終結
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一方で、風祭たちも、おおよその準備が整った。
「林隊長。ボクに銃を貸してもらえますか」
風祭は、SATの第二小隊の隊長である林義政警部補に、そう言った。
林警部補は、ホルスターから、SIG226 E2オートマチック拳銃を抜くと、安全紐を外して、そのまま風祭に渡す。
このSIG226 E2という拳銃は、特殊部隊向けの操作性が高い、高性能の拳銃だ。
林は風祭に、別で用意していた防弾チョッキを渡す。
風祭は、防弾チョッキを受け取って、少し考えると、作業着の下にそれを着た。
風祭の役目は、人質たちの代わりに死ぬことではない。安全に人質たちを救出することだ。
その役目を、完遂しなければならない。
既に各警察官たちが、配置についている。
約束の時間、23時の3分前になって、風祭は山元に電話を掛ける。
同時に館内放送で、山元との電話の内容を流す。
「山元さん。どうやら、ギリギリ間に合いました。これから身代金の、現金3億2400万円を渡したいので、上り専用のエレベーターを動かしてくれないか」
そう頼んだ。
山元は、目で仲間に、その指示を出す。
山元たちは、警視庁・技術班によって、エレベーターシステムに介入できるようになったことは知らない。
1階に停止したエレベーターのドアが開き、そこに1億円ずつ入ったケース3つを横に倒して置き、そこに残りの2400万円を3つに分けて、ケースの上にそのまま置く。
「いま、エレベーターの中に置いた。上で確認してほしい。もし、心配なら5人全員で確認した方がいい」
そう言った。
犯人たちも、そう言われると、そのことが気になってしまう。
だからといって、このまま持ち場を離れるわけにはいかない。
それでも、どうしても気になって、2ヵ所の防火扉の前にいた犯人2人と、 水族館の屋外の出入口にいた犯人1人は、少しだけ持ち場を離れた。
風祭とSATの隊員は、連携してそのタイミングを見逃さなかった。
2ヵ所の防火扉を静かにスライドさせて開けると、隊員の1人が、爆弾の前にいる10人の人質男性に、「声を出さないように」と、人差し指を立てて口の前に持っていきジェスチャーで伝える。
次に、2人の隊員が、結束バンドで繋がれた10人が転ばない程度の力で引っ張り、内側の方に引きずり込む。
そこで、爆弾に目掛けて、泡消火器を掛けたあとすぐに、水族館内に向けて、視界を奪うほどの大量のドライアイスの煙を、静音モードにしたサーキュレーターで流す。
この2ヵ所のタイミングは、屋外の防火扉の方が先で、その20秒後に屋内の防火扉から、水族館内に流す。
そのことに持ち場を離れていた犯人3人が気づいたとき、屋外にいた犯人1人と、それに慌てて屋外の出入口に飛び出した犯人の1人の上半身の複数箇所にレーザーポインターの赤い光が当たる。
その赤い光は、ドライアイスの煙の中から現れた、SATの隊員だけでなく、別のビルの屋上からも伸びていた。
SATの隊員は、無言のまま、「カチャ」っと、MP5サブマシンガンを、犯人に向けて構えた。
犯人たち2人は、この時点で、すぐに無駄な抵抗することはせずに、持っていた猟銃用のショットガンを捨てた。
♢
水族館のエレベーターの扉の前には、山元と、もう1人の犯人が、エレベーターが上ってくるのを待っている。
「チン」
という、到着音と共に、扉が開くと、そこには待っていた現金が置かれている。
3つの横に倒されて置かれたケースの上には、600万円ずつ裸で、100万円の札束が置かれている。
山元は、それを見て、ニヤリと笑った。もう一人も、その現金の札束を見て、興奮が抑えきれない。
「ヨッシャーー!」
と、堪らず奇声を上げた。
山元が、エレベーターの中に入って、その現金を取ろうとすると、非常ベルが水族館内に鳴り響く。
水族館の奥の方から、白い煙が立ち込めて、一方通行の通路全体を包み込む
山元が、そのことに気が取られて、エレベーターの中から出ると、その瞬間、扉は閉まって、そのまま下に下りていった。
「なに、ボケっとしてんだ!? 見てこい!」
そう山元は命令して、もう1人が慌てて、白い煙の中に入っていく。
そこに、風祭からの電話の着信。
「どういうつもりだ!? 風祭! 人質がどうなってもいいのか!?」
すぐに電話に出ると、そう脅した。
「やれるもんなら、やってみればいい。おそらく、もう爆発はしない」
そう返す。
「どういうことだ!?」
「もう気づいているかもしれないが、これは火災による煙ではありません」
そう風祭に言われて、山元は、この煙から延焼している匂いがないことに気づいた。
「くっそぉーー!」
山元は、爆弾の遠隔操作の起爆スイッチを出すと、トグルスイッチを入れる。
しかし、何度「カチャカチャ」と、レバーをONに倒しても、爆発音がしない。
「この煙は、ドライアイスの煙。つまり二酸化炭素の煙です。あなたも知っているように、酸素がなければ、爆発はおろか、物は燃えない」
風祭は、諭すように、山元に説明した。
「風祭ぃーー!」
どうしようもない怒りが、山元に込み上げる。
だが、このままむざむざ引き下がるわけにはいかない。
山元は、4人の仲間を見捨てででも、脱出することにした。
脱出ルートは、消防隊が入る為に設置されている外壁にある非常用進入口の窓だ。
この窓を破壊して、ロープで地上まで降下するラベリングで脱出する。これが当初からの逃走ルートだ。
その為に、最初にドローンを使って、隣のビルにいたSATの隊員を排除して、近づかないようにしていたのだ。
風祭も、これには気づいていないだろうと思った。
急いで、その非常用進入口に向かう。
その白い煙を掻き分けて向かう途中、居るはずの人質たちの姿が一人もない。
非常用進入口の前に来ると、一人の男が立っていた。
山元は、その男を見て、すぐに風祭だとわかった。
「これはこれは、風祭さん。お初にお目にかかります」
山元は、白々しい口調で言った。
「山元さん。もう諦めてくれないか。もうあなたに逃げ道はない。あなたの4人の仲間は、武器を捨てて大人しく投降してくれた」
そう言った。
「なら、どうやって、武器を捨てさせた」
「簡単だ。映画のように、レーザーポインターを使って、警告させてもらった」
レーザーポインターを、敢えて使用したのも、一瞬の判断で戦意を喪失させるための風祭の作戦だった。
「普通、実際には、目立つレーザーポインターは使わないものだが、ここは銃社会ではない日本だ。銃を捨てさせるのには、それで十分だ」
「彼らに、自分の命を賭けるような覚悟がないことは、身代金の話に乗った段階でわかっていた」
「死に急ぐ人間は、金など必要としない」
山元たちは、すでに風祭一人に負けていた。
「だから、山元さん。あなたも……」
風祭が最後まで言い終える前に、山元は改造拳銃の銃口を風祭に向ける。
山元は悔しさのあまり、風祭に向けた銃口を一度天井向けて、一発発射する。
その一発で、冷静さを取り戻そうとしたのだ。
しかし、その山元に、風祭が構えた銃口が向いている。
「諦めてくれないか。ボクはこれでも、FBIで対人射撃の訓練を受けている。成績は、AAだ。的は外さない」
風祭の言った、AAとは、A評価の上で、スナイパーのAAAの下。つまり、かなり優秀な成績だったということだ。
山元にも、素人に毛が生えた程度の、自分の実力では、目の前の風祭には敵わないことはわかっていた。
だから、自ら「死」を選ぶことにした。
それが自分に残された、「最後のプライド」だと思った。
銃口を右のこめかみに当てて、目を瞑る。
山元が、最後の覚悟を持って、引き金を引こうとしたとき、風祭の銃から発射された一発の弾丸が、山元の右手の甲を撃ち抜いた。
その衝撃で、手から離された改造拳銃が、床を滑るように転がる。
「死んで、どうする!」
風祭は、心からの声で叫んだ。
風祭の銃声を聞いたSATの隊員数名がやってきて、山元に拳銃を構える。
「うぉっ……うぉーーっ!」
山元は、床に顔を突っ伏して、号泣した。
もはや山元に、戦意などなかった。
♢
夜になっても、街灯とネオンの明かりが照らす池袋の街の中、手錠をされた5人の犯人たちが、ワールドインポートマートビルから連行されて出てくる。
風祭も、山元の左後ろを歩いていた。
風祭は、これで担当から外れるはずだが、主犯格である山元には、この事件の全容を、すべて自白してもらう必要がある。
一体、何の目的があって、このような大それた事件を起こしたかを究明しなくてはならない。
規制線が張られた外に、その様子を窺っていた、一台の大衆車が停車していた。
色の濃いスモークフィルムが張られた、助手席側のリアガラスが下がると、そこから、レミントンM700ライフルの銃口が出てくる。
風祭は、その殺気に気づいた。
「みんな、地面に伏せて!」
とっさに、風祭はそう叫ぶ。
次の瞬間。山元の眉間が、そのライフルから発射された弾丸で撃ち抜かれる。
その大衆車は、急ぐわけでもなく、静かに夜の街の中に消えていった。
すべての全容を知る、山元太朗容疑者は、その後、被疑者死亡のまま検察庁に送検された。
今回の事件は、人質たちの中から一人の犠牲者も出すことはなかったが、真相は未だ謎のままだ。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは、一切関係がありません。
最後までお読みいただきありがとうございます。思いつきで書いたものだったので、続編を書くつもりはありませんでしたが、続編のシーンが頭に浮かんだので、今後続編を投稿する予定です。仮題は「ベビーシッター 交渉人・風祭佑之 -メトロノーム-」です。暫し、お待ちください。
3月27日(金)より、ホームコメディの「女子プラモ部」を、火曜・金曜の週2回投稿していきますので、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




