クローゼットに棲むもの
私の部屋にはお化けがいる――クローゼットの中に。
着替えようとクローゼットの折り戸を開くと耳をつんざく悲鳴が部屋に響く。初めのうちは私も同じように声を上げていた。隣の部屋から抗議の壁ドンを何度も受けた。最初は女の悲鳴に何事かあったのかと心配して駆けつけてくれたが、残念ながらその人にはクローゼットの中の存在が見えなかった、だからお隣さんに私は度々悲鳴を上げる狂人だと思われているのだろう。
この部屋の内見に来たときはいなかったと思う。不動産屋からの告知事項もなければ、特別家賃が安いわけでもない。念のため、管理会社に確認もしたけれどそんな事実はないと言われ、結局これが何者なのかはわからなかった。
じろりと視線を送ると睨まれたと感じたのか震える身体を縮こませていた。なんでそっちがビビっているんだ、そんな憤りも一ヶ月もすれば薄れる。しかし、このお化けは私がこの扉を開けるたびに新鮮に驚くのだ。
「あ、あの、自分も一応、男なので、その、下着姿というのは……」
両手で目元を隠しているものの指の隙間からこちらの姿をチラチラと見ているのは丸わかりだ。それを私は鼻で笑った。
「見たくないなら壁の方を向いていたらいいじゃないですか」
「そ、そうですけどぉ……いや、そうじゃなくってぇ、危機感を持って欲しいというかぁ」
お化けの顔面に向かって拳を突き出す。ヒッと息を呑んで頭を庇うように交差させた腕を通り抜けて私の拳は壁にぶつかる。お化けと重なっている部分はひんやりとして気持ちが悪かった。
「そういう忠告は触れるようになってからにしてください。それにクローゼットにいるあなたが悪いです、なんで着替えを出すのに服を着ないといけないんですか」
引き寄せた腕は鳥肌が立っていてもう一方の手で擦る。触れなくても重なるだけでこんなに悪寒を感じるなら十分加害になり得るのではと思ったが、お化けの言い分はそういうことではない。それにコイツはクローゼットから出てこられないようだから必要以上に近づかなければ問題はない。
「でも、見られて恥ずかしいとか」
「ないです、減るものでもないですし」
「羞恥心が減っているような……」
キッと睨むとさらに身体を小さくして謝った。
衣類ラックから適当に服を選び取ると、お化けは「こっちの方がよくないですか?」と口を挟んでくる。結構センスがいいのが悔しい。着替えた後も「似合います!」とか「可愛いです!」と褒めちぎってくれるので、自尊心が満たされるのが少し悔しかった。