第7話 霊の正体
考えたこともなかった。なるべく関わらないようにしていたし、興味を持たないようにしていたせいもある。私は視えているものを、一般的に『幽霊』と呼ばれるもの一括りにしていた。視えるそれは、亡くなった人ばかりと思っていた。もしかすると、現在『生きている人』というケースもあるんだろうか?
『生霊』というのを聞いたことがある。どこかで聞いた噂や怪談話などでは、亡くなった人の『幽霊』より生きている人の『生霊』の方が、たちが悪いらしい。本人に自覚がない分、対処しづらいと聞く。
タケト君と駅前で別れてから、私は駅に向かわず、一人で近くの広場のベンチに腰を下ろした。考えを整理する必要があると思った。
彼女がタケト君に特別な好意を寄せているのは、露骨で隠しきれてなかった。また女の勘だけど、タケト君に対する執着心、私に対する嫉妬心がだだ漏れだった。そして、「タケト君を追って〜」というのも、あながち間違いではないかもしれない。あれが『生霊』だとして、どうすればいいのか? 私に何かできることがあるだろうか? 彼女に自覚はあるのだろうか? あの部屋で感じた違和感は、彼女の生霊が取り憑いているからなのか?
──うーん…… なんか違う気がする。
これも私の勘だけど、彼女が放つ違和感とは何か違う。そして、引越しの日に駅のホームで感じたものとも。根拠がない。理由もない。ただ、それぞれの違和感を結びつけること自体に、違和感を感じる。
解決策など思い浮かぶはずもない。それでも行動を起こそうと、私の足は来た道を引き返していた。
『福丸不動産◯◯駅前店』
多少の後ろめたさを感じつつ、お気に入りのベージュのキャップを目深にかぶって店に入る。
「すいません」
「こんにちは! いらっしゃいませ!」
数人のスタッフの快活な声。
「あの、予約とかしてないんですけど。大丈夫でしょうか?」
「もちろんですよ。どうぞ、お掛け下さい」
スマートな所作で応じてくれたのは、中年の男性。清潔感があり、明るい笑顔。
「ご来店ありがとうございます。福丸不動産、渡辺と申します。よろしくお願いします」
名刺を差し出され、恐縮しながら「タケト君の天敵の人だ」と思った。奥の方に店長らしき派手めな女性。他に若い女性スタッフが二人いる。
「えっと、サイトで見て……」
「あー、なるほど。気になる物件、ございましたか」
「先月かな…… 見たんですけど、◯◯二丁目の◯◯アパートってまだ空いてますか?」
「あー、◯◯アパートの202号室(タケト君の部屋)ですね。埋まっちゃったんですよねー」
「あら、そうなんですね」
「でもですねお客様、似たような条件でもっと良い所ご案内できますよ」
やや前のめりになる渡辺を尻目に「そっかぁ、駅近で安かったから狙ってたのになぁ。遅かったかぁ」と、わざとらしく悔しがった見せた。
「ええ、まあそうなんですよね。例えば……」渡辺も残念そうな表情を見せつつ、もう次の物件を紹介したくてしょうが無いといった感じだ。
「でも、あそこって安すぎません? あの条件にしては」
──極端に安いとは思わない。
「えっ。いや、そんなもんですよ」
──たぶんそんなもんだろう。
「えー、なんかあったんじゃないですか。いわく付きとか?」
渡辺の顔に、一瞬だけ現れた嫌悪感を見逃さなかった。
「本当に多いなぁ、そういうの。やっぱり最近、はやってるんですかね。事故物件のことでしょ?」
「まあ…… ちょっと興味があって」
「あそこは本当に何もないんですよ。前にも、そんなこと聞かれたんですけどねぇ」渡辺は営業スマイルに戻っていた。
タケト君のためとはいえ、なんだか店に迷惑かけてるみたいで申し訳ない気持ちになった。
「お嬢さん。もしよかったら、そういった物件…… 紹介しましょうか」渡辺はいたずらな顔をして言った。
私は緊張して、返答に困ってしまった。
「渡辺さん! お客様でしょ! お嬢さんじゃないでしょ」
「はい! 店長すいません!」
「お客様に!」
「お客様、失礼しました!」
店長の喝が入り、半笑いでおどけるおじさんを見て私の緊張もほぐれた。若い女性スタッフも下を向いて肩を震わせている。
なんとか適当な理由をつけ「出直します」と伝えて店を出た。とても嘘をついているようには思えなかった。告知義務というのがあるのも知っているし、相手は信頼を重んじるプロだ。気になったのは、店を出るとき渡辺は何か私に言いかけた。何を言おうとしたのか……
「またのご来店お待ちしております。お客様、もしかしてなんですけど…………」
「……?」
「いえ、なんでもありません」
渡辺の目は鋭く、真剣な目をしていた。私の心の中を覗き込むように。
「じゃあ、お嬢さん。お気をつけて!」
渡辺の人懐っこい笑顔に見送られて、私は不動産屋をあとにした。
第8話に続きます。
どうぞよろしくお願いします。




