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「アナシスに伝えておいた。近々訪ねてくると思う」
あの日から3日目の夜、ロアの食事中にキサラギが唐突に話を切り出した。途端に、ロアの顔はパッと明るくなった。
「本当!? いつ会えるかなー?」
「アナシスも仕事しているからな、時間が空いたらとしか言えけどな」
それでも、ロアは喜色満面でスープを啜った。久しぶりに幼馴染みに会えるのは、心の底から嬉しい。ニヤニヤしながら食べていると、呆れたようなため息をあからさまにつかれた。
「喜ぶのもいいけど、まず説教くらうぞ。そこんとこ考えてるのか?」
「え、あぁ、うん……」
普段物静かなアナシスは怒ると手がつけられなくなる。それは、誰が仲裁に入っても同じで、一回キレたら彼女の気がすむまで起こらせないと止まらない。
「でも、久しぶりに会えるんだからなー。もっと和気あいあいと……」
「自分の状況と立場考えろ、っつの。和気あいあいなんて無理に決まってる」
キサラギの言い草にプーッと頬を膨らませるが、返す言葉もない。これは確かに、アナシスの説教コースまっしぐらに違いないのだから。
「じゃあ、俺は帰るから。昨日は町への出荷分を計算してたからあんまり寝てないし」
「うん、お休み」
キサラギは食器を重ねて、立ち上がった。洞窟から出ようとするキサラギの足元
は睡眠不足のせいか、疲労のせいか、覚束なく、フラフラしている。
「ちょっと大丈夫?」
キサラギのもとまで、駆け寄ったロアはキサラギの顔を窺おうとすぐそばまで近寄った。
……そして、そこで事件が起こった。
「……え?」
振り返ったキサラギはその拍子に足に力が入らなくなったのかバランスを崩した。すぐそばにあったロアの肩を掴もうと、手を伸ばしたが、滑るように手が空振った。そして、結果としてキサラギが掴むことになったのは……、
「あ」
「〜〜〜〜〜ッッッッ!!」
ロアの声にもならない悲鳴のち、何かが壁に叩きつけられる音。そして、キサラギの呻き声。
ロアは拳を握りしめたまま、震えていた。
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない。変態変態変態変態変態変態。キモい糞死ね地に埋まって微生物に分解されろそれからもういっぺん死ね」
「ちょっ、待っ、今事故っっ」
「あぁん? 事故だったら人の胸触っていいのか? ふざけんじゃねぇ。寝不足なんて言い訳にもならねぇからな?」
「悪いっ、悪かったってっ!!」
呪詛のような言葉の洪水にキサラギはおののいたまま、ロアから距離をとった。何故なら、彼女は既に第二撃の構えをとっていたからだ。
もう一瞬にして眠気の覚めたキサラギは食器を持って退散した。
「悪かったって!!」
キサラギの姿がなくなったのを確認して、ロアはその場にへたりと座り込んだ。
キサラギへの怒りが少し冷め、胸を触られたときの気恥ずかしさが蘇ってきた。しせて、ロアと同時に真っ赤になったキサラギの顔を思い出し、心臓の音がバクンバクンと激しく鳴り出した。
ロアとキサラギが女と男なのだとはっきり思い知った瞬間であった。
「あぁ、もう。ほんとに後でころす」
寝袋を敷いて、中に入り込む。いつもはすやすやと眠りにつけるはずなのに、この日だけはどうも寝心地が悪かった。
1日1話できなかった……。
あと五、六話で終わる予定です。
キリのいいところで切るつもりなので、長くなったり短くなったりすると思います。