第七話『約束と懸念』
俺はあの一件のあと、気づけば「もしかしたらあいつ、かなり強いんじゃね?」と噂されるようになっていた。
周りの評価は変わったけど、俺自身の生活はほとんど変わらない。授業をサボっては部屋に引きこもり、ゴロゴロしているだけだ。
――まあ、ひとつだけ変わったことといえば。
「お前、授業相変わらず来ねぇのな」
「面倒くさスミス」
今まで一人で食べていた食堂の時間に、なすびと並んで食べるようになったことだ。
それに加えて、俺に話しかけてくる奴も増えた。もちろん、鬱陶しい奴もいる。
「おいオメェ、あんま調子乗んなよ〜」
そう言って、俺を押して煽ってくるチャラい男――はま。
「うるせぇ、この野郎!」
顔を軽く殴ってやったら、そのまま失神した。
もちろん、良いこともあった。
その最たる例は――。
「ねぇ、快くんって実はすごく強いって本当?」
九条美優が、俺に話しかけてくれたのだ。
前までなら存在を認識されていたかすら怪しく、話しかけられるなんてまずなかったのに。
「いやまあ……ちょっとだけどね」
内心では鼻の下を伸ばしていたと思う。
「良かったら、今度の遠征、一緒に行きたいな」
そう上目遣いでお願いしてきた。
「あ、あぁ……もちろん良いぞよ」
あまりの可愛さに見惚れて、思わずたどたどしく答えてしまった。
「ぞよ? なにそれ」
くすっと微笑んで、そう返される。
「あ、いやその……ごめん」
緊張のあまり口をついて出てしまった言葉。恥ずかしさと「何言ってんだ俺……」という気持ちで顔が熱くなる。
「ふふっ、いいよ全然。――とりあえず、約束ね」
最高の瞬間だった。
その日の夜、嬉しさのあまり自分の部屋でガッツポーズしながら「やったーー!」と叫んでしまった。
思い出すだけで、自然と笑顔になっていた。
「……お前、また美優のこと思い出してただろ」
なすびが、呆れたように呟く。
「いいだろ、別に!」
「まあな。実際、嬉しい出来事だし」
「嬉しいと言えばさ、ワンチャン俺の支給額とか扱いとか良くなるよな? 来月から」
「ワンチャンどころか、確定事項だろ」
「やったぜ! ……ってか、この異世界ってケチだよな」
「ケチ? それはどうだろうね」
横から口を挟んできたのは、イソギンチャク。
モートンと同じく俺たちと一緒に転移してきた奴で、転移前の記憶がほとんどなく、名前も周りが付けてやったものだ。
「あぁ? ケチだろ。こんな不味い飯、今も食わされてんだぞ」
「いやいや、君は分かってない。今の環境がどれほど恵まれているか。中世ヨーロッパみたいな古い時代の世界で、僕たちのように親の支援も大した才能もない者に、無条件で二年間も食事と学ぶ機会を与えてくれるんだ。これは国力が相当豊かでないと成り立たない」
「めんどくせぇな〜。だいたい、『才能がない』って一括りにするんじゃねぇよ!」
長ったらしい話に、イラつく。
「……でも、この意見には一理ある。医療関係の魔法の代金とか、ポーション代とか、国が七割負担してるしな。制度も現代的で進んでるって思ってた」
なすびは真剣に頷く。
「そうだ。僕はこの世界の歴史や情勢を調べるのが好きだから分かるが、このゼル神王国の生活水準は他国と比べて群を抜いている。恐らく、その最大の要因は――この国で“神人”として崇拝されているゼルリウスという存在だ」
「ああ……授業でもやたら名前が出てくる奴だろ。呼ぶ時に“様”を付けないと、めちゃくちゃ怒られるから気をつけろよ」
「へぇ……そうなんだ」
俺は話を聞きながら、ぼんやりとそう思っていた。授業にほとんど出ていないから、ゼルリウスについて詳しくは知らない。
ただ、思い返せば――ミネルバ先生も彼を“素晴らしい存在”と称えていた記憶がある。
しばらく俺たちは、国についてあれこれ話しながら飯を食い、そのまま部屋に戻った。
聞いている最中はピンと来なかったが、布団に包まってから閃いた。
――ゼルリウスは、神話の神々すら凌ぐ“無敵”の存在と認知されているらしい。
もし、本当にそいつが実在するのなら。
あの時……俺に力を与えたのは――。
しばらく考えているうちに眠気が勝ち、また気が向いたら考えようと思って目を閉じた。
この疑問の答えを知るのは、まだ先のことになる。