揺さぶり
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山元は、仲間たちに小型のドローンを、手始めに3機を準備させる。
ドローンのモニター画面用のスマホも、すべて人質たちのもので、ドローン起動用のアプリもすでにインストール済みだ。
屋外エリアの手前にドローンを置いて、そこから屋外に飛び立たせる。
このドローンは、特別な改造を施し済みだ。
暗視カメラで、夜でも飛ぶことが出来る。
そしてスイッチ一つで、人感センサーにより、体温が35℃~40℃の生き物に向かって、時速200km以上のスピードで、一気に突っこんでいく。
そして衝突した瞬間に、致命傷にならない程度に爆発するのだ。
この方が、攻撃した相手に、より強い恐怖を与えることが出来る。
それをワールドインポートマートビルより高い、隣のプリンスホテルのビルの屋上から、狙撃銃レミントンM700の銃口をこちらの屋上に向けていたSATの隊員2人に向けて攻撃した。
そのスピードで向かってくるドローンを、撃ち落とすことなど不可能なことだ。
隊員2人は防弾着を来ていたが、これでこの屋上からの撤退を余儀なくされた。
残ったもう1機のドローンが、空中を偵察するように旋回する。
そして、もう周囲の建物の屋上に人影がいないことを確認すると、また元の来た位置に戻っていった。
♢
この犯人側から攻撃を受けて、風祭のいるビル管理室の中にも怒号が飛び交う。
その矛先は、真っ先に風祭に向いた。
「どーしてくれるんだ、風祭。お前のあの交渉のせいでこうなったんだぞ!」
そうなんの根拠もなく、一人の刑事が怒鳴った。
風祭は、「それは違う」と反論しようとしたが、言っても無駄なのはわかっているのでやめた。それなので。
「では、代わっていただけますか?」
そう聞いた。
その刑事は、そのまま固まって唾を飲み込む。
風祭は、目を逸らさずに、じっとその刑事の顔を見る。
その刑事の顔は、見るみると蒼くなっていった。
「す……すまなかった」
もうその刑事は、謝るほかなかった。
「申し訳ありませんが、みなさんも、しばらく黙っていてくれませんか」
そうお願いする。
その場が一気に静まり返った。
風祭は考える。なんの為にわざわざプリンスホテルの屋上にいたSATの隊員を攻撃したのか。それには何かしら、別の考えがあるはずだ。
これが本当に、あの自尊心を傷つけられたことに対する報復だけとは考えずらい。絶対に何かがあるはず。
風祭は頭の中で、一人思考を巡らす。
そして、突破口となるかもしれない、一つの結論を導き出す。
風祭は、その確証を得るために、山元に電話を掛ける。
その山元は、風祭が予想していたより早く電話に出た。
「良かった。スマートフォンを変えているかもと思っていた」
「まさか。待っていたよ、風祭さん。ちょっと待ちくたびれたんで、こちらから警察の皆さんに軽く挨拶させてもらったよ」
「随分と手痛い挨拶で、こちらも、それに対処するために捜査方針を少し変更することにした」
「変更? それはただの強がりじゃーないんですか?」
山元はニヤついた声で、煽ってくる。
「山元さん。あなたと同じ名前を、大学の理系学部から見つけた」
風祭は、鎌を掛ける。
「ドコの?」
風祭がそう言うと、山元はすぐに聞き返す。
「それは教えられない」
「ハハーーン。さては当てずっぽうだな?」
山元も、鎌を掛けてくる。
「さぁ。どうだろうか」
「風祭さん。あなたはずいぶんと頭の良い人のようだが、いまここで、微分積分について教えてほしい」
なんの脈絡もなく、山元がそう聞いてくる。
「ボクはあまり数学は得意ではないのだが、いいでしょう」
そう言って風祭は、微分積分の説明を始める。
「微分とは、変化の速さを見る方法で、あるものが、どれくらいの速さで変わっているかを調べる方法」
「例えば、車のスピードメーターは、 今この瞬間の変化の速さを示している。これが微分のイメージ」
「そして積分とは、変化を全部まとめて、合計にする方法で、少しずつの変化を全部足し合わせて、全体としてどれだけ変わったかを見る方法」
「例えば、車が走った距離は、スピードを少しずつ足していくと 走った距離になる」
「こんな説明でどうだろうか?」
「完ぺき……。風祭さん。出身の大学は?」
「東京大学教育学部」
「教育学部? なら学校の先生の方が相応しい。なぜ先生にならなかった?」
山元は、煽ったつもりで、そう聞いた。
「まだ世の中の右も左もわからないような、素直な生徒に教えるより、あなたみたいな馬鹿をこうして説得する方が面白い」
風祭は、わざとそう言って煽り返した。
「ずいぶんと馬鹿なことを言ってくれるねぇー。風祭さん」
その声の感じから、山元が明らかにイラついたのがわかる。
「では、山元さん。こちらからも一つ。孫子の兵法に『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という有名なものがあるが、専門家以外は知らない『己の足元を見よ。さすれば真の敵も見えてくる』というのがあるのは、ご存じか?」
そう質問した。
「もちろん知っているさ」
そう答える。
「では、どんな?」
そう聞き返す。
「その言葉どおりだ」
「さすがは山元さん。幅広い知識をお持ちのようだ」
「当然だ」
山元の額から、冷汗が流れる。
いくら、その言葉をスマホで検索しても出てこない。
それもそのはずだ。この『己の足元を見よ。さすれば真の敵も見えてくる』というのは、風祭がいま勝手に作った造語なので、いくら検索しても出てくるはずがない。
「では、山元さん。先ほどのこちらの捜査方針を少し変更したことについてだが、これは皆さんにも聞いていただこう」
風祭は館内マイクのスイッチを入れて、このリアルタイムでの山元との通話内容を水族館内に流す。
「これから、この人質になっている方のご家族に、一人頭300万円の身代金を出してもらう。但し、今のままだど誰が人質になっているのかわからない」
「それなので、人質になっている方たちが持っている身分証かスマートフォンのデータを、警視庁まで送ってほしい」
風祭は、そう淡々と説明していく。
「ふざけるな!? なに勝手に話を進めてる!?」
電話の向こうで、山元が一人で激昂している。
「リアルタイムで、フェイスマスクのデジタル処理ができるような優れた技術がある方もいるようだし、問題はないはずだ」
「如何だろうか? 一人頭300万円。それが100人いれば、3億円だ」
「但し、一人でも殺したら駄目だ。一人でも殺せば、この話は無しだし、時効がないから、地獄の果てまで追いかけていく」
「君たちが用意しているより、安全な逃走ルートも用意しよう。この交渉の責任者のボクが保証する」
「では、データ送信の期限は、いまから1時間以内に」
そう一方的に言って、風祭は館内マイクのスイッチを切った。
通話は、その前に山元の方から切っている。




