を空中で左に持ち換え、そのまま左で振りかぶったのだ。しかし、エドガーの反応が早すぎ、右手は木刀で殴られたのだが……ハーヴィスはそのままイメージしたようにエドガーに突っ込んで行ったのだった。
”まるで両手に剣があるように……”
二人の反応速度は尋常ではなく、やはり天性のものがあった。エスラーは全て見取ることができ、ハーヴィスの戦い方も若干ながら形が見えてきたような気がした。
(フムッ、まだまだだが、いいセンいったな……)
あまりに激しいやりとりに皆は時間が止まったように静かになっていたが、教官が慌てて仕合終了の合図をしたことで納まった。
「フンッ・・・若造のくせによくやった……誉めてやるっ」
エドガーから不意にそんな言葉が出ると思っていなかったハーヴィスはものすごく顔を赤くして動揺した。
「あ……ありがとうございます」
何故か二人は握手をしていた。正直この姿は誰も予期しておらず、一様に口をあんぐりと開けたままその模様を眺め続けた。しばらくして、エドガーは自然に握手していることに気がついて慌てて手を引いた。そして変な汗をかきつつ言い放った。
「べっ別に……そんなつもりじゃないんだからなっ」
一堂は苦笑いをした。場が和んだその時、エリーシャが二人の前に立った。その瞬間、ハーヴィスとエドガーに緊張が走った。
(な……何故エリーシャ姫様が……)
動揺するハーヴィス、一方……
(姫様……悪い虫はこの私が潰して見せますぞ……)
和んだ雰囲気は一気に険悪な雰囲気へと変貌を遂げた。そして、エドガーの痛い視線がハーヴィスに突き刺さる。
(え……何で騎士団長は俺を睨んでるんだ……)
正直、今にも殺されかねない殺気にオロオロしそうになる。そんな空気に意も解さずか否か、エリーシャはハーヴィスに質問をした。
「ハーヴィス殿……その剣技はどなたから習いましたか? 」
このセリフにハーヴィスはどっと冷や汗が出てきた。この一言にどの言葉を返せばいいのか全く分からなかった。
「あ……あの……これは……その……」
不意にエドガーとエリーシャ両方を見比べてしまう。そして、その重圧にハーヴィスは静かになった。
「……言えないのですね……わかりました」
若干残念そうな気持ちでエリーシャは言った。正直ハーヴィスには答えることなどできるはずがない。
迷い込んで以来、ずっとハーヴィスは、エドガーの別邸で彼女とエドガーの剣の稽古を見ていたなどと……口が裂けてもいえなかった。
「皆さん……余計なお時間をとらせましたね、訓練お疲れ様です。それでは失礼いたします」
そう言葉を残すと、エリーシャは未練もなく、この場を去った。そして、エドガー達も慌ててその姿を追っていった。
エリーシャ達がいなくなった途端、周囲から盛大なため息が漏れた。下手したら今日の訓練が、一番つらく苦しかったのではないかと思われる。
それほど色んなことがあった。
「今日の訓練はここまでっ! 」
教官の声に皆が散り散りになる。そして、この広場には3人が取り残された。
「今日は散々だったな……でも収穫はあったんじゃないか? 」
エスラーの言葉に呆けながらも答える。不思議に思ったエスラーは尋ねた。すると、ハーヴィスから意外な言葉が漏れた。
「俺……師匠と……握手したんだな……」
「!!!! 」
二人は聞き間違いかと思った。しかし、確かにその言葉はハーヴィスから漏れた言葉なのであった。
以降 3