立てこもり人質事件発生
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作戦は、午後3時に結構予定だ。
他の4人の仲間たちとは、すでに入念の打ち合わせ済みだ。
彼らは同じ目的を持った仲間ではあるが、同志ではない。
各々、真の目的は違う。
但し、現在の温い世の中に、新しい刺激と革命を起こすことはできる。
このような崇高な仲間は、インターネットやSNSを回遊していれば出会えるものだ。
その前に近くのファストフード店に寄って軽く食事を済ませてから、事前に準備をしていた盗難車に乗って、目的地に向かう。
目的地は、サンシャインシティ・ワールドインポートマートビルの10階屋上にある、サンシャイン水族館。
サンシャインシティ・ワールドインポートマートビルの前に盗難車を路駐させてから荷物を降ろすと、その少し大きめなバッグを肩に掛けて、そのまま10階にあるサンシャイン水族館に上がる為の1階にある専用エレベーターに乗った。
一緒に乗った家族の小さい女の子が、男の顔を見上げて見つめる。
男は、それに気づいて、その女の子に笑顔を返した。
その女の子も、男の笑顔に笑顔を返す。
10階に着いてエレベーターを降りると、すぐ目の前が水族館のメインエントランスである。
そこにスタッフ対応のチケットカウンターと自動券売機が並んでいる。
入場ゲートはフラッパー式で、チケットを持った者だけが入れる仕組みだ。
そのゲートから入るとすぐに「天空のオアシス」の世界観に浸れるように、照明が暗くなり、滝の音が聞こえる演出がされているが、これは男にはどうでもいいことだ。
男の左耳に付けられたインカムマイクにAI合成の音声で連絡が入る。
「サンシャインシティ・ワールドインポートマートビルの管理システム及び、全エレベーターの管理システムに浸入。ハッキング成功」
「了解。現地の状況を確認・掌握後に予定どおり作戦を実行する」
このサンシャイン水族館・本館の屋内展示の内部構造は、暗い海の世界→明るい海→大水槽という順路で構成されている。
まずは薄暗い海の洞窟ゾーンの展示、クラゲ、深海系の生物などの光の演出が多くされた、壁沿いに水槽が並ぶ細い通路。
そして、この水族館の中心となる巨大水槽のサンシャインラグーンから、アシカが上を泳ぐ「サンシャインアクアリング」へと繋がっている。
天井は高く、吹き抜け構造で、観覧スペースは広く、ベンチもある。
最後の迷路のように細い通路が続く小型展示ゾーンには、カエル、爬虫類、淡水魚などが展示されていて、途中に小さな休憩スペースもある。
そこを抜けたら、 屋外エリアへの出口だ。
自動ドアを抜けると 屋外のマリンガーデンへ出る。
屋外展示のマリンガーデンの構造は、天空のオアシスをテーマにした庭園型の展示となり、頭上をペンギンが泳ぐ巨大アクリル水槽を、下から見上げる構造になっていて、周囲は南国風の植栽がされている。
このペンギンは泳いでいる姿だけではなく、ペンギンが地面を歩く姿を間近で見られるペンギンが地面を歩く姿を間近で見られるようにもなっている。
「ペンギンちゃんたちー、これから大変なことになるよー」
男はそう独り言を言ってニヤついた。
他にも、カワウソ、ペリカンを展示しているスペースもあるが、男の目的の中で、そんなことはどうでもいいことだ。
この屋外休憩スペースには、ベンチ、軽食・ドリンクの売店があり、フォトスポットも多数ある。
屋外展示を抜けると、再び屋内へ戻る構造だが、エレベーターで1階へ戻るのは、出口と入口とでは別動線となっている。
この動線が 一本道で逆走しにくい構造になっているのは、安全管理上の理由だが、男は関係ないとばかりに逆走して、元来た道を戻っていく。
この屋上階にあるサンシャイン水族館からの避難動線は、避難階段が直接接続されている。
その動線は、屋外展示エリアの端に非常口。屋内展示エリアの奥にも非常口。いずれもワールドインポートマートビル内部の避難階段へと直結している、階段で下の階へと避難できる構造だ。
他にも消防隊が入る為の非常用進入口も外壁に設置されている窓があり、消防隊がはしご車で上って、外部から破壊して進入可能な設備もある。
このワールドインポートマートビルは高さがある為、付室つきの特別避難階段が高層階に設置されている。
この特別避難階段の特徴は、階段の前に、前室の「付室」があり、その付室は防火扉で区画されて排煙設備もあり、階段室は完全耐火構造となっている。
これにより、火災時でも煙が階段に入りにくい構造となっている。
男は、入場者の数が減って落ち着いた午後4時をまわると、作戦を実行した。
フロアーの各箇所にある火災報知器の付近に、この間に事前に設置していた装置で白く立ち昇るスモークを発生させる。
それにより、館内に激しく鳴り響く火災報知器の非常ベルの音。
それでパニックになった人々が慌てて非常口に駆け込む。
エレベーターは、その非常ベルが鳴ったあとの最初の1回目を下したあと、上り下りの両方を完全に停止させた。
そうして、水族館のスタッフに扮した仲間4人が、非常階段付近で慌てて駆け込んでくる人々を誘導する。
そして、およそ目的の人数になると、混雑による転倒事故を防ぐ為だと、安全上の話を理由に制限を掛けて、そのまま重い防火扉を閉める。
これでサンシャイン水族館の出入り口は完全に封鎖された。
この一連の流れが事態が吞み込めずに騒ぎ出す人々。
それぞれの非常階段でスタッフに扮していた仲間たちは、物陰に隠していた狩猟用のショットガンを出すと、天井に向けて1発ずつ発砲した。
それだけで、人々への警告は十分だった。
そしてこの作戦を立てた男は、入り口のチケットカウンターにいた若い女性スタッフにリボルバー型の改造拳銃の銃口を突き付けると、館内放送のマイクを握って、こう放送した。
「みなさーん。はじめまして。これからこの水族館の中にいるあなた方には、我々の目的の為の人質となってもらいます」
「ちなみにですが、逃げようなどと思うのはやめてください。みなさんに向けられている銃の弾は、ここに居るみなさん全員を殺すだけの数を用意させてもらってます。頭の良いみなさんでしたら、それだけで、わかりますよね?」
「では、これからなにが起きるのかを、楽しみにしていてください」
この男の喋り口調は、関東の人間の喋り方ではない。明らかに西日本の関西訛りのある口調だ。
この事件は、ワールドインポートマートビルと消防からの通報により、警視庁にもすぐに伝えられた。
防犯カメラの映像は、アナログではなくデジタルなので、映っている犯人5人の素顔にはそれぞれリアルタイムで加工が施されている。
それもマスクではない、まったく別人になった整形手術レベルの精度だ。
よく見れば、それが加工された顔だとわかるが、それでも犯にたちの素顔を伺い知ることはできない。
犯人たちは、水族館の中にいる人たち全員から、スマートフォンをすべて取り上げた。
その前に男たちに向けてスマートフォンのカメラを構えるものも数人いたが、そのときは容赦なくその相手の顔面に直接ショットガンの銃口を向けた。
それで失禁してしまう人もいた。
人質となった人々は、水族館のスタッフ、飼育員も含めて、屋外・屋内消火栓にいた全員が、薄暗い海の洞窟ゾーンの細い通路にすし詰め状態で押し込まれる。
「みなさーん! 少しの間、我慢してくださいね。きっとそのうちに警察の人たちが助けに来てくれますから。それだけがみなさんの希望です」
そう、男は小型の拡声器を使って言った。
「ホント、早く警察の人たちが助けに来てくれたらいいですね」
男は笑いが抑えられない声で言った。




