1.雨の中こじらせる私たち
雨の日の情緒、、みたいなのを書きたくて。見切り発車です...汗
「今日は、会えてよかったです」
雨が降り始めた帰り際、陽向がそう言った。
私は、高梨 朱音。32歳、営業職で、課長をやっている。
会社ではスーツが似合うクールな美人...だけどと言われている。会社では私情は見せない。だって元来のポンコツがバレるから...
彼、三浦 陽向とは3ヶ月前に付き合い始めた。取引先の会社で会って、明るくて真っ直ぐ。感情が隠せない29歳。そんな子犬みたいなとこが気に入ったからかもしれない。
なんだか“ありがとうございました”みたいな口調に聞こえて、ちょっと笑ってしまいそうになる。
――でも、それ以上に胸が詰まった。
お互い仕事が忙しくて、私は出張もあった。会うのは3週間ぶり。
ほんとは、もっとたくさん話したかった。
他愛もないことを、もっと自然に笑いながら言い合いたかった。
でも、今日はどうにもぎこちなかった。
彼の目は時々スマホを気にして、私は何度も口を開きかけては、言葉を飲み込んだ。
駅までの道、梅雨の湿った空気がまとわりつく。
並んで歩くのは久しぶりなのに、距離が近いようで、遠かった。
付き合って、まだ半年も経ってない。
出会いは仕事。わたしが営業で通っていた会社に、彼が転職してきた。
年下だけど礼儀正しくて、でもどこか抜けてて――
そのバランスが絶妙で、気づけば、彼から連絡が来るのが楽しみになっていた。
「よかったら、プライベートでも会ってみたいです」って、笑いながら言ってきたのも、あっちだった。
あのときの笑顔、まだはっきり覚えてる。
でも、最近は。
会うのも減ったし、連絡も少しそっけない。
もともと彼のほうが押してくれてたから、こっちから距離を詰めるのが下手で……
このまま飽きられちゃったのかな、なんて。
「……じゃあ、また」
駅の前で立ち止まり、私は笑った。
彼も笑った。
けれど、どちらもぎこちない笑顔だった。
―――――
その夜。
俺はひとりで部屋に帰り、濡れた靴を脱いで、深く息を吐いた。
(……なにやってんだよ)
今日こそは、ちゃんと言おうと思ってた。
会えなくて寂しかったこと。
ずっと考えていたこと。
ほんとは、手をつなぎたかった。名前を呼びたかった。もっと近づきたかった。
でも、口にすればするほど、きっと重いと思われる。
引かれたらどうしよう...
彼女は仕事もできて、大人で、落ち着いていて――
そんな人に、年下の男が「会いたい」「もっと好きになってる」なんて言ったら、引かれるんじゃないかって。軽口だって幻滅されるんじゃないか。
怖くて、今日もまた、何も言えなかった。
(こんなふうに黙ってるから、逆に不安にさせてんのか…… 朱音さん)
スマホを開く。
「今日はありがとう」
送るだけでも、どきどきしてしまう自分が、情けない。
――――――
一方の私も、ベッドの上でスマホを見ていた。
“ありがとう”の文字。
彼らしい、距離のある優しさ。
(そっか……私たち、もう終わりに近いのかな)
好きになってもらえたのが不思議だった。
仕事先で、ただの営業担当だった自分に。
だけど、あの頃の彼はまっすぐだった。
好きだと言ってくれた。
こっちが戸惑うほどに。
だからこそ、今の静けさがつらい。
好きって言葉が聞きたい。
寂しいって、甘えてほしい。
でも、それを求めるのは、大人げないような気がして。
「……おやすみ」
誰にともなくつぶやいた言葉は、静かな部屋の中に消えていった。
梅雨の夜、雨は一時止んだ。
でも、空気は濡れていた。