§第八章:戦場の旋律者 1 §
ローヴァス帝国との不可侵条約が終わった。エルベリア教皇国とセリスタ公国の結婚を皮切りに、両国は衝突する。ローヴァスは来る侵攻を見越し、手を打ってきた。そして、それはエルベリアの士気を大幅に削ぐことになる。
だが、エルベリアはローヴァスに侵攻した。まるで、自ら死地に向かうがごとく……
「さて、予想通りだね……面白いぐらいに引っかかってくれたよ」
「フム、さすがだな」
一人の少年とローヴァス帝国の皇帝”グレゴール”はほくそ笑みながら、間者の報告を聞いていた。
先のエルベリアに対しての威嚇行為、結婚を逆手に取り、全てにおいて彼らを超えた結婚式などを行い、相手の士気をくじいた。この策を提案したのがこの少年である。
「こうなったらあの人が戦線に来ると思うし、行ってくるよ陛下」
「任せた。お前なら大丈夫だろう」
少年は薄笑いを浮かべなら、謁見室を出ていった。その姿をグレゴールは見つめていた。
「フム、この婚姻は予想以上の成果があったな……港湾都市国家にあのような人材が居るとは思わなんだわ」
侍女にワインを注がせ、その香りを楽しんだ後、彼はそのワインを飲み干したのだった。少年はの方はというと謁見室を退出した後、これからの出征に向けて荷造りをしていた。
「さてと、これで準備はいいかな」
少年は身支度を終えると、軽装の装備をマントで覆うと、ローヴァスの兵舎に向かった。兵舎では、ラスコーが待ち構えていた。
「オイ、お前が今回の戦線の総大将か? 」
「うん、そうだよ」
ラスコーの凄みの聞いた顔を見ながらも、涼しい顔をしながら少年は答えた。それが返ってラスコーを苛立たせた。
「……お前の出番はないと思うが、俺の戦いをじっくりと見るがいい」
「うん、期待してるよ。僕は戦闘向きの人間じゃないからね」
「……チッ」
ラスコーは苦虫を噛み潰した顔をしながらも立ち去っていく。その姿をジト目で追う。
「まぁ、後々わかると思うよ……アイツが来たらね……」
ラスコーとの顔合わせをした数日後、少年の同行するローヴァス軍は、エルベリア領に向かった。一方、エルベリア軍はローヴァスの国境にある砦に辿りついていた。
「よし、予想通りだね~エルベリア軍は国境の砦に着いたか」
少年は情報兵の報告を聞いてニヤリと笑っていた。横では不満そうな顔をしているラスコーがいた。しかし、情報兵の更なる情報を聞いて、少年は少し笑顔に陰りが見えた。
「……うーん予想通りすぎるなぁ……」
顎に手を添えて考える素振りを見せる。ラスコーは理由が分からず、少年の考え込む姿を見ていた。
(コイツの考えることが全くわからん)
ラスコーはこの少年のことが気に入らない思いとは別に、好奇心が生まれつつあった。少年は進軍しながらも、常に、情報収集を怠らなかった。エルベリアが今どんな状態なのか常に把握していた。ラスコーは彼の情報力に舌を巻きだした。
「ラスコー将軍、このままいけば、ローヴァス軍はエルベリア軍をいとも簡単に倒せると思うよ」
「そう……なのか? 」
ラスコーはエルベリア軍に負けることはないと確信はしていたのだが、こうもあっさりと勝てると言われると、驚きを隠せなかった。
「それは……どうやって? 」
ラスコーは不意に少年に尋ねた。少年はとても愛らしいにこやかな表情をして答えた。
「簡単ですよ。出会ったらそのまま突撃すればいいんです」
「……え? 」
簡単すぎる答えを受け、ラスコーは目が点になった。
「と、突撃するだけ? 本当にそれでいいのか? 」
「ええ、エルベリア軍はハリボテなんで、そのまま行けば簡単に瓦解すると確信しています」
ラスコーは顎に手を添え、考え込んだ。正直、少年の言うように、突撃するだけで勝てるなら、そうしたい。そうしたいが、かつては敵対していた勢力の港湾都市国家の者。婚姻をしたとは言え、信用できなかった。
「すまんが、お前の事はまだ信用できん……」
「ですよねー」
軽い言葉で返す少年。あまりにも軽く、ラスコーは狼狽えた。
「ですよねーじゃないだろう!! お前は俺に疑われてるんだぞ」
ラスコーにそう言われると、少年はにっこりした顔から真剣な顔になった。その表情はとても鋭く、ラスコーは驚いた。
「わかりました。ラスコー将軍は信頼にたる軍人……私の素性をお話しましょう」
「…………」
ラスコーは押し黙り、少年の言葉を待った。少年はひとつの本を取り出し、ラスコーに見せた。
「これは……」
「この本、軍人の方なら大抵は読んでいらっしゃると思います。無論私は全部理解しています」
少年は本を開いて、著者の部分を指差した。
「これ、誰かわかりますか? 」
ラスコーは知ってて当たり前という表情で答えた。
「そりゃ、この人は偉大な軍略家、マサムネ殿に決まってるだろう」
偉大な軍略家という部分を聞いて、少年は顔を赤くした。
「え、えへへぇ……そんなぁ、ローヴァス帝国の大将軍様にそんなこと言われると照れますね……」
「……え? 」
ラスコーはそのセリフを聞いて目が点になった。
「ど……どういうことだ? 」
少年はニヤリと笑って一本指を立てた。
「だって、そのマサムネって、僕のことだもん」
「へぇ……えええぇぇええ!! 」
ラスコーは驚きで椅子から転げ落ちた。転げ落ちたままラスコーは反論した。
「い、イヤ!! だって、作者の肖像画が全く違うだろ!! 」
慌てるラスコーしかし、少年、マサムネという彼はさらっと答えた。
「え、だって……子供の頃に書いたから、誰も信じてくれないでしょ。だからお祖父さま使ってるんだ」
「え……うそ……」
驚きのあまり、堅物のラスコーとは思えないセリフが出ていた。マサムネはラスコーの驚きぶりにとても満足そうに微笑んだ。
「嘘じゃないよ。だからさ、一度、僕を信じてやってみない? 」
「し、しかし……」
渋るラスコー、その姿をニコニコしながら見つめるマサムネ。だが、しばらく考えた後、ラスコーはマサムネに任せることにした。それはラスコーの度重なる驚きによる心境の変化があったからだ。
「……まだお前を信用しているわけではない……だが、今言ったことが本当ならば、お手並み拝見と行こう」
「うん、ありがとう~ラスコー将軍」
マサムネは無邪気に笑いながら答えた。はっきり言って無責任に聞こえるのだが、ラスコーの受けた印象は違っていたようだ。
「あ、ああ……たいしたことない……」
ラスコーは顔を赤らめるとマサムネから視線をそらした。ラスコーはその自分に何故か違和感を感じていた。
(ど、どういうことだ……何故俺が視線をそらす……)
ラスコーは何故か、自分の心に何かが入り込んだようなそんな不思議な感覚があった。だが、それは違和感があるわけではなく、とても暖かく心地よかった。
「と、とりあえず任せた。私はこれで失礼する」
ラスコーはこの空間が居たたまれず兵舎のテントを後にした。その姿を首をかしげながらマサムネは見送った。
「あれぇ……どうしたんだろう。ま、いっかぁ~」
マサムネは、全て自分の思惑通りに事が進んでいることにほくそ笑んでいた。どのような戦い方でもマサムネは完璧を求めていた。それはまるで音楽を奏でるかの如く、とても繊細なものであった。そのことから彼の異名は
”戦場の旋律者”
と呼ばれていた。
「……どうしたものか……」
すべてを丸裸にされたギルトは途方に暮れていた。ガイストの横暴は続いている。権力を手にしてからの彼は、必要以上にギルトを軍席から遠ざけた。陳情しようものなら門前払いを受ける。ギルトの地位はほぼ平の武将と変わらなかった。
「ハーヴィス殿の言うことが正しかった……」
ギルトの目から涙が溢れていた。一時の感情で全てを失った。まさしく人の上に立つものとして、失格である。
「エスタシア、ミレディア……アリアすまん……」
ギルトは愛する孫娘たちの名前を言うと、拳を地面に叩きつけた。その時、兵舎キャンプをガイストが通りかかった。周りに取り巻きが数人彼に付き従っていた。しばらく彼らと話をしていると、ギルトの姿を認めた。すると、ガイストは嘲笑にも似た表情でギルトを見つめ、ガイストと同僚達は大笑いを始めた。
「お、ギルトの旦那があんな所でのたうち回ってるな」
「汚ねぇな……鼻水垂らしやがって」
「早いところあのロートル戦場で処理しましょう」
「そうだな!! じゃあ奴は最前線にしようか!! 」
そのセリフを言うと、取り巻きを含め全員が大笑いをした。そして、一旦全員がギルトを見るとまた大笑いをして、その場を立ち去った。
「……クッ……すまん、本当にすまん……」
ギルトは、ほかの兵士達のせめてもの償いのために、最前線に出て死のうと思った。もう、この世界で生きているのが嫌になったのだ。
「もう、どうにでもなるがいい……」
エルベリア教皇国、孫娘達、ハーヴィス、全てがどうでも良くなった。全てを投げ出してしまうと楽だと思った。ギルトは自分の兵舎に戻り、孫娘達に遺書を書いておこうと思い、筆をとった。
(せめて、これだけはしておこう……)
荷物の中から紙を取り出し、筆を書こうとする。その時、荷物から一通の手紙が地面に落ちた。
”おじいさま、この手紙は、この戦争でどうしようもなくなった時に、お読みください。必ず、役に立つと思います。私たちのメッセージを入れさせて頂きました”
ふとエスタシアの言葉が蘇った。孫娘達の心遣い、それがギルトの心に染み渡った。
(……全てがどうでも良くなったなどと……ワシは何を考えていたんじゃ……)
自暴自棄になっていた自分をギルトは恥じた。そして、地面に落ちた手紙を拾い、読み上げた。
”エスタシア”
おじいさま、どうかお体に気をつけて戻ってきてください。お父様もお母様もみんな、みんなお待ちしております。
おじいさまの大好きな料理を沢山御用意致します。また、いつもの穏やかな日々を私たちと過ごしましょう。
エスタシアの文面には小さなシミが見えた。泣きながら書いていたのかもしれない。核心に触れず、ギルトに思いを託す彼女の文面は優しさに溢れていた。ギルトの目に涙が溢れる。
”ミレディア”
おじいさま、絶対に死なないでね。お父様とお母様のような、悲しい事を繰り返さないで。元気な姿で戻ってくることを私は切に願っています。
大好きなおじいさま、ハーヴィスと仲直りしてね。
ミレディアらしい率直なな文面だった。エスタシアが触れなかった核心を彼女が補填しているような感じでもある。あとハーヴィスとの仲直りなども書いてある。追い詰められていなければ反対に気分を逆撫でしかねない文章でもあった。しかし、こういう時だからこそ、この文面はとても効果があった。
「この、馬鹿者が……」
今だからこそ、この言葉がギルトの心の芯に響いた。今思い返すと後悔ばかりだ。
”アリア”
おじいさま、必ず帰ってきてね。後、ハーヴィス様と仲直りしてね。絶対だよ!! 二人の喧嘩してる姿みたくないよ。
大好きなおじいさま、ハーヴィス様、お姉さま皆でまた仲良く暮らしたいです。だから、無理しないでね。
アリアらしい言葉だ。心優しい彼女の文面。ハーヴィスとの諍いで一番心を痛めていたのは彼女かもしれない。彼女にはとても悪いことをしたと、ギルトは改めて思った。
三人のメッセージを見ているともう一枚便箋が挟んであった。誰のだろうと見てみると、ハーヴィスのものだった。
「……これは……ハーヴィス殿の……か」
ハーヴィスとの諍いの後、消息を絶っていたハーヴィスであるが、この手紙を見て改めてハーヴィスに再会したような気分になった。
「すまん、すまん……ハーヴィス殿……」
全て、ガイストの手のひらで踊っていた自分を恥じると同時に、今の惨めな姿が思い出され、悔しさで涙が溢れた。涙を拭って、改めてハーヴィスの文面を見る。すると、ギルトは驚きを隠せない表情となった。
「全て……全て分かっていたというのか……」
ハーヴィスはギルトがこれから起こるであろう予測が書き綴られていた。それが全て的を射ていた。そして、戦争になったときの対策が書かれていたのだが、それは一言こう書いてあった。
”敗戦を感じたら即座に逃げる”
ただこれだけだった。意味が分からない。部下を見捨てて逃げろというのだろうか。この行為はギルトには承服しかねなかった。だが、ハーヴィスもそれが分かっているようで、最後にもう一つ書いてあった。
”私を信じて、逃げた後は、ギルト殿のご判断でどうにでもなりますから”
私を信じて……この言葉がギルトの心に引っかかった。しかし、始めに裏切ったのはギルトだ。最後にハーヴィスを信じることにした。
ギルトがこの手紙を読んだ後、ガイストから改めて、最前線告知が届いた。ギルトの采配であれば、最前線でうまく兵士を指揮できるということであるが……。要はただの厄介払いだ。一日でも早くギルトを排除したいという思いだろう。
「フムッ……確かに敗戦を感じたら即座に逃げぬと逃げようがないな」
ギルトはハーヴィスの言いたいことを理解した。逃げたらどうなるのか、逃げる場所はどこなのか今は分からない。軍席を遠ざけてしまわれた今、地形図を見ることもままならないからだ。しかし、不安はなかった。
こうして、両軍はそれぞれの思いを持ち、互が交わる戦地へと赴いた。エルベリアは国境の砦。ローヴァスは野営地を作り陣取った。
エルベリア総大将 ガイスト=イルド=セントラ
ローヴァス総大将 マサムネ
二人を総大将にした両軍が陣を張り、戦いに備えた。
この戦いは
”戦場の旋律者”
という名前を全大陸に知らしめたのだった。
以降 2




