婚約破棄の破棄?
普段温厚な彼女からは想像も出来ない形相で俺を睨み付けていた。
「あなたは雄一郎さんでしょう!姿は変わっても私の夫なんですよ!
妻の私を捨てて男性と結婚するなんて嘘ですよね!?」
涙ながらに訴えかける妻。
その姿に夫として胸を打たれるものの、今の俺の心は……
夫である雄一郎でなく誠君に恋するひとりの女となっていた。
「ごめんなさい……でも……」
なんと妻に伝えれば良いのか……理解などして貰えるはずない。
妻からしてみれば、夫が娘の姿となり、妻を捨てて娘の婚約者と
結婚したいと言っているのだ。捨てられる以上に傷つき怒って当然だろう。
(それでも今の俺は誠君の女に……
妻になりたいと思っている、そう身体が訴えている)
「そんなのおかしいですよっ! 雄一郎さん! 元に戻ってよぉぉっ!」
悲鳴にも似た声で泣き叫ぶ妻に対し、
何も言えない自分は夫として情けないのだろう。
(だけど、どうしようもないのだ……俺は男だったけど美咲の身体に
なった影響なのか誠君と結ばれたいという思いが止まらないのだから)
「本当にすまない……」消え入りそうな声で呟くのが精一杯だった。
それでも尚、怒り悲しみの感情を見せ続ける彼女へまるで、
母親に歯向かう娘のような感情で、苛立つ気持ちが沸いて来る自分に気付いた。
(この人は男だった雄一郎の妻だったけど、
今の美咲になった雄一郎にとっては母親だ……)
そう自覚してしまえば抵抗感は薄れていき……
「ごめんね……ママを苦しめる結果になって……」
口調を変え、まるで本当の美咲のように話す私に愕然としてギョッとしながらも、
彼女は涙ぐみながら叫び訴えた。
「やめてよ!雄一郎さんっ!
本当に美咲として生まれ変わってしまったのっ!?」
もう男で夫だった雄一郎はいない―――娘の美咲になってしまった―――
妻は事実としては感じているのだろう。だが心は感情は認められないのだ。
だが、今の私にとって妻はもはや『母親』であり『妻』とは感じて無かった。
血縁的にも法的にも彼女は私の母親。だから……私は間違ってない。
(それに……)
彼女がどれだけ否定しようと男だった私、既に雄一郎は死んでいるのだ……。
私は美咲/雄一郎として生きることを決めたのだから……。
「ええ、私は美咲……パパとママの娘なの」
諭す様な口調で彼女に語りかけた。
夫であった時の雄一郎の意識はもうどこにも無いと悟ったのか……
「うそ……そんな……」
絶望した表情を浮かべ力無く椅子へ座り込んだ……。
そしてそのまま嗚咽を漏らしていた。
その肩を支える桐谷夫人と困惑したままの桐谷氏。
2人とも事情は理解出来て無い筈なのに事態の深刻さを感じとり
心配してくれているのだろう。
優しい人達だと思った。私の義父と義母になるかもしれない2人は……
誠君は何か深く考え込んでいるように見える。
私に呆れているのだろうか……? それとも……
放心し、ナニモノかを見るように私を見つめているかつて妻だった、
最愛だったはずの彼女。
(ああ……)
妻……かつての雄一郎の妻であり今は『母親』である彼女を私の感情、
恋の為に傷つけてしまった……私は胸の痛みを感じながら皆を見回した……。
(でも……)それでも私は諦めきれない想いがあった。
それはただ一つ……目の前の男性、誠さんへの愛だった……。
(俺は……)
そう……彼を愛してしまった……男の俺では無く美咲という女の私が……
この愛を遂げろと身体が叫ぶ……それが今の私にとっても大切なのだと……
(この身体が求める幸せ……それは彼との結婚して彼の妻となること)
そう思った私は桐谷夫妻に私と妻と美咲、坂本家におきた悲劇、
雄一郎が美咲になってしまった事を全て説明した。
そして私は意を決し、誠さんへの想いを伝えるべく言葉を紡いでいく。
「聞いてください! 私は確かに美咲の父の雄一郎でしたっ!
だけど今はもう違います!!」
「男だった雄一郎は彼は死んだんです……!
今は私が娘の美咲として生きているのです!」
「そして美咲として私は誠さんの事が好きです! 彼と一緒に
妻として人生を歩みたいんです!! この気持ちは本物なんです!!」
「お義父さま、お義母さま、誠さん、お願いだから私を……
今の美咲として認めてくれませんか……!?」
(お願いだ…俺の願いを受けいれて欲くれ……!)
祈る気持ちでそう言い放ち静寂が訪れた……
誰一人言葉を発しない……
その数秒後……最初に口を開いたのは他ならぬ桐谷夫人だった……




