4.土曜の朝
もっと2人のやり取りを見たくて。早速続きです。
朱音が目を覚ましたとき、カーテン越しに差し込む朝の光が、部屋をほんのり白く照らしていた。
隣のスペースに視線を向けると、そこにはもう陽向の姿がない。
――あれ? 起きたのかな。
少し身を起こすと、彼はソファの端に腰を下ろしていた。
毛布を膝にかけたまま、スマホをいじっている。髪は少しくしゃくしゃで、Tシャツの肩が少し落ちている。
「……おはよ」
そう声をかけると、彼は慌ててこちらを向いた。
「わっ、ごめん、起こしちゃった? おはようございます」
笑ったその顔が、少し照れている。
たぶん、距離がいつもよりずっと近いから。
(毛布かけるくらいなら、ちゃんと服着ればいいのに……)
そんなことを思いつつも、その不器用さが愛しくて。
私はそっと、彼の隣に腰を下ろした。
「……陽向、ずっと起きてたの?」
「んーん、さっき。朱音さんが寝てるの、見てた」
声はさらりとしているのに、耳がほんのり赤い。
「見てたって……やめてよ」
そう言いつつも、朱音はどこか嬉しそうに笑った。
「だって...なんか、可愛かったから」
そのひとことに、陽向は自分で言っておいて照れる。
「うわ……俺、重くなってない?」
「なってる。でも……平気」
小さくそう答えた朱音に、陽向は一瞬見惚れた。
(ほんとは、こうしてずっと一緒にいたい)
(このままどこにも行かずに、今日はずっと)
でも――
(……それは俺のワガママなんじゃないか)
朱音さんは仕事帰りに寄ってくれた。昨日は遅くまで話して、疲れてるはずだ。
彼女の休みは、週にたった一度きり。
自分の気持ちを優先して、それを奪ってしまっていいのか――
そんな葛藤が、胸の奥で小さく泡立っていた。
「ねぇ、今日なんだけど……」
目覚めてすぐの、まだ毛布のぬくもりが残るソファの上。私は、となりに座る陽向に声をかけた。
「……やっぱり今日は、一度うちに帰ってもいい?」
「え?」
陽向が少し驚いたように振り向いた。
「部屋、散らかってるし。昨日は仕事帰りに来ちゃったから、なんかこう……いろいろ、洗濯物とか中途半端になってて」
「そっか。うん……もちろん。朱音さんのタイミングでいいよ」
彼は少し寂しそうに笑いながらも、ちゃんと頷いてくれた。
――本当に、優しい人だと思う。
「でも、一度...ってことは、また俺の家に来てくれるの? 嬉しいな」
「うん。……もしいいなら」
「いいに決まってます」
即答。その真っ直ぐさに、思わず笑ってしまった。
「……でも、大変でしょ? 行ったり来たり」
陽向はちょっと申し訳なさそうに眉を下げて、
「どっか中間のカフェで会おっか? 帰る途中の駅とかで」
そう、言ってくれた。
優しいなぁ、と胸がじんとする。
だけど、今の私は、もう気づいてしまってる。
「……ううん、カフェもいいけど。もっと陽向と一緒にいたいな...って」
「……えっ?」
「明日も、一緒にいたい。陽向といたいから、また……来てもいい?」
(前なら、こんなこと言えなかったのに。変わってきたのは、きっと……陽向のおかげ)
陽向の目が、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
そして――
「ッ……!」
真っ赤になった顔を両手で隠して、ぐらりと体が揺れた。
「……っ、嬉しい……!」
「えぇっ、ちょっ……!」
陽向は崩れ落ちそうになりながら、言葉を紡ぐ。
「ま、まって朱音さん……てことは、今日も泊まってくれるの...?もう、むり……尊い……」
「何言ってんの……!」
「え……え、だって、“陽向といたい”って……! そ、そんなんもう、プロポーズじゃん……!」
「そこまで言ってないから!」
思わず突っ込みながら、でも――ちょっと嬉しくて、笑いがこぼれた。
照れて崩れ落ちる彼を見ながら、
私は心の奥で、あたたかくて甘い、何かを確かに感じていた。
朱音さんは、土日の休みに溜まった家事をします。