Abschnitt IV : Endlichkeit(みつめ駅)
電車の走行音が、切れ目なく続いている。
天井の灯りが床に落ち、影が揺れた。
リツ子は窓の外を見ていた。
ガラスに映る自分の目だけが、動かないまま残っていた。
「さっきの“重力”の話、すごく面白かったです」
クーが静かに口を開いた。
クーは、間を空けずに続けた
「質量があるから惹かれ合う。でも同時に、重くもなる。
──それって、時間にも言える気がするんです」
クーは、背もたれに預けた体をそのままに、
言葉だけを前に出した。
リツ子はわずかに目を細めて、
クーの横顔を見つめた。
クーから視線を外さなかった。
「……時間が、重力?」
「うん。たとえば、“有限な時間”って、重いじゃないですか。
だからこそ努力できるし、
誰かと過ごす時間にも価値が生まれる。
でももし、時間が“無限”だったら──
選ぶ理由も、焦りも、
なくなってしまう気がするんです」
その一言で、
越えてはいけない線を踏み抜く。
────音だけが、車内を追い越した。
モニター音だけが残る瞬間を、
何度も見てきた。
変化のない波形を見つめながら、
決断だけが先に迫る部屋だった。
そのたび、心のどこかで
“この時間に意味はあるのか”と、
訊ねられているような気がしていた。
クーの言葉は──
あまりにも自然に、その核心を突いてきた。
まるで“有限であること”を、
知識ではなく実感として
抱えているかのように。
────座席の軋む音だけが、続いた。
リツ子の指先から、
膝の上へ、力が抜けた。
命の終わりを何度も見てきた自分が、
本当はずっと目を逸らしていた
“揺れ”だったのかもしれない。
「時間には限りがある」──
そう語ることさえ、
現場では“無力”と受け取られる。
救えない命を前に、
そんな言葉は残酷に響くから。
だから、誰にも言わず、
自分にも考えさせずにきた。
……それでも。
クーの声に、
説明はいらなかった。
「限りがあるって、寂しいことだけじゃなくて……
だからこそ、
“分かち合いたい”って思える。
“有限”って、もしかしたら──
贈り物かもしれない」
その言葉に、
リツ子は視線を落とした。
──“贈り物”。
それは、診断名にも
予後説明にも
含まれない言葉だった。
「……リツ子さんは、
医療に関わってるって言ってたけど」
クーがそっと尋ねる。
「命の終わりに立ち会ったとき、
“まだ時間があれば”って
思うこと、ありますか?」
リツ子は一呼吸置いて、
静かにうなずいた。
「ええ。……たくさん。
“あと一日”
“あと一時間”って、
何度も」
クーは優しくうなずく。
「でも、“あと”って……
結局、
“今”をどう使うか、
なんですよね」
リツ子は思わず目を閉じた。
──今を、どう使うか。
それはこれまで何度も
患者たちに、
そして自分自身に
問いかけてきたことだった。
電車が駅に近づいていく。
ガラス越しの景色が、
淡い光をまとって
流れ去っていく。
「“今”を選ぶって、
すごく自由なようで……
実は一番、
怖いのかもしれませんね」
クーは、間を作らずに話したあと、
そこでだけ止まった。
その一瞬だけ、
クーの気配が、
少し幼い位置へ。
「……でもね」
リツ子はそっと
言葉を重ねた。
「その“怖さ”を知っている人は、
ちゃんと
“今”を生きようとしてる
証拠よ」
クーは、ふっと微笑んだ。
電車は変わらぬ速さで
進んでいく。
電車は、
次の区間へ入っていった。




