第16話 事故物件ではなかった……
「どうでしたか?」
「ああ、入居決めるそうですよ」
「ふーん…… そうなんだ」
「物好きな人間がいるもんですよ。動画配信とかしてるらしいですよ、彼」
「へぇ。で、大丈夫そう?」
「何がですか?」
「部屋のことよ。他の人には、わからないでしょ」
「僕も知らないですよ」
「わかってるんでしょ。本当は」
「まぁ…… 大丈夫と思いますよ。彼は霊感なんて全くないし。あそこのは…………」あそこにいるのは……
「なにもなければ、いいですけどね」
「好んで事故物件を選んでるんですから、何があっても知ったこっちゃないですよ」
面白半分で、こういう物件に住みたがる人間が最近増えた。今回も、見たことも聞いたこともない自称タレント『加藤ガム』と名乗る男が、いわゆる事故物件とわかった上で入居を決めた。
──そのうち、痛い目にあえばいいのに。
そんな物騒なことを考えることもあるが、「関係ねえ」とも思う。
『加藤ガム』の内見。
「うわぁ。やばいっすね! いい感じっすよ」
「……」
「ここ、ガチであの殺人事件の現場っすよね。やっべぇー」
賃貸料金を払うのだから、好きにすればいい。関係ねえと思う…… が、そっとしていてやってほしい。そこに縛られてるものを興味本位で干渉して、平穏を乱さないでやってほしい。というのが俺の本心だ。
「じゃ、私は予定あるから。あとお願いしますね渡辺さん」
「承知しました、店長。気をつけて」
店長を見送って、ゆっくりと閉まる自動ドアを見つめた。
──いつまで、そこにいるつもりなんだい。
いつからいるのだろう。この不動産屋の入り口に、ずっと立っている初老の男性。自分がここで働き始めた時には、もうそこにいた。特に害をなすわけでもない。怒っているわけでもなく、悲しんでいる様でもない。人の良さそうな穏やかな顔で、ただ立っている。
俺はこの人を勝手に『先輩』と呼んでいる。先輩はこっちが話しかけても、なにも喋ってくれない。
「先輩、なにに縛られてるんだい?」
先輩からの返答はない。
そういえばあの日、来店した若い女性は先輩が視えていた。普通の人は、入り口に先輩がいても素通りする。そりゃそうだ、見えていないから。でもあの女性は先輩とぶつかりそうになって、「すみません」と頭を下げていた。あの部屋のことを事故物件と疑ってたお嬢さん。あの部屋は正真正銘、事故物件ではなかった……
『加藤ガム』の内見。
「絶対いいの撮れますよ! ね、不動産屋さん。いいっすわぁー、ここ」
「そうですか、良かったです。じゃあ、ちょっと戸締まりとか確認しますので、先に出てて下さい」
加藤ガムを先に部屋から出して、リビングを見る。
──……
「なんか面白いものでも見えるのかい?」
返事はない。
きっとなにが起こったのか理解できてないのだろう。
「天国? とかあるのかな。そっちへ行ってくれるとおじさん嬉しいんだけどな。早めに行かないと、ずっと縛られてしまうよ」
事故物件ではなかったこの部屋で、一人の若い女性が刃物で刺されて亡くなった。そしてこの部屋は、正真正銘の事故物件になってしまった。
「なんていうか…… 見てるとさ、凄く切なくてね」
彼女はずっと、ただ窓の外を見つめている。ベージュのキャップがよく似合っている。
「俺になにが出来るかわかんないけど、なんかあったら言ってよ。あと、ここに変なのが住むことになったけどさ、あんまり気にしないでよ」
──じぁあまた。お嬢さん……
完
完結しました!
もし読んでくださった方がいましたたら
本当にありがとうございました!
原口 モ でした。




