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第三話『目覚めの片鱗』


窓から差し込む夕陽で目が覚めた。

憂鬱な目覚めだ――今日は「認定試験」の日だからだ。


認定試験とは、月に一度の支給金額を決める重要な試験だ。

順位によって支給額が変わり、当然ながら俺は最低額。

銀貨2枚(1枚=約5,000円)、銅貨5枚(1枚=約1,000円)、鉄貨10枚(1枚=約100円)。

合計するとおよそ16,000円になる。


試験内容は二つから選択できる。

1.勉強の試験

2.決闘による実技


受けなければ今月の支給はゼロになるため、さすがに逃げられない。

俺はいつも「決闘」を選んでいる。

勝てるわけがないし、普通なら避けたい選択だが――俺には抜け道があった。


決闘は専用の部屋で行われ、審査員は6人。

小さな闘技場のような場所で、武器は木刀のみ。

制限時間は10分。

決着は、相手が戦闘不能になるか「参った」と言えば勝ち。

魔法の使用は禁止。

10分経過すれば引き分けになる。


「では、認定試験を始める!」


「はい…」

(俺の声は、明らかに相手より小さい。)


――開始の合図と同時に、俺は木刀を構える前に言った。


「参った!」


そう、これが俺の秘策。

形式上、これで試合は終了だ。

審査員の「はぁ…」というため息が聞こえるが、気にしない。

勝てるわけがないし、痛い思いもしたくない。


決闘は3回行われるが、2回目も同じ方法で瞬殺終了。

このやり方は校舎内でも有名になっている。


そして3回目――。

(さっさと終わらせるか…)と内心意気込みつつも、やる気はゼロ。


だが、入ってきた相手を見た瞬間、血の気が引いた。


(モートン…)


俺がもっとも関わりたくない相手。

上位の彼が、なぜ最下位の俺と?

本来なら、彼の相手は同じく上位の者のはず。


…これは間違いなく、仕組まれている。

完全に嫌がらせだ。


決闘が始まった――だが、俺は「参った」と言えずにいた。

こいつにだけは、あっさり負けを認めたくない。

せめて一発ぐらいは喰らわせてから終わらせたい。


だから、今回は開始と同時に斬りかかった。


「まさか斬りかかってくるとは……。ていうか、今回は尻尾巻いて逃げないんだね。やっぱり僕のこと嫌いなのかな?」


モートンは一瞬驚いたが、あっさりと受け止め、そんなことを言ってきた。


「うるせぇ、この野郎!」


こいつの話す言葉も、顔も、態度も、全部が俺をイラつかせる。


「気迫はいいけど、大振りが目立つね……。ちゃんと型を覚えないと当たらないよ」


木刀で受け流しながら、後退するモートン。

壁際に追い詰められることもなく、動きの角度を計算し尽くしている。


誰が見ても――まるで剣士が木刀を持った子供と遊んでいるような構図だった。


「うるせぇ! 気持ち悪いオタクのくせに、偶然能力に恵まれただけで……なんで、こんな奴と!」


頭の中に、転生前の記憶がよぎる。


――高校に入学したばかりの春。

桜の花びらが舞う道を、彼女が歩いていた。

初めて見た瞬間、息を飲んだ。

「こんな人と付き合えたら……」と、自然に思ってしまった。


だが、彼女はすぐにクラスの陽キャなイケメンと付き合いだした。

悲しかったが、「現実なんてそんなもんだよな」と諦めた。


……でも、異世界に来て今度こそは全てが変わると思った。

転移してきた彼女を見て、この世界なら……と、期待した。

チート能力を得て無双し、彼女と結ばれる――そんな理想を夢見ていた。


だが、その夢を叶えたのは俺じゃない。

この男――モートンだ。


強力な能力を得て、周囲にチヤホヤされ、あんな可愛い子と付き合っている。

現実なら到底釣り合わないはずの組み合わせ。

モートンはイケメンじゃない。むしろ顔だけ見れば俺のほうがマシなくらいだ。


それなのに……。

俺が叶えるはずだった物語を、この男が奪った。

そう思うだけで、憎くてたまらない。


「偶然、能力に恵まれた……か」


モートンの表情が一瞬だけ険しくなった。

次の瞬間、俺の攻撃は大きく受け流され、体勢を崩す。

そこへ木刀の柄頭が腹に突き刺さった。


「……ッ!」


溝に直撃し、俺は膝をついた。


「僕は毎朝4時半に起きて2時間走り込み、授業が終わった後は先生に頼み込んで剣術の稽古をしている。少しでも強くなりたくてね。対して君は何をした? この1ヶ月、周りや自分に言い訳をつけて授業にも出ていないじゃないか」


『そこまで!』——終了の合図がかかっていたが、その時の俺は全く気付かなかった。


「もう一度ちゃんと頑張ろう。そうすれば彼女も——」


モートンの野郎が、俺だけに聞こえる声で微笑みながら何かを言ってきた。

だが、あまりの鬱陶しさと湧き上がる怒りで、言葉の内容なんて一切頭に入らなかった。


嘲笑っているのか、煽っているのか、それとも優越感に浸っているのか…。

歯軋りするほどの怒りと、胸を締めつけるような感情が込み上げてくる。


無力感。情けなさ。慣れたはずなのに、やっぱり苦しい。

俺は昔から努力が苦手で、不器用で、何の才能もない。

努力しない、才能もない——そんな奴が負けるのは当然だ。

異世界でもその現実は変わらないのか。俺は、やはり負け犬のままなのか——。


「ふざけるな! ここは異世界だ!! 主人公は俺なんだ! 捻じ伏せてやる、見せつけてやる、因果も法も曲げてやる……! 俺の願いは叶うはずなんだッ!」


怒鳴った後、俺は雄叫びを上げた。

前の世界ならただの妄言だ。だがこの瞬間だけは、本当に何かが込み上げてくるのを感じた。


急に叫び出した俺に、モートンが困惑した顔を向ける。

その顔が視界に入っただけで、怒りが一気に爆発した。

我慢できず、思い切り殴りかかる。


その瞬間——自分でも信じられないほどの速度と腕力が出た。

素人丸出しの大振りだったが、腕で何とか防御したモートンごと、数メートル吹き飛ばす。

壁に叩きつけられたモートンは、そのまま失神した。


「やったーーー!!!!!」

俺は片手を天に上げて、雄叫びを上げた。

今までにない高揚感だった。


その後、俺は「決着がついた後に攻撃した」として罰則を受けた。

二ヶ月間の支給停止。

そして周囲からは——「モートンに勝った男」ではなく、

「試合後に奇襲を仕掛けた卑怯者」として噂されるようになった。


だが——。


試合後の試験室。


「まったく、なんて卑怯な奴だ」

「ええ、あんな者は退学処分にすべきではないか?」

「いえ、それはお待ちください…!」


——あの者は何の技量もなかった。

ということは、あの瞬発力と腕力は純粋な身体能力によるもの。

間違いない……彼は、もしかすると——。


そう、俺が神に選ばれ、その力の片鱗を垣間見せたのだと気づいた者が、

わずかではあるが、確実に存在するようになった。


こうして、俺の“清々しき力の目覚め”は幕を閉じた。


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主人公努力しろ‼️
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