プロローグ
花畑に一人佇む。
決して華美ではないが、可憐な小花が辺り一面に広がる。人によっては、雑草の類だと馬鹿にしたりもするだろう。しかし、“俺達”にとっては思い出の場所に違いないのだ。
『キサラギッ』
ふと、耳の奥ではしゃいだ声が聞こえた気がした。俺を呼ぶ女の子の明るい声。
「なに?」
振り返ると、風に舞った花びらがひらひらと落ちていった。
記憶と結び合わせると、あの声は彼女の七歳くらいの声だった。彼女――つまり俺の幼なじみ。
最後に会ったのは二年前。今は罪人として都の牢に監禁されている。罪は強盗。店主を大ぶりのナイフで切りつけたため、罪は重くなり、禁固10年が言い渡された。宗教上、生き物の殺傷は重罪とされる国柄ゆえの10年だ。
そんなことするやつじゃないなんてことは分かっている。濡れ衣でしかない。
無罪の彼女を衛兵が連行したとき、いつも気丈な彼女に恐怖が浮かんだ。たまらなかった。何もできない己がただ悔しかった。
新たな証拠が見つかって釈放されることを祈る日々だ。
ギュッと拳を握ると、トントンと肩を叩かれた。
「キサラギくん」
見ると、もう一人の幼なじみが物憂げに俺を見つめていた。
「ロアちゃんのこと?」
「あぁ」
昔は三人でよく遊んでいた。破天荒と内気な幼なじみに振り回された懐かしい日々。その日常も二年前に崩された。
「……ロアちゃんが強盗なんて」
アナシスは暗い表情で顔を伏せた。信じられない、といった風情だ。
「あぁ、有り得ない。冤罪に決まってる。いずれ無罪が証明されて釈放されるさ」
そうだ、有り得ない。彼女があんなことをするわけがない。
言うと、アナシスは驚いたように顔を上げ、やがて微笑んだ。
「そう……だよね。……信じて待とう?」
控えめに伸ばされた小さな手が俺の手を握る。
「……あぁ」
――これが、一週間前の出来事。勿論、俺は彼女と会うことを待ち望んでいた。とはいえ、ああいう形で再会したかったわけではない。
昔から変わらない明朗で快活な彼女。ついでに後先考えずに動いた挙げ句、俺に迷惑をかけるところも残念ながら変わっていなかった。
その後、どうなったかは推して知るべし、である――。