表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

13



 キサラギがロアの手首を掴む力は強い。しかし、痣がつくほどの強さではなく、どこか彼女を慮った強さだ。


「ねぇ、キサラギ」

「…………」

「ねぇ」

「…………」

「……ねぇってば!」


 いくら雨足が強くても、聞こえてないはずがない。キサラギはロアの呼び掛けに答えないまま、森のなかを歩き続けていた。 やがて、キサラギは小さな声で呟いた。

「二年前、ずっと後悔してた」

「……え?」

「危険をかえりみないで、お前を逃がしてやればよかった。守ってやればよかった。お前と会えないこの二年間、断腸の思いだった」


 ロアを見ないまま、震えた声が澄んで聞こえる。


「今、アナシスを切り捨てられたなら、もっと前から切り捨てておけばよかった。ちゃんと意思を示しておけばよかった。全部俺のせいだ、アナシスが歪んだのも、ロアが巻き込まれたのも」


 それは違うと思った。アナシスを昔に切り捨てておけばよかったというのも、アナシスが歪んだ理由も、ロアが巻き込まれた理由も。けれど、ロアはなにも言わなかった。きっと、キサラギは肯定してほしいわけでも、否定してほしいわけでもないようにみえたから。


「……でも、よかったの? だって、キサラギとアナシスは婚約してたんでしょ?」


 どんな事情があるにしても、二人の平穏を崩したのは自分だ。自分がこの村に帰てこなければ、ロアは残酷な真実を知らなくてすんだし、二人も幸せになれたかもしれない。それを思うと、胸がはち切れんばかりに痛む。

 すると、驚いたようにキサラギが振り返った。


「なにそれ」

「え?」

「アナシスが言ったの?」

「え? まぁ」


 ハァーと深い溜め息をついた。


「俺は婚約なんてしてないよ」

「え?」

「アナシスをそういう対象に見たことない」


 驚きと同時に嬉しさが零れた。そして、空しさも。キサラギとアナシスの婚約という幸せな嘘を幸せに思えなかったのだから。


 いつの間にか森を出ていた。洞窟に戻るのかと思ったが、そうではないらしい。

 森を出ると、花畑だ。キサラギとアナシスと共に遊んだ場所。成人してからキサラギと昼飯を食べた場所。そして、キサラギと再会した場所。


「……なんで」


 アナシスも大切だ。今でも信じられない。彼女に刃を向けられたことが。同様に、キサラギもアナシスが大切な筈だ。

 なのに、ロアを信じた。いや、その前からずっとキサラギはロアを信じてくれたのだ。明確な理由もなく、彼女を疑ったことなど1度もなかった。


「なんで、私を信じてくれたの? ……だって」




 捕まってから猜疑の視線をずっと受けていた。冤罪を証明できるものは何もなかった。

 それでも、キサラギはロアを信じてくれた。


「なんで、って」


 キサラギは優しい眼差しでロアをみつめ、口を開いた。


「お前が俺を信じてくれたからだよ」

「えっ」


 明後日な返答に言葉を詰まらせていると、キサラギは訥々と語り始めた。


「お前、俺が村の八百屋で万引きした、って噂覚えてるか?」

「う、うん」


 10年くらい前の話だろうか。キサラギが八百屋で万引きしたという噂が村中に流れた。その時は、彼の風当たりはひどかったものだ。


「流れた初日に、アナシスがうちにきた。『キサラギくん、どうしたの?』って。事情説明したら、アナシスは俺を信じてくれ

た。嬉しかったよ」


 そんなやりとりがあったとは知らなかった。その時、確かにロアは……、


「お前は来なかったけど」

「だと思った」


 その下りは記憶に全くない。

 薄情なやつだなー、と自分でもあきれる。

 けれど、話はそこで終わりじゃなかった。


「登校日、好奇の視線にさらされて、気が重かった。いつも仲いい友達も寄ってこなくて、所詮その程度なんだ、って」


 そんなときにお前が来たんだ。


「『あんたはやってないんだから、堂々と胸張ってればいい』って。何も言ってなかったのに。アナシスみたいに事情を聞きにも来てなかったのに。お前は俺がそういう人間じゃないって、側にいてくれたんだ」

「だから俺も、俺が知ってるお前を信じたんだ。噂に惑わされないで、ありのままのお前を信じた」


 嗚咽が漏れた。幸せだ、と心から思った。自分の幼なじみが、友人が、時に兄のような存在が、自分の好きな人が、自分の大切な人がそう思ってくれたことが、幸せだと感じた。


「……あと、その時から俺はお前が好きだった」


 紅潮しながら言ったキサラギに一瞬目を見張り、それから照れ混じりに悪態をつく。


「……愛の告白は花束が必須でしょ?」


 言うと、キサラギはずいと近寄りらロアを抱き締めた。


「花束ならある。唯一で随一なもの」


 周囲を見渡すと、色とりどりの花畑。思い出が一気に溢れだす。


「リボンで包んだら、素敵な花束、だろ?」


 そうだ。ちんけかもしれない。ありふれているかもしれない。けれど、ロアとキサラギにとっては大切な場所だ。


「私も好きだよ」


 ロアの小さな囁きはキサラギによって阻まれた。






あと一話で終了です。

駆け足ですみません……。

今日中にアップ予定



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ