踏まれたい男達 完全版 ≪変態達≫は、そこにいる。
俺はT大卒、D社に勤めるエリートだ。
Dズニー?
いやいや、それはマズい。
ここでは、D通とでもしておこう。
今日もまたクライアントにプレゼンがある。
クライアント?
まぁ、日本を代表する家電メーカーPとでも理解しておいてくれ。
そろそろプレゼンの時間だ。
一瞬で終わらせる————
なんてったって、俺はエリートだからな。
「——以上が新型シェーバーの宣伝案です。ご満足いただけましたでしょうか?」
「素晴らしい、実に素晴らしい。さすが神野君や、T大主席だけある。」
P社の髪の薄い担当が、贅肉まみれの太い指で拍手をし、俺を賞賛する。
俺は爽やかな作り笑顔を浮かべると、ハゲ親父に頭を下げた。
ハゲ親父が立ち上がり、会議室の扉の前で振り返る。
突き出た腹をパンパンと叩くと、青い剃り残しが目立つ口元で俺に言った。
「唯一、アカンのは君がうちの社員やないことや。どうや、うちに来えへんか?」
冗談じゃない、俺が落ち目の家電メーカーなどに行くわけないだろう。
「ありがとうございます。考えておきます。」
心の中とは裏腹に満面の笑顔で答える。
これが、D通メソッドだ。
腕につけた高級時計を見ると、ジャスト午後7時を指している。
完璧だ。
カシミヤ100%のコートに腕を通し、エレベーターを降りる。
外に出ると、俺は後ろに建つ汐留のビルを見上げた。
午後7時を過ぎ、煌々と灯るビルの窓。
ふと思った。
出来の悪い奴らだと。
無能共を鼻で笑い、いつもの銀座のバーへと向かう。
白髪頭のバーのマスターが俺の顔を見て声をかけた。
「いらっしゃいませ、神野様。」
その時だった————
段差のついた長い髪、スカートからスラリと伸びた長い足の女が目に飛び込む。
俺はゴクリと唾を飲み込むと、心の中で呟いた。
(んほぉ、あのヒールで踏まれてぇ……。)
すかさず女の隣に座るとマスターにいつもの酒を注文する。
「お待たせしました。神野様。」
マスターに出された酒を口にしながらチラリと横目で女の顔を見る。
薄口系ながら色白の端正に整った顔。
俺は紳士的に女に話しかけた。
「失礼、あまり見ない顔だね。この店は初めて?誰かと待ち合わせかな?」
「あ、いえ……仕事の帰りで……。」
高すぎず低すぎない声で女が答えた。
思わずニヤけそうになる。
「ああ、失礼だったね。私はD通でクリエイティブディレクターをしている神野司。」
「D通さんなんですね。私は出版社でファッション誌を担当している黒木麗華と申します。」
少し驚いた顔で黒木が答えた。
これがD通ブランドだ、家電メーカーでは不可能だろう。
「なるほど、だからお洒落なんですね。」
俺がそう言うと、照れくさそうに黒木が下を向いた。
もちろん、俺も下を向く。
(この白い太もも、そして、細く長い足。この女にヒールを履かせ……んんほぉ、たまらねぇ……。)
その時、ポケットの中のスマホが震えた。
スマホを取り出し、ラインを見ると白鳥から連絡が来ていた。
受付の白鳥とは付き合って随分と経つ。
ため息をつくと、俺は黒木に話しかけた。
「やれやれ、仕事だ。じゃあ、また。」
「ええ、また。」
脈アリだ。
黒木に背を向けると、俺は声を潜めるように笑い店を後にした。
「神野司——ッ。T大だか、D通だか知らないけど調子に乗るな——ッ。アホッ、バカ、マヌケ——ッ。」
白鳥が長い足に履いたJimmy Choo≪ジミーチュウ≫の細く尖ったヒールで、全裸で横たわる俺のB地区を踏みつける。
以前の興奮は何処へやら。
確かに白鳥は若く美しい。
感情だ。
感情を感じないのだ。
芝居がかった罵倒では、もはや俺のような変態レベルMaxの人間は興奮しないのだ。
その時、俺の脳裏に鮮やかに蘇る黒木のヒール。
(ああ……あの女……あの女のヒールで踏まれたい。)
「ああッ、イグッ、イグ————ッ。」
俺は思わず大声を上げた。
神野司、昇天————
ベッドの横で抱きつく白鳥が俺に話しかける。
「ねぇ、司。今日は早かったわね。」
「そうか……?」
まさか言える訳があるまい。
他の女を妄想してイッてしまったなどと。
「どうしたの司。ところで私達そろそろ……。私も、もう29だし……。」
まさか、この女、俺と結婚したいのか?
T大卒、D通クリエイティブディレクターの俺様と?
俺はずっと踏まれていたいのだ。
まして、こんな芝居がかった女など。
まっぴら御免だ。
数日後、俺は再びいつものバーへと向かった。
カウンターには宝石のようなビジューのついたヒールを履いた黒木がいる。
Manolo Blahnik≪マノロ・ブラニク≫、靴のロールスロイス。
最高だ。
「ねぇ。」
その時、後ろから白鳥の声が聞こえた。
振り返ると頭に激痛が走る。
俺は頭を押さえ、背中から地面に倒れ込んだ。
バッグを持った白鳥がJimmy Choo≪ジミーチュウ≫の細く尖ったヒールで俺を踏みつける。
「浮気なんて許さない。死ねッ、死ねッ、死ね——ッ。」
鬼の形相で踏みつける白鳥を見て俺は思った。
(やれば、出来るじゃないか……。白鳥…………最高だ。)
神野司、昇天————
そこには全身アザだらけの惨めな中年男の死体があった。
「藤堂警部、被害者の名前は神野司、D通の社員だそうです。」
「なるほど、鷹宮君。実に素晴らしい。さすがT大だ。」
この程度のこと、T大卒のエリート刑事の俺には簡単すぎることだった。
「ところで何故、この男は笑いながら死んでいるのかね?」
「さぁ、俺には理解出来ませんね。こんな惨めな中年男の考えなど。」
苦笑するしかなかった。
当然のことながら俺には理解出来ない。
理解出来る訳がない。
何故、この男が笑いながら死んでいるのかなど。
事実、こんな惨めな中年男などエリートの俺にとってどうでもいいことだ。
これで事件解決だ。
とっとと帰って、飲みにでも行きたいものだ。
仕事が終わり、いつもの飲み屋に向かう。
ドアを開けた時だった。
セミロングの美しい黒髪、細く長い足の女がいる。
俺は黒縁の眼鏡をクイッと引き上げ考えた。
(んほぉぉ、たまんねぇ。あのヒールで踏まれてぇ……。)
俺は女の足を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
今そこにいる≪変態達≫の鎮魂歌。
踏まれたい男達。 終わり。




