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ロアにアナシスに会いたいと言われて3日がたった。あまりアナシスに会う機会がなかったからというのはただの言い訳だ。会おうと思えばいくらでも会えるのに。それを怠ったのは自分だ。時間も口実もあった。しかし、それをしなかったのはアナシスにロアが帰還した事実を伝えなかったのと同じ理由だ。
だが、中々アナシスと会うことのできなくて寂しそうにするロアを見るのは堪えた。直接口には出さない。やはりかくまってもらってる分、立場はそれなりにわきまえているのだろう。
けれど……、
「……結局俺はあいつに弱いんだよなぁ」
時刻は午後四時。昼とも夜ともつかない半端な時間。立っている扉の奥には客もはけている頃合いだ。
「いらっしゃい、ってキサラギくん」
扉を開くと、アナシスが駆け寄ってきた。やはり月に一二回しか寄らないキサラギが来るのは物珍しいのだろう。不思議そうに見つめていた。
「えーっと、アナシス。ちょっと時間いいか?」
「えと、少しなら。なに?」
「あーー、ちょっと店出ないか? ここじゃちょっと話せない」
ロアのことを大勢の人間に知られるわけにはいかない。この村の人々は皆気のいい連中だが、それとこれとはまた話が別だ。
言うと、アナシスは何故か顔を赤らめて、頷いた。
店を出て、人通りが少ない路地裏に向かう。アナシスは何も言わずに付いてきた。
そして、アナシスの方に向き直って、頭をポリポリとかいた。
「いや、なんていうか、言いにくい話題なんだけど……」
「う、うん……」
何故か緊張した面立ちのアナシスに内心首をかしげながら、ゆっくりと打ち明けた。
「実はロアがこっちに来ているんだ」
「……え?」
アナシスの表情は何とも形容しがたいものだった。信じられないと顔に書いてあるようだった。
「なん、で? だって、ロアちゃんは……」
「それが、あいつ脱獄してきたんだと。ったく、なに考えてるんだか」
「本当……。でも、ロアちゃんらしいね」
アナシスは乾いた笑いだった。まぁ、捕まった友達が、脱獄して咎人になったらそういう笑いかたにもなろう。
「で、あいつアナシスに会いたいって」
「……私も会いたいなぁ」
アナシスは空を見上げ、過去に思いを馳せるように瞼を閉じた。
「だから、時間を見つけて、会いにいってやってくれ」
「うん。ロアちゃんは何処にいるの?」
「あぁ、昔よくいってた秘密基地に」
「秘密基地……?」
アナシスが眉をひそめたのを見てハッと思い出した。
秘密基地は、キサラギとロアだけのものだった。何故だかわからない。しかし、記憶の中にアナシスはいなかった。
「い、いや、森の奥の洞窟のことだよ」
「ふぅーん……」
何だかこれではアナシスをハブにしているみたいじゃないか。静かに唇を噛む。
「ね、ロアちゃんが来たのは今日?」
「や、10日前くらいかな」
「そんなに早くいたなら、教えてくれたらよかったのに」
ブスーッと膨れるアナシスに益々大きくなる罪悪感。ロアもアナシスも会いたがってたのに。そして、俺はそれを知ってたのに。
「じゃあ、暇を見つけて、会いにいってやってくれ。くれぐれも内密にな」
気まずくなってその場をさっさと離れた。
だから、気づかなかったのだと思う。
肝心なことは見過ごして、触れようとしなかったから。今も昔も歪みに気付かなかった。
「うん、わかった」
アナシスがほの暗い笑みを浮かべていたことに。